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雪華綺晶はUCLA大学に篭った。
レコーディングの予定が迫ってくればくるほど、彼女はこうして大学にきては読書にふけった。
大学でも自分を見る目が変わっているのが分かる。自分の周りで、ひそひそ学生が会話してるのだ。

「なあ、"The Maidens"のボーカルだよな?」
「白薔薇って略名だろ?本当の名前なんていうんだろう?俺はさ実は前からあの子が気になってたんだよ」
「ハートに火をつけての生出演は素敵だったわ」
「是非ここで歌ってほしいものね」

というようなものがしばしば彼女の耳に入る。

彼女の"白薔薇"としての容姿は、今や全米のほとんどに知れ渡っていた。
というのも先週のエド・サリヴァン・ショウでの彼女の映像が話題となり、マスコミなどもそれに嗅ぎ付けて大々的に彼女のことをこのように報道したのだ。

「終末観的白薔薇の少女 - 愛と狂気の紡者」
サンデー・イヴニング・ポスト紙のジョアン・ディディオンより。

「男達はみな彼女とファックしたがった。女達はみな彼女になりたがった」
後にライブハウスを経営することになるビル・グラハムがその衝撃をこう語る。

そして、アメリカじゅうの人々から彼女は"セックスシンボル"として憧れられるようになった。
こう謳われることとなった要因に、彼女の服装そのものが白いドレスのミニスカートで生足が見えること、脚のラインを浮き立たせる編み上げのロングブーツ、胸の部分が若干露出していることのセクシーさが挙げられるだろう。
他にも普段の透き通った声とは裏腹に、時たま叫ぶエロティックな声も持っていることなども考えられる。

そんな彼女の評判が広まったからか、大学では突然男子学生が雪華綺晶の隣の席にかけ、

「僕とクラブで踊ろうぜ。」とか、「夜のドライブにトリップしようぜ。」

とかいうプレイボーイが近寄ってくるのが絶えず、雪華綺晶は露骨に嫌な反応を示しながら無言で席を立ち上がって去るという繰り返しだった。その度に彼女を誘いにかけたプレイボーイたちは不満そうに「なんのための"Light my fire"だ?」と声を荒げたという。

なかにはその美貌に憧れた女性まで雪華綺晶に近寄り、「すてきなからだね」といい、べたべた彼女の身体をまさぐり出すのもいた。

こうしたことのせいでろくに読書のできる居場所をなくした雪華綺晶が、すっかり疲れきって大学の教室の机にぐったりしているその姿さえ、同じ教室にいた者の目を惹いていた。

"だれにも触られたくない。少し触れられるだけでも身の毛がよだつ。"

そんなオーラを漂わせながら机にぐったりしてる彼女だが、彼女の場合、そんなオーラが逆に霊妙な雰囲気をかもしだし、結局人間界の者に"近寄ってみたい"というような効果を出すことに成功している。


そして彼女の肩を、また隣の席からちょんちょんと叩いてくる手があった。

今日で何度目だ!ついに我慢の限界のきた雪華綺晶はその手首を勢いよく掴み、立ち上がるや力強くひねった。

「私に話し掛けるな!近寄るな!」

怒声を込めて言った瞬間、彼女の白い髪が後ろで妖気を帯びたようにふわりと舞い上がった。

ところが、彼女の目の前にいたのは手首を捻られて痛そうに顔を歪めているバンド仲間の水銀燈の姿だった。

「いたたたたた…ちょっとこれはないんじゃなぁい……」

「黒薔薇のお姉さまっ」慌てて手首を放す雪華綺晶。
「ここにくるなんて知りえないことです!」

「ん、ああせっかく私たちも売れ出したんだし、ちょっと盛大にやってみないかってね」
水銀燈はまだ痛そうに手首をひらひらさせている。
「わたしのおごりよぉ」最後にはウィンクする水銀燈。「おすすめのバーがあるわぁ」

