暗闇の中、パッとスポットライトが遊矢を照らす。

「レディースエーンドジェントルメーン! さあさお立ち会い! これよりワタクシ、榊遊矢のエンタメデュエルを披露します!
 まずはワタシの代表モンスターをお迎えいたします! ワタシは、《EM(エンタメイト)ディスカバー・ヒッポ》を召喚!」
「ヒッポー!」

元気よくディスカバー・ヒッポが姿を表わす。久しぶりの出番で気合が入っているようだ。

「おっと本日のディスカバー・ヒッポ、何時も以上に張り切っているようです。
 さて続いては、南国育ちの妖気な踊り子達にご登場願いましょう! ワタシは、速攻魔法《カバーカーニバル》を発動!」

三体のカバートークンが特殊召喚され、さっそく踊りだそうとするが、遊矢が静止させる。

「そのままでも十分なのですが、魅惑のダンスを披露する前に更に魅力を引き出しましょう!
 魔法カード《スマイル・ワールド》を発動!」

《スマイル・ワールド》が発動されるとディスカバー・ヒッポと三体のカバートークンが眩しい笑顔を放ち、踊り出す。

「さあ、皆さんも魅惑のダンスをお楽しみください!」

わあああああ、と観客達から歓声が上がる。
観客は見知った人達だ。柚子や権現坂に沢渡、セレナ、ジャック、ユーゴ、そしてあの日から数日間に出会った他次元の人達。
皆、遊矢のエンタメに魅了されている。

「遊矢!」「遊矢!」「遊矢!」「遊矢!」「遊矢!」「遊矢!」「ユーヤ!」「遊矢!」「遊矢!」

タン、と舞台から飛び降りて観客達の居る闇へと進みゆくが、何かがおかしいとふと思った。

(何で皆ここに居るんだろう……)

観客達に握手をしつつ、拭い切れない違和感が遊矢を襲った。
エンタメを見に来ているから当然だと遊矢は思い直そうとするが、問題は其処ではないことに気がついた。

(違う! ここに居る人達は皆、あの戦いで……! ……死んだんだ……!)

気づいた途端に観客の雰囲気が変わる。雰囲気だけではない。観客の肌がみるみるうちに腐っていく。
まるで『かれら(・・・)』と同じ症状を呈したかのように、遊矢への歓声は言葉にならないうめき声へと変わり始め、遊矢に襲いかかり始めた。

「や、やめろ!」

とっさに握手していた手を振り払い、舞台へと走りだそうとするもすぐに取り囲まれてしまう。

「な、何で!? どうして皆があいつらと同じ姿に!?」

混乱する遊矢をよそにゆっくり、ゆっくりと『かれら』が遊矢に近づいてくる。

「ど、どうしたら……」

『かれら』に噛まれてしまえばアウト、
『かれら』を何とかしようとしても残りの手札は振り払うときに気が動転していたせいで落としてしまった。

(こうなったら一か八か正面突破するしか無いのか……?)

八方塞がりの状況で何か手はないかと考えたその時、

「行けえ! 《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》!! 反逆のライトニング・ディスオベイ!!」

《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》が『かれら』を吹き飛ばし、舞台への道を開いた。
振り返ると、『かれら』の背後にユートがいた。

「ユート!? お前は無事だったのか! 良かった……」

ユートは何も答えない。ただ、早く行けと言わんばかりに立っているだけだ。
『かれら』もユートに気がついたのか、ユートへと向かっていく。
ユートを守ろうと《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》はユートの所へと戻っていった。チャンスは今しかない。
遊矢は舞台へと走りだした。

(《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を召喚しているならユートはきっと大丈夫だ。
 舞台に行けば、カバートークンとディスカバー・ヒッポがいる。
 相手はカバーカーニバルの効果でカバートークンにしか攻撃できないから、しばらくは大丈夫なはず。
 その間に俺のターンが来てドロー出来るようになる。次のターンが勝負だ)

