"なぜまたきてしまったんだ?"
と、エレクトラ・レコード社のロス・チャイルドは思った。
彼はニューヨークに設立されたレコード会社のプロデューサーという身から、ウィスキー・ア・ゴーゴーでの人気のバンドの噂を聞きつけて、初めて昨日観客の一人として観にいったのだが、そのとき彼はひどく気分を害したものだった。
意味の分からない詩。破格的内容なラブソング、そして途中で演奏を中止してしまった謎の大曲。
「二度ときたくない」、昨日の演奏が中止されてから、彼はそう思ったものだが、なぜか今、再びウィスキー・ア・ゴーゴーの前に立っている。
昨日寝床について、眠ろうとしたときも、あの白薔薇の少女の透き通る歌声と同時にそれとは真逆の悪魔的な甘い叫び声が、ずっと頭の中を駆け巡っていて、気になって気になって仕方がなくなっていた。
これが憎愛一体というものなのか。チャイルドは心の中で呟き、再び店内に足を踏み入れると、店内のライトのあてられていない、暗く目立たないところの席について、ビールを口にしながら、彼女達のバンドの登場を待った。
ステージの上にたった雪華綺晶は自分達をあてる照明のライトと、その下の暗所で自分達に視線を注ぐ観客達の存在を感じ取った。
コードのついたマイクを手にとって、着々と準備を進める仲間達を見る。
これから The End を最後まで歌いきるのかと思うと、めまいがした。この詩は、ずっと厳しい両親のもとで生活を縛られ続けてきた彼女自身のための詩であり、自分を呼びかけるための詩でもあった。
雪華綺晶とその父親の絆は薄かった。
東洋ではベトナム戦争が展開されているこの時代、彼女の父親は海軍の指揮官を務め、その仕事柄から、常に幼き頃から父親は雪華綺晶に厳しく躾けをあたってきた。
雪華綺晶は常にその幻覚な父親を「お父さま」と呼んだ。しかし、内心では雪華綺晶は父親が嫌いだった。自分ばかりに厳しくする父親。父親にとってそれは愛の鞭だったのかもしれないが、雪華綺晶にとっては、
「お父さまは私を愛していない。妹の薔薇水晶を愛している」
と感じるだけだった。
雪華綺晶と父親の溝が決定的になったのが、幼少時代に、父が提督を務める戦艦"アーレイ・バーク"に連れて行かれたときだった。
父の命令一つでそこにいる兵士全員が動き、巨大な戦艦が稼働するのだ。雪華綺晶は身もよだつ不快を覚える。
家庭でも、職場でも、「お父さま」より上の人間はいない。「お父さま」こそ権力そのものだったのだ。
曲の演奏が始まり、雪華綺晶の意識が今に戻る。紛れもなくこれは The End のイントロだ。
いきなりスタートが The End ということで、観客達は驚いたことだろう。無理もない。きっと何処かで酒を飲み女と一緒に
なっているオーナーもだ。
雪華綺晶は歌だけでなく、自分の持つ楽器として、今回はタンバリンを持っていた。
このイントロ部分で彼女は何回かそれを静かに振る。もしウィスキー・ア・ゴーゴーの観客たちが彼女達の演奏に集中することなく、それぞれの私語
に夢中になっていたりすれば、彼らの耳には届かないであろうくらい静かなタンバリンの演奏。
それが終わると、彼女はステージの上を移動する。真紅のオルガンの空いたスペースの上にタンバリンを置くと、再び自分の位置に戻った。
しかし前と違うことは、その向きが後ろということだった。
つまり彼女は観客側には背を向けて、ドラムのほうを見ながら歌い出したということだった。
This is the end , beatiful friend...
This is the end , my only friend , The end....
後ろ向きで歌うという奇抜な行動に声を上げる観客もいたが、全く聞く耳持たずそのまま雪華綺晶は続きを歌う。
真紅もオルガンを弾きながら心配そうにちらりちらりと彼女を見やっていた。
of our elaborate plans , The End.
of every thing that stans , The End.
No safety or surprise , The End.
I'll never look into your eyes ... again.
Can you picture? What will be? So limitress and free?
Desperate in a need ... of some ... stranger's hand ... In a ... Desperate land?
曲はここで短い間奏に入る。昨日ではここでいきなり彼女が、「分かって!」と叫び声を上げた、その箇所だ。
しかし今回は…。急に後ろ向きだった雪華綺晶が前に向き直ると、静かにこう歌う。
The West is the best , The west is the best ...
