アットウィキロゴ
――音よりも、光よりも早く、二人の時は流れて行き、出逢って間もない二人が本当の姉妹のようになるまでそう時間はかからなかった――

様々な老若男女が交錯する街で歳の近い二人の少女が歩いている。
一人は、麗しくも幻惑的な銀髪を有する少女。
もう一人は、光当たれば緑色に輝く長い黒髪を有する少女だった。
銀髪の少女が細く長い足で一歩先を歩く。
黒髪の少女はそれを追いかける。
ある程度まで進むと、銀髪の少女が振り返った。

「めぐぅ~遅いよぉ」
「ちょっと待ってよ、水銀燈。早過ぎだって」
「めぐが遅いのよぉ。まだそんな歳じゃないでしょ?」
ピキッ
「・・・・・・言ったな。その場を・・・動くなよ?」
「ヤバッ・・・・・・」
そう言って少女は逃げる。

もう一人の少女はそれを追いかける。

逃げながらも少女は笑みを浮かべていた。
――この幸せな時間が永遠に続けばいいのに・・・と思いながら――

もう一人の少女も笑っていた。
――残り少ない時間だけど、私はまだあの子と一緒にいられるという喜びを噛みしめながら――

 ・・・・・・あれから私はこの一ヶ月、めぐの家に通っている。ギターを教えてもらうという名目もあるのだが、それだけじゃない。
なにより彼女の側にいるのはとても楽なのだ。暖かなお湯の中にいるみたいにフワフワユラユラ・・・。
「・・・生まれる前の子供が母体の羊水の中にいる感じってこんな感じかも・・・」
「ん、何か言った?」
「・・・・・・なんでもないわぁ」
気だるそうに答える。実際気だるいのだ、この部屋に限っては。
そして私は持っていたギターをスタンドに置いて尋ねた、確固たる決意を胸に秘めて・・・!
「ねぇめぐ」
同じようにギターを弾いていためぐも顔を上げ、こちらを向いた。
「何?」
「エアコン導入しましょうよぉ・・・・・・おかしいってこの部屋の気温」
「えーそうかな?まだたったの39℃だよ。それにまだコレ動くし」
柱に貼りつけてある室温計を横目で見て、さっきから窓を全開にしても涼しくないこの部屋の生温さを増長させているとしか思えない"ソレ"を人差し指で指した。
「だいたいコレ何年前の扇風機よぉ!今時首振り機能しかない扇風機って・・・」
うっかり怒鳴ってしまい、さらに体力を消耗してしまった。私のバカ・・・・・・。

「拾いものだからね~。ワガママは言えないよ~」
と、涼しい顔で言うは清貧めぐ。・・・全然汗をかいてないよこの人・・・この部屋において異端者は私か?私なのか!?
「でも暑いものは暑いの~!もうやだぁ・・・」
思わずリノリウムの床に這いつくばる。あっ・・・ちょっと涼しいかも・・・。
しばらく床の冷たさを堪能していると近くでバサッ、と音がした。背中越しに伝わってくる温もり。これは・・・・・・!
「ちょっとぉめぐ・・・何してんのよぉ・・・?」
「う~ん、スキンシップ兼友愛のハグ」
そう言うや否やギュッと抱きしめてきた。
「ちょ!だから暑いって言ってるじゃなぁい!!」
「心頭滅却すれば、火もまた涼しとも言うわね」
「そんな観念のお話なんか知らないわよぉ~」
「まあまあお気になさらずに」
「気になるって・・・ああ・・・暑ぃ・・・」

――――――――――――――――もういい・・・諦めた。

―――そのまま5分程されるがままにグターっとしているとようやく解放してくれた―――
「・・・よし、充電完了!ありがとね、水銀燈」
まぶしい笑顔をこちらに向けてくるめぐ。
それとは逆に少し憔悴した顔つきの私。
「あは・・・どういたひまひてぇ・・・」
「さて、出掛けようか」
「・・・どこに行くのぉ」
「楽器屋」
「・・・へぇ、楽器屋」
「そ、楽器屋」
「・・・何で?」
「いつまでも私のギター借りっぱなしじゃなくて、自分のギターを持った方がいいと思うのよ」
はっきりと言い放った。逆に清々しいくらいに。
確かに私が今まで弾いていたギターは、めぐが持っていたもう一本の方だ。
あのレスポール・カスタムは全然触らせてくれない・・・・・・時々めぐはケチンボだと思う。
「何か言ったぁ~?」
外行きの服に着替えながら、こちらを振り向いてきた。
「な、なんでもないわぁ」
聞こえたのか、心の声を・・・めぐ、恐ろしい子・・・!

