思わぬトラブルで演奏を中止してしまった彼女達 "The Maidens" は、その後ウィスキー・ア・ゴーゴーのオーナーから叱られた。
とはいったものの、今ではこのバンドは紛れもなくバーで人気を集めており、このバンドを目当てにしている客も多いということから、そんなに厳重には叱られなかった。
しかし「次こそはThe Endという曲を最後まで演奏しきる」という約束はさせられた。
「ねえ貴女、大丈夫?」
もっぱらオーナーの叱られ役を買って出た真紅がそれを終え、バンド仲間達のところに戻ってくると、未だにぶるぶる身体を震わせているボーカルの雪華綺晶に優しく語りかけ、その彼女の肩に手をそえた。
「歌っているときに、なにかあったの?雪華綺晶」
雪華綺晶は身体を震わせたまま何も答えない。
「まったくぅ、急に変な歌い方に代わったかと思えばぁ」
ギタリストの水銀燈が、不完全燃焼でバンドの演奏が終わったことへの不満バリバリという様子で口に出した。
「いきなり前に倒れて、"もう歌えません"って!冗談じゃないわぁ!
この子いったいどうなってるの?」
グチグチと水銀燈に文句を言われた雪華綺晶は、さらにその心を傷つけた。
「でもどうします、真紅?次には"The End"を最後まで演奏させろって…」
ドラムスの翠星石が不安げに真紅に問い掛ける。
"The Maidens"が本格的に雪華綺晶をボーカリストに迎えてバンド活動を開始する前から、真紅はずっとバンド仲間のリーダー的存在であり続けた。
喧嘩する水銀燈や翠星石をまとめあげ、あるいは真紅自身と水銀燈が衝突することもあったが、大体は真紅が和解を打って出て崩壊の危機から脱してきた。
「そうね……」
真紅は手を顎にそえ、考える仕草をする。それは真紅が好きな探偵物の番組を見ているうちに、自然と癖となってしまった仕草だった。
「次の演奏では雪華綺晶には悪いけれど、"The End"は避けて演奏に臨みましょう。明日は水銀燈の作った詩の曲を中心に組んで…、"Love me two times","Light my fire" , あとカバー曲の"Alabama song"もいきましょう。」
このとき雪華綺晶は、その精神状態からなにも口にだせなかったのだが、内心では真紅の提案には猛烈に嫌がっていた。
"Light my fire"をはじめ、"Love me two times"もまた彼女の嫌う性的なラブソングだ。
「そうしますかぁ。」
そんな雪華綺晶の気持ちをよそに、翠星石をはじめバンド仲間は話しをすすめてしまう。
「そうと決まれば、練習あるのみですね。さあさあ、やるですよおまえら。」
「でも待って。雪華綺晶がどうにも歌えそうにない状態だから……」
真紅はいい、再び彼女の隣に座ると、優しくこう声をかけた。
「無理をしなくてもいいのよ。調子のわるいときは、私達だけでも練習してるから……」
雪華綺晶はぎこちなく頷いた。そうして隅で座ったまま、ボーカリストとしての役目を今日はもう演じられずに、ただバンド仲間の練習風景を眺める。
とりわけ、水銀燈がギターを弾く姿を中心に。
その日は深夜を過ぎる。日も昇る時間帯にもなってきたので、流石に夜型のバンド仲間たちも疲れ、仲間達は一端解散となった。
「それじゃあまた、ゴーゴーで会いましょう。それまで十分に睡眠をとらないとね」
バンドのリーダーの真紅は、特に睡眠時間を大切する習慣を持っていた。
「ふぁ~。じゃあまたねぇ、真紅ぅ」
水銀燈もアクビしながらギターをケースにしまい、肩に背負うと帰宅路へと向かっていった。
「ええ、また」
「次こそは成功させるですよ、真紅。私達なんだかんだで、結構順調にバンド活動進んでいるような気がしますし。
このままいけば私達ひょっとするとジェファーソン・エアプレインやグレイトフル・デッドに並ぶ事だって夢でもないかも…」
大げさな夢を楽しそうに語る翠星石を優しそうに見つめながら、真紅は微笑んでいた。
「それじゃあまた明日です、真紅」 「また明日」
その場には真紅と雪華綺晶のみが残った。
「ねぇあなた、立てる?一人で帰れそう?」
雪華綺晶のことを特に心配して気遣った真紅は、彼女が無事に家につくまでの帰路を一緒に付き添った。
2人でカリフォルニア州の街道を歩く。夜が終わり、ほのかに空が夜明けの明るさに染まり出している頃の、アメリカの街。
「ねぇ雪華綺晶、もう一度聞くけれど、今日の貴女は様子がおかしかったわ。なにか心に溜め込んでいたこと、あるの?
