ドラムの音を合図に水銀燈のギターがイントロを始めると、蒼星石のベース、翠星石のドラムが確かなリズムを真紅と雛苺へと送る。
目を閉じた真紅はそのリズムを胸で受け止めると、静かに、そして強く歌いだした。
けぶる木漏れ日浴びふと気付く 春風の奥思い出す♪
揺れる笑顔あとわずかな時間 近くにいたかった~ それでも
あぁ~ 同じ視点で見ている世界が――――――――♪
あぁ~ 二人ビミョウにズレてた―――――――――♪
遠く 見つめ ポツリ 「じゃあね」
今は 同じ おひさまの下 目を覚ます♪
こういう夢ならもう一度逢いたい 春が来るたびあなたに逢える♪
そういう気持ちで チクリと心が痛む………
演奏し、歌う彼女達の脳裏には懐かしいあの頃の場面が歌と共に色彩を浴びた影絵のように浮かび上がってきた。
初めて楽器を手にした頃……
「Fのコードってどうやって押さえるのぉ~?」
「チョッパーって難しいのかな?」
「翠星石はこんなに手足がバラバラには動かねぇですぅ~」
なんでもない昼休みの会話……
「次の授業は体育ですぅ~、ダルいですぅ~」
「ヒナは体育が大好きなの~、跳び箱も3段跳べるようになったの~」
「私は見学するのだわ」
常にそばにいた翠星石。
彼女が突然目の前からいなくなってから何度も夢に出てきた場面と会話が彼女達の演奏と真紅の歌声に同調してゆく。
通りを見渡せばふと気付く 花の色から思い出す♪
同じ夢を夢見てたあなた 誘って連れ出した それから~
あぁ~ 長い時間をかけても それでも――――――――♪
あぁ~ 世間が愛想付かせても――――――――♪
「最近バンドなどやってるようだな?成績が下がっているぞ」
教師や親からの決まったセリフに彼女達は澄ました顔をしてこう答えた。
「翠星石は…」
「僕は…」
「私は…」
「わたしはぁ~…」
「ヒナは…」
授業よりも 食事よりも~♪
もっと大切なコト 「私…歌が好き!!」~♪♪
誰に向かっても彼女達は大きな声で言い切ったあの頃。
そして不意に訪れた永久の別れ。
この不条理な出来事に怒りと憤り、そして姉であり親友の命を奪った事故に恨みすら覚えた彼女達、しかしそれ以上にもう一度、ほんの一瞬でもいいから翠星石に逢いたい。
せめて眠りの中なら……そう願って枕を濡らした夜を過ごした。
こういう夢ならもう一度逢いたい 春が来るたび大きくなれる~♪
そういう気持ちを 忘れずにいたら♪
強く生きられるような気がして~~♪
そして思いがけない形であの日かなえられなかった約束がこうして今、ピンク色が映る光景を横目に展開されていく。
彼女達の演奏と歌はその花弁を舞い上がらせる春風のように心地よく、そして強く響いていく。
雪がやんで 寒さも消え 今年もあの季節が来る あぁ~ 春が来る♪♪
こういう夢だしもう一度逢いたい 別れの季節も好きになれる~♪
いっぱい話した思い出がひらり いつでもよみがえらせれる~~♪
こういう夢だしもう一度懸けたい――――――――いつか……♪♪♪
最後の一小節を演奏し終えると、ドラムと小さなアンプから発せられる微かな余韻が残るだけで、部室は静かで優しい空気に包まれていた。
ビュ~ッ――――――――――――――――ガタガタッ………
その静かな部室の窓に一際つよい春風が吹きつけた。
少しだけ開けていた隙間から桜の香りを含んだ風がカーテンを膨らませる。
その風が彼女達の髪を揺らすと、誰ともなく視線をドラムに移し声をかけようとした。
「あッ、ど、どうしたの?ねぇ、どうしたの翠星石?」
少し肌寒さを残した春風の中、翠星石が憑依したジュンはドラムにうつ伏せるように倒れこんでいた。
***
あれ? ここはどこだ? ん? あぁ、寝てたのか……
目を開けたジュンはぼんやりとしたまま見慣れた天井を見ている。
ただ、ぼんやりと。まるで性質の悪いカゼにでもかかっているかのような気だるさ。
「んん~~」
ベッドの上で体を伸ばしてみる。少し関節が痛い。今は何時だろう?
