瑠璃色の空が薄く明るみ始めた頃。
 街に人の気配は殆ど感じられず、特有のピンと張りつめた心地よい空気が漂っていた。

 街も時期に目を覚まそうかという中で、いち早く動く影があった。
 身に纏うのはボロボロに薄汚れた黒マント。そして片手には日本刀。
 まるで戦場でも超えてきたような、およそ現代日本ではお目にかかれない出で立ちである。
 ただ、その奇天烈な衣装とは対照的に、その顔は特徴がないのが特徴といった平凡顔だ。

 平凡な少年は、とあるマンションの一室を静かに開くと挨拶もなしに上り込んだ。
 そのまま整理されていない廊下を突っ切り、奥の部屋へと足を進める。
 そして部屋に付くなり、身に纏っていた黒マントを外して開きっぱなしのクローゼットへ放り込むと、やや乱暴に日本刀を壁に立てかけた。
 身軽になったところで部屋の規模に比べて不釣り合いに豪華な椅子に座って、やっと一息。

「…………ふぅ」

 だがそれもつかの間、目に入るのは机の上には雑多に並べられた書類の束。その横にある灰皿は前任者の名残である。
 うんざりした表情ながらも、書類の山から本日こなした仕事の書類を取り出し整理してゆく。
 休む間もない事務作業に嫌気がさしてきのか、気分を改めるように立ち上がると、窓側のカーテンを勢い良く開いた。
 俄かに明るみ始めた空から朝日が差し込み、その眩しさに少年は目を細めた。

 ――――時が経つのは早く。
 ――――あれから三か月の時が過ぎた。

 日本各所で起きた集団失踪事件。
 被害者の共通点もなく、事件自体の関連性は不明。アメリカの一部でも数件起きたようだが同じく関連性は不明。
 その中でも10名以上同時に失踪者を出したとある高校は一躍世間の注目を浴びた。
 同校にはマスコミが殺到し一時期は休校になるほどの騒ぎとなった。
 だが、新たに明らかになる情報もなく、事件に進展もなく、事態は緩やかながら鎮静化に向かいつつあった。

 謎だけを残しながら、世間の興味は流れゆくように次へ。
 この事件も時と共に人々の記憶から風化して、忘れ去られてゆくのだろう。

 だが、それももちろん、世間の興味の話であり。
 当事者やその家族の悲しみはそう簡単に癒えるモノではない。

 残った者。
 残された者。
 生き残った者。
 それぞれの思いを抱えながら日々を生きている。
 それでも止まることなく日常は回る。
 同じところを回るように。
 一歩も前に進めない。

 それでも時は止まらず、今日もまた新たな一日が始まろうとしていた。

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 あの戦場から戻ってきたとき、俺――黒冬剣の肉体はこれ以上ないほどボロボロだった。
 だが、幸いにも頭部の霊核が無事であったため、ほぼ全換装の大改修となったが修繕は約一週間ほどで問題なく完了した。

 むしろ問題となったのは、あの場で換装した日下光輝の右腕だった。
 メンテナンスを行ってもらっている教会の技術者によれば、明らかなオーバーテクノロジーであり維持や管理することすら難しいという話だった。
 そのため取り外して予備の腕に戻すか、このまま使い続けるかの選択を迫られたが、俺はこの腕を使い続ける事を決断した。
 右腕に秘められた特殊機能『熱操作』は使用できそうにないが、義手として規格外の性能を誇るこの右腕を使っていれば、右手の操作に回していた霊力を余剰霊力として扱えるという利点がある。
 一真に追いつくという目標に加え、あの炎の魔人との約束もある。強くならなくてはならなかった。
 もっとも、その決断よりも、どこでこれを手に入れたのかという教会からの追求を誤魔化すのに一苦労だったのだが。

 その後のことだが、結局、俺は一真の後を継いだ。

 一真は五郎左衛門と相打ったという俺の報告はあっさりと受け入れられた。
 いつ死ぬかわからない職業ゆえだろう。一真は仕事に限らず自分の持つ様々な権利を、死後に俺に譲渡するよう手筈を整えていた。
 そのおかげもあってか引継ぎは思いのほか滞りなく完了した。
 一真のこういう手回しの細かさには、まだまだ敵わないなと実感する。

