「どうもこんにちは。お2人方。"The Maidens"のメンバーですね。ほんの少し取材にお付き合い頂きたいのですが…」
新聞記者のようだった。 The Maidens のメンバーがこのバーにいるという情報を目撃者から聞きつけて、取材に駆けつけにきたらしい。
というのもまだ、The Maidens は人気バンドとして国民の注目を浴び出したのがあまりにも突然だったので、まだどこの新聞会社やテレビ会社から取材を受けていない。
誰よりも先駆けて取材し、インタビューをすれば、その記事はそのまま国民のスクープとなるだろう。アメリカじゅうの記者が、是が非でもThe Maidens の取材を取りたいはずだ。
「ラルフ・スニーデンといいます。」
この記者は名乗った。この記者が一番取りで The Maidens の取材にありつけた"ラッキーな"記者というわけだ。
「《ワシントン・ポスト》の者です。ニ、三、お尋ねしたいのですが、よろしいですか?」
ワシントン・ポストといえばニューヨーク・タイムズと並ぶ影響力を持つアメリカの新聞社だ。
いまでは支配人の夫が自殺して、その娘が社長を務めているのだとか。
「なぁに?取材?」
話しを区切られたことに憤慨しそうな水銀燈だったが、しかし彼女は抑えた。
バンドのイメージを今後左右するインタビューの絶好の機会だ。
瞬時に表情を妖美に和らげた水銀燈は、顔を上げて記者に応対する。
「ええ。どうぞ。ラルフ。ただし手短にお願いね。
氷が解けて薄味なカクテルは私の好みじゃないの」
すかさず記者は笑った。
「ありがとうございます」
小型のレコーダーを取り出してスイッチを入れる。
Q.あなた方のバンドといえば、メンバーの特異な衣装が可愛いと話題ですが、衣装はどこから?
「それはぁ」水銀燈は答えた。自信たっぷりな振る舞いを見せ付けて、こう言う。「パパの趣味じゃなぁ~い?」
「パパ、といいますと?」
「その通りよ。私の"パパ"(ここをやたらに強調)が私に着せた衣装よ。」
「他のメンバーの衣装は?」
「そんなの他の子にきかないと分からないわよ!」
「というと、メンバーの衣装は各々から用意され、それがたまたまバンド仲間として集まった、と?」
「そういうことねぇ。すごい偶然じゃなぁ~い?」
Q.あなた方はどのように出会いや過程でバンド結成に至られたのですか?
「話すと長くなりそうだから却下よ!却下!」
質問に対し言い放つ水銀燈。
そこで彼女はいったん天井を見つめてから、再び記者に目を向ける。
「そうねぇ…でもこれだけは教えてあげる」
一見冷たそうに振る舞い、そのあと内面の優しさをちらっと見せる。これが人の心を魅せる技の一つだ。
「私はバンドリーダーの真紅に最初からメンバーとは認められてなかったの。バンドに入るときは真紅にテストを課せられて、"貴女の曲を一つ演奏してみなさい"って言われたのよ。そこで私の演奏した曲。なんだと思う?」
うふふ…と水銀燈が妖麗に笑う。
「それが Light my fire よぉ?曲の作詞も元々は私だったの。白薔薇に少し歌詞を書き換えられたのだけれどね。
この曲の演奏が認められて、私は真紅にバンド仲間としてめでたく入れてもらったの。さらに言うと…これはすごい秘密になるけれど」
記者の興味をそそる。
「元々の歌詞がどんなものだったか、教えてあげましょうか?
Light my fire は元々そのタイトルから、"Fire"ばかりが前面に出ているけれど、昔はねぇ…"Earth" , "Air" , "Fire" , "Water" の四つを歌詞に含む曲として作詞しようとしていたの。