『かれら』は歩くほどの速度しか出せず、遊矢には追いつくことが出来ない。
順調に行くかと思われたがドン、と何かにぶつかった。勢い良くぶつかり、遊矢は尻もちをついてしまうのであった。

「いってて。何なんだ一体――」

見上げた瞬間、遊矢は背筋に冷たいものが走った。其処には水の眷属と化したマークスがいたからだ。

「マ、マークスさん……」

『かれら』と違って水の眷属は生前と同じように動ける。そればかりか会話も出来る上時折姿が見えなくなり、奇襲を容易に行える様になる。
マークスほどの実力者であれば眼前にいるこの状況で勝ち目は無いといっていい。
マークスが手に持つジークフリートを隙だらけの遊矢に無慈悲に振り下ろさんとする直前、
遊矢は丁度右手に落ちていたアクションカードを拾い、すぐさまデュエルディスクのスロット口へ入れる。

「アクションマジック、《回避》! 相手の攻撃を一度だけ、無効にする!」

とっさに前方へローリングしてマークスの攻撃をかわす。
うまくマークスの背後に回れた遊矢はマークスを無視して走り出そうとした瞬間――

「ぐああああああああああああああ!!」

背後からジークフリートの放つ黒い稲妻に襲われて吹き飛ばされ、遊矢は倒れこんでしまう。

「ぐうっ……何、で……?」

ジークフリートは中距離の相手も攻撃できる。これ事態は遊矢は知っていた。
だからマークスが再び攻撃する前にジークフリートからの射程範囲外へ逃げようとしたのだ。
だが、二度目の攻撃が異常なまでに早かった。仮に追撃出来たとしても遊矢が行動するよりも速く追撃するなどいくらなんでも有り得ない。
何故なのか、それは背後を空中ブランコで飛び回る天空の奇術師の姿を見て悟った。

「《Em(エンタメイジ)トラピーズ・マジシャン》……の効果、か……いつの間に……」

トラピーズ・マジシャンの二つ目の効果はオーバレイユニットを一つ使い、
指定したモンスターをこのターン二回攻撃させ、もし出来なかった場合指定したモンスターを破壊するというものだ。
召喚時に通常は二つあるはずのオーバーレイユニットが今のトラピーズ・マジシャンには、
一つしか無いことからもマークスを対象にしたことは明らかだった。

「だ、誰がトラピーズ・マジシャンを、召喚……したんだ……?」

ふらふらになりながらも何とか立ち上がり、周りを見渡す。
姿が時々消えるため見づらいがマークスはこちらに向かってきているようだ。
ジークフリートの射程外に吹き飛ばされたのは不幸中の幸いと言える。
ユートは『かれら』の対処に当っていて手が放せない。
……だが、『かれら』の群がっている奥に水の眷属がいた。右腕にデュエルディスクを付けているため、
彼女が《Em(エンタメイジ)トラピーズ・マジシャン》を召喚したことは明らかだ。
しかし離れている上に姿が曖昧なために誰なのかは判別できない。
でも、ここに居る人達は多次元の戦いで命を落とした者であるらしいこと、
右腕にデュエルディスクを装着していること、そして【Em(エンタメイジ)】を使用していることを考えれば、誰なのかはすぐに分かる。


「りーさん……」


若狭悠里。あの殺し合いで出会った、心が壊れかけた少女。
一度遊矢のエンタメで立ち直ってからは遊矢達のいいまとめ役となって、時には教えたデュエルで共に敵と戦い、励ましてくれた。
だが、親友のくるみが精神的には問題ないとは言えB.O.Wと言って差し支えない身体になってから再びおかしくなり、最期は精神が限界を迎えると同時にスタンド能力覚醒の『矢』に貫かれた。

