ふぅ、もうすっかり夜だね。
今日は新月で月も出ていないし外は真っ暗だ。


・・・・・・なんだい、セワシくん?
あそこにある「アレ」がなんなのか知りたいって?

そうだねぇ。
アレはセワシくんが産まれるずっと前にあったものだから知らないのも無理はないか。

アレは説明するにはまず「彼女」の説明をしなきゃいけないね。
タイムマシンで何度も君のおじいちゃん、のび太くんの子供の頃の時代に行ってるから、のび太くんの友達の「ジャイアン」はもう知ってるよね?
彼女はそのジャイアンと深く関わった人なんだ。

話をしよう。
あれは僕が22世紀に帰る前、のび太くんと一緒に暮らしていた頃。
くじで当てた小惑星でねじ巻きシティーを作り、その星を狙う凶悪な脱獄囚と戦う前・・・・・・
いや、銀河超特急でドリーマーズランドへ行き、そこを侵略しようとした寄生生物ヤドリの軍団との戦いに勝って地球に戻ってから一週間ぐらい後だったかな。
まあいい。
彼女は僕らの前に突然現れ、影はあったけど明るくて前向きでとっても良い娘だったよ。


その日は僕ことドラえもん、のび太くん、しずかちゃん、スネ夫くん、そしてジャイアンのいつもの5人で空き地で遊ぶ約束をしていたんだ。
ところが僕らが空き地につく前にジャイアンが血相を変えて僕とのび太くんのところへ走ってきた。
ジャイアンによると先に空き地に着いていたんだけど、そこで傷だらけの女の子が倒れていると言っていた。
急いで僕らが空き地に向かうとジャイアンが言った通り、のび太くんたちより二まわりくらい年上の女の子・・・・・・「彼女」が裸で倒れていたんだ。

・・・・・・オイ、裸と聞いて何エッチなこと考えてるんだよセワシくん。
当事者としてはかなり深刻な問題だったんだぞ。
彼女の体はまるで戦争の最前線にでも行ってきたみたいに全身ボロボロの傷だらけで血まみれだった。
片腕もごっそりとなくなっていた瀕死の重傷だよ。
いったい誰がこんなひどいことを彼女にしたんだと、僕らは憤った。

ジャイアンは既に空き地の近所に住んでいる神成さんに救急車を頼んでいたけど、死にかけている彼女を見て救急車ではとても間に合わないと思って、四次元ポケットから出したどこでもドアで空き地と病院に直接繋いで運び出すことにした。
彼女はすぐさま集中治療室に送られ、かなり危なかったけどなんとか一命を取りとめたよ。
ジャイアンが僕らより先に空き地に行かず、彼女を見つけるのがあと三分遅れれば結果は悲惨なものになっていたかもしれない。

彼女の命が助かったと聞いて、ジャイアンは喜んでいた。
そして彼女もしばらくして意識を取り戻した。
目覚めるなりジャイアンや僕らの顔を見るなりやたら不思議そうな顔をしていたけど、それも無理もないだろう。
いったい空き地で何があったのか聞いてみようとしたけど、彼女は何だか思い詰めたような顔をして答えてくれなかった。
思い出したくないなら無理に聞くべきでもないと思い、いつか話してくれるだろうとも思って聞かないことにした。

そして彼女には不可解な点があることがわかった。
彼女は明らかに日本人の顔と名前を持っているのに、戸籍を持っていなかったんだ。
この件に関してタイムパトロール隊に問い合わせて見て調べてもらうと更に驚くべきことがわかった。
なんと「彼女」はジャイアンが空き地で見つける以前の、過去の世界には存在していなかったことが発覚したんだ。
それまで存在していなかったのに、突然パッとこの世界に現れたんだ。
そしてタイムパトロールが彼女と話し合ったところーーよほど重大なのかタイムパトロールは詳しいことは僕らには話させてくれなかったけどーー彼女は僕らが暮らしていた世界と似て非なる世界「パラレルワールド」から来たことがわかったらしい。
だから彼女はそれまで過去に存在していなかったんだ。
別の世界から突然ワープしてきたイレギュラーと言うべき存在だったのだから。

