―――勇者と魔王が集いし決闘の地。
そこでは善も悪も関係なく殺し合いを強要され、殆どの英傑と覇王が戦いの末に消え去った。
やがて舞台を創造した超越者達が姿を現し、人・魔・神による大激突へと発展。
それは、天変地異の連続であった。
まるで大嵐のような、きっと一歩違っただけで命を散らしたであろうその天災を乗り越えて―――
私、結城友奈は奇跡的に生き延びた。
……ううん、違う。奇跡なんかじゃない。
あの場に集まった仲間達の絆があったからこそ。
沢山の勇者と魔王が一つとなって力を貸してくれたからこそ。
そして、勇者部のみんなが最後まで私を後押ししてくれたからこそ。
今の私は、「生きている」んだ。
全ての戦いが終わり世界が闇に飲まれる寸前、私達は突然現れたミレディさんのおかげでなんとか無事に脱出することができた。
その後、束の間の時間しか残されていない私達は最後に短い交流を経てそれぞれの世界に帰ることとなった。
あの不安渦巻く環境で最初に出会った可愛らしくて本当に強い魔王、そして親友となったミリムちゃんは最後まで別れたくないと号泣してくれた。
私もミリムちゃんと分かれるのは辛くて泣いちゃたけど、それでも互いに帰らなくちゃいけない場所があるから。
だから私は髪飾りを渡して、「最初から最後まで私と一緒にいてくれて、本当にありがとう…!」と泣きながら感謝の言葉とともに彼女を見送った。
もう一人の親友・ユエちゃんも一緒に別れを惜しんで泣いてくれた。
ユエちゃんもこのバトルロワイアルで大切な人を失って寂しそうだったけど、最後には元の世界に戻って色々な事をするって言っていた。
だから、これからも頑張って強く「生きよう」とするユエちゃんにも友情の証としてリボンをプレゼントして、彼女が帰る姿も見送った。
その他のみんなも最後まで互いに励まし合い、終わりの時間が迫った頃には各々の道を進んでいった。
そして私も、神樹様の導きを頼りに故郷へ帰路を辿って行った。
神樹様の祠の近くに降り立った私は、すぐに現れた大赦の人によって保護された。
そのまま病院へ連れられ、精密検査を受けた後に経過観察のため数日入院することとなった。
その間、大赦から様々な質問を受けた。私は、私の知る限りあの異世界で起きた出来事を包み隠さず説明した。
逆に私も大赦にいくつか質問してみた。一部は答えてくれたけど、どうやら大赦も分からない事が多いようで殆ど答えがなかった。
その後、日常に戻った私は讃州中学校に登校して、やっぱりみんなから驚きと心配の声を受けた。
何故なら、『勇者部全員が集まっている時に交通事故が起きて、助かったのが結城友奈ただ1人だった』と聞かされている人ばかりだから。
これは大赦が流した作り話。私も入院中に知らされていたから、なんとかその内容に合わせてその場その場を誤魔化した。
ただ……少し心痛く、哀しかった。
◆ ◆ ◆
放課後、私はいつもの場所に向かって廊下を進んだ。
家庭科準備室を間借りして使っている、勇者部の部室。私達の居場所。
だけど扉を開けた先にあるはずの光景は、どこか欠けていた。
書きかけの台本、配置されたタロットカード、並べられたサプリメント、そして電源の落ちたパソコン。
さらに足を踏み入れて奥を覗いたがやはり人気はなく、黒板に5人分の白文字だけが残っていた。
そこには全員揃っているのに、今ここにいるのは、私だけ。
ぐっ、とナニか来るものがあった。
今まで黙っていたソレが、湧き出ようとしていた。
ここでソレを吐き出しても良かったのに、何故か、私は意味もなく堪えていた。
たぶんあの場所で、何度も何度も奪われて枯れ果てたから、私の感覚が麻痺しているのかもしれない。
それとも…
「ごめんください」
スライドドアの動く音と在室確認の一声、それらを聞いて私の感傷は一旦収まった。
同時に湧き上がる疑問、一体誰だろう?