「何で……いや、それよりも…… …………!?」

遊矢はその場から動くことが出来なかった。正確には下半身の動きが鈍く、歩くことさえままならない。
遊矢の知る限りこれはフリーズの杖によるものだ。

「そんな、まさか……」

遊矢の予想通り、悠里の近くに同じく水の眷属と化した少女がいた。


「エリーゼまで……」


あの殺し合いに巻き込まれた時に一番最初に出会った少女。遊矢と同じく戦争に苦悩し、止める方法を探していた。
エンタメデュエルで戦争を止めようとしていることを伝えるとユーヤなら絶対出来るよと応援してくれたし、
遊矢もエリーゼなら戦争を止められるかもしれないと思っていた。
けれど、聞いた話では大量の怪物から逃げる際に致命傷を負ったらしく、皆が元の世界へ帰っていく中にエリーゼの姿はなかった。

「……! 駄目だ! 今はこの状況を何とかすることだけを考えるんだ!」

感傷に引き込まれそうな思考を無理矢理切り替え、打開策を考える。
だがその前に《Em(エンタメイジ)トラピーズ・マジシャン》がオーバーレイユニットを自身に使い、遊矢に直接攻撃(ダイレクトアタック)を仕掛けてきた。

「く、頼む……」

周りにアクションカードは落ちていない。遊矢に残された手はカードをドローするしか無い。
マークスの攻撃が終了したので少なくとも相手のバトルフェイズは終了したと言える。
だが遊矢のターンが来ているかどうかはこの――あえて名付けるならファイティングデュエルか――形式のデュエルでは分からない。

「ドロー!」

デュエルディスクからエラー音は出なかった。遊矢は今引いたカードをデュエルディスクのスロット口に入れる。

「《EM(エンタメイト)バリアバルーンバク》の効果発動!
 手札のこのカードを墓地に送ることで戦闘ダメージを一度だけ、0にする!」

EM(エンタメイト)バリアバルーンバク》が遊矢の盾となり、《Em(エンタメイジ)トラピーズ・マジシャン》の攻撃を遊矢から守る。

「この攻撃を防ぐことは出来た……けど……」

二度目の直接攻撃(ダイレクトアタック)を防ぐ方法は遊矢には無かった。
再び《Em(エンタメイジ)トラピーズ・マジシャン》が遊矢を襲う。

「うあああああああああああああああああああ!!」

おもいきり吹っ飛ばされる。這いながら舞台を照らす光へ手を伸ばすも、すぐ後ろにはマークスがいた。
フリーズの杖の効果がまだ続いている遊矢にはもう打つ手が無い。

「己の信ずる道に……順ずるが良い!!」

動けない遊矢にジークフリートが振り下ろされ――――









遊矢はそこで目を覚ました。

「ッつ、あ……はあ、はあ…………何だったんだ、今の夢……」

あの殺し合いでの仲間や友達が見るも無残な姿になって襲い掛かってくる夢なんて、悪夢以外の何物でもない。
まるで生き残った遊矢を恨んでいるかのように襲い掛かっていた。

(皆が俺を恨んでるなんて、そんな訳無い……)

分かってはいる。皆が生き残った遊矢を責めるような性格ではないことは。
けれどそう思ってしまった以上遊矢はその可能性を否定することは、出来なかった。

(眠れないな……今何時だ?)

机の上に置いているデュエルディスクを取って時刻を表示させると、夜中の二時頃だった。

(母さんも素良もフーパも……眠っているみたいだ)

眠れるような気分ではなかったので、気晴らしに夜中の散歩に出掛けることにした。

「行ってきまーす……」


起こさないように小声で家を出る。
とりあえずは何処へ行くかは決めずに歩いて行く事にする。
夜中の舞網市は都会らしくビルや街灯の明かりが多かった。
何時もより明かりが多い気もしなくはなかったが、今の遊矢にはそんなことを考える気は無かった。

(己の信ずる道に順ずるがいい、か……)

悪夢の中で最後にマークスが言った言葉は遊矢には痛いほど心に突き刺さっていた。
あの殺し合いが終わった後はシンクロ次元のトップスとコモンズの階級制度を無くし、ロジェの企みも潰した。
この時は元の日常に戻れると思っていたが、スタンダード次元に戻ってからハッキリと気付いた。
柚子も権現坂も、戻っては来ない。元の日常にはもう、戻ることはない。
そのことに気づいてから、デュエルをしようとすると涙が溢れてデュエルができなくなってしまう様になる。

