アットウィキロゴ
ようやく雪華綺晶をスタジオに連れて戻ってきた真紅は、仲間にその事情を説明した。
仲間は特にそこまでは驚かない。この時代、ミュージシャンがLSDをやる話はちょくちょく聞く。
結局彼女もその一人となってしまったという訳だ。

ロス・チャイルドも、「前から不思議な瞳をした子だと思っていたが、そうだったか」という感想を述べたのだとか。

トリップ状態の収まらない雪華綺晶は、ふらふらしながら水銀燈を見るなり、「愛のいばらがみえる。あなたを縛り付けている。ああ、父への愛が返されないいばら!なんてかわいそう!」などとのたまい、水銀燈を嫌がらせた。

「貴女、ちゃんと歌えるのぉ……?」

水銀燈が心配そうに聞くと、

「ええお姉さま!」と意気揚々に彼女は答える。
次に雪華綺晶はスタジオが暗闇にろうそく一本というセッティングになっているのを見ると、余計気分を高めて、

「ふふ、すてきなすたじお。アリスゲームの再始に相応しいすたじお!」

と理解に苦しむ台詞を吐いたが、仲間たちはどうせLSD状態で彼女にしか見えていない幻覚のことを言っているのだろうと予想した。

「さあ歌いましょう!れれれ~…」

「それじゃあ、レコーディングの準備をするが、いいかね」ロス・チャイルドは言った。

「ええ。」先導して真紅が答える。「お願いしますわ。」

それぞれのバンド仲間が位置につく。真紅はオルガンの席に、翠星石はドラムの席に、水銀燈はギターを構える。
雪華綺晶はふらふらとマイクの取り付けられたスタンドの前に立つ。

キャンドルひとつの明かりのみに照らされた、彼女達のバンド。

The End のレコーデングが、ついに始まった。

水銀燈のギターからイントロが入る。お経のような、東洋の影響をうけたイントロ。

そして、タンバリンが静かに鳴り響く。


this is the end , beatiful friend .
this is the end , my only friend , the end.

of our elaborate plans . the end. of everything that stands , the end.
No safety or surprise , the end. I'll never look into your eyes...again.

雪華綺晶はLSDを摂った状態だというのに、いざ演奏が始まると、目を瞑って静かに歌い出している。
微妙にふらついて倒れそうな身体を、マイクのスタンドを掴んで支えるようにしながら。少なくとも真紅にはそう見えた。

雪華綺晶がゆっくりと目を瞑る。そのまま続きを歌うつもりらしい。
直感的に、真紅は彼女がここでその場即興の詩を歌い出すと察知する。


lost in a roman ... wildness of the pain
"ローマの痛みの荒野に迷い込み"

And all the chilren are insane ... All the children are insane...waiting for the summer rain , yeah...
"全てのこどもたちは狂っていく…全ての子供たちは狂っていく…夏の雨を待ちながら…"

予感は当たった。この歌詞のくだりは聞いたことがない。彼女の今日の即興詩だ。
知らない歌詞の登場に、もうバンド仲間は戸惑わなかった。落ち着いて、真紅がシュミレーションしたように変化のないメロディのパートに移る。


There's danger on the edge of town
"町のそとには危険がたくさんある"

Ride the King's highway, baby
"王さまのハイウェイに乗りましょう"

Weird scenes inside the gold mine
"金鉱のなかの不思議な光景"

Ride the highway west, baby
"ハイウェイに乗り西へ行きましょう"

一応雪華綺晶も音楽とのタイミングを考慮してはいるらしい。彼女は一端やめ、曲に間奏を入れて、次の詩を読み上げるタイミングを待った。というより、単に音楽のノリと気分にあわせて歌っているだけなのかもしれないが。


Ride the snake, ride the snake
"蛇に乗って、蛇に乗って"

To the lake, the ancient lake, baby
"いにしえの湖まで行きましょう"

The snake is long, seven miles
"その蛇は長く、7マイル"

Ride the snake, he's old, and his skin is cold
"蛇に乗りましょう、蛇の肌は古びていて、その肌は冷たい…"

彼女が読み上げる不思議な内容の詩を耳にしながら、真紅はふとあることを思い至った。
ひょっとすると、この詩はLSDなどの薬の幻覚作用で目撃したその光景を、言葉として表現したものなのではないか、と。
幻想的で奇妙な情景を持ち、意味を解しにくい詩も、そう思えば頷ける。


The west is the best , The west is the best
"西が一番よいのです、西が一番よいのです"

Get here, and we'll do the rest
"ここにいなさい、残りは全て私がこなします"

だが、一筋縄ではいきそうにない。後半にはニーチェの哲学とギリシャ神話を踏まえたトリップが待っている。


The blue bus is calling us
"青いバスが私たちを呼んでいる…"

The blue bus is calling us
"青いバスが私たちを呼んでいる…"

Driver, where're you taking us?
"運転手さん、私たちをどこに連れて行くの…?"

ここで再び間奏。
バント全体に淡い緊張感が走る。レコーディング開始からは、既に六分以上が経っている。この曲の演奏としては、今までで一番長い。
ボーカルはどこまでトリップした即興歌詞を歌い続けるのか。バンド仲間たちはいい加減不安になってきたが、ようやくここで、彼女たちの知る歌詞が登場した。


The killer awoke before dawn, he put his boots on

He took a face from the ancient gallery

And he walked on down the hall...

