沖合いにうかぶ無人島から白く力強い雲が沸きあがる。
裏山からは無数のセミの鳴き声が暑さのためにダラケた教室を包む。
ここは海沿いのとある地方都市、そこに私立薔薇女子高がある。
創立は約30年と新しく、そのため校風はいたって自由のようで偏差値もそれほど高くなく近所の高校からは「薔薇女(ばらじょ)」をもじり「バカ女(バカじょ)」とも呼ばれている。
そんな女子高から一つの物語が始まろうとしていた。
開け放たれた窓際の席に座るその少女は自由な校風どおり金髪の頭に大きなピンクのリボンをつけ
ノートに落書きをし時間を潰している。
その後ろの席では一見美少年に見えなくも無いボーイッシュな少女が熱心に黒板に書かれた文字をノートに書きとめている。
とつぜんその少女を呼ぶ声がベランダの壁際から聞こえる。
「蒼星石・・蒼星石、そのまま先公に気付かれずに翠星石の話を聞くですぅ」
今までノートをつけていた少女はペンの手をとめ小声でベランダに向かい姿の見えない声の主に話しかける。
「翠星石、また授業を抜け出したの?見つかったらまた反省文だよ」
「イイから聞くですッ、さっき真紅とドえらい事を思いつたですぅ」
「ドえらい事?」聞きかえす蒼星石には嫌な事例が次々と思い浮かぶ。
この双子の姉である翠星石が思いつく「ドえらい事」は本当にドえらい事になることが度々あったからである。
「心配は無用なのだわ蒼星石」
と壁際から翠星石と違う声が聞こえてきた。
「真紅も一緒なの~?」
蒼星石の前に座るピンクのリボンを付けた少女も話に入りベランダに向けて小声で話しかける。
「チビ苺は話に入ってくるなですぅ、お前が入ると気付かれるからそのまま聞いていやがれですぅ」
と注意された雛苺は「うぅ~」と少しスネ気味に頬を脹らませて翠星石、真紅、蒼星石の会話を聞く。
「薔薇女の記念祭なのですが、何をヤルか決まったですよ蒼星石」と声がだんだんと大きくなりながら翠星石は話し続けた。
それはこの12月に薔薇女子高が創立30周年を迎えるにあたり学校で創立記念祭を行う。そのときの出し物をそれぞれ考えていたところであった。
「私達でまたバンドを組んでみんなをアッと言わせるのだわ」
その案に雛苺が飛びつき大声で言う。
「バンドをヤルの~?ヒナもヤルのぉ~参加するの~!!」
その声にクラス全員が雛苺のほうを見る。
「チッ、バカ苺・・気付かれたですぅ、真紅にげるですよッ」
翠星石が真紅の手を引き中腰のままベランダの壁沿いを走っていく。
その後ろから声が聞こえる。
「こらぁ~、お前らはC組の真紅と翠星石かぁ~」
「まったく雛苺のせいでバレてしまったのだわ」
「チビ苺には後でアンセムのスペシャルパフェをおごらせるですぅ」
放課後2人は反省文を書きながら窓から校門を見る。
そこには真紅と翠星石の帰りを待っている蒼星石と雛苺の姿があった。
「これで今回は許してやるですぅ」
特大のパフェを頬張り翠星石がスプーンを雛苺に向けて言う。
真紅は紅茶をおかわりしながら首をうんうんと肯いている。
「ところでバンドを組むって言ってたけど、本当にまた組むの?」
「そうですぅ、ロックをヤルですよッ。ねぇ真紅」とニコッと笑う翠星石。
運ばれてきた紅茶にミルクを入れかき混ぜながら真紅はやや難しい顔をする。
「問題はギターの水銀燈よ、彼女がまた私達のバンドに参加してくれるかが問題なのだわ」
ミルクをかき混ぜていたスプーンが止っていた。
小さくガッツポーズをし細長いタバコに火を付ける。
銀髪の少女が打つパチンコ台に店員が10連のフダを挿し箱を新しいのと交換していく。
「サボって来たかいがあったわぁ~」
その喜ぶ彼女の肩をポンポンと誰かが叩き、声をかける。
