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買い物カゴを手に取って、蒼星石は言った。
「金糸雀・・・今日うちに来ない?」
「ふぇ?」
突然の申し出に虚をつかれたのか、金糸雀は間抜けな返事とともに蒼星石の顔を見た。
あれから意識を取り戻した蒼星石は金糸雀を伴って店を出た後、当初の目的であったスーパーへとやって来た。その入り口でのことである。
「晩御飯、ごちそうするよ」
「・・・え、でも・・・」
「大丈夫、翠星石のことなら心配しないで」
「けど・・・」
この提案、蒼星石には考えがあってのことだった。

金糸雀にしてみれば今翠星石に会うのは非常に気まずいのだろうが、(なんせあれだけ不満をぶちまけた後だ)とにかく2人を会わせないことには、おそらく問題は解決しない。
金糸雀はなおも躊躇している様子だったが、蒼星石は強引に彼女の手をとって歩き出した。
「ちょ、ちょっと蒼星石・・・」
「いいからおいでよ。せっかくこうして休みの日に会えたんだし、たまには気合の入った料理も作らないとね。
金糸雀、何が食べたい?やっぱり玉子焼き?何でも作るよ?」
「た、たまごやき・・・?何でも・・・・・!?」
と聞いて金糸雀の表情が変わった。
「蒼星石の料理・・・何でも・・・じゅるり」
いける。蒼星石は確信した。金糸雀は確実に『来る』方に傾きかけている。もう一押しだ。

「あ、でも金糸雀・・・今、ダイエット中だったよね・・・」
「ぇ?」
「それじゃやっぱり無理に誘っちゃあ悪かったかな・・・」
「ぇ、いや、そんなことは・・・」
「それにみっちゃんさんもいるしね・・・」
「み、みっちゃんは今日遅いから、先に食べる予定だったかしら・・・」
「そう?じゃあ先に連絡してきた方がいいかもね」
「わ、わかったかしら。ちょっと電話するかしら」
金糸雀はすぐに携帯電話を取り出すと、母みっちゃんと連絡をつけた。詰み(チェックメイト)。

「ちゃんと言っておいたかしら!」
「じゃあ決まりだね」
こうして心理戦を制した蒼星石は必要な食材を買い込むと(カゴくらいカナが持つかしら)、金糸雀を連れて家路を急いだのだった。
「蒼星石、荷物持つかしら」
「え、いいよ、コレ一つなんだし・・・」
「ご馳走になる身分で手ぶらってわけにはいかないかしらー」
「じゃあ・・・ありがとう」
そんなやりとりの中、自分の料理に期待を抱いてくれている様子の(よだれを何とかしたほうがいい)金糸雀を見ながらも、蒼星石はこの後のことを考え続けていた。
自分の考えが正しければ、恐らくうまくいくだろう。
もし失敗すれば火に油を注ぐだけの結果に終わるかも知れないが・・・。
(僕にできるのはこれぐらいだ)
後は2人の問題ということになる。
ここまで来れば余計な考えは必要ない。蒼星石は頭を振って不安をはらおうとした。いずれ結果は訪れるのだ。

やがて歩く2人の前に、翠星石の待つ家の姿が見えてきた。

~19時12分 翠星石および蒼星石自宅 リビングルーム~

かなりの間ひたすら泣き続けていた金糸雀だったが、ようやく涙の勢いが止んできた。
そして気持ちの方も落ち着いてきたのか、しゃくりあげながら、少しずつ自分の感情を口にし始めた。
「すごく、イヤだった、わ。いけないこと、してるような、ひっ、気がして」
金糸雀は涙でぐしゃぐしゃの顔をうつむかせ、蒼星石の持ってきたタオルも使わず握り締めたままでいる。
「いつ、も。いつも、いつも、いつも。翠星石、は、カナに、あんなこと、ばっかり」
翠星石はどこか面食らったような表情で、身じろぎもせずその様子を見つめている。

蒼星石は喫茶『sophora』での出来事で、金糸雀の真意を察知していた。
日傘がどうとか天然呼ばわりがどうとかは(相対的には)大した問題ではなく、金糸雀が最も気にしていたのは、

「どう、して。そんなに、たくさんたべるのが、おか、おかしいって、言うの、かしら」

この一点に尽きるのではないか、と。その考えはどうやら的中していたようだ

かと言って蒼星石もこのような状況までは想定していなかった。
彼女としては、食事をしながら金糸雀が思っていることを少しでも翠星石に伝えられるよう
平和的に(多少の犠牲は覚悟の上で)話を持っていくつもりだった。
それがこんなことになるとは。蒼星石は「翠星石のことなら心配するな」などと言っておきながら
結局姉の行動に歯止めをかけることができなかった自分を情けなく思うのと同時、金糸雀に対する申し訳なさで胸が痛んだ。

