アットウィキロゴ
夜10時30分、水銀燈は常連の楽器屋に来ていた。
閉店間際の時間だったこともあり、人は彼女と店員、そして、試奏用アンプの前に座っている白い服の女性一人だった。
最近、新曲のアイデアに行き詰まりがちなので、気分転換のついでに新しいエフェクターでも試してみようと思ったのだ。

「う~ん、オーバードライブは飽きちゃったからぁ…歪み系以外のにしようかしらぁ?」

そう言いながら、ショーケースに入ったエフェクターと睨めっこをしていると、店の奥からギターの音が聞こえてきた。
女性が試奏してるらしい。曲調は穏やかで泥臭いブルースだった。

「あらぁ、上手な音ねぇ…」

非常に技術のある演奏にしばらく聴き入っていた水銀燈。
しかし、次の瞬間音は一変して凶悪に歪んだものになった。

「なっ!!?…」

FUZZ系のエフェクターで思いっきり歪ませた音。
そして、曲調も一気にニルヴァーナを思わせるグランジロックの曲調になる。
さらに、水銀燈がその変化した音に慣れるとまた音が変化した。
今度はエフェクターなしのアンプのみでの歪んだ音、ザ・クラッシュ風のパンクロックサウンドだ。
水銀燈が驚くと、また音が変化する。今度はHelloween風のメロディックパワーメタル。
最後にはLed Zeppelinの天国への階段のアルペジオをきめて、音は止んだ。
店内が静かになる。
試奏していた女性はギターを棺桶型のハードケースにしまうと、さっきの演奏に使ったFUZZを持って立ち上がる。そして、レジで精算をすませた。
水銀燈は彼女の顔を見る。

「…ばらしぃー?」

いや、薔薇水晶ではなかった。薔薇水晶の眼帯は左目、目線の先にいる彼女の眼帯は右目だ。
何より、醸し出している雰囲気が全く違う。
不思議系と言えば同じだが、薔薇水晶は子供のような純粋な(電波とか言っちゃいけない)不思議系、彼女のは妖美さや神秘性…そんな雰囲気だ。
彼女は買ったエフェクターをぶら下げて、店から出て行った。
彼女を視線で追いながら、水銀燈は思った。

「(…ああいうのを、魔術師っていうのかしらぁ)」

水銀燈はかつて、ストラトの魔術師と呼ばれたジミィ・ヘンドリックスを思い出した。
人並み外れた能力と、人を寄せ付けないパフォーマンス、曲の不可思議さ、人を食ったような演奏。
先ほどの女性は、それを全て持ち合わせているように思えた。


翌日、ローゼンメイデンのミーティングが行われた。
いつも、はきはきとアルバムのコンセプトやツアーについて語り合うのだが、今回はどうも様子がおかしい。
みんな、疲れた顔をしていた。

「…で、みんな…なんか思いついた?」

目の下にクマができている蒼星石。他のメンバーも似たような感じである。

「まったく…ですぅ」
「全然駄目なのだわ」
「雛もさっぱりなのぉ~」
「私も…今回は何も思いつかないわぁ…」
「……駄目だった」

全員同時に溜息を吐く。その様子を見ていたマネージャーの金糸雀もだ。
今まで、スランプを経験したことがなかったわけではないが…今回は少し具合が違う。
言ってしまうのであれば、案が出尽くしたのだ。
ローゼンメイデンは良くも悪くも好き勝手な事をしたい人たちが集まったバンドであり、全員のやりたいことをまとめて初めて一つの楽曲を作るのがスタイルだった。
6人+マネージャー1人というメンバー構成ゆえに、アイデアがつきるということはない…はずだった。
しかし、どんなに大人数のバンドでも、限界はあった。
ファンが文句を言ってくる…というのを気にすることはないが、自分で気づいてしまうのだ。

「この曲、前にも同じようなのを作った」

と…彼女たちはそれを極端なまでに嫌った。一人一人のロックに対してのこだわりが強いためだ。

「どうしよう、次のツアーまでには何とかニューアルバムを作らないと」

蒼星石は持ってきていたベースで、何とか新しいフレーズを作ろうとするが…良いのが出来たと思えば、それは前のアルバムに収録した曲のイントロそのままだったりした。
エフェクターやアンプ、ピックにスラップ、いろいろな奏法を試してみたりしたが、やはりいい音にはならない。

翠星石は作詞作曲に直接関わるということは余りない。
故に、彼女にスランプというのが来ることはないはず…なのだが、そうもいかないようだ。
彼女はアイデア担当といっても良いかもしれない。
音楽的な知識がほとんどないため、時々あっと驚くような案を出すのだが、彼女のエキセントリックな思考も今は停止してしまっているようだ。

真紅は頭を抱えている。彼女の場合は詩である。
毎夜毎晩、時間さえあれば詩を考えているが、どうも思ったようにいかない。
中学生時代に出来たギターだこよりペンだこの方が最近目立ってきた。

雛苺はというと、彼女はこのバンドのダークサイド担当である。
恋愛等の日常系と退廃美を真紅が担当。死や絶望、悪魔を雛が担当しているのだ。
やはり、彼女も詩の出来がいまいちのようである。
ライブパフォーマンスでやろうとしていた生け贄の儀式に本当に頼りたくなってきているが、何とか正常な状態で生活できている模様。

水銀燈はというと、リフもソロも自分を燃えさせる物が出来ずにいた。
何といっても、最近自分の楽曲には勢いがない。
いつの間にか、テクニック重視のメタルサウンド。
それはそれで良いのだが、彼女の求めている音ではなかった。

薔薇水晶、彼女はというと…おや?なんだか、妙に元気な顔をしていた。
クマどころかその目にはどこか、うきうきした感じさえある。
言うなれば…悪戯をしようとしている子供の目だ。

「………でも…一つアイデアがある」

その言葉に、全員が薔薇水晶のほうを見た。
薔薇水晶は、似合わない不敵な笑みを浮かべる。

「…入ってきていいよ…きらきー姉さん」

ミーティングルームの部屋が開き、乙女は舞い降りた。

「あっ!」

水銀燈は声を上げる。白いウェーブのかかった髪、右目の眼帯、白いドレスのような服。
昨夜、自在にギターを操っていた魔術師がそこにいた。

「はじめまして。お姉様方…雪華綺晶と申します…きらきーと呼んでください…」

柔らかい口調で、雪華綺晶は自己紹介した。

後に、白い魔術師と呼ばれる乙女と、ローゼンメイデンの出会いの瞬間だった。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年04月02日 00:37