「水銀燈、またパチンコしてるの?こんど見つかったらかなりヤバイのかしら~」
水銀燈と呼ばれた銀髪の少女が振り向く。
「あらぁ、誰かと思ったら金糸雀じゃない。貴女がこんな所に来るなんて珍しいわねぇ」
「こんな入り口近くに座っていたら外から丸見えなのかしら~」
金糸雀は外を指差しながら答える。
「見つからなければ何てことないわぁ、それより金糸雀も打ちなよぉ」
水銀燈はとなりの台に玉を入れる。金糸雀は座り見よう見まねで打ちはじめながら水銀燈に言う。
「帰りに校門で蒼星石とチビ苺に会ったわ、またバンドをヤルってチビ苺は喜んでたわ」
水銀燈はパチンコのモニターを見ながらそっけなく答える。
「あっ、そおぅ。私には関係ない話よぉ~」
その言葉に水銀燈の顔を心配そうに見ながら金糸雀は質問する。
「水銀燈はもうギター。音楽に興味はないの?」
「ギター?そんなのもう忘れたわぁ」
しばらく黙ったまま2人はそれぞれのパチンコのモニターを見ていた。
「リーチ」
パチンコ台の音声が知らせる。
いまいち何が起ころうとしているのか解らない金糸雀は水銀燈の肩を力まかせに叩く。
「痛ったいわねぇ、何よ金糸雀ぁ?」
「エビとカメが揃いそうなのかしらぁぁぁ~」
数時間後2人は満面の笑顔でパチンコ屋を後にする。
「こんな大人の世界があるなんて今まで知らなかったかしら~」
興奮が冷めやまない金糸雀はスキップしながら水銀燈と駅に向かい歩いていた。
金曜の駅前は仕事帰りやこれから始まる夜を楽しむ人々で込み合っている。
その人込みからギターの音色と歌声が聞こえる。
お世辞にも旨いとは言いがたいストリートライブに足を止める人、そのまま通り過ぎる人、2人は暫らく足を止めライブを見ている。
「このレベルならあの時の私達のほうが遥か上だったかしら~?」
得意げに言う金糸雀に水銀燈は首を軽く横に2~3回ほど振り答えた。
「知らなぁい。もう忘れたわぁ~」
そう言うと水銀燈は駅に向けて歩き出した。
あわてて水銀燈のあとを追いかける金糸雀。だが人込みに邪魔され見失う。
「もおォ、水銀燈はどこに行ったのかしら?」
立ち止まり周りをキョロキョロと見渡す金糸雀。
そのとき聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「モトリーのシーフードピラフが最高に美味しいのですぅ、もちろんチビ苺のオゴリで決まりなんですッ」
「アンセムのパフェで許してくれると言ったの~」
「夕食は自分のお金で食べるのだわ」
「真紅がそう言うならしかたないですぅ~・・・あれ、金糸雀?」
人込みから真紅、雛苺、翠星石、蒼星石の4人が現れた。
「4人そろってバンド再結成の話かしらァ?
それなら薔薇女一の音楽通この金糸雀に一声あってもイイのかしら~」
駅から5分ほどの位置、店は小さいが地元の女性に人気があるカフェレスト「モトリークルー」がある。その店の一番奥の席に金糸雀をくわえた5人は夕食後のカフェオレ、紅茶、イチゴソーダフロートなどを前にしていた。
「えっ、僕達と会う前に水銀燈といたの?」
カフェオレを口に運びながら蒼星石が訊ねる。
「そうよ、水銀燈ったら、またサボってパチンコしてたのかしらァ。」
アイスコーヒーにシロップを入れながら金糸雀が答える。
「金糸雀もパチンコしたの~?」
「ボロ勝ちだったのかァ~しらッ」
と得意げに今日の勝ちを自慢する金糸雀。
その自慢話も終盤に差し掛かると金糸雀は言いにくそうにテーブルに落ちた水滴を見つめながら小声で前から持っていた疑問を真紅達に聞く。
「打ってる時もそうだし帰りのストリートライブを見てる時もそうだけど
水銀燈はもうギターはヤッてないって言ってたかしら・・どうして音楽を?