十分後、めぐの着替えも終わったので私たちはとりあえず駅方面に向かうことになった。
歩き始めて思ったこと・・・それは――――――――暑い・・・・・その一言に尽きる。
家を出て数分もしないうちにグロッキー状態、それが今の私だ。死むぅ・・・。

―――約15分後、息も絶え絶えになってようやく駅に着くことが出来た。隣りを歩くめぐは・・・涼しい顔をしている。
「なんで~。新陳代謝ちゃんと機能してるのぉ?私こんなに汗だくなのに・・・」
「人のこと乾燥した干物みたいに言わないでよ。ちゃんと汗かいてるよ、ほら」
疑う私に顔を近づけてくる。・・・確かにほんのりしっとりとしている――――ように見える・・・・・・なんだかなぁ。
とりあえずそこで話は打ち切り、問題の楽器屋を探すことにした。
「・・・で、店は何処らへんにあるわけ」
「駅ビル裏の路地あたり」
「アバウトねぇ・・・本当に場所大丈夫?」
「そこまで行けば思い出すわ・・・きっと」
そう言うと先頭を歩き出した。付いて行くしかないので後を追う。

駅ビルの裏に回ると、すぐ近くに小さな路地を見つけた。めぐは迷うことなくその路地へ入って行った。私もそれに続く。
それから歩いて五分、目的地にはまだ着いていない。・・・・・・これは明らかに道に迷ったというのではないのだろうか?
「ねぇめぐ・・・これって迷「そんなことないわよ!」」
私の発言を大声で遮る。それって自供したのと一緒じゃない・・・。
ハァァ・・・少し深めの溜息をして歩いてきた方向と反対を向くと―――
「・・・うん?めぐ、もしかしてアソコじゃなぁい?」
視界に入ってきた看板を指差した。
「えっ・・・・・ああそうそうーコレコレー。さぁ水銀燈行きましょう!」
すごく嬉しそうにはしゃいでる・・・やっぱり忘れてたんだ・・・。

ようやく辿り着いたその店の看板には『Guitar Labo. 槐』と書いてある。
「読めないわぁ・・・このお店の名前」
「エンジュって読むの。このお店のマスターのことよ」
「ふぅん、珍しい名前ねぇ」
「名前も変わってるけど、本人もそーと―だよー。期待していいよ!」
瞳をキラキラさせ私を見て反応を伺ってきた。私は、それに対して目を合わせないのが正しい友人との付き合い方だと思った。
「・・・暑いから早く中に入りましょ」
「ブーブー!つまんないよー水銀燈リアクション返してよー」
後ろからの不平を聞きながらお店の扉を開けた。

