「・・・あら、私を忘れてしまったの?水銀燈」
「メグ?メグなの?」
後ろから抱きしめられる水銀燈の耳に、あの頃の無邪気なメグの優しい声
が聞こえる。
メグが居なくなった悲しみと会いたいと思う強い想いが見せた幻なのか、
水銀燈が振り向くと、そこにはニコリと微笑むメグの姿があった。
思わずあふれ出す涙と共にメグに抱きつく水銀燈。
「ねぇ、本当にメグなのぉ?」
涙で瞳が赤くなった水銀燈を優しく抱きとめるメグ。
「・・・ゴメンね、水銀燈。私、約束守れなかったね、ゴメンね」
「もう約束なんてェ、もう約束なんていいから・・・」
しばらくメグを感じながら水銀燈は声を上げていた。
そんな水銀燈をメグは優しく抱きしめる。
「・・・ねぇ、水銀燈。もう泣かないで、そんなに悲しまないで」
「メグぅ、メグは悲しくないのぉ? 寂しくないのぉ?」
「・・・うん、ちょっと、悲しいかな。でも、寂しくはないよ」
「どうしてぇ、どうして寂しくないのぉ?」
水銀燈の頬を流れ落ちる涙の筋をメグは優しく指でなぞるように拭く。
そしてニコリと笑いかけるように微笑む。
「・・・だって私にはオディール達や薔薇乙女、そして水銀燈・・・
貴女の想いがいつまでも残っているから、寂しくないわ」
「でも、でも、死んじゃったら何も残らないじゃないぃ?」
「・・・ううん、それは違うわ、私は色んな素敵なものを残し
てきたわよ、楽しかった思い出や・・・それに」
メグはそう言いかけると瞳を閉じ、両手を胸の上で合わせて微笑む。
水銀燈はその優しい顔をしたメグを見つめる。
「・・・この世に、ずっと残る素敵なものを残しているわ」
「何ぃ?」
「・・・音楽よ、いつまでも消えないメロディーを残してきた
つもりよ・・・それは、私が生きてきた証し・・・」
「生きてきた証しィ?」
水銀燈の言葉にメグはコクッとうなずく。
そして、胸で合わせていた両手をほどき、水銀燈の腕を取る。
「・・・そう、生きてきた証し。私は消えても音楽は残るわ」
「でも、メグは消えちゃうんでしょ? そんなのイヤよ!
メグがいない私はどうなるのよォ」
その言葉にメグは少し悲しい表情になる、だが直ぐにあの頃
の無邪気な笑顔になり、その笑顔をゆっくりと机の上にある
写真に向ける。
「・・・私が消えても水銀燈にはみんながいるわ、ほら、見て」
優しい時間に包まれた一瞬を焼き付けた写真。
永遠の別れなど知らない幸せな笑顔が並ぶ、あの頃の薔薇乙女と
ラプラス。
「・・・ねぇ、水銀燈、真っ暗で前が見えない闇の中を歩く時、
必要なのはライトの光でも、月明かりでもないのよ、それは
一緒に歩いてくれる友達や仲間の足音が一番、心強く感じるのよ、
あの時、水銀燈が私を想ってくれたように・・・」
その言葉を言い終わったメグの顔には笑顔に混じって涙が見えている。
溢れだす涙の瞳を水銀燈に近づける。
「・・・今までありがとう、水銀燈・・・もう私、逝かなくっちゃ」
「メ、メグぅ・・・」
「・・・
さようなら、水銀燈」
メグはそっと水銀燈の唇に優しいキスをする。
瞳を閉じる水銀燈にはメグの優しさ、そして強さが痛い
ほど感じられた。
そして、カーテンの隙間から淡い光が漏れ出し、夜明けを知らせる
薄紫色の空が東から広がり出す。
「メグぅ、待ってよぉ、メグぅぅぅ!!」
「・・・さようなら・・・ありがとう、水銀燈・・・」
「メグぅぅぅぅう!!」
水銀燈の涙混じりの声とカーテンの隙間から入る光の粒子に溶けて
混じるようにメグの姿は薄らいでいく。
「・・・泣かないで、思い出の中にいつまでも私はいるから・・・」
水銀燈の耳に、いや、心の中に聞こえるメグの声は優しく、
柔らかく響き、そして消えていった。
*
どれほど眠ったのか、水銀燈は明るくなった部屋で目を覚ます。
涙で腫らした瞳で部屋の中を見渡してみるが、そこにはもう
メグは感じられなかった。
「メグぅ・・・」
また涙が溢れそうになる水銀燈。
だが、最後に言ったメグの言葉を思い出し、小さく笑う水銀燈。
「フフフ、そうね、メグはここに居るわねぇ、もう泣かないわァ~
約束するわ・・・それに、私には最高の仲間もいるからァ」
水銀燈は閉め切ったカーテンを開ける。
いつの間にか雪雲はなくなり、まぶしい太陽の光が街を照らしていた。
メグの地元に降った雪は今年一番の量に達していた。
そのために交通機関がマヒし、葬儀に出席していた真紅達は
大幅に遅れた新幹線に乗り、東京に着いていた。
「水銀燈は、まだ部屋に篭もってるですかぁ?」
「水銀燈、まだ泣いてるの~? カワイソウなの~」
メグの死を知った水銀燈は部屋に入り大声で泣いていた。
葬儀に出発するさいの呼びかけにも答えず、聞こえてくるのは
今まで聞いた事のない水銀燈の涙と嗚咽だけであった。
真紅達は水銀燈にかける言葉を無くし、そのままメグの地元に
出発していたのであった。
「私達もメグを亡くして辛いけど、一番悲しい思いをしてる
のは水銀燈よ。今はそっとしておくのだわ」
「そうだね、そっとしておこう」
真紅は静かにマンションのドアを開ける、すると
静まり返っていると思われていた部屋から途切れ途切れに
メロディーが流れてくる。
「あらぁ~真紅ぅ、遅かったわねぇ~」
「す、水銀燈?」
そこにはギターを持ち、新しい曲作りをする水銀燈の姿があった。
唖然とする真紅達に水銀燈は笑顔を見せる。
「これ、新しい曲よぉ、今できたわぁ、聴いてみる?」
「水銀燈・・・大丈夫かしら?」
金糸雀はやや上目使いで水銀燈を見る。
翠星石も薔薇水晶も同じような顔をしている。
「何よぉ~?」
「あ、の・・・メグのことはもう大丈夫ですかぁ?」
「フフフ、いつまでもクヨクヨしてたらァ、悲しむのは
メグのほうよぉ~。それにぃ、薔薇乙女はアジアツアー
までに、アルバム出すんでしょ~? ねぇ真紅ぅ」
「えっ、そ、そうね、水銀燈の言うとおりだわ。ここで私達が
沈んでたらメグも心配するわ」
「さ、さぁ、カナ達も曲作りかしらッ、期限はそこに迫ってるかしら~」
水銀燈の笑顔から、いつもの薔薇乙女が持つエネルギッシュな
空気が流れ始めた。
(フフフ、ねぇ、メグぅ。これでイイんだよねぇ・・・ねぇ、メグぅ)
太陽の熱で溶け出した雪は、ゆっくりと、そして静かに地面へと
染み込んでいく。
その雪解け水は、来る季節に咲き誇る薔薇の種へと
注ぎ込まれていった。
最終更新:2006年06月26日 00:05