彼女はそれで元の世界に帰れたのかって?
・・・・・・それは、ダメだった。
この22世紀でもパラレルワールドへ行く方法はまだ確立されていない。
仮にできても無数にあるパラレルワールドの中から彼女の元いた世界を探し当てるには砂漠に落ちた針を探し当てる以上に難しく、10世紀分の時間を費やしても足りないと言われた。

え?
もしもボックスがあるじゃないって?
あれはダメだ。
あれは彼女のいた世界の再現はできても、彼女自身を元の世界に帰すわけじゃない。
そんなのただのまやかしだ。

可哀想だけど僕らが彼女にしてあげられることは何もなく、彼女は二度と元の世界に帰ることはできなかった。
その話を聞いた彼女は「これは私への報いなのかもしれない」と言って何やら物鬱気だったけど受け入れている様子だった。
でも彼女が元の世界に帰れなくなったと聞いて一番涙したのはジャイアンだった。
彼は粗野で乱暴者だけど情に脆い部分があったからね。
家族や友達に永遠に会えないのは可哀想すぎると、まるで自分のことみたいに嘆いていた。

だからジャイアンと僕らは家族や友達に会えなくなった彼女に寂しい思いをさせないために、僕らが彼女の「心の友」になってあげることにしたんだ。


それからしばらくして彼女のケガも治り、元気になって病院から退院した。
タイムパトロールの計らいで戸籍や住む場所、義手も手配された。
そして彼女は生計を立てるためにジャイアンの紹介もあって、ジャイアンの雑貨店で働くことになった。
ジャイアンのママはこんな若い子に仕事なんてできるのかと内心心配していたみたいだけど、彼女は真面目に一生懸命働いた。
それだけでなく見た目より体力もあり、明るくて前向き、オマケに若くて美人ときてる。
彼女のおかげで雑貨店は大繁盛して、いつの間にか彼女は店の看板娘と呼ばれて町の人に親しまれるようになった。

ただ働いて学校に行くだけじゃなくて、彼女は僕らとも交流してくれた。
一緒に遊んでくれたこともあったし、彼女が本気を出したら隠れんぼや鬼ごっこで勝つのは秘密道具のハンデがあっても難しかったな。
のび太くんたちに勉強も教えてくれたよ。
家庭教師が美人で優しいとのび太くんもスネ夫も鼻の下を伸ばしながらやる気を出していて、しずかちゃんが呆れてたな。
とは言いつつ、しずかちゃんも女の子同士の知り合いができておめかしとか二人で楽しく語り合ったそうだけど。
それから彼女はお寿司も作って祝いの日には必ず振る舞ってくれた。
特に彼女の作る太巻きは絶品で、どら焼でもないのに僕は何本もおかわりしたよ。

僕ら5人に優しくしてくれた彼女だけど、命の恩人でもあるジャイアンは特に気にかけている様子で、まるで本物の姉弟みたいに一緒にいることも多かった。
ジャイアンが悲しんでいる時は背中を支えて、彼が乱暴や悪戯を働いた時は叱りつけもした。
喧嘩をしたこともあったけど、二人の仲は誰が見ても良好だったね。
ジャイ子ちゃんも家族にお姉ちゃんができたみたいで喜んでいた。

そういえばジャイアンの乱暴さが鳴りを潜め始めたのも彼女が現れてからだな。
ジャイアンを精神的な意味で大人にしていったのも彼女のおかげかもね。
まあ、のび太とスネ夫がジャイアンに「彼女のことが好きなんだろ?」とか「大きいおっぱいに見とれちゃって」とか言ってからかった時は、二人ともジャイアンにコテンパンにされたけど、今思うと図星を突いてたんだなあれ・・・・・・


