「・・・あ・・・」
金糸雀が呆然と吐息を漏らすがもう遅い。
「むふふほほほ、ふいふぇーへひの、むぐむぐ、はひほ・・・ごくん、翠星石の勝ちのようですね・・・」
勝負あった。金糸雀はがくりとうなだれると、思わず箸を取り落とした。床に転がるからりという音が響く。
「むふふ・・・普通の食事ならいざ知らず、このような勝負の場で『最後の残りを食べるのは一番デブ』も何もあったもんじゃないのです。
そーんなことにも考えが及ばないなんて・・・やっぱりバ金糸雀ですぅ。蒼星石もそー思うです?」
ちょうどご飯を食べ終えたところだった蒼星石は、翠星石の呼びかけでようやく正気を取り戻した。
「え・・・あ、あー・・・終わったの?勝負・・・」
現状は・・・得意満面の姉と、うなだれる金糸雀。ということは勝ったのは翠星石。
「金糸雀・・・」
金糸雀は蒼星石の声にも微動だにしない。
「ほほほのほ、ショックのあまり茫然自失のようですね!
実際デブってるだけに翠星石の作戦も効果てきめん、ダメージ2倍に追加効果でマヒってるですよ」
対照的に翠星石は浮かれまくった様子で得意の毒舌マシンガンを乱射する。
「す、翠星石・・・」
止めようとはしてみるが、駄目だ。こうなったらこの姉は止まらないのだ。獲物を根こそぎにするまで。
「大体金糸雀は昔から食い意地がはってるですぅ。他人の家でも好物が出てきたら皿まで食いつくさんばかりの勢い、
ていうか実際近いこたやってたです?アイスのフタとかカステラの紙とかポテチの残りカスとかは絶対に確保・・・
考えるに食い意地もそうですが貧乏人根性もたいがいですねぇ」
「・・・・・」
いけない、金糸雀が小刻みに震えている。
これまでのパターンから行くと、この後加速する翠星石に対して金糸雀が理性を崩壊、後は知るものぞ知る阿修羅地獄。戦地は7代先まで草木も生えぬ不毛の土地っぽい様相を呈することになる。
この場合自宅である。当然後始末は自分。
「翠星石、そのへんで・・・」
「そーいえばこんなこともあったです、バイキング事件」
無駄だった。知っていた。僕の馬鹿。
「修学旅行のアレは最高でしたね・・・ホテルの夕食、バイキングの全メニュー制覇した伝説は未だ他に誰も到達してないらしいですよ。
しっかしその後配られたオヤツなんかも人から余分もらったりして、予想通りに腹壊したですぅ。
あれからほとんど全部行事に参加できなかったですよね。哀れを誘うその姿、今なら言えるですけど、
先生に止められてもゲ○袋片手に布団から這い出そうとしてるおまえの姿見て翠星石は草葉の陰で爆笑してたです」
「嘘だ・・・思いっきり金糸雀の目の前だった・・・」
「まさに『吐くために食べ、食べるために吐く』って感じです。ひょっとしてその辺の時代から生まれ変わってきたんじゃーねーですか?
正直言って翠星石は時々恐ろしくなるですー。もし何かの拍子に飢えた金糸雀と密閉空間に2人っきり、
なんてことになったら食料が充分な段階からもうこの身が危ういです?