お分かりかしら?自然の四大源素よ。元々はそういうのを歌う曲だったの。」
結局その作詞は挫折し、ただのポップソングへと路線変更した過程は、水銀燈は記者に語らなかった。
「それは初耳です。」記者は嬉しそうに言った。
Q. Light my fire といえば エド・サリヴァン・ショーにてボーカリストが歌詞を変えるように約束していたところを、生放送でそのまま歌ってしまったそうですが?
「あー。それね」
一瞬鋭い視線を水銀燈は記者に注ぎ、振り返ると、隣の席で三本目のウィスキーを飲み始めている雪華綺晶の肩を叩いた。
「それはこっちの子に聞いて頂戴。我等がバンドのボーカル、白薔薇よ」
記者が目を輝かせた。
いまもっとも話題の少女の取材が取れるのだ。
「ほら、貴女に質問よ」
水銀燈がせかし、よろよろと白薔薇が記者の前に出てくる。
記者は驚いた。まさかあの少女がこんなにも酒豪だとは思わなかったからだ。ウィスキー二瓶が綺麗に空になっている。
「私が」白薔薇が口を開いた。「Light my fireの歌詞をそのまま歌ったのはあなた方の上げたどの理由でもない」
ぐらっと、バランスの不安定な彼女の身体が前に乗り出る。
「ロックスターとしての姿を突き通す為でもないし、ピーポーのひばりたちのさえずる反抗メッセージを紡ぐものでもない。
私が歌詞を変えずに歌った本当の理由は」
白薔薇の金色の瞳と右目に差された白い薔薇が、記者の顔面に迫った。
「私が緊張しすぎてしまっていたから…。」
ふっふふふと怪しげな笑い声をだしながら、雪華綺晶は元の位置に身体を戻していく。
Q.あなたの曲には、ホモセクシャルを扱った曲や、ドラッグによるトリップを表現した曲、死の曲など、ネイティブな曲が多いですが?
「私が詩に描いてきたものは愉しみ…ジョイについてのこと。」
「ジョイ…ですか」
「街は愉しみのゲームに満ちている。神はその神秘を
アリスゲームと名づけた…
それは神聖なる儀式。ゲーム。死を中心にぐるぐると巡る、憎しみの円環なのです」
Q.右目の白い薔薇はどうされたのですか?
雪華綺晶は自分の右目の白薔薇のすぐ下をこすった。
「これは生まれた頃 - 正しくは、物心がつくころ - 思い出すということこそが私の故郷 - これが」
彼女の言うことは、しばしば理解に苦しむ。「故郷で私は、交通事故にあったの。」
「交通事故、ですか…?」
「それは私の思い出すに最も重要な出発点でした」
雪華綺晶はバーのテーブル面をぼんやり見つめ、瞑想に浸るようにしながら喋り出した。
なんでも1947年、彼女がまだ幼い頃、ニューメキシコ州で大規模な交通事故に巻き込まれたのだとか。
「私の発見した最初の死でした...私とお父様は夜明けに砂漠を通っていたの。そこで事故は起きました。
私の車がインディアンたちの乗せたトラックと衝突したのです。インディアンたちはハイウェイ中にまき散らされ、血を流して死んでいた…。
私はできたてほやほやのひよこだった。きっと右目を失ったのはそのとき……。
そして私の残された目に入ってきたのは、奇妙な赤ペンキとまわりに寝転がってる人たちでした。
私は彼らが私同様に何が起きたのか分かってないのを知ったのです。その瞬間私は感じました…。
死んだインディアン達の魂は - たぶん彼らの内一つか二つ - ちょうどそこらを走り回り、幻覚のように奇妙な行動をし、私の器のなかに入り込んだ。
そして私はスポンジのようにそこに座ってそれを吸い取る準備が出来ていたのです。」
「シャーマニズム、ということですか。」
「私の器にはまだたくさん彼らの魂が私にとり憑いていると信じます。」
Q.では、最後にお2人に質問です。生まれ変わったら何になりたいですか?
"生まれ変わったら"というのは、いまのアメリカにおいて重要なキーワードだ。
ベトナム戦争、公民権運動…かずかずの混乱を社会に抱え、その現実の逃避に人々の間で薬がブームである訳だし、一度死んでしまっていっそ別の何かになりたいという願望も同様に流行していた。
「私が生まれ変わったら?」
最初に質問に答えるのは、水銀燈。待っていた質問がきたといわんばかりに、表情が輝いている。
「うっふふ…そうねえ。私が生まれ変わったらねぇ…。私は天使になりたいわぁ。」
「あなたの服装とは真逆なのですね。」記者は言った。
「そう。」
水銀燈は自分のドレスを見やった。そしてどこか寂しげな瞳をすると、遠くを見つめて話を続けた。
「誰かを救えるような天使に…。誰かを傷つけて、憎まれるような存在じゃなくてね……」
急なセリアス展開に困った記者の様子に気づいて、すぐに水銀燈はその場を繕った。
「ああ…それと、他になりたい人がいるわぁ。過去の人でね。
モーツァルトよ、モーツァルト。音楽家として私はとても彼に憧れているの。」
Q.生まれ変わったら何になりたいですか?
