崩壊する横浜駅から脱出を図る士郎。
だが、彼の進む前方に一人の女騎士が待ち構えていた。
白銀の甲冑を纏い、蒼いマントが靡く、手には輝く黄金の剣、そして士郎とって既知である紫髪と素顔。
「さく、ら…!!?」
驚く士郎を他所に、剣を構えた女騎士は俊足の速さで距離を詰めてきた。
士郎の反射神経が辛うじて反応し、投影した干将・莫耶で大剣を受け止める。
「桜、なんでッ!?」
「黙れ、罪人!気安く私の名を呼ぶな!!」
一瞬の鍔迫り合い、そして女騎士は士郎を蹴飛ばした。
距離が離れ一時の停滞が場を支配する。周辺は変わりなく瓦礫が増えていく。
その間に士郎は黄金の聖剣を解析し、その結果に戦慄する。
かの騎士王の聖剣と起源を同じくする神造兵装、『無毀なる湖光』。
その宝具を持つ英雄は一人、円卓最強と謳われている武人―――湖の騎士、ランスロット。
出会った事もないのに相手の実態を掴み取れてしまう程の強烈な剣気を、目の前の少女、本来殺されたはずの『間桐桜』が纏っていた。
目の前の少女は士郎の思い出に残るどの表情を現さず、見た事のない凛として強かな―――そう、それはかの騎士王と同じ戦人としての剣幕を士郎に向けていた。
それは、彼が知る『間桐桜』とは違う別人になっているとしか言いようがなく―――
「―――我が名は、サクラ・シンセシス・イマジナリー。
最高司祭アドミニストレータ様の天命で馳せ参じた整合騎士、貴様のような咎人を討伐する者だ!」
彼女は名乗りを挙げると同時に啖呵を切り、再び士郎と刃を交えた。
―――短いようで長いような激しい剣舞を演じる二人、エスコートするのは常に少女騎士だった。
投射される剣、剣、剣、それらを軽々しく弾き、火花を散らせ、容易く折り砕く。
やがて急接近にて懐まで迫る、最終防衛のために双剣を構える。
下より振り上げられる渾身の剣撃、受け止めた上で暴風の如く宙に飛ばされる。
一蹴りの跳躍でさらなる上から剣を振り上げる、予期した危機を前に事前準備した『全投影連続層写』を展開。
追撃を止めて全弾を剣一本で難なく迎撃、なんとか落下の衝撃を受け身で軽減する。
一方は何事もなかったかのように降り立ち、再び崩落する駅の悲鳴が聞き取れるようになる。
「…しぶといですね。なぜ墜ちないんですか」
「…こっちだって、死に物狂いだ。そう簡単に諦めない」
―――これまでの攻防で、士郎は感じとる。
目の前の少女はかの騎士王と同等かそれ以上の剣士であることを。
雰囲気はサーヴァントに近いが、間違いなく生身の人間であることを。
そして自分を整合騎士と名乗り、以前の記憶を失い主催者の傀儡になっていることを。
つまり、蘇生、記憶操作、そして改造により強化された少女である、と。
―――ロワ開始前に見せつけられた、桜が何者かに斬り倒された光景。
―――それで士郎は彼女を殺されてしまった、と思っていたが。
―――もしかしたら、実はまだ桜の息が残っていて、主催者が彼女を利用した。
―――そのような希望を、この時の士郎は抱いたのかもしれない。
だから、士郎は、彼女を解放するために、全力で立ち向かった。
整合騎士サクラが圧倒的な攻め手を極めるに対し、騎士王に鍛えられた士郎は防戦一方でそれを耐え忍んだ。
そして今、サクラが一旦手を緩めた時を見計らって、士郎は相手を信じ「鶴翼三連」を放つ。
当然、最優の騎士はそれを防いだが、それを見越して士郎は次の手を放った。
かつては敵対し、いつしか味方として共に戦ったライダーの主武装、鎖付きの短剣を白銀の甲冑に巻き取った。
身動きが取れなくなった整合騎士サクラ、そして士郎は最後の詰めとしてある宝具の投影を始めた。
