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「しょうがないよ、みんなも真紅と水銀燈の考えを解ってやろうよ。
そりゃぁ僕もイヤだよ、スネてる金糸雀の気持ちはよく解るよ」
蒼星石の言葉にみんなの視線が集中する。
「なんとなく水銀燈と真紅が退学だって解っていたよ。
学校中の噂になっているからね・・・」
蒼星石はここ数日間、真紅と水銀燈の様子、そして学校での噂を考えていた。
おそらく真紅と水銀燈は居なくなる、蒼星石はそう思っていたのだ。
「僕は思うんだ、東京に行く。これは一大決心なんだって。真紅と水銀燈は
僕達より少し早く東京で勝負するだけなんだよね?」
「・・・そうよォ。私もォ、みんなと別れたくないわぁ。でも、でも」
言葉に詰まる水銀燈に変わり真紅が話しを続ける。
「もうこの街に私の居場所はなくなってしまったのだわ」
「居場所なら翠星石達がいるじゃないですか?薔薇乙女は
居場所ではないのですかッ」
「みんなと一緒の時間、薔薇乙女は大切な居場所よ。でもね、もう私と
みんなとは違う時間の中にいるの。学校とそれ以外の場所に流れる時間よ」

学生でなくなった時点で重くのしかかる現実社会。夢と現実、その狭間に
いる真紅と水銀燈。彼女達が持っているのは誰にも負けない音楽への想いだけ。
不確かな成功へのキップ、保障などない夢へのチケット、ただ真紅と水銀燈
には足元さえ見えない暗闇の中で1つの武器があった。それは想いを音に
乗せて歌うことであった。それを希望に一足早く現実社会に乗り込もうと
する意思であり情熱でもあった。
「私と水銀燈は決めたのだわ、音楽を武器にして戦うと・・・」
「何と戦うですか真紅?」
「そんなのぉ、解りきってるでしょ?全てよ、私達を取り巻く運命とよォ」
水銀燈の言葉に蒼星石は深くうなずき真紅、水銀燈の目を見つめる。
「やっぱり真紅と水銀燈は強いよ。でも絶対に戦わないとイケナイのかい?」
真紅は蒼星石の言葉に対し力強く答える。
「そうよ、だって戦うことって生きるって事でしょ?」
蒼星石は真紅の力強い意志のこもる言葉に白い歯をみせて微笑む。
「じゃぁ、明日のライブは真紅と水銀燈を応援するライブにしよう。
そしてきっと僕達も後を追いかけて東京に行くよ。これは約束だよ」
「うわぁ~ん、ヒナもヒナも行くの~。真紅と水銀燈の所にいくのよ~」
「もちろん翠星石もいくですぅ、勝負なのですぅ!」
「面白そう・・・卒業したら・・東京は・・・決定ね」
「これで決まったね。明日は最高のライブにしよう!」
「そうですぅ、きっと金糸雀も来てくれるですぅ!」

                    *

朝に降り出した雨はかすかに水溜りを作っただけであがりライブの時間には
曇った夜空からぼんやりとした月の輪郭が浮かんでいた。
「金糸雀はほんとうに来やがらないつもりですかッ?」
「大丈夫だよ、きっと来るって」
「もう・・・始めなきゃ・・・みんな騒ぎ出してる」
「そうね、しかたないのだわ。みんな行くのだわ!」
真紅と水銀燈が復帰した薔薇乙女を見ようと人々がライブハウスに入り
すでに30分が過ぎようとするとき、ステージに薔薇乙女が現れた。
「オォォ~」「ウオォオオォォ~」
人々の歓声がライブハウスに広がる。
真紅はやや気だるい感じでマイクに向かう。
「コンニチハ・・・薔薇乙女です」
真紅の挨拶の声と同時に翠星石と蒼星石が激しいリズムを打ち出す。
そのリズムに乗り水銀燈の指が踊り出すと一気にリズムがビートとなり
音は疾走しだす。
「Cut my skin so I could bleed for you」
真紅はマイクスタンドにもたれるようにし、腰をゆるやかに揺らし
ながら歌う。激しい音の波と真紅が見せる怪しいまでのセクシーな
仕草に観客の全ては薔薇乙女の世界に引きずり込まれていく。

雛苺のコーラスと真紅の歌がシンクロし1曲目が終わると真紅は
ステージの前ギリギリまで足を進めアンプに片足を乗せる。
タイトなレザーのミニスカートから足がチラリと見える。
そのまま前かがみになり左手を大きく広げ叫ぶ。
「さぁ、私達の音に酔いしれるのだわ!!」
薔薇水晶のキーボードからスピード感のあるメロディーが流れライブハウス内
を被いつくすと、その中を水銀燈のギターから解き放たれたトーンは縦横無尽
に走り出す。スピードに乗る水銀燈のトーンを追いかけるように真紅と
雛苺の歌が始まると全ての人達は薔薇乙女が作り出す音の熱狂と幻想の渦に
巻き込まれ、歓声をあげ腕を突き上げ薔薇乙女の下僕となる。
その熱狂に包まれたライブハウスの隅で隠れるように金糸雀はステージを
見ていた。
(別に用事があったついでに来ただけかしらッ)
そう自分に言い聞かせながらも目は食い入るように、耳は音を聞き逃さ
ないように、胸は激しい音の波に揺られ、心はステージの上で真紅達と
音の波を作り出す自分の姿をみていた。

