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「ふぅ、真紅。君には失望したよ。君はもっとすばらしい歌声をもっていると思っていたのに」
「待って、違うのKUNKUN、これは……」
さようなら真紅。また別の人たちを探さないと」
「待って、くんくんっ!!!!まってぇぇぇ!!!!!」



「ハッ」
真紅はベッドから跳ね起きた。深夜だったようで、真っ暗のなかに時計の秒針の音と、自分の荒げた息が妙に響いていた。
「…へんな夢。そんな、まさか…ね」
額をぬぐうと凄い汗だったことに気づく。
ライブまであと六日、五日と迫ることが予想以上に自分にプレッシャーがかかっていることに真紅は、いまさらながら気がついた。
「……どうすれば…」
結局答えは出ないまま真紅は眠りへとつくのだった。

決定的な事件が起きたのはライブを三日後に控えたある昼下がりだった。
その日もいつものようにスタジオで練習していた薔薇乙女。
翠星石のドラムが曲の終わりを告げた。しかしメンバーは皆何か違う違和感を感じていた。


「ちょっと真紅ぅ。なぁに?、今の」
水銀燈が突っかかるように言った。
薔薇乙女は来るべきライブの最終調整にはいっていた。
しかしメンバーのテンションはいまいち乗り気ではなかった。
グルーブ感のないバンドはどんなテクニックを持っていようとも無意味である。
そしてそんな不協和音の中心にいるのが真紅であることは言うまでもなかった。
「別に…少し調子が悪いだけだわ」
「あのねぇ、ライブは明後日よ。そんな無様な姿を公衆に晒す気ぃ?」
「そ、それは、その…」
「あなた一人がダメだとみんなに迷惑かかるのよぉ。わかってるの?」
いつになく神経質ぎみに話す水銀燈。万全の状態にバンドがならない焦りからだろう。
もっとも、プレッシャーによる調子の悪さは水銀燈自身にも言えることなのだが。
「やめなよ、水銀燈。そんなことしても無意味だよ」
「そうです。今は練習に集中するべきですぅ」
蒼星石と翠星石が割ってはいる。二人の言うことは紛れも無く正論だった。
しかし水銀燈は引かなかった。
「…うるさい、二人も私と同じこと考えてたくせに」
「そ、そんなことねぇです。自分が上手くいかないからって人に責任なすりつけて、最悪ですっ!!」
「ずいぶんと言うようになったわね、翠星石。そこの妹がいなきゃなにもできないくせに」
「なっ!!……水銀燈。なんなら相手になるですよ」
今にも取っ組み合いのけんかが始まりそうな険悪な雰囲気がスタジオを包んでいく。
「二人とも…いいかげんに…」
蒼星石の堪忍袋の尾が切れるその瞬間。

「やめてっっ!!!!!」

うわずった悲鳴にも近い叫び声がスタジオに響く。
一瞬空間が止まったかのような奇妙な感覚が全員に伝わった。
「真紅…」
「私が…私が悪いから、だから……」
うつむいて言う真紅の頬からは、雫が数滴床へと落ちていった。
「真紅…あなた、泣いて…」
「…ッ!!」
真紅の肩に手を置こうとした水銀燈の手を振り払い、真紅はスタジオから飛び出していってしまった。
スタジオには四人と、重苦しい空気が取り残された。

「水銀燈…今のは君が悪い」
暗い沈黙を破ったのは蒼星石だった。
「仮に君の言いたいことが正しかったとしても他に言い方があったはずだよ。
いまさら真紅を追い詰めたら、どうなるかわからなかったわけじゃないよね?」
「……まさか、泣くなんて思わなかったもの」
水銀燈は拗ねた子供のように言った。
「翠星石も、ここは喧嘩してる場合じゃなかったろう?」
「…悪かったです、蒼星石」
はあ、と蒼星石が嘆息していると、スタジオの隅からシクシクと泣く声が聞こえた。
「うっ…うっ…ぐすっ…ひっく…」
「雛苺…」
精神的に少し幼い彼女には、この殺伐とした雰囲気はきつかったのだろう。感受性が強い分人の気持ちや感情を誰よりも強く感じ取っていたのだ。
「泣きたいのは僕のほうだよ…」

バンドの絆は、今までにないほど離れていった。

                    *

「はぁ…はぁ…はぁ…」
真紅はでたらめに町を駆け抜けた。
行く当てもなく、ただどうしようもない気持ちから逃避するように走っていた。
後悔、自虐、背徳、その他もろもろの感情が波のように押し寄せてくる。

涙を拭くことも忘れ、無理に走ったせいで、体中が悲鳴を上げている。

「(馬鹿だわ…私…こんな…迷惑かけて…)」

走り疲れて一度立ち止まる、肺の辺りからヒューヒューという音が聞こえる。思わずげほっげほっと痰の絡んだ咳をし、一瞬で呼吸困難になった体に酸素を送ろうと急いで息をする。肺がまたヒューっと鳴った。
真紅はまた歩き出した。こういうときは止まっているよりも歩いたほうがいいとどっかで聞いたというのもあるが、何より立ち止まるとせっかく引いた涙がまた溢れそうな気がしたためだ。


