―ここは…くそっ、三途の川ってやつか?…俺ァあのガキに負けちまったのか

夢無は川岸に佇みながら舌打ちした。
仲間を殺したあの鬼の小娘に挑み、そして敗北した。
右手で自分の胸を確かめると、そこには大きな風穴が開いていた。

―散々喧嘩ばっかして、最期がこれか。…まあ、俺みたいなロクデナシにはお似合いな終わり方だったんだろうな。

紅葉に敗北したことを理解しながら、夢無はどこか冷静でいた。
やるだけやったんだ。そう納得していた。

―先に赤色や有紗たちのところに逝っちまうが、まああの馬鹿たちなら大丈夫だろうな

悔いなんざ残ってはいない。
そう思いながら三途の川を超えようとして、

「何勝手にこっち来ようとしてんだ?夢無よぉ」

思いっきり顔を殴り飛ばされた。

殴られた頬を抑えながら夢無は顔を挙げた。
目の前には紅い巨大な鬼がいた。
そいつを夢無はよく知っていた。
こいつだけは忘れようとしても忘れるわけがない。

―てめえ、忌影丸か!?

「思ってたより早く来やがったな」

―ちっ、最後に見るのがてめえとはな

「なんだ?しけたツラしやがって。俺に向かってきたときはもちっと覇気のある顔してたくせにな」

―うるせえな。静かに向こう行かせろ

「てめぇら人間の強さってやつはあきらめの悪さと思ってたんだがな。」

―うるせえ。俺は諦めたんだ

「たかが胸に穴開いたくれぇで諦めるタマか?てめぇの意地って奴はんなもんだったのか」

―うるせえな。ほっとけよ。

「ま、てめえが生きようがくたばろうがどうでもいいが、てめえの意地がその程度ってことは」

―うるせえ…ッ

「てめえを少しでも買った俺の見込み違いってやつか」
「うるせえよ!俺はまだ、諦めちゃいねえ!!」

夢無は腹の底から忌影丸に叫んだ。
否、自分に向かっての叫びか。

そうだ。俺はまだあきらめちゃいねえ。
負けただと。馬鹿言うな。
ダチ公ぶっ殺されて、簡単に負け認めるわけにはいかねえだろうが。
俺はまだ戦える。この拳が砕けるまで、最期までこの意地張らせてもらう。

「けっ、漸くらしい顔になったじゃねえか」
「は、こんな辛気臭ェ場所じゃてめえみたいにへらへらできるかっつーの」
「俺の力を借りておいてくだらねぇ殺され方しようとしてるんじゃねぇよ。鬼の腕を使うなら、てめぇも筋くらい通せ。人間の力はこの程度じゃねぇだろ」
「はっ、今更言われなくてもわかってるよ!」

ほんの一瞬、忌影丸と夢無は目線を交わした。
決して友や仲間と呼べる関係ではない。
それでも、互いの心が通じ合った。
奇妙な縁があった。

「…負けんなよ」
「当たり前だ…」

そして夢無は彼岸に背を向け、帰るべき此岸に足を向けた。
鬼の拳と、人の拳を握りしめ。
胸の穴はもう、あいていない。

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最終更新:2015年12月15日 00:29