水銀燈は雪華綺晶とは打って変わって、バンドに付いた民衆のファンに応対するのには慣れているらしかった。
彼女達2人が一緒にバーまで街を歩いていくとき、

「 "The Maidens" の水銀燈と白薔薇だ!」

と、道端で気づいたファンが興奮気味にまくし立てるのに対し、水銀燈はクールに手を振ったりしてなど応える。
すっかり人気バンドの一員として自分を自負し始めているようである。

一方、ファンに対しなんの反応も示さない雪華綺晶。
水銀燈はその彼女を不思議がってこう問い掛けた。

「あなた、ずっとそんな調子なの?さっきも"私に近寄るな"なんて叫んだけれど」
訝しげな水銀燈の顔が横から雪華綺晶を覗き込む。

雪華綺晶が口を開きかけたとき、町で何かが起こった。2人の注意はそっちにとられる。

「公民権運動ね。またやってるわ」水銀燈が先に口走った。

そこにあったのは、町の通路を埋め尽くす黒人たちの列。

「キング牧師が数年前にバスのボイコットをおっ始めてから、ちょくちょく見かけるわ」

2人はちょうど、アメリカの黒人たちの公民権デモに居合わせたのだった。
彼らは"FREEDOM"や"JUSTICE"、"INTO LOVE TO YOUNG LOVE"などの文字を掲げたスローガンを打ち立てて列を進んでいく。
なかでも目立つスローガンは"I HAVE A DREAM"と描かれたものだった。スローガンは大きな馬車に貼り付けられて、それを数人の黒人達が協力して引いている。もちろんこのフレーズはキング牧師の演説に基づくものだ。

黒人の人々の列はぞくぞくと街を進み…公園まで入ると…。

どわっと、警察当局の警官たちがどこからともなく現れてきた。このデモ隊を鎮圧するつもりらしい。もちろん名目は治安維持だ。
警官たちは銃は持ち合わせなかったが、代わりに、消防車のホースを手にしていた。それを黒人のデモの列に向けている。

と、突然。

いきなり彼女達の曲"Light my fire"のイントロが、スピーカーより凄まじい音量で流れ出した。けたましく音楽は街に鳴り渡り、それを合図としたかのように、警官は一斉に黒人たちに向かってホースから水を噴射した。

"YOU KNOW THAT IT WOULD BE UNTRUE
YOU KNOW THAT I WOULD BE LAIR"

容赦ないホースの放水に列の先頭の黒人がぶっ倒れる。
すかさずそこを数人の警官がよってたかって後ろ手に手錠をかけ、拘束してしまう。


"COME ON BABY LIGHT MY FIRE
COME ON BABY LIGHT MY FIRE"

その間にも、Light my fire は大音量で町に鳴り続ける。

「チィ、またこれか!」水銀燈は舌打ちして毒づいた。

彼女達の曲 Light my fire が大ヒットして全米一位となって以来アメリカで、なぜかこの曲は黒人の公民権運動を弾圧する場面という場面で必ずといっていいほど耳を劈くほどの大音量で流れるようになった。
それこそまるで警官側が、デモ弾圧のときのBGMにしているかのように。

ラジオ局もこれに協力しているらしく、街に設置させた無数のスピーカーより Light My fire が街じゅうに鳴った。
噂では、黒人がデモを起こすときに音楽を大音量で流すには"会話の遮断"という目的があるのだとか。
これだけの爆音で音楽が流れれば、お互いの声も聞き取れなくなってしまう。これによってデモの団結力は効果的に低下する。
増してマーティン・ルーサ・キングが後列の黒人達に声掛けして引率することなど不可能になり、デモ遂行は難しくなるという魂胆なわけだ。


"TRY WE CAN ONLY LOSE
AND OUR LOVE BECOME FUNERAL PYRE"

「そんなえげつないことに私たちの曲が使われるなんて、冗談じゃないわ!!」水銀燈は怒り心頭する。

彼女達にとって問題はそれだけではなかった。黒人たちがデモを行うたびにこの音楽が鳴らされる訳だから、当然そのバンドは黒人たちから敵視される。
実際真紅は既に黒人から嫌がらせにあったという。家のポストは抗議の手紙で連日埋まり、それを棄てに真紅がポストまで出向くと、唐突に待ち伏せしていた黒人数人に囲まれ、自由を訴えるフレーズを至近距離で叫ばれまくったらしい。

