「…ところで一つ聞きたいことがあるんだけど…いい、かな?」
明るい口調でハルトマンは問いかける。先程までトゥルーデに抱きついて泣きじゃくってたのが、まるで嘘のように。
「別に構わないが…なんだハルトマン?」
何か気になる事でもあったのだろうか…?と思いつつ、ハルトマンの言葉を待つトゥルーデ。しかし彼女の口から出たのは、トゥルーデにとっては予想外にも程がある言葉だった。
「トゥルーデはさ…キラって子のこと、好きなの?」
「な……!?お、お前…いきなりっ、何の事を…何を言ってるんだお前はっ!?」
みるみる内に顔を赤くしながら、トゥルーデはあからさまに動揺してしまう。
まさかハルトマンがその事を聞いてくるとは思っておらず、またその事がバレているとも思っていなかったところにこの質問が来たのである。普段はカールスラント軍人として冷静であろうと努めているトゥルーデであったが…今の彼女にはどう頑張っても、平静を保つ事はおろか冷静になる事すらも不可能であった。
「…へー……やっぱりそうなんだ〜」
(…えっ、あれで誰にもバレてないと思ってたの…?)
と思うも、ハルトマンはそのまま言葉を続ける。
「…先に言っとくけど、わたしは…トゥルーデにはあっちの世界に行って欲しくないなー…って」
「…どうしてそう思ったんだ、ハルトマン…?」
「だって…まだまだトゥルーデと一緒に居たいし、二度と会えなくなるなんて嫌だし…話聞いた感じだと、同じ人間同士なのに…強要されてるワケでもないのに……殺し合ってるみたいだし…わたしたちの世界よりずーっと死ぬ確率高いんだよ…?
…それに、あっちの世界に行くってことは、クリスを…妹を、たった一人の家族を置いてくことになるんだよ?トゥルーデはそれでもいいの…?」
正確には同じ人間同士が殺し合ってる訳では無いのだが、彼女にとってそんな事はどうでもよかった。ただ悲しそうに、しかしどこか諭すかのように、ハルトマンは問いかける。
少し間が空いた後、答えが帰って来た。
「……わかっている、わかっているさそんな事…!…だからどうするべきかで悩んでいるんだ…。
…お前の言う通り、クリスは大切な妹で、たった一人の家族だ…お前たちも…かけがえのない大切な仲間だ…置いてなんて行けない。行きたくない…!
行けるわけがないんだ!…これ以上かけがえのないものを…大切な人を失いたくないんだ…!
…置いて行かれる辛さも…悲しさも…苦しさも…私は嫌と言うほど、知っているつもりだ…。
……だけど…私にとってはあいつも…キラも、かけがえのない存在なのだと…気付かされた…いや、気付いてしまったんだ…。
……教えてくれハルトマン。私は…私はどうしたらいい…?…情けない事に私は、自分一人じゃどうすればいいのかも、どちらを選べばいいのかも決められそうにない…」
ここまで抱え込んでいた感情を吐露するトゥルーデ。
そんな彼女を見てハルトマンは、申し訳なさを感じながら謝った。
「ごめんトゥルーデ…ちょっと言い方キツかったかも」
「…すまないハルトマン、こちらこそ熱くなり過ぎた……」
そして暫し考え込んだ後、再びハルトマンは話し始める。
「…さっきはああ言ったけど、それ以上にわたしは…トゥルーデには幸せになって欲しいし、幸せを掴んで欲しい。トゥルーデが幸せになってくれるんなら、わたしはそれでいいんだ。
……だからさ、こういう時は自分の心に素直になっていいと思うよ、トゥルーデ。後悔なんてしたくない…でしょ?」
(こういうこと言うの、照れくさいんだけどな〜…)
そう思いながらもハルトマンは、自分の気持ちを伝えた上で、自分たちと彼との…キラとの間で板挟みになって苦悩しているトゥルーデの背中を押そうとしていた。
「……私は……」
「だいじょーぶ、トゥルーデがあっちの世界に行くことなったら、その時はわたしがクリスの面倒見るから。トゥルーデの…いや、トゥルーデだけじゃない。死んじゃった宮藤やさーにゃん、エイラの分まで…わたしが頑張るよ。
…そのための力も、なんか手に入っちゃったしね」
なおも苦悩し続けるトゥルーデを安心させようと、優しい口調で喋りながら、ハルトマンはあっけらかんと笑う。
「ハルトマン…お前…」
「それに…そのキラって子の方がどう思ってるのかはまだわかんないんだろ?なら悩む前に、直接聞きに行ってもいいんじゃないかな。
もしその子がこっちの世界に来たがってるようなら…勿論わたしは歓迎するつもりだよ」
(出来ればそうなってくれると、色々ありがたいんだけどねー…やっぱ難しいかなあ…彼にも彼の事情とかあるだろうし…)
と思慮しながら、ハルトマンはトゥルーデの背中を押した。
それを聞いた後、トゥルーデは暫し考え込む。
───そして彼女は決断した。
「……それもそう…だな……ありがとうエーリカ。私は私の心に、素直に従ってみる事にするよ」
最終的には自分の心に従う事を選んだのである。
キラ本人にどうしたいのかを聞きに行きたいという、自らの心に。
「にしし…どういたしましてだよ、トゥルーデ!」
ハルトマンは満面の笑みを見せる。
例え結果がどう転んでも、この戦友が後悔をする事は無いだろう…そう確信したが故の笑顔であった。
しかし、後は送り出すだけというタイミングで、彼女はうっかり口を滑らせてしまう。
「……それにしても…ほんと、不器用でヘタレなところあるよねートゥルーデって」
「……おい、聞こえているぞハルトマン……!!」
「げっ…!聞こえたの…!?待って待って!!先聞きに行った方がいいよトゥルーデ!今行かなきゃ絶対後悔するからっ!」
つい口から出た呟きを聞かれていた事に動揺し、ハルトマンは慌ててトゥルーデを急かす。
「ああ……お前の言う通り、後悔はしたく無いからな。今は聞きに行く事にする。
…それが終わったら……覚悟しておけよ?ハルトマン…!」
怒りを見せながらそう言い残すと、トゥルーデは部屋を出て行った。
彼女の足音が離れていき、やがて聞こえなくなった後、一人部屋に残されたハルトマンはため息をつく。
「…はぁ…まさか聞こえてるなんて思ってなかったよー…。
……どうしよ……このままじゃ後でみっちり説教される未来しか見えないや…常磐やコウやナダ辺りに言えば匿ってくれるかなぁ…。…滝沢は…匿ってくれるどころか突き出されそうだからやめとくかー…」
そんな事を言いつつ彼女は、戦友の───トゥルーデの想いが成就する事を、心の底から願っているのであった。
最終更新:2020年08月12日 11:18