真紅達のバンドは解散したのかしらぁ~?」
重く沈んだ空気が5人の座るテーブルを支配しはじめると少しニラミ気味に翠星石が口を開く。
「金糸雀みたいな新入りには関係ない話なのですぅ、だいたい同じ中学」
サッと真紅の手が翠星石の話を遮り、真紅も同じようにテーブルに落ちた水滴に目をやりつつ口を開く。
「いいのよ翠星石。金糸雀も同じ薔薇女の・・私達の仲間なのだわ。
だから隠し事はダメなのだわ・・・」
そういい真紅はゆっくりと時計の針を巻き戻すように話し始めた。
始まりはまだ薔薇女子高に入学する前にまで時間は巻き戻った・・・。
*
午前の授業が終わりそれぞれが思い思いの席で弁当を広げている時間。
真紅、翠星石、蒼星石、雛苺が中庭で座り昼食をとっていると4時間目の授業をサボり姿を消していた水銀燈が笑顔で戻ってきた。
「ねぇ~真紅ぅ。これ、これよぉ~。ゲットしちゃったァ~」
手に持っているのはこの街を拠点に活動し今やインディーズの中ではベスト3に入りそうな勢いのバンド「ENJU」のCDだった。
水銀燈はそのENJUのメンバー、ギタリストの白崎の大ファンだった。
「うわァァ~ENJUのCDなの~、ヒナも大好きなのぉ~」
雛苺は水銀燈に飛びつき抱きしめている。それを見た真紅も笑顔で言う。
「今すぐにでも聴きたいわね水銀燈」
「翠星石も聴きたいですぅ~。蒼星石も聴きたいですよねッ」
「そうだね、僕もすごく聴きたいよ」
それぞれの声を聞き水銀燈は人差し指を立て、その指をスゥーと校舎の3階を指差しこう言う。
「私も聴きたぁい、だから・・今から放送室を占拠するわよぉ」
5人は校舎の階段を3階まで競争するような勢いで駆け上がり放送室と書かれた部屋のドアを開け中に走りこむ。
「ハァハァ、さすがに息が上がってしまったのだわ水銀燈」
「ウフフ、だらしないわねぇ真紅ぅ。あっ、翠星石、早くかけてぇ」
水銀燈が差し出すCDを翠星石は放送室のCDデッキに入れスタートボタンを押しながらニヤッと笑いコードをデッキから放送の機材につなげる。
「これを全校みんなに聴かせてやるですぅ」
その日の放課後は5人そろい教室で反省文を書きながら音楽の話でもり上がっていた。
「ねえぇ水銀燈、私達にも出来るかしら?」
「なぁに?何が出来るの真紅ぅ?」
「ENJUの白崎さんはこの中学出身、なら私達にも音楽って・・
バンドって出来るかしら?」
その言葉にみんなが反応する。特に翠星石と水銀燈は席から飛び上がり2人そろって同じ言葉が出てきた。
「素敵だわぁ~・・・・素敵ですぅ~」
顔を見合わせる水銀燈、翠星石、そんな2人を見る真紅、そして笑う。
ガラスから夕日が入り、机、黒板、無邪気に笑う5人の少女を優しく包む。
5人の話はいつしかバンドを組みデビューし、世界ツアーをする。
そんなシンデレラストーリーが放課後の教室で夢開いた瞬間であった。
「水銀燈がENJUのファンだったって聞いたのは初めてかしら~」
蒼星石は金糸雀の目を見つめ言葉を選びながら言った。
「うん、金糸雀には初耳だったと思うよ・・言い出せなかったんだろうね。
水銀燈にしてみればENJUはもう存在しないバンドだから・・」。
蒼星石の言葉に真紅の話が続く。
「そう、あれからすぐに私達はバンドを組んだのだわ。バンドといっても
マネごとのようなバンド・・・・・」
買ったばかりのギターを真紅達に見せびらかしながらうっとりとした表情の水銀燈はギターにキスをしながら言う。
「当然ENJUのコピーから始めるわよぉ~」
同じように初めて自分の楽器を手にした蒼星石と翠星石も賛成する。
「ベースとドラムセットを一度に買うなんて凄いのだわ」
「おジジとおババが買ってくれたですぅ・・それよりも練習ですよッ」
5人は毎日のように練習に明け暮れ時には翠星石、蒼星石の祖父、祖母が趣味の旅行に出たときなどは学校も行かず音楽合宿といつわり1日中ずっと音を出していた。
やがて季節が変わる頃にはENJUのコピーはもちろん他のバンドの曲も積極的にコピーし実力的にも聴けるようなバンドになりつつあった。