もっとも普段からカニバリズム(食人文化)に興味があったとしてもぜーんぜん不思議じゃな・・・」
ああ、もう駄目だ。蒼星石は金糸雀の震えが止まったことに気づいた。予兆である。境界は弾け飛んだのだ。
戦闘開始を前に戦略的撤退を試みるか、それとも留まって己の身を盾とし、被害を最小にくいとめるべきかと
完璧に文字通りの意味で生死を分ける判断に迷っていたとき、ふいにそれは蒼星石の耳に届いた。
ぱた、ぱた。
「?」
何の音か、といぶかる間もわずか、蒼星石は音の正体に気づいた。
ぱた、ぱたぱた、ぱたり。
「・・・翠星石」
「・・・より男子』をそれでも『だんご』と読んだのには驚愕を越えて奇跡を目の当たりにしたような」
「・・・翠星石」
「とっさのこととはいえ無意識下まで食い意地が根をはって」
「翠星石!!」
「ふぇ?へ、へ?なんですか蒼星石」
「・・・・・」
「・・・・・?」
翠星石は黙ったままの妹が見ているものに視線を向けた。
そして、
「・・・・っく、・・・ひっく」
見た。
「・・・・・はい?」
翠星石には、最初その光景が理解できなかった。
5秒、10秒ほど見つめて、15秒くらいでようやく認識が追いつき、30秒過ぎてようやく頭が理解した。
「・・・ぇっ、う、ふぇええええええええええええええええええええ・・・」
金糸雀が泣いていた。
蒼星石が聞いたのは、その涙が頬をつたって落ちた音だったのだ。
それはいつものような3秒で痕跡を残さず消滅するような涙では決して無かった。
翠星石のボキャブラリーで言うなら、
「これは・・・『マジ泣き』・・・ですか?」
「・・・・・そうみたい、だね・・・」
2人は顔を見合わせた後、しばし呆然とその様子を見ていた。
「・・・・ふぁあああああああああああああああああ・・・・」
金糸雀は赤子のようにただただ泣いていた。
とりあえず、蒼星石はタオルを取りに席を立った。
*
~14時50分 喫茶『Sophora(ソフォーラ)』店内~
「カナ・・・食べきれないから・・・」
「で、でも・・・」
蒼星石は金糸雀が押しやってきたパフェの残りを見た。
あと半分といえど、その量はゆうに普通のパフェで1~2人前はある。食べろと言われてもそう簡単に片付く代物ではない。
しかし、蒼星石が躊躇しているのはそれが理由ではなかった。
「どうしたの、金糸雀・・・いつもはこれぐらい、1人でぺろっと食べちゃうのに・・・」
そう、確かに蒼星石は金糸雀がしょっちゅうこのスペシャルパフェを1人で平らげる光景を目にしている。
その逆、金糸雀が自分の注文を誰かに「食べきれないから食べて欲しい」などと頼むところなどはこれまでに見たことがない。
「・・・・・その、そう、さっきお昼ご飯食べ過ぎたっていったかしら?だから・・・」
嘘だ。これも経験的に分かることだが、金糸雀は注文した後の話で『喉が渇いてきて、お腹もすこし(へっている)』と言ったのだ。
金糸雀が『少しでも』『腹がへって』いたのならば、その注文は跡形も無く食べつくされなければならない。真紅が紅茶を飲まない日が無いことぐらいには確実だ。
なのにそれが揺らいだ。
「・・・・・」
蒼星石はここに何か特別の事情を察知した。そうでなければおかしい。
だがそれは何だろうか。手がかりを求めてここに至るまでの経緯を思い返してみる。
(ずっと、翠星石の話を聞いていて・・・)
金糸雀の、翠星石に対するこれまでのうっ積した思い。
(傘の話・・・お弁当・・・それから・・・)
様々なイタズラの手口、被害の数々、精神的攻撃(スピリチュアルアタック)。
(そしたら・・・急に黙り込んで・・・パフェを・・・)
自分に食べろと・・・黙り込んで・・・その直前・・・
『・・・言外に「このカレーキャラが」ってことかしらそれ!?たった二皿よぅ?
あとはせいぜいトッピングにコロッケ二つとからあげとチーズぐらいのもんでそれのどこが・・・』
(・・・!)
もしかして。
蒼星石は一つの可能性に思い当たった。
もし『そこ』が問題なのだとすれば・・・。
「金糸雀」
「ふぇ、な、何かしら」
「食べるよ」
蒼星石はパフェを自らの手元に引き寄せながら言った。
「え、でも・・・」
「大丈夫」
言いながら金糸雀からスプーンを受け取ると、蒼星石はパフェを見下ろし、
「勝負ッ!!」
一気にかきこみ始めた。
●30分後・・・
翠星石がセコンドにいたら開始10分の時点でタオルを300枚くらい投げていただろう。
つまり蒼星石はそのくらいの苦戦を強いられたわけだが、超人的な粘りを見せた彼女はついには相手を倒すことに成功した。
机の上に倒れふすその瞬間、蒼星石は戦いの終わりを告げるゴングの音を聴いたような気がした。
「そ、蒼星石!!しっかりするかしらー!!」
金糸雀が声をかけるが、もはや限界の蒼星石は意識も危うい。
「う・・・み・・・皆陣やぶれて、前に在り・・・」
「いやぁぁぁぁ、蒼星石が夢のあとぉぉぉぉ!!?」
その状態から回復するまでに、さらに30分ほどの時間が必要だった。
最終更新:2006年07月12日 16:34