緩んだ心に気を引き締めて、私は応対のために表に出た。
扉の前には一人の少女が立っていた。
……やっぱり誰だろう。でも、どこかで聞きた覚えのある声だった。
「やっぱり、ここにいた」
「これで会うのは二回目だけど…わかるかな?」
「あはは、前に会った時は私寝たきりの状態だったし、顔の殆ども包帯ぐるぐるで隠れてたから、わからないよね」
「それじゃあ、改めて自己紹介」
「近々この讃州中学校に復学する、乃木園子です」
「今日は友奈ちゃんに話したいことがあって、会いに来ました」
全く予想外で、意外な来訪者だった。
私達以前にバーテックスと戦った先輩の勇者。勇者システムの真相を教えてくれた半分神様。そして、戦いの果てに全身不随となった少女。
だけど、今の彼女は以前とは違い全く健全な状態であり、自らの足でここまで来たようだ。
一体なぜ、どうして、ここに…?
◆ ◆ ◆
「話したいことが沢山あってどこから始めればいいのか迷うけど…やっぱり、わっしーについての事から話そっか」
「わっしー…それって、東郷さんの事?」
「そう、東郷美森。それが彼女の本来の名前。だけど、2年前は鷲尾須美って名前だったんだよ」
部室に招き入れた後、乃木さんは2年前の事について話し出した。
2年前、東郷美森は鷲尾家の養女となり、名前も鷲尾須美として生活していた。
鷲尾須美、乃木園子、そしてもう一人の少女の三人が勇者として選ばれてバーテックスと戦っていた。
話の間には日常の彼女達についても軽く触れられたが、それだけでも三人の間に固く強く結ばれた友情があったことを読み取れた。
その直後、もう一人の勇者が負傷した二人と神樹様を護るために孤軍奮闘し、命と引き換えに敵を撃退したと聞かされた。
傷つきつつも残された二人は、亡き親友のためにその後も懸命に戦い続けた。
そして最後の決戦の前、勇者システムが更新され彼女達はさらに強くなった…その先の悲劇を知らぬままに。
2回の満開と散華により鷲尾須美は両足と記憶を失った。復活したバーテックスを倒す為、乃木園子は殆どの身体機能を代償に敵を追い払った。
かくして、一人の少女は元の名前に戻って勇者の務めと親友との思い出を忘却してしまった。
かくして、一人の少女は神樹様に近しい存在として祀り上げられ世俗と隔たれてしまった。
「だけど、もう神様として祀られるのはもうおしまい。
天の神の脅威がなくなったことで、神樹様が身体を元に戻してくれたんだ。
だからこうして、私は自分の足であなたに会いに来れた。ありがとう、友奈ちゃん」
大赦や一部の人には私が天の神を倒したという風に認識されている。
実際には私の他にも一緒に戦ってくれた人がいて、敗北を認めた天の神が何処かに去ってしまっただけだけど。
結局は人類の脅威を取り除いたことには変わりはないので、下手に訂正を入れずにそのままにしておいた。
「それと…もう一つ、絶対に友奈ちゃんには知らせなきゃいけない事があるの」
より真剣な顔になった乃木さんの口から紡がれた、衝撃の事実。
それは、『天の神が大赦に取引を持ち掛けた』という話を。
曰く、今後長い間は神樹と人類を脅かす行動をとらない代わりに現役の勇者5名を差し出せ、と天の神側が要求したそうだ。
大赦側はその内容と現状を精査・検証し、総合的に判断した上でその要求を受諾した。
こうして勇者に知らされぬまま取引は成立、5人は天の神に連れ去られあの壮絶な殺し合いに参加させられた。
―――乃木さんが語った真相に、私はショックを受けた。
つまり、私達勇者部の5人は生贄として差し出されたのだ。しかも私達の身に係わる話なのに、無断で勝手に話を進められた。
強大な存在を前に大赦は屈指し、勇者を信じられず身売りした、そんな風にしか感じられなかった。
今まで私達は、代償を払ってまで神樹様と人々を守るために戦ったのに…
一拍置いて、乃木さんが歯噛みするように続けた。
「…私は、何もできなかった」
「その取引を聞かされて、私は反対した。だけど、止められなかった」
「せめて私が代わりになりたかった。みんなを助けに行きたかった。だけど、それもできなかった」
それは、心に陰った雲を晴らす一筋の光だった。