 だがスムーズだったのは引継ぎまで。
 一真の後を継ぐというのは簡単な話ではなかった。
 昼は学生生活、夜は霊能力者としての仕事をこなす二重生活。
 妖怪の元締めである五郎左衛門が消えたことも影響して、統率を失った怪異たちの動きは活発化した。
 その対応に裏の界隈は騒がしくなり、俺も一真の後釜ということもあって振られる仕事内容は実戦的なモノが多くを占めた。
 プロとして独り立ちした以上、ルーキーだろうと容赦などされない。

 この三か月は、あっという間に過ぎていった。
 何も考える暇もないくらいの激動の日々だった。
 幾度も命を落としかけたこともある。
 眠っている暇すらなく、人形が不眠であることをこれほど幸運だと思ったことはない。

 その一連の締めとなる仕事として、春休みを丸々利用して大きな任務をこなした。
 五郎左衛門の後釜を狙う自称後継者どもの一斉殲滅。
 完了するまで帰宅することもかなわないほどの大仕事だったが、ようやくひと段落ついて帰宅できたのが今日の話だ。
 今日は春休みの最終日。なんとか新学期までに間に合った。

 学年も一つ上がり、本日より新学年である。

■■■■

 街の外れにある古めかしく厳かな教会。
 この国では普通に暮らしている限りは余り縁のない場所である。
 俺の顔を見つけたシスターが、掃除の手を止め巨大な胸を揺らしながら、こちらに駆け寄ってきた。

「あら。本日はどうなされたのですか、黒冬さん?」

 彼女はアリエス・ヴァジナリ。元・異世界のシスターである。
 現在は俺の紹介したこの教会に住み込みで働いている。
 この教会は退魔組織の息のかかった教会であるため(というより本流、上司筋だ)、ここの神父は一真の古い知り合いであり、俺もそれなりの顔見知りだ。

 異能の力にも理解のある組織に身を置くのはアリエスにとって悪い話ではない。
 無駄に事情を詮索しないことに加えて、戸籍の偽造など裏にも通じているという利点も大きい。
 それに霊力と魔力という方式こそ違えど回復術者は希少だ。
 ましてやアリエスほどの使い手であれば引く手数多だ、無碍には扱われることはないだろう。
 ……というか、既に俺なんかより重宝がられているかもしれない。

「神父様に何か御用でしょうか?」
「いや、朝の散歩がてらアリエスの様子を見に来ただけだよ。
 紹介した手前、アリエスがここでうまくやってるかは気にかかるからね」
「そんな。みなさんお優しい方ばかりで、良くしていただいていますわ」

 一真の知り合いというだけあって、ここの神父はかなりの偏屈ジジイだったはずだが。
 なるほど。若い女性には甘いと見える。

「アリエスはこっちの世界には慣れた?」
「そうですね。葵様から異世界のお話は伺っておりましたが、この世界はそのお話とも少し異なる様子でしたので最初は少し戸惑ってしまうこともありましたが。
 今ではいろいろなことを学びましたので、すっかりこの世界の住民ですわ。
 私先日、神父さまの使いでご近所でお買い物も致したんですよ」

 エッヘンと言わんばかりに、その豊満な胸を張るアリエス。
 異世界以前にアリエスは元より世間知らずのきらいがある。
 買い物くらいで喜んでるあたり、本当に大丈夫なのだろうかと心配になる。

「黒冬さんの方こそ、大丈夫ですか?」
「大丈夫って?」
「近頃かなりお忙しいようですけど、ご無理をなされてませんか?」

 アリエスと落ち着いて話すのは久しぶりだが、仕事の関係上この教会を訪れることは少なくない。
 そのため、俺の仕事状況はアリエスにもある程度把握されているのだった。

「まあね。義父の跡を継いだといっても俺自身はまだまだ駆け出しの新人だから、慣れるまでしばらくは仕方ないさ。
 けど、多少は無理の効く体だから、心配しなくても大丈夫だよ」