次に質問されたのは雪華綺晶だ。
「私は……」
首を上げその特異な金色の瞳で上を見つめて、考える。
「私は実は既に何かが生まれ変わって構成された存在だと自分で考えます。つまり仮に別の何かになるのなら…
その私が本来だったものに還りたい。私は常日頃、中身と姿の相違に間をふわふわ漂っているような違和感を肌の友達にしてきたの。
そして私はひょっとすると…その本来の姿というものが」
自分でくちにすることが恐ろしいかのように、一瞬ぶるっと雪華綺晶は身を震わせた。
「私の本当の生まれは人の男だったような気も…あるのです…」
そばでやり取りを聞いていた水銀燈が驚いた。
あれだけ人間の男が苦手で、清純そのものの彼女が、元の生まれが人間の男だったのかもというのだから。
質問をすべて終えた記者はレコーダーのスイッチを切る。
「取材は以上です。おふたりとも、どうもありがとうございました。」
記者はお辞儀をして、レコーダーをしまうとバーから去っていった。
「ふぅ…」
静けさの残った店内に、水銀燈のため息は思いのほか大きな音として漂った。「どうなるのかしらねぇ……」
と、そこで水銀燈は雪華綺晶が死んだようにぐったりバーのテーブルに伏せていることに気づく。
「ちょっとあなた大丈夫…?」
水銀燈が彼女の肩を叩くと、雪華綺晶は少しだけ顔をあげて、水銀燈の顔を見つめた。
「お姉さま…」もう慣れたが、彼女の瞳はいつも虚ろである。
「カエルとでんでんむしでできた人間と会話すると…
私はとても自分が消耗します……」
カエルとでんでんむしでできた人間とは、人間の男のことだ。
「こんなとき、私はいつも感じるの…私のとても嫌いな感覚」
雪華綺晶は続ける。完全に酔いがまわってきたらしい。
「自分が生まれた故郷を懐かしむ気持ちでありながら…
死を超えた苦しみ - 自分自身が見えない靄に押し潰されて、中身をすべて圧迫で吐かされるような嫌悪感を感じるの。
私の感情はいつも裏返っているから」
「そ、そう……。その、休んだほうがいいんじゃない?」
水銀燈は彼女の話しがほとんど理解できないため、そういうように答えることしかできなかった。
「お姉さま…」雪華綺晶は水銀燈を、本当の姉でもないのに決まってお姉さまと呼ぶ。
水銀燈も彼女にそう呼ばれ続けているうち本当に彼女が妹のように思えてきてしまっていた。
雪華綺晶の時折見せる自分への甘えや行動の子供っぽさもあって。"悪魔"でも…油断ならない妹だが。
「なぁに…」雪華綺晶の呼びかけに水銀燈が応じる。カクテルはもうすっかり氷が解けて薄味になっていた。
「お姉さまは死後の世界を考えますか?」
「天国とか、地獄とか、そういうこと…?」水銀燈は薄味のカクテルを口に含む。
「私は生まれるは思い出すこと、死ぬとは忘れることと…思ってきました」
雪華綺晶が言う。「死んだらすべてを忘れる。すべての記憶は白に還る。
でもなにかのきっかけで、また自分を思い出せれば、新しい器に自分の魂を呼び戻すことが出来る…」
「ふぅん…」水銀燈は、あまりその話には興味がなさげだ。「人生なんて一度切りだと思うんだけれどねぇ…」
「ふふ。お姉さま。貴女はそう思い込んでいるから」雪華綺晶が不適に微笑み、水銀燈をまっすぐみる。
「きっと貴女はいまの貴女に縛られたまま…生まれ変われない……」彼女の様子がおかしい。普段に増して目がフリークアウトしている。
「ふふ…かわいそうな…かわいそうなお…ねえ…さま…」
どたんと、雪華綺晶は気を失って水銀燈のひざにもたれかかったまま眠ってしまった。
既にスースー小さな寝息をたてている。
「困ったわねぇ…この子酔いつぶれたみたい。三本もお酒を飲むからこうなるのよぉ」
水銀燈は途方に暮れた。
自分の膝元に身体を預けてすやすや眠る少女。
下手にここで立ったりすれば、支えを失った雪華綺晶が眠ったまま転げて床に頭を打ってしまうかもしれない。
「それにしても……」
雪華綺晶の白い髪。水銀燈はそれを自分の手に絡めてすくってみた。
カールがかった、腰より下まて伸びるロングの髪。ふわふわとした質感で、驚くほど軽い。重量がまるで感じられない。
水銀燈は自分のしなやかな銀髪にも自信をもっていたが、雪華綺晶のような非物質的な髪は持ち合わせていなかった。
「ほんとにこっちの世界の住民なのかしらねぇ……この子は」
彼女を見ていると、訳の分からないnのフィールドの世界とやらが本当に実在しているのではと思えてくる。
そう思った水銀燈は一人苦笑した。
雪華綺晶が目を開けると、もうそこはバーの店内でなないことが分かった。
「ここはどこ…?」
刻はもう遅くなり、ビルと家宅が連なるアメリカの街に夕日が差している。
「やっとお目覚めぇ…?」すぐそばで水銀燈の声がする。
雪華綺晶は、自分が水銀燈によってその背中にしょわれて、ずっと運ばれていたことに気づいた。
彼女は目をパチパチさせる。そして顔がふっとうするように赤くなった。私は水銀燈におんぶされていたの?