(こんなんじゃ、皆から恨まれて当然だよな……)

気が付くと、中央公園にたどり着いていた。

――デュエルで、笑顔を……キミの力で世界に……みんなの未来に……笑顔を……

ユートから《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を託され、デュエルで皆に笑顔とユートと約束した場所だ。
まだほんの一ヶ月ほど前の話なのに、まるで遠い昔の話のように思える。
デッキ入れている《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》を眺めながら、遊矢は思う。

(ユート……俺、約束を果たせそうにないよ……俺の信じるデュエルをやろうとしても、皆のことを思い出して、涙が止まらなくなるんだ……
 皆を笑顔にしたい、けど俺自身が心から楽しめないと、ダメだと思うから……どうしたら……)

泡沫の想いは廻り続け、堂々巡りとなり、気がつけば、遊矢は泣いていた。

(このままじゃダメだって思う、でも、どうしたら涙を流さなくなるんだ……)
「榊遊矢、こんな夜中で何をしている」
「え? あ、赤馬零児……」

唐突に声をかけられて振り返ってみれば、其処には赤馬零児がいた。

「お前こそ、何でここに……」
「舞網市の各地にはレオコーポレーションの監視カメラが設置されている。当然この中央公園も例外ではない。
 オペレーターから君が中央公園にいると聞いて、来てみたというわけだ」
「来てみたって、こんな夜中にか?」
「次元戦争の終結宣言や後処理、デュエルモンスターとは根本から異なる多次元との交流、
 シンクロ次元へ渡るために後回しにしていた業務など、暫くの間私に休息の時はない。
 強いて言うなら今のような深夜といったところか。最も寝る間も惜しむことなど、普通は無いがな」
「じゃあ、どうして……」
「君が夜中に出歩くなど、何か理由が無ければしないだろう? それに、私の方からも君に用があるからな」

理由――図星だった。慌てて零児の言っていた用事に話を逸らす。

「用? 俺に? 何の?」
「まずは例の殺し合い、君がいなければ我々が勝つことも、生き残ることさえ出来なかった。心から礼を言う」

ポケットから二枚のカードを取り出し、遊矢に手渡す。

「報酬というわけではないが、レオコーポレーションが新たに開発したカードだ」
「え!? これって……!」
「《EM(エンタメイト)プリンセス・エリーゼ》と《理想郷の魔術師》だ、受け取ってくれ」

イラストに書かれた少女はそれぞれエリーゼと悠里によく似ていた。

「どうして俺に……それに、効果も書かれてないし……」
「君がこのカードを所持するのに一番相応しいからだ。
 次に効果が書かれていない事に関してだが……初めて私と君がデュエルした時のことを覚えているか?」
「ああ、よく覚えてるよ……」

初めて遊矢が出会った遊矢以外にペンデュラムカードを所持し、ペンデュラム召喚を決めた人物。それが赤馬零児だ。
あの時の衝撃を忘れることは無いだろう。

「あの時の《DD(ディーディー)魔導賢者(まどうけんじゃ)ガリレイ》と《DD(ディーディー)魔導賢者(まどうけんじゃ)ケプラー》にはペンデュラム効果が無かった。
 だが私のターンが来た途端、テキストが浮かび上がった。
 最も内容はデメリットであり、プロトタイプの不安定さを実感することになったのだが……
 今ではペンデュラムカードの開発も発達し、安定したカードを作り出せるようになった。
 ……だが、逆に言えば君に匹敵するほどの高い数値の召喚エネルギーを生み出すことは未だにできていない。
 だから未知のカードを創造出来る君にこのカード達の効果を創造してほしい。
 それに、そのほうがそのカード達には相応しいと思えるのでな」
「けど、そんなこと言われたって俺が好きに出来るわけじゃないし……」
「そのようなことは百も承知だ。だが、信じればカードは必ず応えるのもまた事実。榊遊矢ならば必ず使いこなせると私は思う」
「……ありがとう、とりあえず、受け取っておくよ……」