"西が一番よいのです、西が一番よいのです…"
真紅、水銀燈、翠星石の心を不安が直撃した。歌詞が本来の曲と違う。本来なら Away , in india とここは歌うはずだ。
またしても本番にして予想外の事態。"The End"の曲になると、いつも雪華綺晶の歌に変化が起こる。
しかし、今日こそは演奏を成功させなければならないい。オーナーとの約束がある。
真紅達は曲の演奏の続行を努めたが、その試みをあざ笑っていくように、容赦なく雪華綺晶は本来の曲とは全く違う歌詞を読み上げまくった。本人以外はバンド仲間すら知らない未知の歌詞を、絶対に失敗できない演奏本番の曲に合わせて歌い出す彼女。
The killer awoke before dawn, he put his boots on
"人殺しは夜明け前に目を覚まし、ブーツを履いた"
He took a face from the ancient gallery
"彼は古代の仮面を顔に被り"
And he walked on down the hall
"通路を下った"
一体何を歌い出すのか、不思議そうな面持ちで水銀燈はギターの演奏を続けてきた。歌詞こそは彼女たちの知っているものとは別物だし、今回突然登場きた歌詞もまたいつものように抽象的で謎めいているが、曲の音とそうずれてはいない。
というのはこの The End という曲自体、声と音楽のタイミング合わせというものは重要でなく、音楽をBGMにボーカルが適当に詩を読み上げるという感じの曲ではあるので、新しい詩に入れ替えられても、そこまで違和感はない。
例の、カオス部分に突入する部分をのぞいては。
He went into the room where his sister lived, and...then he
"彼は姉妹の部屋を訪れ、そして…"
Paid a visit to his brother, and then he
"兄の部屋も覗いたあと…"
He walked on down the hall, and
"通路を再び下り"
And he came to a door...and he looked inside
"彼は扉の前に立つと、その中を覗いた…"
そこまで雪華綺晶は歌うと、思いつめたように目を閉じ、一瞬首を上げてナイトクラブの天井を見つめた。
それから覚悟が決まった、というように再び目をあけて観客と対面すると、続きを歌った。
Father , I want to kill you...
"お父さま、私はあなたを殺したい…"
雪華綺晶は一端歌をきり、息を飲み込んだ。そして、
Mother , I want to ...
"お母さま、私はあなたを……"
とまで歌うと、突然大声でこう絶叫した。
「Come on , YeaH!」ぐらっとよろめきマイクのスタンドを片手に身体を支えながら、
雪華綺晶は絶叫を続ける。「Come Now!」
ウィスキー・アー・ゴーゴーじゅうが騒然となった。
真紅は雪華綺晶の歌に顎が落ちそうになり、水銀燈はギターを持つ手を顔の表情と共に激しく乱す。ウィスキー・ア・ゴーゴのオーナーは激昂し、「母親を犯すだと!?」と怒鳴り、バンドを指さしている。
1966年 現在、アメリカはベトナム戦争、黒人差別などの問題を抱えに抱え、"FUCK"という単語には敏感になっている。
口にするにはあまりにも危険な単語だ。
雪華綺晶は身を屈め、頭を下に垂らしながら口元のマイクに何度も囁いた。
「 Fuck , Fuck , Fuck Fuck あぁ,Yeah,」
マイクに入った彼女の音声はクラブ全体に響く。
「あいつらの演奏をいますぐとめさせろ!」オーナーは叫んだ。
「Fuck,Fuck あはぁ、 YEAH!」
時既におそし、雪華綺晶は一声上げるとともに飛び上がり、そのまま片脚でステージ上をぴょんぴょん飛び跳ね行ったりきたりしながら歌い続けた。
バンド仲間たちも絶句していたが、演奏は続き、例のカオス部分へと突入して、最高に盛り上がっている。水銀燈のギターが狂い鳴る。ドラムの打音は脈うつように激しくなり、真紅のオルガンも激しさを増す。
「 Fuck you , baby , Fuck ぁぁ!」
雪華綺晶は飛び跳ねながら右から左まで移動すると、今度は身体をくねらせながら反転してまた右へと往復を開始する。
「 Fuck me baby , Fuck あぅっ! come on , baby ! 」
曲はクライマックスへと辿り着く。
雪華綺晶はマイクを両手に持ってぐるぐる廻りながら歌い、あえぎ声にも近いFuckを叫び続けた。
「Fuck fuck , あぁっ!あぁっ!あぁっ!yeah Fuck あぁう you あぅ、come , on! あっあっあぁっあぁっっ!!」
視界がぐらぐらする。天井が渦を巻いている。
「 All , Right!」
ネジの切れた人形のように、雪華綺晶の回転がとまった。ふっと金色の瞳で天井を見つめたあと、バタンとその場で派手に床に倒れこんだ。
気絶してしまったらしい。それでも雪華綺晶は無意識のさなか、呪文のようにこう口に出し続けていた。
kill...kill...kill....kill....kil...kill....kill......
"殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる…"
その狂気ともいえる光景を、ただじっと食い入るように眺めるエレクトラ・レコード社のロス・チャイルドは、最後のビールの一言を飲み終えた。同時に、彼の心の中では決心がついた。
激怒したオーナーによって追い出された真紅達のバンドは、ウィスキー・ア・ゴーゴーの裏口でこっぴどく言われている。
顔を真っ赤にしたオーナーが真紅の胸倉を掴み上げ、こう叫ぶ。
「気狂いの淫売どもめ!最初から俺のクラブにその曲を持ち込んでいたのか!?バカにしやがって!この晩限りでお前らはクビだ!」
大柄なオーナーによって、いとも簡単に真紅の身体が投げ出される。彼女は道端に突っ伏し、紅のドレスは汚れに晒された。
「あーぁ、やっちゃったわねぇ」
降参したように両手を広げ、呆れたような声を水銀燈は出した。
「クビですって。また活動先を探さなきゃねぇ……それにしても、この子ったら」
水銀燈はいまだ気絶して目を覚まさない雪華綺晶の肩を強くさすった。
「母親とFUCKしたいなんて、男の子でも人前で叫べたもんじゃないわよぉ。ほら、目を覚ましなさい!」
すると、ゆっくりと雪華綺晶の左目が開いた。すぐ目の前に水銀燈の顔があると分かると、いきなりその白い両腕を水銀燈のクビに回して、おねぇさま…と呟きながら迫った。
「な、だ、だれがおねぇさまよ!」
水銀燈は慌てて雪華綺晶から離れた。まだ体力は回復してなさそうだが、精神は正気を取り戻したらしい。
「はぁ……」
これには困った、と真紅もため息をついていたところ。
「真紅、真紅!」
翠星石が急ぎ足でこちらにやって来るのが見える。
「私たちとコンタクトを取りたい人がきてます!」
翠星石の後ろには、細見でスーツ姿の長身の男性がたっていた。優しく穏やかそうな表情をしながら、手をのばして真紅に握手を求める。
「やあ。ボクはロス・チャイルドだ。エレクトラ・レコード社のプロデューサーをやっているんだ。」
「あ、はい…」
困惑のまま、真紅はその男性と握手を結んだ。
「何の用でしょうか」
「 The Maidens っていったね。僕は君たちのバンドを是非ウチのレコード社に迎えたいと思っている。契約してくれるかな?」
思わぬ幸運だ、と真紅は興奮した。つまりこれは、自分達の曲をレコーディングできる環境を、契約さえすれば向こうが整えてくれて、自分たちはそのCDをアルバムなどの形でリリースできるということだ。
「はい、喜んで!」
クビにされた丁度その日に。自分達の運はまだ尽きていないらしい。真紅はその話を歓迎した。
「そうとなれば決まりだ。」
ロス・チャンルドはにこりと微笑んだ。
「それで、ボーカリストの子にも話しを伺いたいんだが、大丈夫かね?」
「ぇぇ。」
雪華綺晶の返事はひどく声が裏返っていたので、彼女はもうもう一度ちゃんと起き上がると言った。
「ええ。」
雪華綺晶の狂乱によって職を失いかけたバンドは、むしろそれがロスチャイルドの目にとまるということによって、更なる活動に勢いを持ち始めてのだった。
後日真紅は雪華綺晶とUCLAの大学で出会い、昨日の「父親を殺し、母親を犯す」といきなり歌い出したのはどうしてかと質問したが、これに対して雪華綺晶は「これは自身の本質を手に取るということなのです」とのみ答えたという。
最終更新:2008年06月06日 16:19