3曲目が終わる頃には金糸雀の体はリズムに合わせ自然と動いていた。
それを見越したかのように薔薇水晶の指が軽やかに鍵盤の上でダンスを
始めるとポップ調の軽快なメロディーがライブハウスの色を塗り替えていく。
(あれ、この曲のアレンジはカナが薔薇水晶と一緒にヤッたものかしら)
それは真紅と水銀燈がいない時期の薔薇乙女で一番ウケた曲であった。
もともと金糸雀が真紅と水銀燈がいる薔薇乙女を前提としたアレンジでも
あったその曲が今、完成形として金糸雀の前で広がっていく。
ステージでは笑顔で雛苺と水銀燈が声をそろえてマイクに向かう。
「Why can’t you be~♪」
真紅が持つマイクに蒼星石も入り真紅と声を合わせる。
「Good to me!」
そして真紅と雛苺が人々に向けてマイクを突き出すと大勢の声が返ってくる。
『Good to meィィ~♪』
金糸雀もありったけの声でステージに答える。
「Good to me!」
全てを包み込んだステージは興奮と熱狂の中で幕を閉じた。
最後はステージで薔薇乙女全員が抱き合い、全ての人に向けて投げキスを
贈った。その時にはすでに金糸雀の姿はライブハウスから消えていた。

                     *

薔薇乙女達が住む海沿いの街を湿った空気が満たし、雲は低く垂れ下っている。
沖合いに浮かぶ島の周りではすでに雨が降り出しているようである。
バックとギターケースを持った水銀燈はタバコに火をつけ空を見上げる。
「雨ェ、降りそうねぇ」
真紅は泣いている雛苺の頭をなでながら答える。
「そうね、昼前には降るとニュースで言っていたのだわ」
「ねぇ、真紅と水銀燈はほんとうに東京に行っちゃうの~?」
「い、今ならまだ間に合うですぅ、考え直す気はないですかァ?」
「・・・本当に・・・行くの?」
「やっぱりイザとなったら僕も寂しいよ」
かすかにモヤがかかる早朝のバス停で真紅達は迫り来る別れの時間の中に
いた。それぞれの胸の奥には言葉と想いが溢れ出しすぎて反対に言葉が出ない。
真紅は愛用の懐中時計を開けてチラッと見る。
(あと15分・・・この街、この最高の仲間達・・・)
「す、水銀燈。翠星石は、翠星石は、うっ、うっ、えぇ~」
「ほらぁ、何よぉ?泣いてちゃ解らないわぁ」
感情を表に出しやすい翠星石は言葉に出ない想いを涙で表すかのように
泣きながら水銀燈に抱きつく。
「やっぱりぃ、行くなですぅ。寂しいのですぅ~。真紅も行くなですぅ」
「泣くんじゃないわぁ、どうせ1年もしたらぁすぐに会えるわよぉ」

翠星石の背中を抱きしめる水銀燈が見る景色も涙でボヤけだす。
それを隠すかのようにそっとサングラスをかけながらタバコの煙を吸い込む。
「ねぇ、雛苺。私がいなくても貴女は十分に強くなったわ、だからもう
泣かないで・・・」
真紅も同じように雛苺を抱きしめるとバスは駅の停留場からゆっくりと
動き出し真紅達のいる場所に停まる。
真紅の時計が別れまであと5分を告げる。
シューッ、バスの扉が静かに開くと空から薄い小さな雨が霧のように
真紅達を濡らしはじめた。
この街で同じ時間と同じ夢と未来を見ていた、ほんの少し前、
ほんの1ヶ月前、もう巻き戻せない時間が思い出に変わっていく。
この抱き合う一瞬も今となっては一瞬後の思い出になる。
「お客さん、もう出ますよ」
運転手の言葉に抱きしめていた腕をほどきバックとギターケースを手にする。
「真紅、水銀燈。東京についたら連絡して、そして体には気をつけて・・・」
「私も・・・必ず、必ず・・・行くから、東京に・・・」
バスに乗り込む真紅と水銀燈に掛けられた言葉はありふれたものかも
しれない。だが2人には解っていた、その言葉はどんな言葉よりも強い
ものである事を。
「どこに行ってもずっと仲間ですぅ、ずっとずっと一緒なのですぅ!」
「さよならは言わないの~。またすぐに会えるから言わないの~!」

