「(…そうだ、あれはまだ僕が中学生だった頃…)」
蒼星石はまじめで大人しい少女だった。
優等生と呼ばれるのに相応しかった。
しかし、彼女は決してそれを望んだわけではなかった。
彼女の外見的特徴…目の色が左右違うというのは予想以上に世間ではハンディキャップだった。
それ故、彼女は出来るだけ敵を作らないようにと思って。そう振る舞っていた。
「はぁ…」
そして、そう振る舞うことは彼女にとって苦痛だった。
「どうしたのですか?蒼星石」
声をかけたのは彼女の姉、翠星石だった。
彼女もまた、蒼星石と同じ特徴を持っていた。
しかし、彼女は蒼星石と違った。
彼女の派手な言動は有名で、学校でも浮いた存在だった。
だが、仲良くなった友人とはとことん仲良くするので、友人も多かった。
「ううん、何でもないよ翠星石」
ニコリと微笑むと、翠星石は疑いながらも「そうですか?」と言って引き下がった。
もちろん、何でもないわけがなかった。
「(…僕も翠星石のように振る舞えたらな…)」
蒼星石は大人しい優等生だ。そして、人と関わるのを極端に嫌った。
人と関わっても、それは表面だけだった。
彼女は人を心から信用しようとはしなかった。
故に人に心から信用されることもなかった。
「はぁ…」
翠星石に聞こえないように、小さく溜息をはく。
人と違う自分を恐れ、自分が人にどう思われているかを考え恐れていた。
対して翠星石は自分の特徴を恐れながらも、人と向き合い関わろうとした。
蒼星石は、翠星石がうらやましかった。
人と関わる勇気を持っている彼女が…
「…せいせき……蒼星石!」
ハッと我に返る。思考のループから抜け出せなくなっていたようだ。
「ゴメンゴメン、ちょっと考え事してたよ…」
と、蒼星石が答える。
「もう…本当に、何か悩んでいるなら言うですよ?」
いけない、また心配させてしまった。と蒼星石は心の中で反省した。
「…で、何だい翠星石?何か用事?」
「あっ、そうでした。じつは塩を買い忘れてしまったです。すまねぇですが、買ってきてくれますか?」
「うん、わかった」
と、蒼星石は財布を持ってすぐに近くのスーパーへと向かった。
夕陽もほとんど沈み、外はすでに暗くなっていた。
近いといってもスーパーまでは少し距離があり、蒼星石は散歩気分でゆっくり歩いていた。
ふと、空を見上げてみる。宵の明星、金星が空で輝いていた。
「…わかってはいるんだよ…行動しなきゃ変わらないって…」
「…でもね、いまいち勇気が足りないんだよ…」
蒼星石は金星に向かって呟いた。
と、その時彼女の耳に何かの音が飛び込んできた。
エレキギターの音色だった。
「…?」
音の方を見ると、道の端でギターを弾いている男がいた。
ボサボサの長髪で、目の奥に鋭い光を持つ男だった。
パッと見た感じ、危険な男だった。
しかし、蒼星石は何故か男に危険なものを感じなかった。
ポロンポロンと、赤いセミアコのエレキギターを弾く男。
ちっぽけなアンプからはたどたどしいアルペジオが流れる。
そして、男は歌い出した。
…歩いても 歩いても…
…果てどなく 果てどなく…
村八分の「くたびれて」だ。
当時、ロックには全く精通の無かった蒼星石はその曲を知らなかった。
しかし、その曲は蒼星石の心に響いた。
やがて、歌は終わり音は消える。
「…嬢ちゃん、今の歌…どうだった?」
男は開口一番にそういった。
「え…」
蒼星石は男の目を見る。
男に表情はなかった。しかし、男の目の奥に深い優しさを蒼星石は感じた。
「…最高でした」
蒼星石が言うと、男は満足そうに笑った。
最終更新:2008年03月19日 00:28