店の中に入ると肌に適度な冷気と湿気を感じた。そして壁一面に整理された楽器たちの姿が目に入ってきて圧倒された。
「スゴォイ・・・これ全部ギターなんだぁ・・・」
「う~んおしいねぇ。全部じゃないんだけどね」
「誰?」
いきなり声がしたと思ったら、店の奥から背が高く眼鏡をかけた男の人が出てきた。
「いらっしゃいませ・・・。お嬢さんたち、今日は何をお求めで・・・?」
「お久しぶりです、白崎さん」
「・・・あれ、後ろにいるのは・・・めぐちゃん?うわぁ久しぶり!どうしたの、しばらく顔見せなかったじゃない?」
「ごめんなさい、最近ちょっと忙しくって。相変わらず、初見のお客さんにはカッコつけるクセは直ってないのね」
「アハハ・・・手厳しいなぁ。めぐちゃんは相変わらず・・・」
どうやら二人は顔なじみらしい、そう感じた私は二人の会話の邪魔にならないように離れて店内を見て回ることにした。
さっきも思ったが、さほど大きくない店内に所狭しと楽器があるのはひどく目を奪われる。
「ギターって色んな形があるのねぇ・・・あら、これは・・・」
楽器は壁だけではなく隅の方でスタンドに立て掛けてあるのもいくつかあった。私が気になったのはそこにあるものだった。
「これ、めぐのレスポールに似てる・・・」
「可愛らしいフロイライン・・・いいものに目を付けましたね」
「ヒィヤァ!!」
突然背後から声がして変な声を出してしまった。
「な、な、な、何ですか!」
「・・・驚かしてしまったのなら申し訳ない・・・謝罪致します」
本当に申し訳ないという顔をして頭を下げた。
「い、いえっ、そこまでしなくてもいいですよぉ」
「・・・ですが」
「いいから頭を上げてください!」
―――わかった、という顔をしながらようやく頭を上げてくれた。
 ・・・・・・よく見るとこの人はかなりの美形だ。緩やかなウェーブのかかった金髪がよく似合っている。
「あれぇ槐、いつの間に帰って来たんですか」
向こうにいる白崎さんが私の目の前の人に話し掛けた。
「お前がめぐさんとのお喋りに夢中になっている最中に、だ」
「・・・全然気づかなかった。槐・・・気配消しながら入ってくるのは止めてくださいね」
「お前が人一倍鈍いだけだ」
この人がこの店のマスター、槐―――めぐの言うとおり少し・・・いや、かなり変わってる。白崎さんも含めて、だ。
「ごめんね、水銀燈。お話に夢中になっちゃって」
「ううん、それは別にいいんだけど・・・めぐコレ見て・・・」
さっき私が見つけたギターを指差すと、めぐも一瞬驚いた顔をした。
「コレ・・・似てるわね、私のレスポールに。でも・・・コレ」
言いたいことは分かっていた。このギターのネックに引っ掛けている厚紙にはこう書かれていた『JUNK』と・・・。

「ええ・・・残念ながらそのギターはJUNKなのです」
槐さんが寂しそうな顔で言った。
「これは決して悪いギターじゃありません。今まで手にしたオーナーが杜撰な扱いでろくな調整もしなかったのでしょう・・・。
 しかしもう大丈夫です。白崎、僕はこれから工房に入る」
そう言ってギターを持って店の奥に入った。
「けれど、ひどい話ね・・・ギターだって生きてるのに」
「でもね、めぐちゃん。あのギターは助かったと思うよ。何故ならうちの店に来たんだから」
「それってどういう意味ぃ?」
「槐は、世界で手にした人は数少ないと言われる"マエストロ"の称号を持っているんだ。

       ―――創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し――――
       ―――構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣し―――
       ―――成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現する―――

 ・・・・・・以上の工程を経て、その楽器をほぼ完全なまでに再現できる。それが"マエストロ"の能力」

「え、それじゃああのギターは――」
「うん、生き返るよ。以前と代わり映えしないものに槐の手によって甦る。工房に入った彼は、もうろくに睡眠も取らない。あのギターにかかりっきりになるだろうね。
 そして僕はそれを全力でサポートする。食事を提供したり、こうやって店長の代わりに店番したりしてね」
白崎さんは少し悪戯っぽく、でもそれを辛いと思わせない笑顔を浮かべた。

「・・・・・・ねぇ白崎さん」
「何だい、えぇと・・・」
「水銀燈よぉ、私の名前は」
「ごめんね、水銀燈さん。それで何?」
「あのギターが直ったら・・・私に売って。ううん、あのギターじゃなきゃ駄目なの」
「突然だねぇ・・・。うちにはまだ沢山のギターがあるよ。あれ一本と決めてかからなくても・・・」
「あれがいい。あのギターは昔の私に似てるの・・・」
私は決して冗談ではない真剣な目を彼に向けた。

