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えぇ~い、もうどうにでもなれッ!!

御札を握りしめたジュンは、そのまま翠星石の肩を力任せにグイッと引き寄せた。

「な、なにをしやがるですかぁ?」

この昼間に霊体である翠星石の体にジュンが触れていることに驚き、ビクッと体が固まる。

「えっ?」

そう小さく呟く翠星石の次の言葉は重なり合った唇にふさがれて、何も言えなかった。

な、なななっ…こ、これはキ、キスされたですかぁぁぁ?………ハッ!!

我に返った翠星石は唇に残った感触に顔を真っ赤にしながらも、目の前にいるであろうジュンに手をおおきく振り上げる。

「な、何をしやがるですかぁ、す、翠星石の唇をぉぉ……あれぇ~?」

本来ならジュンの頬を捉えるはずの平手打ちは、何もない空間を勢いよくブンッと空振りしただけ。
それどころか、目の前の景色、見ている視点が微妙に違っている。
だが、それ以上に翠星石を驚かせたのは不意に湧き上がってくる熱い鼓動のような振動、それは寂しい夜に優しく抱かれながら聞こえる母の子守唄にも似た安堵感、そんな感覚に翠星石は空を切った自身の手の平をマジマジと見つめる。

「なんですぅ~コレ?こ、これは翠星石の手じゃねぇですぅ!!」

一見その手はひ弱そうに見えるが、明らかに女性の手ではない。
むしろ形成する骨格は男性のものである。
理解を超えた出来事に翠星石の声は震えていた。

「ど、どういう事ですぅ~、何が起こったのですかぁ?」

そんな戸惑いに答える声が体内の奥から聞こえてきた。

…おい、聞こえているか?時間がないから手短に説明するぞ

「なんですぅ?お前はどこにいるですかぁ?」

…僕は僕のままだよ、翠星石が僕になっているんだよ

「はぁ?意味が解らねぇですぅ~」

…だから、それを説明するから、とにかく時間がないんだ、僕の意識も薄れてきているし、それにあいつらがもうすぐ来るぞ

「あいつらって誰ですかぁ?」

…お前の友達だよ、すぐそこまで来ているぞ

「朝から何も食べてないからぁ、お腹がすいたわぁ~」
「それは水銀燈が寝坊したせいなのよ~」
「そうね、雛苺の言うとおりだわ、約束の時間を1時間も過ぎているわ」

廊下伝いに彼女達の声と足音が部室に近付いてくる。
それを確認したジュンは慌てて今の状況を説明した。

…と、言うわけで翠星石は僕の体に取り憑いているんだ…だから好きなだけ…ドラム…演奏…やり残した事……がんばれよ…

「おい、ちょっと待てですぅ、待ちやがれですぅ」

ジュンの意識体が薄れてきたため、言葉が小さく途切れ途切れになっていく。
そんなジュンに声をかけたが、聞き取れた言葉は一言だけだった。

…じゃ、また後でな……

バカ…本当におバカですぅ、無理やり憑依させるなんて…翠星石は頼んだ覚えはねぇですぅ、こんなのちぃ~っとも嬉しかねぇ…ですぅ

体の中でジュンの意識体が小さくなっていくのを感じながら翠星石は頬を赤らめさせながら両手を胸に微笑んでいた。

「寝坊したのは謝るからぁ、練習が終わったら何か食べないぃ?」
「別にいいわよ」
「ヒナは駅前にできた新しいお店に行きたいの~」
「いいね、僕もその店に行ってみたいな」
「じゃ、決まりねぇ~」