『破戒すべき全ての符』―――聖杯戦争でキャスターが保有していた対魔術宝具。
あらゆる魔術を初期化する、たとえマスターとサーヴァントの間にある魔術的な契約ですら絶ってしまう切り札。
この宝具ならば主催者の支配、整合騎士という楔も解けるはずだ、士郎は自信をもって投影に集中しようとした。
「――多種多様な手数の多さ、折れない剣の如く耐え抜く技巧、そして諦めない強靭な意思。
どうやら私は貴方のことを侮り過ぎていたようです。
貴方をただの断罪するだけの罪人として扱った、その非礼をお詫びしましょう。
―――これからは対峙するに相応しい強敵として、こちらも総力を挙げて応じさせて頂きます!」
だが、異変が起きた。
整合騎士サクラは手に持った聖剣を虚空に収める。
そして彼女を拘束していた鎖が紫光に染まり、何故か勝手に緩んでしまった―――否、彼女が自分の意思で緩めたのだ。
理解の追いつかない事態に動揺する士郎に対し、サクラは両手を天に掲げた。
先の「鶴翼三連」の際に一対の干将・莫耶が真上に天高く弾かれていたが、落ちてきたそれをサクラが掴み取る。
瞬く間に紫光を帯びる双剣、そして目に留まらぬ速さで二本を士郎に投げつけた。
容赦ない連撃に切り刻まれる士郎、しかし痛む身体を無理矢理無視してとある事実に向き合う。
サクラが手にした干将・莫耶も彼女に支配されていた、先程の鎖と同様に。
つまり、彼女が手にした武器は、どんなものであろうと自分の宝具として扱える―――
その正体は、『騎士は徒手にて死せず』。
騎士ランスロットのある逸話が自身の宝具として昇華された能力。
それを、デミ・サーヴァントとなった整合騎士サクラも扱えない訳がない。
『無毀なる湖光』を封印すれば、投影魔術を要とする士郎にとって最悪の相性となる最強の戦士に、サクラはなれるのだ。
その事実は揺るぎない絶望の壁となって立ち塞がる、がしかし士郎は諦める事など一切考えなかった。
すべては「桜を救いたい」という絶対の意思。
それだけで聳える完璧すら飛び越えるまで挑み続ける。
そう心に刻まれているのだから。
しかし無情かな、想いは描けど士郎の身体はとうの昔に限界を超えていた。
元の世界での陰惨な聖杯戦争では自身を無視した無茶無謀を押し通し、それで奇跡的に終盤まで死なずにいたが、それでも心身共に使い物にならない寸前だった。
廃人寸前の彼を主催者は拾い天命を与えはしたが、その内に蓄積された導火線はそのままで、いつ爆発してもおかしくない状態で放り出した。
加えて元よりボロボロな状態にも関わらず、彼はこの殺し合いでも戦い傷つき消耗してきた。
そして先の攻撃で致命傷を受けた士郎は、もはや立ち上がる力すら失い地面に伏し倒れた。
「勝負ありです。その傷では流石の貴方でも戦えないでしょう。
今、楽にしてあげます。」
敵を無力化した整合騎士サクラはその天命を剥奪するために『無毀なる湖光』を再び手に握った。
力尽きた獲物だが油断することなく、カツッ、カツッ、と一歩一歩と歩み寄る。
遂に相手は動くことなく、目前に迫ったサクラは剣を振り上げた。
相手の顔を見据えた時、その視線が自分の足元に向いている事に気づき、念のために一瞥だけで済ませようとした。
そこにあったのは、ちっぽけな小物だった。
5片の花びらが描かれた小さいなストラップと繋がった2本の鍵、それが先程の拍子で士郎の懐から落ちたようだ。
それを直視した瞬間、彼女の頭の中で膨大なノイズが走った。
誰か大切な人からその鍵を受け取り喜んだ想い、雨の中誰かに抱き締められ一緒に鍵を握った感触、自ら鍵を外して何処からか出ていった後悔と決意。
最高司祭により天界から召喚された整合騎士ならば持ち得ないものが、どんどん内から溢れ出てくる。