動き出したバスを見送る蒼星石と薔薇水晶。追いかけてくる翠星石と雛苺。
もう止らない時間が真紅、水銀燈と彼女達とを遠く離していった。
霧雨がじょじょに本来の雨になりつつバスのフロントガラスを叩きつける。
一番後ろの席に座る真紅と水銀燈は互いの顔を見ることなく語りかける。
「ねぇ、水銀燈。いろいろあったわね。本当にこれで良かったのかしら?」
「さぁ、解らないわぁ。でも私達がぁ決めた事よぉ。それに・・・」
揺れるバスが次の停留場で停まり新たな乗客を乗せ始め、やや車内が騒がし
くなり水銀燈の最後の言葉がかき消され真紅は聞き返す。
「それに、何なの?」
水銀燈はポケットから写真を取り出す。それは音楽コンクールで撮られた
薔薇乙女達の写真であった、それにはこんな別れがあるとは知らない
笑顔が写っている。水銀燈が差し出した写真を見つめる2人。
「私と真紅は約束したのよぉ、この薔薇乙女っていう最高のバンドに
約束したわァ。絶対に勝つってねぇ~」
「そうだったわね、弱気になっていたのだわ」
「ふんッ、弱気は禁物かしら~」
先ほど乗ってきた乗客にまじり金糸雀が真紅と水銀燈の前にたっていた。

「カ、金糸雀?」
「べ、別に次のバス停に用事があるだけかしら・・・」
そう言うと金糸雀は真紅達の前の席に腰を下ろした。
しばらく3人は黙っていたが金糸雀は前を向いたまま話し出す。
「よくみんなは納得したかしら・・・やっぱり真紅と水銀燈は大バカかしら・・・」
「金糸雀、私の話を聞いて、私と水銀燈は」
金糸雀は真紅の言葉をさえぎり話し出す。
「大バカ真紅の話なんか聞けないかしらッ。カナは、カナは・・・
ずっと寂しくて怖かったかしら・・・」
いつも空回りの金糸雀、転校初日に他の生徒達からイジメの対象に
入っていた金糸雀、前の学校でもそうだった。
それを仲間として親友として、そしてバンドのメンバーとしていつも一緒に
居てくれた真紅、水銀燈。
別れる事など考えもしなかった。いや考えれなかった、考えたくもなかった。
真紅達といると、音の中にいると本当の自分を表に出せた。
「音楽が、バンドがカナを変えたんじゃないかしら。真紅と水銀燈がカナを
変えてくれたのかしら。だから、だから・・うっ、うぅわぁぁぁ~」
そう言うと前を向いていた金糸雀は真紅と水銀燈が座る後ろを向き
両手を真紅と水銀燈に差し出す。その顔には大粒の涙が溢れていた。
金糸雀は真紅と水銀燈の手を取り力いっぱい握り締める。

「カナも、カナも行くかしら。すぐに真紅と水銀燈がいる所にいく
かしらァァ~」
力の入る金糸雀の手を握り返す真紅と水銀燈。
「待ってるわァ、金糸雀は私達にとって大切な仲間よぉ」
「水銀燈のいうとうりだわ。貴女は最高の親友よ」
スピードを落としたバスは雨が降りしきるバス停に停まる。
「さぁ、行きなさい金糸雀。この先はもう高速に入るのだわ」
「ねぇ、金糸雀ァ、約束しましょうかぁ?」
「や、約束かしらぁ?」
「そう約束よぉ、金糸雀やぁ、翠星石達が東京に来て・・・3年!
3年後には私達の音でェ、この国を埋めつくしちゃうのよぉ」
水銀燈の約束に金糸雀も真紅も笑顔になる。
「どう?約束できるぅ?」
そう言うと水銀燈は小指を立てる。金糸雀、真紅も小指を出し水銀燈の
指と絡ませる。
「これは絶対の約束かしらッ!」
繋がった3人の指を静かにバスの扉が遮断していく。
扉が閉まりきる最後まで3人の誓いは解けなかった。
ゆっくりと動き出すバスに走りよる金糸雀。
「絶対の約束かしらァ~、カナが行くまで負けたらダメかァしらァァ!!」
動き出したバスの音に金糸雀の声はかき消され、バスは高速に乗り
東京へ走り出した。

その頃、真紅達がいなくなった駅前のバス停では雨もあがり大きな虹が空を
横切っていた。それは真紅と水銀燈が向かう東京の方へと延びている。
空を見上げる翠星石、蒼星石、雛苺、薔薇水晶。まだ雨のバス停で消え行く
バスを見送る金糸雀。そして虹がかかる街に向かう真紅と水銀燈。
七色の虹とおなじ7人の少女達のそれぞれの想いと旅立ち。
これから新たに繰り返されるであろう出逢いと別れ。
それを応援するかのような大きな虹はそう遠くない将来に彼女達が
夢の扉を開きこの国を彼女達の色で染め上げる。
そんな未来を示す夢の架け橋であった。

~Legend of Rozen Maiden 旅立ち編~ 完


最終更新:2006年05月17日 14:46