「い、いつかも言った、かしら。カナと、眼鏡屋さんに寄ったときは、『てめぇにはセルロイドよりセルライトの方がお似合いです』、だなんて」

胸を痛めているまっ最中に不意打ちを食らった蒼星石は、思わず吹きだしそうになるのを寸前でこらえた。たしかにそれはひどい。

「気に、してたかしら。最近、ほんとに、体重、増えてきちゃったし、なのに、翠星石、は、ひとのこと・・・うぅ~」

後半は再び涙がこみ上げてきたらしく、言葉になっていなかった。しかしそこまでで大体思うところは言ってしまったのだろう。
金糸雀はタオルで目元をぬぐうと後は黙り込んでしまった。

蒼星石は翠星石の方へ顔を向けた。向こうも気づいて見返してくる。
今何か言うべきだとしたら翠星石だ。そう目線で告げると、翠星石もわかってはいるらしく何か言おうとはしているのだが、
言葉がうまく見つからないようで、口を開いたり閉じたりしている。
しかしこればかりは蒼星石が助け舟を出すわけにもいかない。
やがて翠星石も覚悟を決めたのか表情を引き締めると、真正面から金糸雀に向かって、言った。

「んなことをいつまでも気にしてるんじゃねーですこのバ金糸雀!!」

えええええええええええええええええええええええええ。
さすがに翠星石が素直に謝るなどとは思っていなかった蒼星石だが、まさかいつもと全く変わらない毒舌でもって応答するとも思っていなかった。
目線だけでうかがうと、金糸雀の方は「んが」とでも言いそうに口を半開きにして目元をひきつらせている。
そんな2人に翠星石は容赦なく追撃をしかけた。
「まったく、いきなりびーびー泣き出したかと思ったら、びっくりさせがってですぅ!
んなことでこの翠星石にたてつこうなんざ100万とんで80万年早いですっ!!」
言われたい放題の金糸雀だったが、だんだんと顔が赤くなっていく。見間違いでなければ怒りのせいだろう。もう涙は止まっていた。

「ひっ・・・ひとが真面目な話をしてるのに何かしらその態度わぁぁぁぁぁぁ!!」
金糸雀は椅子から立ち上がると怒りの度合いを示すかのようにテーブルをべしと叩いた。
翠星石も対抗して立ち上がり、拳をでんとテーブルに叩き付けた。
「なーにが真面目な話しですぅ!笑止千万ですッ!!意味わかるですか『笑止千万』って!?
笑いが止まらんこと1千万回ですよこの天然記念ボケ!!」
「なっ、がっ、もう我慢ならんかしらぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そこからの出来事は一瞬のうちに起こったため、蒼星石の目にはスローモーションのように映った。
まず金糸雀が椅子を蹴ってテーブルを飛び越え、翠星石に踊りかかった。
「下克上ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」
しかしあっさりかわされた金糸雀はロケットのごとく壁に激突。
まだ宙にある金糸雀の両脚は翠星石につかまり、リビングの床にジャイアントスィングの要領で放り捨てられた。
翠星石は、まるで格闘技のデビュー戦であっさりダウンを奪われた元力士のような格好で横たわる金糸雀に駆け寄るとその関節を極めにかかった。(蒼星石にはこの時何かを叫んだような記憶がある。『もう意識が無くなってる』とかなんとか)
そうしてようやく事態に認識が追いついた蒼星石の目の前には、今、禍々しい彫像のように絡み合う2人の姿があった。
何か(発生源を考えたくない)が軋む音。
耳をふさぎたくなるような、この世のものとは思えない悲鳴。
やがて「ギブ、アップ・・・・・・」という力ない声とともに、金糸雀の首が落ちた。
翠星石はようやく関節技を解除すると、音も無くゆらりと立ち上がり、
「今日はこのへんにしといてやるです・・・・・・今日は・・・・・・」
この地獄に終止符を打った。
いつの間にか、先ほど金糸雀が泣いていた時のような空気は(文字通り)消し飛んでいた。
いつも通りの2人。
全く変わらない、定められたルート。
だがその光景に、蒼星石は何となく違和感を覚えた。
いつも通りのじゃれあい・・・・・・だとすれば。
勝利をおさめた翠星石が、どこか浮かない表情を浮かべているのは気のせいだろうか?

(以下執筆継続中)

最終更新:2006年07月12日 16:37