今の虚構と過去の記憶との齟齬に頭が苛まれ、片手で聖剣を保持しつつもサクラはもう片手で頭を押さえた。
例え隙を晒そうとも抑えられない痛み、もはや断罪どころの状態ではなかった。
彼女が足元の鍵を見た瞬間に始まった突然の変異を士郎は見ていた。
彼が落としたそれは、以前桜に渡した士郎の家の合鍵だ。
何故か最初から持っていたそれを彼は形見のように大切にしていた。
それが彼女の奥底に眠るものを刺激したのではないか―――とにかく、士郎はこのチャンスを逃さなかった。
力尽きた身体に鞭を打ち、振り絞った気力で立ち上がり、自分の中の拒絶反応を黙らせて、たたらを踏んで後ろに退いたサクラに歩み寄った。
たとえこれで自分が死のうとも構わない、彼女を救うために士郎は歩みを辞めなかった。
先程まで凛としていたはずの騎士が苦悶の表情を浮かべながら士郎を見た。
「わた、し、は…せん、ぱい…?」
その時、彼女は何かと被る姿を見て、一瞬だけ穏やかな表情を浮かべた。
士郎も、重苦しい疲労を押しのけて穏やかな表情を浮かべ、あと少しの距離に迫った。
これで終わる、そう信じた土壇場で、整合騎士の使命がサクラの顔を強ばらせた。
「これ、以上…私、を…惑わすなっ!!」
眼前に居た士郎に向かって、サクラは剣を突き刺した。
胴を突き抜け、灼熱が弾け飛び、真紅が迸る。もはや感覚まで死にかけていた士郎は、それでも彼女をただ見つめていた。
対照的に整合騎士サクラの強張った顔は弛緩した、自分を惑わす強敵を討てた悦びに一度は破顔した。
―――ならば、なぜ頬に熱いものが流れ落ちるのだろうか
そして、彼女は胸元にチクリと痛みを感じた。
それは、瀕死の士郎が手に持つ奇形の短刀を刺された痛みではない。
―――自分の最愛の人を、自らの手で傷つけてしまった心の痛みであった。
「…ぇ、ぁ…うそ、いや…」
少女は混乱した。自分の意思とはかけ離れた現実が過酷である。受け止められない、向き合えない。もう暴走する情動が自然に発露する他ない。
だから少女の激動が泣き叫ぶ―――そう思われたが。
目の前の少年が優しく抱きしめた瞬間、それは納まってしまった。
「大丈夫だ、桜。これくらいの傷、もう慣れたものさ。
それに、桜は後悔しなくていい。たとえ桜が誰かに唆されて俺と対峙したとしても、俺が絶対に桜を正してやるから、安心しろ。
―――前に言っただろう、俺は桜を守るって。
俺は、桜の為だけの正義の味方になる、って」
―――嗚呼、この人は、なんでこんな時にそのような事を言うのだろうか。
―――誰が見たって、あなたの終わりが目に見えているのに、彼自身は私を事しか考えていない。
―――そんなものよりも、私は、あなたが無事でいる事を望んでいるのに。
―――それでも、嬉しいと思うのは何故なんだろうか。
しばらく抱き締め合っていた二人だが、少年は糸が切れたかのように崩れ落ちようとしていたため、少女は彼を抱き抱えながら一緒に地面に座り込んだ。
「…あはは、恰好付けてみたけど、さすがにもう体がうごかないや。
ごめん、桜。このまましばらく、こうしていてもいいか?」
「はい…先輩。こんな私で、良ければ」
少女の瞳は潤いに満ち溢れていたが、満面の笑みで少年の願いを迎え入れた。
二人はその場から動かず、周囲の喧噪も気にせずに、平穏な一時を共にした。
もはや出口は塞がれ、広かった空間も狭まり、瓦礫と埃に包まれていた。
そして横浜駅全体が完全に崩落し、少年と少女は人知れぬ場所に消えていった。
【衛宮士郎@Fate/stay night 死亡】
【整合騎士サクラ@混沌ロワ5 消滅】
最終更新:2019年01月24日 14:27