黄昏の空。
潰えた野望。神々の終焉の後に残る大地は黄金色に染まっていた。
生き残った人達の喝采に周囲が湧く。長く続いてきた戦いに遂に最後が訪れたのだと。
そして、天命が潰えた者にも。
ブローノ・ブチャラティの体は朽ちようとしていた。ここに集められる前からとうに男の命は尽きていた。
それを仲間の奇跡で僅かに生き永らえ、その命もまっとうした後で、再びここで生に舞い戻された。
その玩弄の時もここで終わりだ。今度こそ彼の人生は幕を閉じる。奴隷にように繰り返される循環から、ようやく解き放たれようとしていた。

「逝くでありんすか」

とうに立ち上がる力もない彼を抱きとめるのは、ここで最も付き合いの長い相棒だ。
ゆうぎり。彼女もまた同じ死者であった。100年の時を経て蘇り、何の因果かアイドルをすることになった伝説の花魁。

「ああ。世話をかけたな」
「世話になりっぱなしなのはこっちでありんす。ほんとに、お疲れでありんしたね」

横たえたブチャラティの頭を、自分の膝に乗せるゆうぎり。
その表情は穏やかだった。死も別れにも動じない、見た目にそぐわぬ肝の太さ。
激動の時代の渦中に居合わせ、酸いも甘いも噛み分けた『女』の顔だ。
そうやって成長した女性の強さを、ブチャラティは知っていた。だからこそ行動を共にすることにも抵抗がなかったのかもしれない。


「どうでありんしたか?わっちらフランシュシュの歌は聴こえておりんした?」
「正直言って、よくわからんな。ジャポーネの曲を聴くのは初めてだ。『マイルス・デイビス』なら聴くんだがな」
「あり、残念でありんすね」

「ただ、こんな状態だからだろうな……『言葉』ではなく『心』で理解できた。
 魂に染み入るようなというか、俺のもっとも深いところで……お前たちの『覚悟』の強さを感じた」
「それは重畳。一時でも魅せられたなら花魁冥利に尽きますゆえ」


芸能に疎い男なりに真摯に紡ぎ出した感想に、ゆうぎりは穏やかに微笑んだ。
冷静で、情に厚く、鋼のような硬く信念を貫く精神。死にゆく己の体を見ても些かのブレも見せていない。
昔に逢瀬を重ねた志士たちを思い起こすような男だった。
何かを変えようと決意した男の強さを、ゆうぎりは知っていた。だからこそ行動を共にすることにも抵抗がなかったのかもしれない。


忘れかけていた郷愁の念が、ゆうぎりに蠱惑的な誘いを口走らせた。


「このまま消えるのもなんでしたら、うちに来るでありんすか?巽はんなら、ゾンビでもなんでもして残っていられるかもしれまへん。
 巽はんのことやし、そのままアイドルをやらされるなんてのも、あり得るでありんすねえ」
「笑えない……冗談だな」
「そうでありんすか?アイドル衣装のブチャラティはん、可愛らしいと思いますえ。
 わっちは――――――」
「いいや」

言葉を制したブチャラティの朽ちかけた指が、ゆうぎりの頬へと伸びた。



「この味は……ウソをついてる『味』だぜ……」



淑女に敬意を払った紳士のように、目尻に溜まっていた雫を指が拭った。

「ええ、そうでありんす。ただわっちが、ブチャラティはんに逝って欲しくないだけでありんすね」

伸ばされた手を優美に取る。氷のように冷たい肌からは体温も脈も感じない。
けれど、ゆうぎりは熱を感じていた。ブチャラティもきっと、そうであろうと思いたかった。

「悪いな。今のお前たちを否定するつもりはないが、死んで生き返ってを何度も繰り返すのを、俺は人生だと思わない。
 神の運命という『眠れる奴隷』を解放できた時点で、俺のやるべきことは全て終えたんだ。
 ここが終着駅だ。俺が納得し、そう決めた。だからもう、いいんだ」

未練は果たした。
託すべきものは託した。
ならばもう、無理に生き永らえることもない。
安心して全てを手放していけると。

「男って人は、いつの時代も強情でありんすね」
「性分だ。ギャングの世界じゃあやると決めたらトコトンやるもんだ」

知っている。男という生き物は誰も彼もいつも女を残して去っていってしまう。
そんなものまで似てなくてもいいのに―――益体もない思いをただ胸に秘める。


「いつか、ブチャラティはんのいうジョルノはんって子も見てみたいでありんすね」
「やめておけ。ギャングとアイドルだ。文字通り住む世界が違う」
「アイドルでもゾンビで花魁でありんす。任侠の世界に闇と色はつきもの。
 それに時代も性別も超えて集まったのが、わっちらフランシュシュ。
 今の世界は広いのでありんしょう?場所の違いくらいどうとでもなりやす。
 わっちとあんたはんも、そうでしたろ?」
「フッ……そういえば、そうだったな…………」


微睡むような夢を見る。
自分がいなくなった後の場所に新しく吹く風を。
実を結ばぬ徒花でも、黄金のような体験をすれば、いつか美しい花を咲かすだろう。


一迅の爽やかな風が、ふたりの間に吹いた。
とても晴れやかな気持ちでブチャラティは空を見上げた。
静かに奏でられる、鎮魂歌(レクイエム)に聞き入るように。




アリーヴェデルチ(さよならだ)

ありぃべでるち(おさらばえ)




風に乗って、ブチャラティの魂が離れていく。
ゆうぎりの手を離れて、遠い遠い場所に昇っていく。
あるべきものは、あるべきところに。
生と死、波乱と激動に囲まれた任侠(ギャング)の奇妙な冒険は、ここに終止符(ピリオド)を打ったのだ。

立ち上がったゆうぎりの横顔には、既に憂いは晴れていた。
瞳から僅かに覗いていた哀しみは、一度目を擦り指を振るっただけでさっぱりと消えていた。
背筋を張って凛とした佇まいは、どこから見てもいつも通りの悠然さで。
逢瀬も別離も全てをあるがままに受け入れた、それは成熟した女の姿だった。



【ブローノ・ブチャラティ@ジョジョの奇妙な冒険      死亡】

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最終更新:2019年01月21日 23:27