 確かに激務は続いているがこの程度で音を上げるわけにもいかない。
 その答えに、アリエスは眉尻を下げ、困ったような笑みを浮かべた。

「…………それでも、ご自愛くださいね。
 黒冬さんに何かあったら、悲しむ人もいますから」

 もちろん私を含めて、とアリエスは言った。

「……そうか。そうだね。うん、無理はしないようにする。ありがとうアリエス」

 流石に仕事内容は変えられないけれど、心配は素直にありがたい。
 肝に免じておくとしよう。

「まあ、なんにしてもうまくやっているんなら安心したよ。
 これからも何か困ったことが起きたら言ってくれ。できる限り力になるから。
 ああ、特に、あの神父に変な事されたりしたらすぐに言ってくれ」
「ふふふ。そんなにご心配なさらずとも大丈夫ですわ。
 それに、どこであろうと人が人であることに変わりはありませんから。
 人間同士である以上、たとえ世界が違えども分かり合えないなんてことは決してありません。私はそう信じて言います」

 アリエスは柔らかな笑みを浮かべる。
 清らかなその様はまさしく、聖女のようだった。
 どこでも変わらず自分の在り方を貫き通せるアリエスは、とても強い人間なのかもしれない。

「……そっか、なら大丈夫かな。
 俺はこれから学校なんだけど、アリエスは?」
「そうですね。私は日課をこなして、後は神父様のお手伝いですね」
「……日課、か」

 聞けば、アリエスあの日から、毎日欠かすことなく祈りを捧げ続けているそうだ。
 あの場で尽きた80の命のために。

「ところで、お時間はよろしいのですか?
 そろそろ、学校が始まるお時間なのでは?」
「ああ、そうだね。そろそろ行くとしようかな。
 じゃあねアリエス。また来る」
「はい。お待ちしておりますわ。
 黒冬さんに、神のご加護があらんことを」

■■■■

「よっ、剣。ひっさしぶり!」

 学校に着いたとたん、いきなり昇降口で後ろから肩を組まれた。
 途端、ブロンドの髪が頬に触れ、息のかかるような距離に顔が近づき、サファイアのような碧い眼が目に入る。
 どれをとっても日本人のそれではない。
 均整のとれたプロポーションを包む、制服の襟色が彼女が最上級生であることを示していた。

「……おはよう、アマンダ
 とりあえず、こういうスキンシップは正直やめてほしいんだけど」
「ん? そう照れんなって!」

 ガハハと豪快に笑いながら、バシバシと何の遠慮もなく人の背中を叩きまくるこの女。
 彼女はアマンダ・ミッシュローゼ
 いや、照れとかそういう話じゃなくて、単純に触れられると体の秘密がバレるんでやめてほしい、右腕鉄塊だし。
 まあ彼女にはもうバレてるからいいんだけど。

「なに、一人? 美咲は一緒じゃないの?」
「別に、常に一緒にいるワケじゃないよ。立花さんと俺はただのクラスメイトなわけだし」

 こちらの言葉に何か言いたげな視線を向けてくるアマンダ。

「…………ふーん。まぁいいけどさ」

 数秒の沈黙の後、アマンダは意味ありげにそう呟く。
 そして気を取り直すようにステップを踏んで前へでると、クルリと踊るようにこちらに振り返った。
 勢いに乗ってブロンドの髪が弧を描くように揺れた。

「ところでさ、剣。今日は放課後あいてる?」

 そう言って首をかしげたアマンダは、白い手袋をつけた右腕をちらつかせる。
 その右腕は、酷い火傷を負ってしまった、ということになっている。

 はたから見れば美女からのお誘いではあるのだが、そんな色っぽい話ではない。
 彼女はあの場で右腕に異能の力を得てしまった。
 そのため、異能持ちの先輩として最低限の力の制御法を指導しているというワケだ。

 つい最近まで半人前扱いだった自分が誰かを指導しているというのは不思議な気分ではある。
 といっても、蟲使いは門外漢であるため、俺が教えているのはあくまで心構えである。

「もう最低限の指導は終えたと思うんだけど。
 まあ本格的な心構えを教えても構わないんだけど、アマンダはこっちの道に進むつもりはないんだろう?」
「うーん。ないってわけじゃないけど、アタシの場合はひとまずは学業優先かな?」

