一歩足を踏み出す度にひび割れていく。
声を出す毎に全身が崩れていくのがわかる。
痛みも苦しもないまま、私は私の終わりが近づいてきてるのだと冷静に実感する。


それでも後悔なく歌い続ける。
イキノコレと、歌詞のままに強く強く誓いを謳う。

こういう時はゾンビの体に感謝する。生身だったら雷に撃たれた時点で黒焦げになっていた。実際体験済みなんだから間違いない。
手足が折れたって。剣で切られたって。銃で撃たれたって。
どれだけ無茶をしてもついてきてくれるこの体を、最近はちょっとだけ好きになれていた。



遠くから音が聞こえる。
音楽とは違う荒々しい衝撃。自分では追いつけない、みんなが生きて戦ってる音が。


「ありす、行って。ここはもう大丈夫だから」


呼びかけられたありすは、驚きに目を剥けている。
まるで見てはいけない、痛ましいものを見てしまったように。

「え―――でも、愛さん、それ」
「待ってる人がいるんでしょ。ありすにしか出来ないことがあるんだからそっちを優先して」

歌による呼びかけは成功してる。ユグドラシルの意思はこちらに応え、味方してくれている。
なら後は主催達だけだ。戦いなんて相変わらずわからないけど、楽々済むはずがないぐらい理解してる。
ありすの持つ心意という技。ここで燻らせていていいものじゃない。

「向こうで戦ってる奴らにも、歌を届けてあげてよ。ありすはもう、立派なアイドルなんだから」

死者でも世界に証を刻みつけられるように。生者にだけ残せる足跡があるからと。
先輩から後輩へのエールを送ってあげた。

「後は任せておくんなし。せっかくこないに暖めた場を冷めさせたりはしないでありんす」
「ありすちゃんはありすちゃんが行きたい場所に行ってください。それがきっと、一番のパフォーマンスになりますから」
「―――はい、わかりました」

ゆうぎりと純子の言葉で、ありすも意を決し頷いた。
剣を携えアリス達のいる先へと駆け出す―――直前。

「じゃあ愛さん、言ってきます。―――また後で会いましょうね。
 伝説のアイドルの話、聞きたいことも教わりたいことも、まだたくさん残ってるんですから」

「――――――うん、わかった」

寂しさを残した笑顔。
向けられた問いに、私は曖昧に笑って返すしか出来なかった。

戦線に加わっていくありすを見届ける。
小さくても、僅かでも、前に進み続けられる強さ。可能性の炎を彼女は受け継ぎ、成長させている。
……少しだけ悔しく思う。死んでる私達には、どうあってももう手に入らない眩しさだから。
ふと気が抜けてしまったのか、全身から力が抜けてしまう。
踏みとどまる間もなくくずおれそうになった体を、駆け寄ってきた純子が支えてくれた。

「……ん、ありがと」
「大丈夫、私がフォローします」

いつかあったやり取りで冷静に立ち位置を調整する純子に。
その背中に、私は聞くべきでないことを言った。

「ねえ純子。今の私、大丈夫?」

顔を向けた純子は一瞬、表情を強張らせる。
けれど目を潤ませることもなく。声を震わせるわけもなく。

「はい。いつも通りの愛さんですよ」

ステージの上での、凛々しさに満ちた返事で答えてくれた。
どんな時もちゃんとプロとして通していく。口にしたりシないけど、やっぱ凄いし尊敬するや。

「そっか、よかった。なんか視界がおかしいし目玉ぐらい溶けてるかと思った」
「でも、ちょっとだけ汚れちゃってるかもしれませんね。巽さんのところに戻ったら綺麗に直してもらいましょうね」

その名前を聞いて、即座に脳内でグラサンの顔と、音量オバーのやかましい声が再生された。
数日ぐらいしか経ってない割に随分見てない気がしてたけど、やけに記憶に残ってるみたいだ。
ああ、そうだ。いつの間にかあそこが帰る場所になっていたんだ。


「じゃあ、ザベルさんも付き合ってくださいね」
「エ?俺ェ?♀の間に割り込むと顰蹙買うから空気読んであげてたのに?」
「もう少しだけお願いします。腐れ縁じゃないですか。ゾンビだけに」