一人で悩まず人に打ち明けることもたまには大切なのよ」
真紅の促しにも、雪華綺晶は応じなかった。
学生時代から常に読書ばかりするタイプだった彼女がロックバンドという世界に足を踏み入れ、このように誰かから優しくされることは彼女としても嬉しかったが、"Light my fire"などの曲を歌うこと自体が、身の毛もよだつもど嫌ということは流石に言い出せなかった。
ましてその歌詞を考えた人があの水銀燈ともなっては。
永遠にこの私の悩みを知る者は誰もいないだろう。
そんな気持ちを真紅の横で街を歩きながら、身の差すような孤独感と共に雪華綺晶はこのように詩を読み始めた。
People are strange when you're a stranger
"人々が歪んで見えるとき 歪んでいるのはあなた"
Faces look ugly when you're alone
"あなたが一人ぼっちのとき 人々の顔は歪んで見える"
Women seem wicked when you're unwanted
"女たちの顔は醜悪に見える"
Streets are uneven when you're down
"あなたが落ち込んでいるとき 行く先はでこぼこ道"
独りでに寂しげに歌い始めた雪華綺晶の隣で、真紅はただ耳を澄ましながら、今回は過敏な反応をして彼女の詩を褒め称えたりすることもなく、彼女の歌に聴き浸っていた。
もちろん、今回も彼女の詩人としての非凡な才能と同時に、雪華綺晶の持つ悲しげな世界観に共鳴を感じながら。
When youre strange
"あなたが一人ぼっちのとき"
Faces come out of the rain
"人々の顔は雨の向こう"
When youre strange
"あなたが一人ぼっちのとき"
No one remembers your name
"だれもあなたの名を知ろうとしない"
When youre strange...When youre strange...When youre strange...
"一人ぼっち…一人ぼっち…一人ぼっち…"
翌日の夕方。再び集まってきたバンド仲間たちの間に電撃が走った。
なんとボーカルの雪華綺晶が、「今日のライブは"The End"を最初に歌いたい」と言い出したからだ。
昨日まで"The End"は避けて今日の演奏をしようと計画していたバンド仲間たちのこの提案は度肝を抜いた。
「でもあなた、大丈夫なの?歌えるの?」
心配そのものの顔をして、真紅は問い掛ける。水銀燈のほうは完全に面食らった表情をし、翠星石と一緒に愚痴をこぼした。
「大丈夫。今日は歌えます。昨日は不名誉なことに途中で演奏の糸を私が切ってしまった。私が続きを紡がなければならない。機会を私にください」
「今度また泣きっ面晒して歌えませんなんとほざいたら、許さないんだからね。いいかしらぁ?」
きついように水銀燈は迫ってはいたが、内心は彼女も雪華綺晶の異様ともいえる程のボーカルの才能には認めつつあった。
奇妙な存在感を放つ容姿と歌い方、異様な世界観を持ちながらクリスタルのように透き通った詩の数々は、真紅もよくこんな子を見つけてきたものだと思っていたのだった。
しかし一方、翠星石については、"Crystal ship"をはじめ、"The End"や"Moon Light Drive"などの詩を雪華綺晶のいないところで
「まったく訳の分からない詩ばかりですぅ」
と言ったこともあった。
「それじゃあ、みんないい?今日こそは"The End"を成功させるわよ。最後まで。」
真紅の呼びかけによって、バンド仲間四人の団結にスイッチが入る。
ウィスキー・ア・ゴーゴーが今日も開店の時間だ。
最終更新:2008年06月06日 16:11