「そうか、そりゃよかった」
チャー坊は笑い返す。
蒼星石は立ち上がった。
近くのテーブル席でベースを熱く語るシド・ヴィシャスに近づく。
「お、なんだ?」
「シドさん、ベースお借りしても良いですか?」
「…別に良いけど、ボロボロだぜ?」
妙に老けた顔のシドが取り出したベースは、確かにボロボロなベースだった。
本物のシドと同じ、白いプレベだ。
金属パーツは錆びていて、19フレッドが無かった。
「いいじゃないですか、ロックで」
蒼星石がそう言うと、シドは笑顔でベースを渡した。
蒼星石はステージに向かう。
「チャー坊さん、水銀燈。セッションさせてもらっていいかな?」
「おう、俺は別に良いぞ」
と言って、チャー坊はすぐにマイクの前にかまえた。
「ちょっとぉ、私はまだ返事してないのよぉ?まぁ、断る気ないけどぉ」
そういって、水銀燈はチューニングの狂いがないかを確認する。
そして、蒼星石のほうを見て笑った。
「その様子だと…もう、大丈夫みたいね?」
水銀燈は蒼星石の目の中に、バンドを結成した頃と同じ光を感じた。
「うん!」
力強く、蒼星石は頷く。そして、ベースをアンプにつなげた。
適当にフレットを押さえ、音を鳴らしてみる。
若干われた音、ネックが反って少し弾きにくい。
5フレットを押さえる。チューニングを確認する。
「(うん、チューニングに狂いはない)」
そして、ポケットに入れていたピックを取り出した。
「あらぁ?あなた、ピック使わないでしょ?」
水銀燈が言う。確かに、ローゼンメイデンで蒼星石は指弾きをメインにしている。
「ちょっと、昔を思い出したくてね」
と言って、ピックを思いっきり4弦に叩きつけた。太い、重たい音。
そのまま、短いベースソロを弾いてみる。
その音は綺麗じゃない、特に複雑な演奏をしたわけじゃない。
それでも、蒼星石の体に熱いものがこみ上げてきていた。
「(これだ…この感じだ…)」
辺りを見回した。ロックスター達はジッと彼女を見ている。
ロックスター達の瞳を見返す。 「ロックを見せてくれ」
水銀燈を見る。 「あのころの貴方を、見せてちょうだぁい」
チャー坊を見た。 「もうわかっただろう」
「(…うん、わかったよ)」
蒼星石は楽しげに微笑む。
その瞬間、水銀燈がAmのコードをミュートしてカッティングする。
パーカッシブな音が響く。
ギター側のボリュームが上げているので、結構な音量だ。
蒼星石は全く打ち合わせをしていなかった。
でも、蒼星石はその曲な何かすぐにわかった。
水銀燈に視線を送る。アイコンタクトでタイミングを合わせる。
「(もう一小節。後一小節…)」
「(今だ!!)」
ギターとベースが同時にAの音を鳴らした。
それは、やはり村八分の曲で「あやつり人形」
「くたびれて」と違い、リフで聞かせる曲だ。
そして、チャー坊がマイクを握る。
…神を殺して 人の心に 葬ってやった…
…人を殺すかの様に 引き裂いてやった…
過激な歌詞、がなる様なチャー坊のボーカル。
歪んだ水銀燈のギター。
そして、割れた音を出す蒼星石のベース。
「(あぁ、僕はちゃんと戻ってこれた)」
荒れ狂う様な演奏の中、蒼星石は優しい気持ちになった。
メジャーデビューしてからは感じなくなった気持ちだ。
何故だろう?…
いや、蒼星石にはもうその答えがわかっていた。
「(そうだ、僕は周りを気にしすぎていた)」
汗を流し、ベースを振り回すように演奏しながら、蒼星石は思った。
「(ロックであることより、周りの目を気にしていた)」
「(レーベルのお偉いさんや、一般のリスナー、昔からのファン)」
蒼星石はロックをして、自分をさらけ出すことの楽しさを知った。
しかし、その楽しみを続けていくうちに再び、過去の弱い自分に戻っていた。
「(これじゃぁ、僕を救ってくれたロックスター達に失礼だ!)」
曲は、本来ならギターソロにはいるところだ。
その時、蒼星石は水銀燈に目配せした。
水銀燈はその意味を察し、一瞬驚いたが笑顔で同意した。
次の瞬間、ギターの音が押さえられて小さくなった。
逆にベースの音が大きくなる。
蒼星石はピックを投げ捨てた。
本来ギターソロである部分をスラップで弾いていく。
辺りから歓声が起こる。
チャー坊もこれには一瞬目を丸くした。
だが、すぐにあの笑顔を見せる。 「そうだ、それがロックだ」
ロックに必用なものは何か?
ファンか?メジャーレーベルか?人気か?
それとも金か?
「(断じて違う…違ったんだ)」
それはきれい事かもしれない。
仕事としてやる以上、それらは間違いなく必用なものだ。
でも違う…ロックはそうじゃなかったはずだ。
「(ロックに必用なのは…どれだけ好き勝手出来るかだ!)」
音楽は芸術であると同時に、代弁者だった。
それを特によく表したのがロックだ。
過激な歌詞や、バカうるさい音。
歌唱力があるなしに関係なく、大声で歌うボーカル。
しかし、それすらロックの本当の姿ではない。
青春を歌うものもいる。
静かな曲もある。
囁くように歌う者もいる。
全てに共通するのは、常識や形式にとらわれず自分の好きな事をしていること。
「(そうだよね、チャー坊)」
チャー坊は歌に入っていた。本当に満足そうに…
蒼星石もまた、満足そうだった。
曲は終わり、一瞬の沈黙の後…
「おぉぉぉぉぉ!!」
ロックスター達は声を上げ、拍手した。
蒼星石は照れくさそうに笑い、ベースをアンプから抜く。
そして、シドに返した。
「ありがとうございました」
「いや、いいよ!お前…最高にロックだ!」
シドはニコニコ笑って言った。
「…じゃぁ、俺帰るわ」
と、急にチャー坊は帰り支度を始めた。
「えぇ、久しぶりに来たんだから。もうちょっと居なさいよぉ」
「悪いな、銀ちゃん。この後用事があるんだわ」
と言って、チャー坊は店の出口へと向かった。
彼が蒼星石の隣を通り抜けた時、彼女の耳にある歌が聞こえた。
…俺のこと わかる奴いるけ?…
…わかる奴いるけ? 俺のこと…
…耳を済まして 良く聞きな…
…俺のこと 良く覚えな…
蒼星石は驚き、チャー坊に目をやる。
チャー坊は立ち去った後だった。
「………」
「…ううん、まさかね」
蒼星石が一人呟く。水銀燈は首を傾げていた。
**
「お帰りですか?」
人気のない路地裏、チャー坊は声をかけられる。
見ると、兎の頭をした紳士が立っていた。
「兎頭か」
「ラプラスの魔と呼んでください」
「そうか、わかった兎頭」
「…」
チャー坊が今来た道を見る。
「もう、大丈夫だな?」
「さぁ?それは私にもわかりません」
と、ラプラスの魔は楽しそうに言う。
その次の瞬間、空間に突然穴が開く。
「さぁ、早くお入り下さい」
「…あぁ」
チャー坊とラプラスの魔はその穴に入り。そこから消えた。
二人が何者なのかは…誰も知らない。
最終更新:2008年03月20日 12:10