「自由のために抵抗するってことは素敵だけれど」水銀燈はいう。
「なぜ私達が標的になってるのかっつうの!警察当局のヤツラが勝手に私達の曲を使ってるだけでしょ?なのにあいつらときたら……」

Light my fire が黒人デモ弾圧の道具として利用された理由に、ただそのときの全米一位の曲だったから、だけではないのかもしけない。
それを歌うボーカルの雪華綺晶の姿。髪からドレスまですべて真っ白な少女であり、黒人のルックスとは正反対だ。
白人の代表ともいえる。そういう高圧的な警察当局の意図が効いているのかもしれない。

「このままじゃ、私たちマルコムXみたいに暗殺されそうねぇ」

あくまで傍観者としてデモ騒動を見ながら、水銀燈は言った。


公民権運動の現場をあとにした2人は、水銀燈のおすすめするというバーに到着した。バーの名前は"Bar of Edi"。

「さぁ、遠慮せずに、なんでもいいわよぉ」

席についたあとでそう言われても、雪華綺晶はボーっと水銀燈の顔を見つめているだけだった。

「…?どうしたのぉ…?」

その声で雪華綺晶が動き出す。

「では…ウィスキー三本」
「さ、三本?」

水銀燈は耳を疑った。どっからみても清粋そのものの彼女が、そんなに酒を飲み出すとは予想しなかったからだ。
しかしよくよく考えてみれば…いままでの数多の奇行…なくもない…か。

「だめですか?」

雪華綺晶の顔が水銀燈に聞き返す。

「ああ、いやいや…」

水銀燈は手をぶんぶん振り、オーナーに注文をした。

「ウィスキー三本と、あと私のいつものカクテル一本ね」
「いつもの?」

雪華綺晶が質問する。

「そう。いつもの」

ペースを取り戻した水銀燈が、ふふんと鼻を鳴らしながら愉快そうに微笑むと答えた。

「そのカクテルの名は、"Bad mojo"よ」

「"Bad mojo"…」雪華綺晶は、既にグラスのウィスキーを飲み始めている。「ゴキブリにでも呪われそうなネーミングなのですね」

一瞬、水銀燈は顔をしかめたが、すぐに苦笑へと取り戻した。

「まぁいいわ。今日はトクベツ。貴女のどんなお得意なからかいも、今日の私は許しちゃうわぁ。
ねぇ、聞いた? 私たちのアルバム、ビートルズの"サージェント・ペパーズ"と並んで今年のベスト・アルバムに選定されたそうよぉ」

カクテルが早速きいてきたのか、少し顔を紅潮させ、グラスを手にぶらさげながら水銀燈は続ける。

「ロスチャイルドのあの話を聞いたときは、いくらなんでもやりすぎと思ったけれど、もしかしたら本当に…」

夢見心地な目で、水銀燈は言う。

「分かる?ねぇ。ビートルズを超えるってことは、ロックのすべての人にとっての、最高の夢なのよ?」

雪華綺晶は二本目のウィスキーにとりかかっていた。それだけの量の酒を飲み干しておきながら、彼女の肌は綺麗に白色なままだ。


「私は……。」

酒の効いてきた雪華綺晶が、ついにその内なる悩みを打ち明けるときがきた。

「そういうも歌手としての姿の自分が、いやなんです……」

これには水銀燈もびっくりした。
自分たちのアルバムが100万枚もの売り上げを記録し、アメリカ最高のロックバンドとして数えられた The Maidens のリードボーカル。話題のセックスシンボル。
その存在にどれほどの人が憧れていることか。しかしその張本人は"自分がイヤ"という。

「ぃ、いやって?」

水銀燈はカクテルをテーブルにおき、雪華綺晶に聞き返そうとする。

ところがそのとき、第三者が間に割って入ってきたので、2人の話しはここで中断されてしまった。




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最終更新:2008年06月06日 17:27