歌い終えてジュンの方を見れば、演奏中に一度だけちらと見た時と同じ腕と脚を組んだ姿勢で、たぶんずっとそうしていたのだろうが、じっとして動かず、拍手なんてされてもこっちが困るが、何も反応が無いのもやはり困った。
「ジュン……?」
しばらくして話しかけると、
「いい曲だな」
姿勢はそのままで、なんでもないことのようにジュンが言った。
その極端に短い、しかしストレートな褒め言葉の意味が不意打ちのようにすとんと胸に落ちてきて、行き違いにかっと胸から上に血がのぼって真紅は顔が熱くなるのを感じた。
「あ、そ、そうかしら」
ありがとうと言うべきだったのだろうが、それだけ言うのが精一杯で、真紅は意味も無くギターのネックを握り締めてパワーコードをじゃんじゃかとかき鳴らしてしまった。あまりアコースティックにそぐわないヘヴィな音が響いた。
「翠星石もいい曲だって言ってたんだろ?」
ジュンがこっちに向き直って言った。わずかに微笑んでいるような表情だった。
「え、ええ……」
翠星石も、皆も良い曲だと言ってくれた。それは確かだった。だからこそ、何が問題なのかわからない。
真紅はまた不安を感じて、みぞおちのあたりが重くなった。
「この曲は……ずっと一人で作っていたの」
その不安に押し出されるように、真紅は話し始めていた。
試験勉強のためにバンドの活動を休んでいた間の、退屈な気持ちがまずあった。
その退屈をずっと感じながら送っていた毎日のなかで、息抜きと最低限の練習のためにギターを触っていたある時、曲の予感が訪れた。
最初はアップテンポな勢いある曲をイメージしていた。自分の退屈な気持ちを激しい音でどこかへ吹き飛ばしてしまいたいという現在時の願望がこめられていた。
しかしどうしても曲は最初の手触りのまま発展せず行き詰った。勉強の合間の短い時間を使ったコマ切れの作業だったせいもあったかもしれないが、一番にはメンバーと実際に音を出してみることができない状況のせいだったと思う。
これまではずっとそうやって曲を形にしてきたし、行き詰ったら、メンバーに相談することができた。
だから試験が終わって活動を再開するまで曲は置いておこうと思い、思い始めたところであの日翠星石たちの訪問があって、一日だけRozen Maidenが集まることができた。
スタジオで久しぶりに全員の音が合わさった時、もうそれまでずっと感じていた退屈はどこかへ吹き飛んでしまっていた。
しかしそれは今この一時のことで、またしばらく勉強のために退屈な時間が待っているのだということを忘れていたわけではなかった。
「けれど、もうそれは今までの退屈とは違うのだとわかったわ。
退屈な時間があるから、今こうして自分たちの音の中にいる時間を知ることができる。
この音はこれまでも鳴っていたし、今も、これからだってそう。だから一時聞こえなくなったとしても、また必ず『戻ってくる』のだと思った。
だから、退屈な時間は我慢するのでも耐えるのでもなくて……」
「……なくて?」
真紅はそこからの言葉に詰まった。実感としては確実に胸の中にあるそれを、ただジュンに伝わる言葉としては、言えないと思った。
『退屈な時間は退屈のまま。でも、また騒がしい日が戻ってくるとわかっていれば、そこには別のものもある』
以前、蒼星石にはそう言った。
しかし、別のものとは何か?
それは、少しの間我慢すればまた音楽ができるというだけのことじゃあないのか?
『退屈と充実を相反するものでなく、同じ時間の別の様相と感じること』と言ってみたとして、一体それはどういうことなのか?
そんな疑問が返ってくるだけの、そしてそれを否定できない程度の説明しか、言葉では、今自分の実感に一番近い説明をするとしても、できないだろうと思う。
ただ、そうしたとしてもジュンはおそらくそんな疑問は口にしないだろうとも思っていた。
なぜならその言葉に出来ない部分を音楽にして、その曲は今ジュンに聴いてもらったのだから。
「そういうことよ」
真紅は、そういった全部の意味をこめてその一言だけを言ってやることにした。
「どういうことだよ」
「わからないとは言わせないわ」
「……んな無茶な」
ジュンが呆れたような目つきでがしがしと髪をかきまぜた。
「でも、わかる……とは言い切れないけど、なんとなく、まあさっきの曲がさ」
そういう感じだった。とジュンは言った。
「そう」
伝わっていた、と思う。
「いい子ね」
そう言うと、ジュンはあからさまに顔をひきつらせて、
「それ、やめろよな……」
でもなぜか赤くなって、他にも後半まだ何かぼそぼそと言っていたが、よく聞こえなかった。
「言いたいことがあるならはっきり言いなさい。駄目な下僕ね」
「だ、いつから僕が下僕なんだ、おまえの!」
「私が真紅でジュンがジュンである限り永遠によ」
「せめて死ぬまでにしてくれよ……じゃなくて!」
これもまたこれまで何度も繰り返してきたことだが、ジュンに下僕としての自覚を促すべく言葉を交わしながら、真紅はまだ決めていなかった新曲の曲名を『また逢う日まで』にしようと決めた。
その曲の最初のイメージはアップテンポな勢いのある曲で、でも完成した時には、その勢いを包み込んだ、緩やかさと激しさが時間の中で共存する曲になっていた。
『また逢う』こと。それが聴く人にとって、色んな人や時間であればいいと思った。
「あー……でさ、真紅」
言い合いの勢いも途絶えたところで、ジュンが思い出したように言った。
「曲の話な……思ったんだけど、翠星石はさ、おまえみたいに考えてるのかな」
「私みたいに?」
「ああ、その曲で一番大事なとこだと思うんだけど……『戻ってくる』ってとこに対して」
どうなのだろう、と思った。
確かに、曲の核心であるそこが伝わっていないとすれば……
伝わっていたとして、それが翠星石にとってもし受け入れられなかったり、違和感のあるものだったとしたら……
「あいつ、あれでけっこう人見知りするだろ。オープンなようでそうでもないっていうか、慣れたら馴れ馴れしいくらいだけど、それもなんていうか心を許す範囲が限られてることの裏返しなんじゃないか。けっこう怖がりなんだよ」
ジュンの翆星石に対する観察は、真紅にとってもいちいち頷ける内容で、意外によくわかっている、と少し驚かされた。
その目線は自分にも向けられているのだろうか、と考えが脱線しかけたところでジュンはさらに続けて、
「だから、『何が』っていうのは僕にもわかんないけど、ひょっとしたら『何でも』かもしれないけど、あいつは色んなことがさ、『戻ってくる』とは思ってないか、思えないんじゃないか。つまり…」
『戻ってこないかもしれない』
と、本当は臆病なところもある翆星石は、思っているのかもしれない。
(以下執筆継続中)
最終更新:2008年06月19日 01:34