「あら、そんなに気にしなくてもいいのよぉ」水銀燈は言った。「あなた随分と軽いし。ちょっと痩せすぎよってくらいに。
でもお酒を三本も飲み干して、貴女また明日二日酔いになったりしないでしょうねぇ…?」
雪華綺晶はなんといえばよいのか分からない。が、心がバクバクしている。こんな気持ちになった生きた経験はそう記憶にない。
「私のせいで…」
「いいのよぉ。私が貴女があんな酒豪だと予測できなかっただけ」水銀燈は笑う。「でも、もう一人で歩ける?」
「…。もう少しだけこうさせて?」
「もう、甘えん坊さんね」
水銀燈は軽く舌打ちする。
「それで、さっき貴女"歌手としての自分がイヤ"っていってたけど、それはどういうこと…?」
"歌手じゃなくて詩人になりたかったから"、それをどうしても雪華綺晶は言い出せなかった。この人に嫌われてしまいそうだったから。
確かに彼女はバンドのボーカリストとして迎えられて、The Endなどを初めとする詩に音という命を吹き込まれ、それが大衆にきいてもらえるようにはなったものの、その大半は理解されなく、また大衆の求める彼女の姿がLight my fireなどの人気ポップ曲を歌う彼女、というギャップが雪華綺晶のいらつきだった。
大衆の求めているのは音楽の愉しみだ…だれも私の詩そのものに興味なんてない…。
大衆は音楽に…音の娯楽にのみ飢えた、音楽にとり憑かれた人たちだ。
「新しい詩が思い浮かびました」
突然、雪華綺晶は会話の流れをぶった切って、水銀燈の背中でそう言った。
水銀燈も興味ありげにきく。「どんな詩ぃ?きかせて」水銀燈はいや数少ない雪華綺晶の詩の理解者だった。
たとえ雪華綺晶本人がそれに気づいてなかったとしても。
「ふふ…お姉さま…」雪華綺晶は目を閉じ、自分の身体を水銀燈に密着させた。
この人といると、自分の還るところが見つかった気分になる。お父様でもなく、それはまるで…
「この詩は、まだ秘密です」
「ちょっと耳に息かかってるわよぉ」
くすぐったそうに水銀燈が身をよじる。背中から雪華綺晶の手と脚で絡められている様子は、まるで蜘蛛に捕食された獲物のようでもある。
「秘密ですって…?」
「ええ」
雪華綺晶が微笑み、答えた。「音楽が終わったら教えて差し上げる」
久々に大作の詩がかける、と雪華綺晶は心のなかで思った。
思えば自分が水銀燈や真紅に出会わなかったら、このような詩は思い浮かばなかっただろう。そしてこの詩は真紅達によって理解されて、音楽にしてくれるのだ。
以前までの自分なら、自作の詩をただ
ノートに書いて、誰にも読まれずに終わったところを…。
セックスシンボルなどといわれてイヤな点もあるが、やっぱり自分の還るところはこのバンド仲間なのだろうか、ふと彼女は思い返した。
そして改めて、彼女は酔いつぶれた自分をしょって運んでくれる水銀燈に感謝した。
次のレコーディングのスタジオに姿を現した雪華綺晶に思わぬ朗報がくる。
それはレコード社のロス・チャイルドの思わぬ提案だった。
雪華綺晶がUCLA大学の映画科に通っているとのことを考慮した彼は、
「ファースト・アルバムの曲を元にプロモーションビデオをつくろう」
と彼女に提示したのだ。元々映画・映像に興味のあった雪華綺晶はこれに喜んだ。
真紅たちも積極的に参加してくれ、Break on though などの曲のPV映像製作を彼女たちは楽しんだ。
理解してくれる人はそばにいる。こんなにいい人たちなのに、そのせっかくのヒット曲 Light my fire を歌うのを嫌がるのは一方的な自分のわがままだったのかもしれない。そんなふうにまで雪華綺晶は思ったのだった。
こうして互いの絆を深めたバンドが、いよいよ次のアルバム製作にとりかかり始めたのだった。
最終更新:2008年06月06日 17:28