零児から受け取った二枚のカードをデッキに入れる。

「次に……三日後に舞網市で他次元のデュエリストを交えた大会が開かれる。
 だが、その大会に未だに君がエントリーしていないのは何故だ? まさか知らないわけではあるまい」
「それは……」

レオコーポレーションは次元戦争の終結を発表すると同時に舞網市で他次元のデュエリストを交えた大規模な大会が開かれることを明らかにした。
三回戦で中止になった舞網チャンピオンシップの代わりもあるのだろう。また、他次元と繋がってしまったことによる混乱を防ぐ意味合いもあった。

「……俺、この世界に戻ってからデュエルが出来ないんだ…………」
「デュエルが出来ない?」
「デュエルをしようとすると涙が溢れて、それどころじゃなくなるんだ……
 もうあの頃には戻ることはないんだって、そう実感してから……あの夢だって……これじゃ、二度と笑うことなんて出来ない……!」
「夢?」
「皆が俺を襲ってくるんだ、最後にはマークスさんが己の信ずる道に順ずるがいいって言って……そこで目を覚ましたんだ」
「……成程、それで眠れずここに来た、ということか」
「ああ……」

暫くの間、沈黙がこの場を支配する。
その沈黙を最初に破ったのは零児だった。

「……それで君自身はどうなんだ?」
「どうって、何がだよ」
「君自身はデュエルをしたいのか?」
「そんなの、当然デュエルをやりたいに決まってるだろ」
「ならば今一度、自分が何のためにデュエルをしたいのか、もう一度良く考える事だ。恐らくマークスも、そう伝えたいのだろう。
 ……私への連絡先だ。既に大会の登録期限は過ぎているが、もし参加したいと思うのならばここへ連絡しろ。では、失礼する」

零児は電話番号を遊矢のデュエルディスクに送信すると、その場を立ち去った。

(やはり慣れない真似はするものではないな……マークスよ、これでいいか? 私に出来るのはこれが限界だ)




(俺が何のためにデュエルをしたいのか、か……デュエルで皆を笑顔にする事以外にあるのかな?)

零児に言われたことを考えるも、思いつかない。

(もっと昔の……俺がデュエルを始めたいと思った理由は父さんのエンタメに憧れたからだ……
 父さんだったら、こんな時、なんて言うだろう……)

首に掛けているペンデュラムを降る。ユラリ、と振り子の軌道を描き、往復する。

(揺れろ、ペンデュラム……大きく、もっと大きく……)

――泣きたいときは笑え、精一杯大笑いするんだ。笑っているうちに本当に楽しくなってくる。
  怖がって縮こまってちゃ、何も出来ない。勝ちたいなら勇気を持って……前に出ろ!

(――!! 父さん……!)

もう一つ、遊矢にはデュエルをやりたい理由があった。
それは相手に勝ちたいという、デュエリストとしては当然のもの。
だが遊矢にはただ皆をデュエルで笑顔にしたいと、そのことばかり思い続け、何時しか気付かないフリをしていた。
そして対戦相手よりも観客の方ばかり見ていた。観客ばかり見ていて、対戦相手をないがしろにしていたのかもしれない。

(……俺、どうすればいいのか分かったような気がするよ……)

決心した遊矢は零児に電話をする。

「あ、あの……」
『榊遊矢か、大会に出場する気になったか?』
「赤馬零児!……ああ、どうすれば良いのか、何をしたいのか、きっと大会に出てみれば……わかると思うから」
『分かった、では……』
「あ、ちょっと待って!」
『どうした?』
「出来たらでいいんだけど……………………………………」
『……うむ、良いだろう。ではそのように取り計らってもらおう」
「ありがとう」

遊矢からの要望を零児は了承し、大会の出場登録の手続きを済ませると言うと電話を切った。
気がつけばもう朝方の時間になっていた。

「そろそろ帰らないと、心配かけちゃうな」

遊矢は急いで家に帰るのであった。






三日後、大会当日。
他次元のデュエリストが集まる中其処に遊矢の姿はなく、その事に気づいた人々が疑問に思う中、開会式が始まる。
会場の周りから花火が揚がると同時に、その声が響いた。