彼女達の声がすぐ近くで聞こえると同時に部室のドアが開いた。

「えっ? だぁれ?」
「ほよぉ~、誰かいるの~」
「あら、貴方はたしか1年のジュ、ジュンね」
「桜田ジュン君だね、何の用なんだい?」

部室の入り口で困惑の目と、明らかに敵意に近い視線を送る水銀燈。
そんな中で背を向けていたジュンはクルリと振り返ると、じっと彼女達の顔を見つめる。

「なによぉ~、用があるならさっさと言いなさいッ」

キリッと険しい顔つきになった水銀燈は強い口調で言葉を投げかける。
それに対してジュンはニコリと笑うだけである。

「なぁに、気持ち悪い笑い顔なんか向けてぇ、用がないなら出て行きなさいッ!!」

ジュンの笑顔が気に入らない水銀燈はより強い口調で言うと、1歩前に出る。
それを見ていた雛苺は険しい空気を感じたのか、脅えた表情で真紅と蒼星石
の後ろに隠れてしまった。
そんな彼女達の行動を見たジュンは小さく声に出して笑った。

「ほぉ~んと、水銀燈のケンカ早いところは相変わらずですぅ~」
「はぁ、何ぃ?いま何て言ったのぉ、フザケテるわけぇ~?」
「フザケテなんかいねぇですぅ、水銀燈はすぐに声を張り上げるし、
 ほら、チビ苺は相変わらず真紅と蒼星石の後ろで震えてるですぅ、
 あの頃とちぃ~っとも変わってねぇですぅ」

そう言いながらジュンの体を借りた翠星石は真紅と蒼星石の後ろで隠れている雛苺のほうを指差しながら笑う。
思わず水銀燈も指されたほうに顔を向けると、そこには目を大きく見開き、ありえないと言った表情の3人がいた。

「き、君は本当に桜田ジュン君かい?」

蒼星石は震える声でジュンに尋ねる。

「当たりのようで当たりじゃねぇですよぉ、蒼星石」
「じゃ、君は誰なんだい?」
「解らねぇですかぁ、蒼星石……」
「ま、まさか、君は……?」

フラリと導かれるようにジュンに近付こうとする蒼星石の肩に手を伸ばす水銀燈。

「なに言ってるの~、どう見たってこの子は桜田ジュンって子よぉ」
「でも、水銀燈、気付かないかい?」
「何を気付くのよぉ?」
「ふゆぅ~、ジュンの声は翠星石とそっくりなの~」
「えっ?」

頭に血が上っていた水銀燈は雛苺の言葉でようやくジュンとの会話の中で感じていた違和感に気付いた。
目の前に居るのはジュンなのだが、喋り方、声、そして仕草までもが翠星石そのものであることに今気付いたのだ。

「なぁに、これってどう言う意味なのぉ?」
「私も解らないわ、だってジュンと翠星石がダブッて見えるなんてオカシイわ」

確かにジュンと翠星石はどう見ても似ているはずがない。
だが、こうして目の前いるジュンを見ていると懐かしい友達の匂いとも取れる何かが彼女達に伝わり始めていた。

「君は、まさか……翠…星……」

鼻の奥でツンッとした感覚をおぼえながら1歩1歩ジュンに近付くたびに眼が滲み出す。

「蒼星石、会いたかったですよぉ」
「ほ、ほんとうに君は翠星石なんだね?」
「今はジュンの体を借りてるですけどぉ、翠星石ですよぉ、その証拠にちゃんと蒼星石の右のおしりにあるホクロの位置まで解ってるですよぉ」

体はジュンのため、少し見上げる形になっている蒼星石の頭に手をポンと置いた翠星石は優しく撫でると、溢れてくる蒼星石の涙を指先でなぞるように拭った。
そして窓の外に視線を向けるとニコリと笑う。

「水銀燈の言ったとおり部室から桜がよく見えるですぅ~」
「えっ?私そんなこと言ったぁ?」
「昨日の夜、言ったですよ、翠星石はちゃんと聞いてたですぅ」
「どうして昨日の夜の事がわかるのよぉ?」
「水銀燈は気付いてなかったですけどぉ、部屋に翠星石はいたですぅ、
 あの曲をギターで弾いていた時、よこに居たですよぉ~」
「あの曲って、まさか……」
「そうですぅ、高校に入ったら桜の見える部屋でみんなと演するって決めた曲ですぅ……翠星石は約束を守りに帰ってきたですよぉ」
「ほ、ほんとうに貴方は翠星石なのね?」

