それは、まだローゼンメイデンがメジャーデビューして間もない頃。
「…はぁ……」
蒼星石はため息をついた。
バンドのリーダーである彼女にとって、メジャーデビューというのは予想以上にストレスを感じるものだったのだ。
インディーズの頃はどんな曲を自由にやってもファンはついてきてくれたし、何よりファンがそれを望んでくれていた。
メジャーデビューをすることによって、きっとファンも増えるし喜んでもらえるだろうと思っていた。
ところが、いざメジャーデビューしてみると多くの人が彼女たちの歌を聞き、当然文句も多くなった。
一部の保護者団体や宗教団体はロックそのものを悪だと思っている人も未だ多いと知った。
大衆に受けるような曲も作らないといけないと知った。そうしないと曲が売れなかった。
大衆に受ける曲を作ると、昔からのファンは離れていった。彼らは口をそろえ、こう言った。
『てめぇらはもう、ロックじゃない』
蒼星石にも分かっていた。
ロックは人に媚びてはいけない。ロックは大衆に負けてはいけない。商業主義になってはいけない。
しかし、大衆に負けないとCDの売り上げが伸びない。売り上げが伸びないとメジャー契約を切られかねない。
インディーズでいくら名が売れても、メジャーになってしまえば新人バンドでしかないんだ…。
「ロックは死んだ」
セックスピストルズのボーカル、ジョニー・ロットンことジョン・ライドンの言葉を呟き、普段は吸わないタバコをくわえた。
暗い街に、タバコの赤い火が綺麗に浮かんだ。夜も遅く、彼女以外に人影はなかった。
「あらぁ?誰かと思ったら、蒼星石じゃなぁい」
不意に声をかけられ、驚いて振り向く。
そこにはローゼンメイデンのギタリスト、水銀燈が立っていた。
普段の派手な服と違い、フード付きのコートにジーンズというラフなスタイルだ。背中には何故かギターケースを背負っていた。
「水銀燈…どうしたんだい、こんな時間に?」
「何言ってるのよぉ、それは貴方もでしょう?」
そう言われ、「確かに」と蒼星石は笑った。
「どうしたのよぉ。普段吸わないでしょ、タバコ…」
「あっ、うん…まぁ、偶にはね」
「…何か、悩み事?」
水銀燈は真面目な顔で蒼星石を見た。
「…ううん、別に。…大丈夫、僕は大丈夫だから」
そう蒼星石が言うと、水銀燈は苦笑した。
「本当に大丈夫な人は、大丈夫なんて言わないのよぉ?」
そう言われ、蒼星石も苦笑した。
「その通りだね」
しばらく沈黙。話題を変えようと、蒼星石は水銀燈に尋ねた。
「そういえば、水銀燈。こんな時間にギターを持って何処に行くんだい?」
「あぁ、貴方も来る?」
水銀燈の答えに、蒼星石は首を傾げた。
最終更新:2008年03月16日 21:41