のび太くんが立派に育って僕は未来に帰ることになるけど、彼女とジャイアンの話は続く。
ここから先は大人になったのび太くんとしずかちゃんから息子であるノビスケ、つまり君のパパさんから僕に伝わった話になる。

君のおじいちゃんとおばあちゃん、大人になったのび太くんとしずかちゃんが結婚して間もない頃、二人にジャイアンから電話が届いた。

ジャイアンが「彼女」にプロポーズしてOKをもらい、二人が結婚することになったと。
以前から二人が付き合っていたことはわかってたし、彼女はしずかちゃんやジャイ子ちゃんに恋愛相談を持ちかけることも多々あったから、周囲はいつかは二人がくっつくと思っていたらしいけど正にその通りになったわけだ。
おそらくのび太くんとしずかちゃんが結婚した時にジャイアンの昂ぶった好意に火がついてプロポーズを切り出せたらしい。

そして多くの友人や家族に祝われて二人の結婚式はのび太くんとしずかちゃんの式にも負けないくらい盛大に執り行われた。
できれば僕も行きたかったけど未来に帰ってたからね、参加できなかったのは悔しいな。
その結婚式も賑やかでとっても面白かったそうな。
ジャイアンが歌い始めた時はあわや大惨事になるかと皆肝を冷やしたけど、彼の奥さんになる彼女が「歌は私のためだけにハネムーンまで取っておいて」と説得してくれたおかげで惨劇は免れたよ。
それだけでなく結婚式の料理に混じってジャイアンが作ったシチューが皆に振る舞われた時は彼の料理の腕を知るのび太くんたちは青い顔をしてたけど、彼女がジャイアンに真っ当な料理の仕方を教えてくれたおかげで男の料理としては食べられるレベルまでにはなっていたらしい。
愛の力って凄い。

結婚式の出し物には擬似的なヴァーチャル空間を使ったテレビゲームもあったらしい。
二人が大手ゲーム会社の知り合いがいるスネ夫に頼んで用意してもらったそうだ。
当時としては最新鋭の技術で作られたらしく、それで遊べたのは二人のお願いを快諾してくれたスネ夫様々だね。

話の筋書きは彼女が考えたらしく、ロジェン王の使命の下、女神アスナラの力を授かった勇者ジャイアンが三人の親友と共に魔神エーターンの復活を目論む魔女エノシィーマから姫である「彼女」を取り戻すっという話で短いながらも夢幻三剣士ばりに凄く面白かったらしい。
ちなみに参加者もとい編成はジャイアンを主人公にのび太くん、しずかちゃん、スネ夫くんの四人。
のび太くんは背中を安心して任せられる銃使い、しずかちゃんは回復の祈りで味方を支える僧侶、スネ夫くんは強力に援護する魔法使い、そして腕っぷしの強いジャイアンは戦士……かと思ったら忍者だった。
彼は何も装備しない方が強くなる忍者の特性が男らしくて気に入ったそうだね。
ちなみに僕もNPCとしてガイマイト、サッチャー、ユフィッツ、ヤーモット、ヤギュス、ホムル、ユキミ、ミィ・ヤビー、トーノーという近衛兵たちをまとめあげる騎士隊長という形で登場した。
でも二つ名が「王国の青い狸」って……まあ、大人になった彼女から忘れられることなく、僕も彼女の「心の友」になっていただけ良しとしよう。

物語はのび太くんたちやNPCの助力もあって悪い魔女と魔神は倒され、ジャイアンと彼女は幸せなキスをして終了、と素敵なグッドエンディングで幕を引いた。

華やかな結婚式も終わりに近づき、御開きになる。
その前にジャイアンと彼女は結婚式に来てくれた人たちにあるものをプレゼントした。

それはサボテンだった。

贈る花と言えば愛を象徴する赤いバラが一般的で、ずんぐりむっくりしてトゲの生えているサボテンなんて結婚式にはミスマッチに思えるかもしれない。
実際、花に詳しくないのび太くんも最初はそう思ったらしい。