水銀燈の声にコクリと肯いた翠星石はみんなの顔を見ながら、あの頃と変わらない口調で言った。

「真紅、チビ苺、水銀燈、そして大切な蒼星石……ただいまですぅ」
「おかえり、翠星石」
「翠星石、おかえりなの~」

始めは驚きと戸惑いに満ちていた真紅、雛苺も今は優しい表情で翠星石の声に答える。
しかし、それを見ていた水銀燈は思わず吹き出してしまった。

「ぷっ、くっ、くくくっ」
「何ですぅ?何がおかしいのですかぁ、水銀燈?」
「だってぇ~、その顔でその声でしょぉ~、オカシクなっちゃうわぁ~」
「その顔ぉ~ですぅ?」

部室に置かれたテーブルの上の小さな鏡を覗き込むと、当然のようにジュンの顔が映る。
体はジュンだが、中身は翠星石。そのギャップに水銀燈の含み笑いが大きくなると、やがて真紅、雛苺、蒼星石も釣られて笑い出した。


「わ、笑うなですぅ。翠星石も好きでこんなメガネ小僧の体を借りてるわけじゃねぇのですぅ~」

顔を真っ赤にし、両手を胸元でギュッと硬く握りしめながら必死に訴えてみるが、姿かたちはジュンのまま。
よってその仕草に妹である蒼星石も涙を流しつつプッと吹き出してしまった。

「そ、蒼星石まで笑うなですぅ~」
「くっくっくっ、ごめんよ、その姿で言われたら、くっくっくっ」
「きゃははは~、可笑しいの~、翠星石がジュンでジュンが翠星石なの~」
「も、もう、みんな知らないですぅ~ッ」

あまりにも笑われたため、機嫌をそこねた翠星石はプイッと顔を背けた。
それを見た真紅と雛苺が慌てて声をかけてみるが、反応はない。
なだめる2人をよそに蒼星石はクスッと笑みを口元に浮かべると、ソフトケースから愛用のベースを取り出した。

ブンッ ボッボッ ボーン♪♪

決して高価とはいえない入門者にも手の届くベース。
そして埃のかぶった小さなアンプ。
そこから4本の絃の振動を電気的に音に変えただけの単音。
その音が部室の中で響き出す。

ねぇ、翠星石、どうだい僕のベース……あの頃より少しはうまくなったかな?

そう言いたげな笑みは単調な絃の振動をメロディーに変えていく。
そして水銀燈も同じくギターを手にすると、蒼星石のベースラインに追従するかのように音を出す。

うふふふ、さぁ、演奏しましぉ~~

2人が出す音にしばらく目を閉じて聴いていた翠星石は窓際に置かれたドラムのほうへと足を向けた。
そして、イスにドカッと座るとスティックをクルクルと回し、ドラムをたたき出した。

ど~ですぅ、翠星石の腕も鈍ってないですよぉ~

僕のベースだってあの頃よりもうまくリズムを取れるようになったよ

私だって、しっかりソロが弾けるようになったんだからぁ~

翠星石、蒼星石、水銀燈、この3人が出す音の中でこんな会話が聞こえるように彼女達の音は噛み合って1つになろうとしている。

ふんふんふ~~ん♪ ららっらっらららぁぁ~~~♪

そこに真紅と雛苺が鼻歌を交えていくと、彼女達の音には鮮やかな色彩が付き、埃だらけの無機質な部室に広がり出していく。

ねぇ、そろそろいいんじゃなぁ~い?

うん、いい感じだしね

うわぁ~い、ヒナはいつでもOKなのよ~

私もいいわ、どぉ?翠星石のほうは?

翠星石もバッチリですぅ~、さぁ……気合入れて行くですよッ!!

言葉の代わりに音で広がる会話の中で翠星石は彼女達の顔をゆっくり見渡す。
一瞬、部室の中の全ての音が停止した。
そして皆がコクリと小さく肯くと、翠星石はスティックを合わせて始まりの合図を送る。

チッチッチッ――――――――――――タァン♪♪

勢いよく振り下ろされたスティックからあの日、事故で命を落とす瞬間まで続いていた約束の曲が始まった。

(以下執筆継続中)




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最終更新:2007年11月06日 22:30