「レディースエーンドジェントルマーン! 本日は皆様お集まり頂きありがとう御座います!」
「しししし! ユーヤン! お出まし~!」

遊矢の声が響き、舞台の上からリングが出現し、そこから遊矢が現れた。

「すっげー!」
「何だあの技術!?」
「まるで別の場所から転移したみたい!」

奇想天外な遊矢の現れ方に観客達は驚愕と驚きの声を上げる。
フーパの持つ能力だ。

「どう? びっくりした?」

観客達の驚く様子に管制室で待機しているフーパは満足しているようだ。

「これより私、榊遊矢のデモンストレーションを始めたいとおもいます!」

遊矢が零児に頼んだこと、それは大会のデモンストレーションを行わせてほしいというものだった。
遊矢はゴーグルを掛けると、二枚のカードを見せる。

「俺は、スケール1の《EM(エンタメイト)プリンセス・エリーゼ》とスケール12の《理想郷の魔術師》で、ペンデュラムスケールをセッティング!」

二本の青い柱が遊矢の左右に発生し、その中にそれぞれエリーゼと若狭悠里をモチーフとしたモンスターがいる。

「これでレベル2から11のモンスターが同時に召喚可能!
 揺れろ、魂のペンデュラム! 天空に描け、光のアーク! ペンデュラム召喚! 現われろ! 俺のモンスター達!」

上空のペンデュラムの動きが激しくなり、ついには円を描く。そしてまるで異空間に通じてるかのような穴から二つの光が降り注ぐ。

「穢れ無き白金の剣! 《オッドアイズ・セイバー・ドラゴン》!
 雄々しくも美しく輝く二色の眼!《オッドアイズ・ペンデュラム・ドラゴン》!」

二体のドラゴンが現れ、沸き立つ観客たちだが、管制室にいる赤馬零児は遊矢の様子に気になる所を見つけた。

「カメラを榊遊矢の目にアップしろ!」

映しだされて映像には、遊矢の目から涙を流しているのが確認できた。

「榊遊矢が泣きながらデュエルを?」

困惑する中島だが、零児には遊矢の意志が分かった。

(まさかこみ上げる悲しみを無理矢理抑えこみ、これから先も観客に知られずにデュエルをするつもりか?)

遊矢はデュエルが出来なくなったわけではない。
正確にはデュエルをするとわけもなく悲しい気持ちが強く現れて涙が溢れ、自分も相手もデュエルをするような気分がなくなるからだ。
だから遊矢はゴーグルで涙を隠し、偽りの笑顔でそのような気持ちを感じさせないようにした。
遊矢の思い通り、観客や参加者達には遊矢が泣いている事に気づいた者はいなかった。
だが、遊矢の本当の考えは零児とは異なっていた。

「さあて、デモンストレーションはまだ始まったばかり! お楽しみは、これからだ!!」
















(皆……俺、多分暫くの間はまだ完全には立ち直れないと思う。
 でも、こうやって皆を笑顔にしていけば、俺自身もいつか笑顔になれると思うんだ。
 使命とか約束とか関係ない。だって俺は、人を笑顔にするのが好きだから。
 きっとこれから先も迷ったり、揺れ動いたりすると思う。でも――)

――決して立ち止まらないで

「――え?」

遊矢に聞こえた声。囁くような感じだったが、近くに人はおらず、周りを見渡してもそのようなことを言った人はいないようだった。
誰が言ったのかはわからないが、遊矢はそれに答えようと思った。

「ああ。何度辛い目に遭っても、何度迷っても、俺は俺の信じるデュエルをまっすぐ貫くって約束するよ。
 そして何時の日か、偽りの笑顔じゃなく、本当の笑顔で皆とデュエルが出来るようにしてみせる。
 だからもう少しだけ、俺の心を解き放てるその日が来るまで、待っててくれ……」







【混沌バトルロワイヤル2 榊遊矢 完】

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最終更新:2015年12月13日 23:57