その無念の想いは、逆に私達の身を案じてくれていたことがよくよく感じられた。
大赦とは違い圧力や脅威に屈せず、私達と共にあろうとする一人の少女の存在が、とても心強かった。
「ただ祀られるだけの現人神。いざという時の切り札。それが大赦が定めた私の役割…」
「そのせいで、大切な友達を救えずに失ってしまった…」
「それだけじゃない。勇者部の皆も見殺しにしてしまった…」
「そして、友奈ちゃんを一人にさせてしまった…」
「本当に…ごめんなさい…!」
キラリと、零れる一筋の光。
ここにきて、やっと、私の心が氷解した。
なんで意味もなく堪えていたのか―――だって、周りには共感できる人がいなかったから。
クラスの皆や周囲の人々は真相を知らず、みんなの死を正しく知ることもない。
大赦の人は真相を知っていても表には出さず、みんなの死を悲しんではくれない。
誰しもが勇者部のみんなの事を正しく想ってはくれないのだと、そう思っていた。
だけど違う。ここに、私以外にも、みんなの事を大切に想ってくれる人がいる。
そうとわかれば、いつの間にか、自然に頬に伝うものがあった。
同時に、私は目の前で小さく震えている少女の手をそっと握った。
「乃木さん、ううん、園子ちゃん」
「私も、何もできなかった」
「大切な友達を助けたかった。全員で一緒に帰りたかった」
「でも、みんなに会えなくて。みんながいなくなった事を知らされた時、私は泣く事しかできなかった」
それは私の中でいつまでも残る後悔。
変更できない結末を拒み、何度でもやり直しを願いたくなる衝動に駆られた。
もしくは、在りし日の勇者部を回想し続けて、現実に戻らない事もあり得ただろう。
だけど、私はみんなと約束したんだ。
―――「生きる」んだ、と。
「でもね、みんな私の傍にいてくれた。ピンチな時にみんなが助けてくれた。いつもの表情で、私を応援してくれた」
「ここにいなくても、みんなは幸せを願っているのがわかったから。だから、私はみんなの分まで頑張るつもり」
「だから、園子ちゃんも、もう後悔しなくていいよ」
「……それにね、東郷さんが最後の別れの前に言っていたんだ」
そして私は彼女に抱き付いて、言葉を囁いた。
『私の代わりに、そのっちを抱き締めてあげて。そして、仲良くしてね』
一瞬、園子ちゃんの体が反応した。
顔は見えないが、小さな言葉にならない声は聞こえた。
そして強く抱き返された。私も、ぎゅっと力を加えた。
「だから今は、みんなの事を想ってくれれば、それで十分だよ」
あとは気が済むまで、二人で泣き続けた。
ここにいないみんなの想いを感じながら。
英霊となった勇者達のために、泣き続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
後日、讃州中学校に新たな少女がやってきた。
乃木園子。
療養のため休学していたが回復したため復学し、私達のクラスに編入した、という形で彼女がやってきた。
事前に彼女から聞いていたとはいえ、まさか同じクラスで席も隣同士になるなんて。
当然お互い驚き、そして喜び合った。
それからすぐに私達は親友同士になり、「園ちゃん」「ゆーゆ」と呼び合うようになり。
さらに私が一人で続けていた勇者部に入部してくれて、二人で部活動を再開した。
さすがに幼稚園での演劇はしばらくお休みだけど、一緒にゴミ拾いをしたり、ペットの猫ちゃんを探したり、色々な手助けを二人でこなした。
今は二人とも神樹様の勇者から解放された。
だけど、「勇者」は困っている人を助けるもの。
だから私たちはこれからも勇者を続けます。
そして新学期になり、私達も中学三年生になりました。
これから新たに入学生がやってくるので、私達は部員を増やすために色々と準備しています。
部長の風先輩が創部して、東郷さん、夏凛ちゃん、樹ちゃんと一緒に活動してきた、この勇者部。
みんなの想いをこれからもずっと継がせるためにも、私達、頑張ります。
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最終更新:2019年10月28日 05:36