だけど違うんだ。
大事なのは見た目じゃなくて、サボテンの花言葉にあった。

サボテンの花言葉は「偉大」「燃える心と暖かい心」、そして「枯れない愛」なんだ。

サボテンは過酷な地域にもめげることなく生えていることからこれらの花言葉がつけられたそうな。
サボテンは寿命が長くて、ちゃんと育てれば20~30年は生きられる。
彼女とジャイアンは二人で枯れない愛を育むことへの誓いと、心の友たちにも愛する者と一緒にサボテンを育てることで愛を枯らさないようにして欲しいという願いを込めて、贈ったそうだ。

元の世界に帰れなくなった「彼女」はジャイアンという伴侶を得て、結ばれた二人は愛を育むことができた。
そして、かなりの難産にもめげずにヤサシくんという子宝にも恵まれ、家族で幸せに暮らしましたとさ。

おしまい。



ふふ。
セワシくんにも庭にある「アレ」が何なのかそろそろ察しがついたかな?

そう、アレはのび太くんとしずかちゃんがジャイアンと「彼女」の結婚式の日に二人から贈られた時のサボテンなんだよ。
サボテンの寿命が30年までなら結婚式の日は30年以上前になるからその時のサボテンが残ってるのはおかしいって?
いや、確かにサボテンの寿命は30年とさっき言ったけど、実は記録上では最長で200年まで生きることが可能なんだ。
のび太くんとしずかちゃんが親友からの贈り物だからと大切に育てたら、孫の代まで持ってしまい、ここまで大きく育ったんだよ。
のび太くんとしずかちゃんも、話の中の二人のように枯れない愛を育んだ、これはその証なのさ。
そして親や子へ愛の証であるサボテンを枯らさないようにパパさんとママさんもしっかり育て、その間にも枯れることはなかった。
セワシくんが誰を愛することになるのかわからないけど、次にこのサボテンを育てるのは君の番になるね。
そして孫から曾孫、その次の代までサボテンを育てて託して欲しいというのがのび太くんとしずかちゃん、ひいては「彼女」とジャイアンのささやかな願いなんだ。

心配するなよ、君がいざ育てる番になったらサボテンの育て方を教えるよ。
僕ももちろん手伝う。
とりあえず200年は持たせてみようよ。
大丈夫、心の友の贈り物はそのくらい余裕で持つさ。
想いがこういう形で何世代も受け継がれていくなんて素敵でしょ?




あ、そうだセワシくん。
この前、ドリーマーズランド行きのチケットが当たったんだ。
今度、友達とドラミを誘って一緒に遊びに行こうよ。

オススメのアトラクション?
のび太くんと行った西部劇の星は楽しかったけど、今度は忍者の星に行ってみたいな。

――セワシくんはドリーマーズランドへ遊びにいけることを嬉び、さっそくドラミや仲の良い友達に連絡するために居間を出ていった。
はしゃく彼を見ていると僕も自然と微笑んだ。

ふと、窓の外を見るとさっき話した庭にある大きなサボテンに花が咲いていることに気づいた。
少し前から蕾をつけていたから近い内に咲くだろうとは思っていたけど、セワシくんに「彼女」の話をする前はまだ蕾のままであったから、話している内に咲いたのだろう。
この偶然に心なしか「彼女」の話をしたサボテンが気を良くして花を咲かせてくれたと思えなくもない。

サボテンに白く開いた花は本当に綺麗で僕は思わず息を飲み、しばらく眺めていた。


それは何も見えなくなりそうな闇の中に咲いた一輪の光。


その花は暗く寒い夜の中でも力強く逞しく咲き誇り、道に迷った人を照らしてくれる月明かりに似た優しく輝く光のようだった・・・・・・
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最終更新:2025年04月22日 20:52