 そう言いながら、アマンダは少し遠い目をして自分の右手を見つめた。

「アタシさ、この右手を理由(いいわけ)に将来の選択肢を狭めたくないんだ。
 むしろ広がったって思えるようにしたい。
 だから、今はできるだけの事はしておきたいんだ」

 そう言って、こちらを見ながらアマンダは笑った。
 太陽の様に力強い笑顔だった。

「まったく、逞しい女だよ、あんたは」
「ま。後ろばっか見てても仕方ないしね。
 私たちは前を向いてかないと」

 その実、アマンダは前に向かって進んでいる。
 乗り越えてきた命を蔑にするのではなく、決意と力にして。
 そのあり方は眩しく。眩しすぎて、俺のような日陰者が直視するには少し堪えた。

「でもさ。オヤジさんの仕事継いでもまだここに来てるってことは、アンタもそうじゃないの、剣?」

 それは不意打ちの様な問いだった。
 アマンダの様に将来のため、などという考えはない。
 元よりあの日――この体が人形になった日から――学業に意味などない。

「……どうだろうな。少なくとも俺の場合はそんなご立派な考えなんてないよ。
 ただ、できるからやってるだけさ」

 この体になっても学生生活を続けた理由は日常に対する妄執と憧れが残っていたから。それだけだ。
 今はどうなのだろう?
 その理由は変わっているのか、それともいないのだろうか。
 思考を打ち切るように、予鈴が鳴り響いた。

「あ、やば。話しすぎたね。
 じゃあね、剣。美咲によろしく!」

 そう叫びながら、目を惹くブロンドの髪を揺らしてアマンダは元気よく廊下を駆けていった。
 俺も遅れじと新らたな学年の教室へと向かう。

 教室に入ると、見知った顔をいくつか見つけた。
 旧知の顔に適当に挨拶を返し、新しい席につく。
 辺りを見渡してみたが、そこに立花さんの姿はなった。

 クラス割りによると、立花さんとは別のクラスになったらしい。

■■■■

 放課後。といっても今日は始業式だったので、時刻はまだ午後に差し掛かったところである。
 別段用事もないため、まっすぐと帰路につくべく教室を出て昇降口へ向かう、その途中。

「あ……」
「……あっ」

 見知った顔に出会った。
 互いに戸惑うように足を止める。
 しばしの沈黙。
 帰宅に向かう生徒たちが行き交う雑多な雰囲気の中、俺はおずおずとその名を呼んだ。

「こんにちは。立花さん」

 応えるように立花さんははにかむような笑顔を作った。
 いつもの天真爛漫な笑顔と違い、その表情には影が見える。

「……なんか、ひさしぶりだね。黒冬くん。
 また同じクラスになれなくて残念だったね」
「そうだね」

 再び訪れる僅かな沈黙。
 立ち止まる俺たちの横を他の生徒が過ぎ去っていく。
 二人だけ時が止まったような感覚のなか、切り出したのは立花さんだった。

「ねぇ黒冬くん時間あるかな? 少し、お話しましょうか」

 一面には底抜けの蒼が広がる快晴の空。
 俯瞰から見る街並みは小さく、届かない距離を感じさせる。
 流石に始業式の日からやっている部活もなく、生徒はほとんど残っていない。
 放課後の屋上には誰もおらず、立花さんと二人きりとなった。

 春休みの間この町を離れていたことと、仕事の事情でそれ以前にも時折休んでいたのも相まって立花さんと落ち着いて話すのは、久しぶりの事になる。
 というより、あの事件の時の事を落ち着いてというのは憚られるため、ひょっとしたら彼女と落ち着いて話すのは初めての事になるかもしれない。

「黒冬くんはお仕事の方は順調? 戻ってからずっと忙しいみたいだったけど」
「まあそれなりに順調かな。忙しさも春休みの間にある程度ひと段落つけたから、これからはある程度落ち着くと思う。
 俺なんかよりも、立花さんの方は――」