ゾンビ男は骸骨の頭を九十度に折り曲げて唸ってみせて。

「……ンッン~~~~~~ナイススメル!オメエらの心にナイススメル!
 首交換プレイもした間柄の愛しの純子のお願いとあっちゃあ仕方ねえなアァ?」

ノリにノッてエレキギターをかき鳴らし始めたザベルに合わせて、どこからともなくBGMも流れ出す。
さすが付き合いが長いだけある。扱いが上手いものだ。

「あらあら、いつの間にゾンビの殿方を得てたなんて、純子はんも中々隅に置けないでありんすねえ」
「あの人はそういうのじゃありませんから。そ、そもそも好みとまったく合ってませんっ」

なんとなくだけど、うちのプロデューサーとノリが似ている気がする。純子と馬が合うわけだ。
呼応したユグドラシルが音楽を抽出してくれているおかげか不協和音は出ていない。


「よォォォッッッしィ!!天国でマスかいてた神サマもブッたまげ、地獄でクソ漏らしてた悪魔も飛び起きる。
 ゾンビィアイドルとゾンビィの帝王のデスコラボ。
 テメエラ全員、鼓膜ほじくり出して聞きやがれェ!!ヒャッハアアアアーーーーーーーーーー!」
『オオオーーーーーーーーーーーーーーー!』

轟く爆音に負けじと声を張り上げる。
ちょっと暴力的すぎる気もするけど、歌のベースには合ってるのはこれでいいだろう。
何より、止まった心臓の代わりには丁度いいゴング(鼓動)だ。



もうこの体は限界だ。
幾ら何でも、神サマの雷を食らうのなんて無茶が過ぎた。
顔だって、ありすが怯えるぐらい酷いものに違いないだろう。いつボロボロと崩れ灰になってもおかしくない。
そうならないでいるのは、自分に流れてきている不思議な力のおかげ。
イデとか無限力とか、名称も中身もハッキリしてないけど、雷からありすを庇った体がまだ動いている理由なのはわかる。




そう、たとえ記憶が薄れても――――――愛は確かに、心の(コア)に。




いったい何曲歌ったのか。
どれだけ時間が経ったのか。
戦いの結末すらも意に介さず、私は歌だけに没頭する。


見ているか、神サマ。
私は此処にいる。死んでゾンビになってもこうしてアイドルをしている。
同じゾンビと、生きている子と、ロボットとだって一緒にステージに立って歌っている。
それが冒涜だとしても知ったことじゃない。
私達のこのSAGA(物語)を、邪魔なんかさせやしないい。




感覚なんてとっくに消えていて、いまも踊っているのか歌っているのかてんで認識出来ていないのに、何故だか上手くやれている確信だけはある。
少しずつ散り散りになっていく意識で、私はこれまで出会ってきた人達のことを考える。


万丈。馬鹿だけど、最初の時からずっと守ってくれたやつ。
最後まで自分のファンに出来なかったのは心残りだ。もっと聴かせられていれば、魅了出来る自信、あったのに。


ありす。小さく、新しい、可能性に満ちたアイドル。
戦いながら歌う姿は眩しいくらいに輝いていた。あなた達のグループの歌、聴いてみたかったな。


さくら。たえ。ゆうぎり。純子。
逝く先でまたアイドルをやろうと考えるのは楽観だろうか。
残していく人たちに悲しませてしまうと思うのは自惚れだろうか。
けどひとつだけ言える。みんなとフランシュシュをやって、本当によかった。




ああ。だめだ。
考えが次から次へと出てくる。まだまだやりたいことが多すぎる。
もっと歌いたい。踊りたい。アイドルがしたい。
みんなともっと、一緒にいたい。
一度死んだくせに、なんて欲深。なんてワガママ。ああ――――――――――――――――――――







「………………………やっぱり、死ぬのはやだな」






花が風に舞う散華のように。
体も意思も、砕け飛び散った欠片がバラバラになる。
水野愛だったゾンビ(死体)が今度こそ天に還る。

零れて出てきたのは、ゾンビでもアイドルでもない、生きていた女の子だったあの頃に置き忘れていた遺言(ことば)だった。


最後に。
思考が落ちる刹那。

――――――ちゃんと、最後まで笑顔でいれたかな。

それだけが、気になった。




【水野愛@ゾンビランドサガ      死亡】

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最終更新:2019年01月21日 23:52