この前の、殺人者が夜明け前に目覚めるという部分だ。
曲がクライマックスに走り出す前の、前置きという位置といったところだろう。


He went into the room where his sister lived, and then he

Paid a visit to his brother, and then he

He walked on down the hall...
彼は廊下を下り…。そして…

鋭く言い放つように歌った雪華綺晶。
いよいよくるところまできた、真紅はオルガンを演奏しながら唾を飲み込んだ。


father , yes,son? I want to kill you ....

父親を殺したい。そう歌う彼女。父と直接的な表現を使っているが、これが権威・規制・制圧などへの反抗を意味していることはもうバンド仲間は知っている。そして…


 「 mother ,

社会の縛りから抜け、本当の自分に戻りたい。

生命の情動。母なる大地の自然。


 「 I want to ... RaaaAAaaPee!!

犯したい!その叫びと同時にテンポが突然上がり出す音楽。
今回彼女は"FUCKを使わずに"RAPE"と叫んだが、これはレコーディングにFUCKを使うとあとでカットされかねないことを知っていたからなのだろうか。


come on , baby take a chance with us ... come on , baby take a chance with us ....
"さあおいで、私たちと一緒に…。さあおいで、私たちと一緒に…。"

一度再び曲調を落ち着かせた音楽。そこに甘く囁くような雪華綺晶の声の誘いが入る。自然との融合式、そして終わりへの誘い。


come on , baby take a chance with us!
"さあおいで、私たちと一緒に"

And meet me at the back of , blue bus Doin a ,
"そしてあとに青いバスの後ろで落ち合いましょう"

Blue rock on a , Blue bus Doin a , Blue rock , come on , yeah!
"青いバスで、青の岩に従って、青い岩で、さあ"

異様な歌詞が、呪文として唱えられたあとは、曲もクライマックスに突入する。母なる自然と"交わる"のだ。
曲が盛り上がるにつれて、雪華綺晶は歌詞でもなんでもない、このような叫びを続けていた。


Fuck , Fuck あぁ。yeah。 Fuck..... Fuck....

ふぁっ。ふぁっ。fuck fuck fuck yeah... come on baby , Come onnn... on Fuck んん…me...

禁断の言葉を麻痺したように叫び続けるこのテイクは、恐らくカットされるだろう。
だがバンド仲間にとってはもはやそんな問題はどうでもよかった。
不思議な力が、彼女達の間に働いていた。この曲を完成へと導く不思議な働きが。
彼女の声に曲も引き上げられていくように、あるいは曲に声が引き上げられたかのように、音楽も雪華綺晶の声も激しさを増していく。


fuck yeah , FUCK! ふぁっ。ふぁっ。Fu , yeah! ファッ! あはあぁ! come on with me Fuck with me!

fuck fuck , あぁっ、ぁっ、ぁっ!

   禁じられた遊びに、感じている。高まってくる。絶頂が近づいている。


yeah Fuck yeah You , Yeah , come on! あっあっあっあっ! 

all right
"これでいいの"

最後には、とろけるように甘ったるい声が出た。

それからはもうボーカルの声が入ることなく、ただ音楽だけがけたましく鳴り、曲はやがて絶頂を迎えた。
絶頂を越えたあとは、一挙に音楽は終焉 - The End へと向かっていく。


kill ... kill... kill... kill... kill... kill.... kill....

時には強く、時には甘く、時には誘うように、彼女は「殺せ」と唱え続ける。
ピークを迎えた曲がまた落ち着きを取り戻すまで、ずっとその呪文は続いた。

やがて曲は、最初にあったような、暗くて陰気な曲調に戻る。


this is the end , beatiful friend.
"これで終わりですね、美しいおともだち"

this is the end , my only friend , the end...
"これで終わるのですね、私のたった一人のおともだち…"

いまにも消え入りそうな、美しく透き通った声で雪華綺晶は静かに終わりを告げる。
このまま本当に彼女が消えていってしまうのではないかと思われるほどだった。


It hurts to set you free
"あなたを自由にすることには痛みが伴いますが"

But you'll never follow me
"もうあなたは私にはついてこないの…"



The end of laughter and soft lies
"私たちの微笑みや優しい嘘は終わる"

The end of nights we tried to die
"死ぬはずの夜も終わった私たちは、終わる"


This is the end ...
"これで終わりなのですね……"

The End が終わった。

初めてこの曲の演奏を最後までやり切った真紅は、それが終わってすぐ、自分の両手の指全てが震えているのに気づく。

"なに、この感覚……?"

自分だけではない。水銀燈や翠星石も、いままでのバンド活動では決して経験し得なかったような、いやそれどころか、十何年間生きてきた全ての時間のなかでも決して感じたことのなかったような感覚に捉われていた。

いまの私たちなら、この世界に存在する全ての粒子の位置と運動量を知ることができる。そんな狂気すらはらんだ感覚であった。


ふと真紅は首を上げ、ロス・チャイルドのほうを見やった。自分達を見込み、契約を提示してきた男。
驚愕の表情のまま固まっている。自分の吸っていた煙草が完全に灰になっていることすらにも気づいていない。

「ロスチャイルドさん?」何かに操られているかのように、真紅の口から自然と声がでた。

「あ、ああ…」ポロと、ロスチャイルドの煙草が口から落ちる。
「すごいテイクだったよ…素晴らしいテイクだ…」震える声で、彼はただそう感想した。
「この曲はこのテイクを採用するよ……編集はするがね……」


これより後に渡って数年、彼は "The End のレコーディングは人生で最高の瞬間だった" と語り続けることとなる。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年06月06日 16:34