ぼくはシロ。野原一家の犬。
『おいしそう』という不思議な理由で拾われ、この家にやってきた。
おとうさんのひろしさんはサラリーマン。
ちょっとぬけているのがタマにキズだけど、家族思いの人。
おかあさんのみさえさん。
よく「ようかい」になったりもするけれど、やさしい人。
いもうとのひまちゃん。
おかあさんに似て、かっこいい人やキラキラした物が好き。巻き毛のかわいい野原家のアイドル。
そして、しんちゃん。
よくいたずらをしたりして、おかあさんに怒られているけどいざというときに見せるやさしさがぼくは好きだ。
そんな一家とぼくのにぎやかな日常がこれからもずっと、つづいていく。
…はずだった。


ある日、いきなり野原家のみんなは誰もいなくなりぼくはひとりぼっちになった。
それだけじゃない。みんなが「わるもの」扱いされるようになったのだ。
何が何だかわからなかったけど、1日たてばきっと元通りになるだろう。
だって、今までもそうだった。どんなことがあってもすぐになんとかなる。
その時はしんちゃん達も戻ってきて、夕ごはんに約束の高級焼肉をみんなで食べるんだ…。
そんな願いは翌日の朝の光でうちくだかれることになった。

それでも希望を捨てずにぼくは待ち続けた。
2日、3日、4日、5日、6日、1週間…。
何度朝日を、月を、見ただろうか。
雨の日もあったかもしれない。風が強い日があったかもしれない。
それでも、みんなは帰ってこなかった。
その間にぼくはやせおとろえて、自慢の『わたあめ』のような毛もなえはじめていた。
そりゃあそうだろう。何日も何日も飲まず食わずなのだから。
変わらないことといえば、しんちゃん達が悪くいわれていることぐらいか。
ミッチーヨシリンも北原のおばさんも、その辺を通る人たちもみんなが
野原家に対してああだこうだ、とあることないことを言っている。
悲しかった。みんな、そんなことしないのに。そんな人たちじゃないのに。
吠えたててみんなを黙らせたかったけど、そこまでの力は残っていなかった。

そして、10日目の朝にぼくは決心した。
みんなを探しに行くことを。
おなかはペコペコだし、目の前もグラグラしてるけど、なんとしてでもみんなに会いたかった。
重いからだを引きずり、玄関から外に出る。
最初はどこへ行こうか。とりあえずいつもの散歩コースを行ってみよう。
それから、幼稚園や公園、商店街。いろいろあたってみるんだ…それから、それから…
そうぼんやりする頭の中で考えをめぐらせていると…急にからだが宙を舞った。
最後に見たのは、しんちゃん達がお出かけする時に乗る車によく似たそれだった…。


…ロ、シロ、シーロー!

しばらくふわふわとした感覚が続いたのち、聞き覚えのある声で目が覚めた。
顔を上げると…じゃがいも頭に太いまゆ毛。この特徴的な顔も見おぼえがある。
無理もない、目の前にいるのは…

「んもー、シロってばこんなとこで寝てちゃだめだゾー」
しんちゃんだ。
「まったく、寝相の悪いシロですなー」
ぼくを抱き上げながら、しんちゃんは言う。
「あんたがいうな、あんたが」
茶色のパーマの女の人。おかあさんだ。
「たいやいやー」
ひまちゃん。おかあさんに抱っこされている。
「あはははは。でも、道路で寝ちゃ危ないぞー」
おとうさんが、笑う。
みんな無事だったのだろうか。何事もなかったかのようにそこに立っている。
「そんなことより、聞いてくださいよ。シロー。
やっぱりオラ達『むじつ』だったみたいなんですよ、む・じ・つ。
やれやれ、『おわさがせ』な方達ですなぁ…」
目を線にし、肩をすくめ、しんちゃんはいつもの「やれやれ」ポーズをする。

「「それをいうなら『お騒がせ』!!」」
おとうさんとおかあさんのいつものユニゾンツッコミが決まった。
「そうともいうー」
このしんちゃんの返しもおなじみだ。
ともあれ、よかった。しんちゃん達野原一家に何もなくて。ぼくは、それだけで幸せ。
その時、「健康のしるし」であるお腹の音が一斉になった。
「安心したらお腹すいたー」
「そうねー」
「よし、夕飯の時間には少し早いが焼肉はじめますか!」
「「さんせーい!!」」
「たいやーい!」
みんなそろって、玄関に入っていく。僕もそれにつづいた。
おとうさん、おかあさん、ひまちゃん、しんちゃん。
みんなの姿を見ながら、ぼくは心の中で言った。

―おかえりなさい



クレヨンしんちゃんエピローグ・おしまい

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最終更新:2017年12月17日 19:56