そんなある日、突然の出会いが真紅、水銀燈、そして翠星石、蒼星石、雛苺に訪れた・・・。
金糸雀は静かに語る真紅の話にだんだんと身を乗り出し聞いている。
翠星石はいつしか視線を空になった金糸雀のアイスコーヒーのグラスを見つめていた。
そのグラスの氷が溶けカランっと透明な音をだして小さくグラスの中で転がる。
その音と同時に真紅の口からある事実が語られた。
「水銀燈は白崎さんのこと本当に好きだった・・でも私が・・・」
そう呟くと真紅はじっとテーブルの水滴をしばらく見つめ、そして視線をガラス窓に移し外を見ながら言う。
「そう、水銀燈と白崎さんはあの2人のようだったのだわ」
週末の夜を楽しむ恋人達が笑顔で店の外を通り過ぎていった。
「えぇぇ~、あのENJUのギターの白崎と水銀燈がァ・・信じられないのかしらァ~!」
「まぁ、付き合っていたと言うより水銀燈は白崎にダマされてたですぅ」
「そうなの~白崎は悪いヤツなの。水銀燈にスキって言いながら真紅にもスキって言ってきたのぉ~」
頬を膨らませる雛苺。それを聞いていた金糸雀は話の状況が掴めない。
「ちょっと待つかしら、順を追って説明するかぁしら~。どうやったらENJUの白崎と知り合えたのかしら~?」
その質問に蒼星石が答える。
「僕と翠星石に5歳年上のいとこがいるのは前に話したよね金糸雀?」
金糸雀は真紅の隣に座る蒼星石に顔を向けてコクッと肯きながら言う。
「今は仕事でアメリカのどこかに住んでる人かしら?」
「そうだよ、ちょうど僕達が薔薇女に入学した時に一度帰ってきたんだ」
翠星石も口をはさみ言い出す。
「そうですぅ、そのカズ兄ぃが中学、高校と白崎と同じで友達だったですぅ。
帰ってきて翠星石と蒼星石がバンドをやってるのを見て白崎と会ってみるか?と言われたのですぅ」
その時ウェイトレスが水を入れに来たので少し話は途切れたがウェイトレスが水をいれ「ごゆっくり」と言い去っていくのを待っていたように翠星石の話は始まった。
それはまだそれぞれが薔薇女の制服を着るのがギコチなく桜がツボミからようやく花開く時期に時計の針は巻き戻った・・。
彼女達が薔薇女に入学し、まだ高校生活に慣れていないときに蒼星石と翠星石から思いがけないプレゼントが彼女達に届いた。
「この間からいとこのカズキ兄さんが帰ってきているんだ、それで昨日カズキ兄さんが僕の家に遊びに来たんだよ」
珍しく蒼星石が興奮して話しだし、それに翠星石も続く。
「翠星石と蒼星石がバンドをやっていると言ってやったですぅ、
そうしたらカズ兄ぃは、なんとENJUの白崎と高校が同じだったですよッ。そして」
翠星石と蒼星石2人が口をそろえて言う。
「白崎と会えるんだ・・・会えるですぅ。そして僕達のバンドの音を聞いてくれるかも?」
「きゃ~、うっそォ?それ本当の話なのぉ?もしウソだったら貴女達は今すぐジャンクよぉ~」
口に手をあて喜び飛び跳ねる水銀燈。
真紅は水銀燈とは反対に意外と冷静に蒼星石と翠星石の話に反応する。
「それは凄い話なのだわ。もし会えて私達の音を聴いてくれるならこれ以上ないアドバイスになるかもしれないのだわ」
「で、いつ会えるの~、ヒナも会いたいのぉ~」
「来週の金曜の昼2時に僕達がいつも練習で借りてるスタジオに来てくれるみたいなんだ・・どう?金曜、サボるかい?」
蒼星石は少しイタズラっぽく聞く。
「もちろんよ~なんなら今すぐサボって練習よぉ。白崎さんの前で変な音出せないじゃない?」
その話から曜日は進み約束の日・・彼女たちはいつも借りているスタジオノーマッドにいた。
一通り音をだしそれぞれのミスなどを指摘し音を合わせていく。
水銀燈は壁に掛けられた時計の針を気にしている。時計の針は2時を40分ほど過ぎている。
(遅いわァ、本当に来てくれるのかしらァ)
そう考えた矢先にドアのノブがゆっくりとまわり男が笑顔で入ってくる。
「あっカズキ兄さん、遅いよ~」
蒼星石がベースを置きドアに近づく。
「ゴメン、白崎のヤツが来るの遅れてさぁ~」
カズキの後ろからもう一人の男が入ってくる。
「こんにちは、白崎です・・」
最終更新:2006年12月01日 15:55