そう思ったジュンはベッドから手を伸ばして携帯電話をつかむ。
時間は夜の7時。そして着信が3件。履歴を見たら巴からだった。
あれ? 柏葉からだ、なんだろう?
最後にかかってきたのは40分ほど前。とにかく巴に電話する。
3回目のコールで出た巴の声はいつもと違ってどこか重苦しい。
「桜田君、大丈夫なの? 吐き気とか、目眩とかない?」
なんだろう? どうして柏葉が僕の体調を気にしているんだ……?
そう思ったジュンだが、「ちょっと体がダルいかな?」と答える。
「それだけなの? 頭が痛いとか、熱があるとか、本当に大丈夫なの?」
「あぁ、熱とかは無いと思うよ、でもカゼ気味かな? ところでどうして
僕の体調が悪いのを柏葉が知っているんだ?」
「えっ、忘れているの? 今日音楽室で桜田君に翠星石って言う霊体が憑依したのよ」
「はぁ? 翠星……あぁぁッ!! そうだ、翠星石だ!!」
「大丈夫? 思い出したの?」
「あぁ、思い出したよ。そうだよ、翠星石だよ。って、どうして柏葉が知ってるんだ?」
「私ね、剣道部の朝練に行っていたの、
そうしたら桜田君が軽音楽部に向かって走っていくのが見えて、気になったから部活の休み時間に軽音楽部を覗いたら桜田君に憑依した翠星石っていう霊体がドラムを叩いていたわ、
そして桜田君は気を失ったのよ」
「そうだったよ、どうして忘れていたんだろう?」
「それはよくあることよ、素人が強制的に霊体を体に入れたら記憶は曖昧になってしまうわ、
だから桜田君は一時的な記憶喪失みたいになったと思う」
「そうだったのか…で、僕はどうやって家に帰ってきたんだ?」
「あの後、意識は翠星石さんから桜田君に戻ったのよ、でもフラフラだったから私が家まで連れてきたの」
「そうか、すまないな柏葉、で、のりは何か言ってたか?」
「それは大丈夫よ、お姉さんにはカゼだって説明しておいたから」
今朝あったことを思い出したジュンは、巴の話を聞きながら部屋の端から端まで見渡す。
天井の隅、テーブルの下、翠星石がお気に入りだった押入れの中、よく体の一部を出していたエアコンの噴出し口。
それらどこにも翠星石の姿は見えなかった。
どこに行ったんだあいつ…? もしかして成仏したのか?
そう思ったことをそのまま巴に質問してみた。
有栖神社の娘であり、霊媒体質の巴なら翠星石がどうなったか知っていると思ったからだ。
「なぁ柏葉。翠星石がどこにもいないけれど、成仏できたのかな?」
「まだよ、翠星石は桜田君の体の中に居るわ、彼女はまだ成仏しきっていないの」
「はぁ? なんだって? それ本当か?」
まだ成仏はできていない。そう告げられたジュンはマジマジと自らの体を見る。
「本当か……まだ僕の中に翠星石はいるのかよ??」
「まだいるわ、本当ならみんなと演奏できた彼女は成仏できるはずだったわ、
でも何かが邪魔しているみたいなの」
「なんだよ、その邪魔しているものって?」
「よく分からないわ、でも彼女は桜田君の中にいるのは間違いないのよ、
このままだと桜田君も翠星石さんも良くないわ、だから明日神社のほうに来て」
「あぁ、それは構わないけど、どうするんだ?」
「私が翠星石さんと話してみる、それでダメだったら強制的に浄霊するしかないわ」
「…浄霊……そ、そうか、分かったよ」
巴の口から出たセリフにジュンはただ頷く言葉しか出なかった。
その夜、ジュンは何度か翠星石に向かって語りかけてみたが、応答はない。
自分の中に翠星石がいるような感覚はないのだが、巴にそう言われたら信じるしかないのだ。
明日、言って話を聞かなくちゃ……
ベッドの上でそう考えながら起きた時と同じようにぼんやり天井を見ていたジュンは、今朝の憑依の疲れが残っていたのか知らず知らず瞼が重くなり、やがて寝息を立て始めた。
(以下執筆継続中)
最終更新:2008年01月15日 00:42