「ムゥ・・・・・・」
彼は腕を組み、うつむいて少し考えているようだった。
「・・・・・・槐、ちょっといいかな」
顔を上げた彼は、奥にいる槐さんを呼んだ。
「何だ、白崎」
すぐに作業着に着替えた槐さんが出てきた。
「こちらの水銀燈さんが君の直そうとしているギターをご所望のようなんだ」
「先程のフロイラインが・・・・・?」
「はい。私、あのギターが欲しいんです!」
「・・・・・・聡明なフロイライン、よく聞いてください。私の店で扱っている楽器たちは一般的な価格で売りはしない。価格が全て「ASK」にしているのはそのためです。
 私が行っているのは、オーナーの気まぐれや乱暴などによって切れてしまった縁を再び結ぶこと・・・・・・私はこの子たちを保護し、治癒し、一時の雨宿りをさせているに過ぎません―――」
「・・・・・・・・・・・・・」
「――――――しかしこの子たちにとって相応しいオ―ナーが現れた時、お代は頂きません」
「――――えっ」
「貴女はあのギターに選ばれたのですよ。そして貴女はそれに気づき、応えた・・・・・・一週間待っていただけますか?その後貴女に手渡しましょう」
「い、いいんですか・・・私、払いますよ?どんなに時間がかかっても、バイトでも何でもして」
槐さんは私の肩に手を置いてゆっくり首を横に振った。
「結構ですよ、フロイライン。久しぶりに相応しい人に出逢うことができたのです。それだけで充分ですよ 」
「でも、でもぉ――「水銀燈」」
今まで黙っていためぐが私の横に付き
「いいじゃない。あなたはマスターに選ばれた。槐さん、ホント経営概念ない人だけど嘘はつかないから。あなたはあのギターに出逢うべくして出逢ったのよ・・・私とあなたみたいに」
「でもぉ――」
「それじゃ僕からもお願いしますよ」
「白崎さんまで・・・」
「これは冗談じゃありません。槐は本当に貴女に渡したいんですよ。貴女ならこのギターを見捨てない、愛してくれるってね」

私は急に加速した話になんとかついて行こうとしたが―――ここまでの展開を広げるとは思ってもみなかった。
「―――――――わかりました。槐さん、あなたの大切な子供を私に下さい」
「受け取ってくれますか!ありがとうフロイライン・・・」
気持ちのいい笑顔を浮かべた彼は、私に握手を求め右手を差し出してきた。当然私はそれに応える。
「それと・・・フロイラインって止めてくれませんかぁ?―――私の名前は水銀燈といいます」
「―――これは失礼しました、水銀燈さん。では私はこれで、めぐさんもゆっくりしていってください」
そう言い残し、颯爽と奥の工房に戻っていった。
「なんか・・・すごい話になっちゃたぁ」
「でもよかったね。あなたのギターが決まって」
「うん・・・・・・それはすっごく嬉しい」
「よかったねー水銀燈さん。いやぁ僕も嬉しいよ」
「ありがとうございます・・・ところで白崎さん、フロイラインってどういう意味なんですか?」
「確かドイツ語で"お嬢さん"っていう意味だよ。彼は初めて会ったレディに対しては常に紳士であれ、という信念を掲げているからね」
「そうなんだ・・・変な人だね」
「それも彼の魅力さ」
隣りでは『ね、私の言ったとおりでしょ?』という顔をしためぐが笑いをこらえている。
「そ、それじゃそろそろおいとましよっか水銀燈」
「そうねぇ」
「えぇ~もう帰っちゃうの?これからお茶とお菓子用意しようと思ってたのに・・・」
すごく落胆した表情を見せる白崎さん――――やっぱりこの人も相当なものだ・・・。
「今日はこれで失礼します。また来ますからそんな顔しないでよ~白崎さん」
「今日は本当にありがとうございました」
「ま、しょうがないね。水銀燈さん、一週間後またおいで。それでは、お客さまのまたのご来店を心よりお持ちしております・・・」
恭しく頭を下げる彼に倣い、私たちも頭を下げ店を出た。


最終更新:2006年04月11日 22:45