そう口にして言葉に詰まる。

あの日から今まで、一番辛い立場にあったのは彼女だった。
彼女は被害者でありながら、愛する家族を喪った遺族でもある。
世間をにぎわせた事件の被害遺族という、どうしても周囲から浮いた立ち位置になりそうな状況。
にもかかわらず、孤立せず悪い噂一つたたなかったのは彼女の人徳によるものだろう。

行方不明となった彼女の妹の捜索は未だに続いている。
事情を話すこともできず、愛する家族を失った痛みを堪えながら、残された家族を慰める日々。
真実を知る彼女の心痛はどれほどのものなのか。
そんな辛い思いを抱えながら日々を過ごしている彼女に、なんと言葉をかけられるというのか。

「――大丈夫?」

散々脳内で思案した挙句、結局出たのはそんな、ありきたりで具体性のない言葉だった。
そんな俺の言葉に立花さんは曖昧に笑って。

「あれからずっと考えてるんだ、楓の事」

そう静かに語り始めた。

「嫌われてたのかなぁとか、もっと色々考えてあげればよかったなぁとか、こんなんじゃお姉ちゃん失格だったなぁとか」

そんなことはない、とは言えなかった。
楓ちゃんの考えは今となってはもう誰にもわからない。
楓ちゃんの気持ちは楓ちゃんにしかわからないのだから。

「あ、勘違いしないでね。なんだかんだで私の中では決着はついてるんだよ、楓については」

取り繕うような言葉とは裏腹にその表情は寂しげだった。

「……ただ、お墓すら作ってあげられないっていうのは、ちょっと……悲しい、かな」

小さく弱々しい肩がわずかに震える。

いくら彼女が自分の中で妹の死に決着をつけたとしても、こればかりはどうしようもない。
彼女たちの死体が見つかることはない。
故に、彼女たちは永遠に行方不明者のまま、死者になるすらできない。
誰にも悼まれず、誰にも知られず。
ただ消えてゆく。
アリエスの祈りは彼らに届くのだろうか。

「俺もあの場で義父を喪った」

義父にして師匠にして命の恩人。
俺にとって一番大切な人間だった。
俺にとってすべてだった。

「けど、俺には立花さんの気持ちは理解できないと思う」

うん。と立花さんは頷きを返した。
家族を喪ったという立場だけは同じだが、俺と立花さんが感じた想いは違う。
俺たちだけじゃない。
誰であろうと誰の気持ちも理解できない。
理解した気になれるだけだ。
簡単に、そんな言葉は吐けない。

俺は一真の死を悲しめなかった。
そういうものだと割り切ってしまった。

死とは理不尽である。

幼いころ目の前で両親を殺され、自分すら殺され、死についてそう悟った。
理不尽で、不条理な、いつ来るともわからない抗うことのできない唐突な別れ。
だから出会う全ての人々に対して、常に最後になるかもしれないという覚悟を持って接してきた。
いつ別れてもいいように、いつか分かれることを考えながら生きてきた。

死は恐怖ではない。
死を受け入れられぬ心こそが恐怖なのだ。

だから、自分は死んだようなものだから。
日常にあこがれると同時に、誰かの〝特別”になるのを恐れていた。
だから無意識に人と深く関わらないようにしてきた。
誰かに踏み込むのを避けてきた。
だけど。

「だけど」

一歩、誰かに対して踏み出してみようと思った。
一真の死を悲しむことのできなかった己の代わりに、泣いてくれた彼女のために。
この気持ちを言葉にしようと思えたんだ。

「理解は出ないけれど、君が感じた悲しみを少しでも癒したいと思う」

立花さんが顔を上げる。
目尻を腫らしながら、薄く涙を浮かべたままで。
その涙を拭いたいと、愛おしいと、そう思った。

「俺、君のことが好きだ。これから君のことを護らせてほしい」
「ひゃ、ひゃい!?」

彼女の頬が朱に染まる。
それは傾き始めた日によるものか。
それとも。

日が沈み、また日常が回る。
一歩一歩、少しずつ。

同じところを回るのではなく、少しずつ進むように。

【妄想オリロワ:了】

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最終更新:2013年09月24日 20:38