「どうしよう…このまま…このまま…」
ライブの失敗。それだけならまだいい。実際それでもメンバーに多大な迷惑がかかるが、それよりもっと危惧していること。

解散

その言葉が頭をよぎった瞬間、体が恐ろしく寒気を感じた。
考えすぎかもしれない、それでも今の状況がそれに今までの薔薇乙女の活動で一番近いのは間違いなかった。
自分のせいで
自分のせいで
「(誰か…誰か助けて…)」
こんな状況でまだ誰かの助けを必要とするのかと自嘲する自分がいた。そしてそれは妙にみじめなことに思えた。

「…あ、あれ?」
気がつくとそこは見慣れた場所だった。家が軒並みに並ぶ住宅街。その先にはジュンの家があった。
「私、いつのまに…」
無意識のうちにここへ足がむいてしまったのだろう。そんなことを考えているといつの間にかジュンの家の目の前にいた。

真紅は今まで伏せてた本当の思いに気がついた。
今自分が欲してたもの、辛い時、悲しい時、いつもそばにいた存在。
「(ジュン…会いたい…会いたいよ…)」
真紅は呼び鈴に手を伸ばし…


ホントウニ、ソレデイイノ?


寸前でとめた。
突然、割り込むかのようにもう一つの自分の思いが入ってきた。
本当にそれでいいのだろうか。普段はしらっとあしらっておいて、自分が辛い時だけ、都合よく甘えてもらうなんて…
「(ホント、ダメだわ、私…)」
葛藤の中結局押すかどうか迷っていると
「あら、真紅ちゃん?ひさしぶり」
聞き覚えのある声が聞こえた。

「あ、のり…」
声の主はのりだった。桜田のり、ジュンの姉。
買い物の帰りなのだろう、買い物袋を下げた姿は傾き気味の太陽によく映えていた。
「ひょっとしてジュン君に会いに来た?ごめんねジュン君まだ帰ってきてなくてもうそろそろ帰るころなんだけど…」
「あ、い、いいの、のり。それに、その…」
自分の気持ちを上手く言葉に出来ず、言葉を失ってしまう真紅。しばしの沈黙。
「真紅ちゃん…?」
のりが真紅の顔を見ながら少し驚いたように言った。真紅はハッとする。
自分の顔を見たわけではないが、恐らく涙の跡で赤く腫れているであろう自分の顔。
「あ…のり…その、違うの…」
のりに見られたくない。そんな思いで真紅は顔を背け、言った。
自分でも何を言っているかわからなかったが。
「真紅ちゃん…」
近づいてくるのりの足が視界の端に見える。
「少し散歩しよっか」
「えっ?」
顔を上げると、柔和な笑みがそこにあった。

Illust 845 氏


                    *

「ひさしぶりね、こう二人で散歩するの」
のりが言った。柔和な笑みが太陽に照らされて綺麗だった。
「そうね、最近、活動が忙しくて…」
その横を真紅が俯き気味に歩く。
少し歩くと、大きな川へと出た。
落差の激しい緑の土手と、太陽の光でキラキラと乱反射している川。
舗装されていない、地面が露出しただけの道を二人は歩いた。
「ねぇ、のり」
「なに?真紅ちゃん」
「…聞かないの?なにも?」
「?何を…?」
「…その、色々…」
本当に気づいて無いのだろうか。のりならありうる。
「聞いて欲しいの?色々」
「え、いや、そうじゃなくて…」
やっぱり気づいているのだろうか。のりはいつも天然の癖に時々鋭いことを感じ取ったりするから困る。真紅は思った。
「なんか真紅ちゃんが言いたくなさそうだから聞かなかっただけよ」
軽い調子で、のりは言った。
「え…」
「でも、言ってくれたほうが私は嬉しいけど」
振り向きながら、のりは言う。
「…のりには敵わないのだわ」
真紅ははぁ、と軽いため息をついた。

二人は土手に座り込んで、真紅は今までの話をのりに聞かせた。
「ええっ。KUNKUNの前座!!すごいじゃない」
「うん、でも…」
その後のメンバーとの亀裂。そして逃げ出してしまった自分。のりは頷きながら、一字一句逃さないように聞いていた。
「そう…そんなことがあったの」
「ええ、私の…私のせいで…」
また涙が出てきそうな自分をいらだたしく思う真紅。風が火照った頬を冷やすように吹いた。
「ねぇ、真紅ちゃん。覚えてる?」
「…のり?」
突然の切り出しに目をぱちぱちと瞬かせる真紅。
「昔、と言ってもちょっと前なんだけど…よくここでギターの練習したっけ」
真紅は土手を見入る。昔の自分とのり、そしてジュンがいるような気がした。
「家じゃ近所迷惑だからって、のりが見つけたのよね」
「そうそう、でもそもそもの原因は真紅ちゃんがいきなりギターを教えてって私の家に来たからよ」
「…なつかしいわね、本当に…」
真紅は目を閉じる。最近すっかり忘れていた、在りし日々がまぶたの裏に浮かんだ。

『ROOK AROUND THE 真紅』第一章~While my guitar gently weeps~ FIN


最終更新:2006年07月12日 12:05
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