ギン、と鋭い金音が響く。
どさり、と重く何かが倒れ伏した音が聞こえる。
暫しの静寂の後…それを破ったのは冷たい男の声だった。

「……見込み違いでござったか」

男―――錆白兵は手にした直刀を倒れた青年に突き付けたまま、静かに言い放つ。

「なかなかに鍛え上げられた体付き、身のこなしも申し分ない。手に付いた竹刀ダコはその奇妙な刀を使い続けて出来たものでござるな。
 だが、振るわれた刀に丸きり力が入っておらぬ。意志も気合もないその有様では、棒切れを振るっているも同然よ。
 ……嘆かわしい、貴様に振るわれる刀が不憫でござる」
「……っ」

倒れ伏したままの青年―――黒鉄一輝は淡々と浴びせられる言葉に、静かに耳を傾けるしか出来ない。
憤ることも、悔しがることも、はたまた恐れて命乞いをすることもせず、全てを諦めたようなその反応。
例えるならば、その男は錆び付いた刀だった。

「……どうした、そのまま死にたいのでござるか」
「死にたく、なんて……」

初めて、一輝がまともな反応を示した。

「死にたくなんて、ない……ない筈、なのに……
 あの『殺し合い』で、あの男に殺されて……何故か、生き返って、
 今度こそ、彼女を……ステラを守ろうと、思ったのに……」

ステラ、その名は支給された名簿に乗っていた名前だっただろうか。
名簿には白兵が白銀の世界で行った殺し合いを上回る、膨大な量の名が記されていた。
あの世界で共に殺し合いに参加した人間の名も、何人か居たように記憶している―――あの死神の名は無かったが。

「生きて、一緒に戻ったとして……僕みたいな、誰からも、必要とされない人間が……
 彼女の隣に、立っていられる筈もないのに……どう生きれば、いいのか分からなくなってしまったんだ……
 こんな、親にも望まれない僕が……」

白兵は知らない。自分と出会う前、黒鉄一輝はノヴァという男に記憶を奪われたことを。
自分には信じてくれる、望んでくれる人々がいるという事を忘れ、父親に何も望まれていなかったことを突き付けられた、最悪の精神状態まで帰ってしまっていることを。
知らない、知るはずもない。故にただ、その嘆きを淡々と聞くのみ。

「ただ、このまま無様に、惨めに生き続けて……どうすれば……」

悲しげに、苦しげに、惨めに一輝は言葉を吐く。

「どうすれば……いいんだ……!」

(成程。錆びた刀ではなく、折れた刀であったか)

どういった経緯があって折れたかは知らぬが、戦えぬ剣士ならばもう用はない。

ときめかせて斬るつもりであったが、何も映らぬ眼ならそれも無駄骨。
せめてもの情け、一思いに斬り殺してくれよう。
そう決め、白兵はゆっくりと刀を振り上げ……

『ど う や っ て 戦 え ば い い ん だ ! 』

ふと、かつてその刀を振るった死神の存在を思い出した。
自身の刀・氷輪丸を白兵に奪われ、愕然としながら叫んでいたあの男。刀の力に頼り、自身の長所も生かせず錆び付いていたあの男。
しかし、再び逢いまみえた時にはその様は見違える程であった。
奇怪な術と卓越した戦術眼、そして堅実で真っすぐな太刀捌きを手にし相対した、あの男。
実に良い強者だった。他の輩には殺されたくないと思えるほどに。
自分の手で斬り殺してみたいと、思えるほどに。

「錆びた刀が名刀に転じるのならば、折れた刀は何に化けるのであろうな」
「……え?」

白兵が呟いた言葉に不思議そうに顔を上げる一輝。
その呆けた顔を鼻で笑い、白兵は振り上げた刀を鞘に納めた。

嘗て、白兵は殺し合いの地で出会った娘に教えられた。「錆に塗れ、それでも折れぬものがある」と。
自分の目の前で妖に殺されたその少女は、怪しげな薬によって姿を幼子に変えられながらも自らの道で進まんとしていた。
無力に打ちひしがれ折れることもなく、ただ、自分の信じた希望を捨てることなく一心に。

錆び付いた挙句に折れたこの剣士に自分がすべきことは、このまま彼を斬り捨てることか?

「お前、名は何と言うでござるか」
「……え?」
「二度言わせるな、名だ」
「く……黒鉄、一輝……です」
「ふむ、鉄(くろがね)か。中々に面白い名でござるな……気が変わった、お主はここでは斬らぬ」

動揺しながらも、身体を起こそうとする一輝に白兵は告げる。

「勘違いするな、お主をここで斬らぬのは善意でも憐みでもない。
 お主のように無力でありながらも折れぬ心を持ち続けた一人の娘と、
 そして嘗てこの『絶刀・鉋』を振るった1人の剣士への、敬意故でござる」

それは本心からか、それとも本心を隠すための言葉かは分からない。
ただ、過去に白兵と出会った二人の人間が、微かに刀としての彼に変化を与えていた。

「拙者にときめいて貰おうと思ったが…その鈍った刃ではときめかせるにも値せんでござるな。
 稽古は得手ではないが…貴様の性根、叩き直してやるでござるよ」

こうして錆白兵は、初めて一人の人間として、1人の剣士に手を差し伸べた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年12月29日 18:25