部室の裏手側、学校を取り巻く金網に大きな穴が開いている。
建物が陰になり誰にも見つからずにジュンと水銀燈はその穴から
身をかがめるように抜け出す。
「僕、バイクに乗ったことないんだけど乗れるかな?」
「おバカさんねぇ、誰がジュンに運転しろって言ったの? ジュンは
私の後ろよぉ」
そう言うと水銀燈はバイクに跨り、キーを差し込むとセルスイッチを入れる。
途端に鉄の塊が目覚め大排気量の太い音でアイドリングを始める。
恐る恐るタンデムシートに乗るジュンの重さを感じると水銀燈は一言
「私の体に手を回したら殺すわよぉ~。 手はシートの前とカウルを
掴んでバランス取ってねぇ」
そう言うとクラッチをゆっくり繋ぎ走り出す。
初夏の街は眩しい太陽の光線とアスファルトから立ち昇る陽炎にも
似た淀みの中で交通の流れを優雅に泳ぐように走る黒いバイク。
うわぁー、ちょっ、これスピード出し過ぎぃぃ・・・。
ギアを1速上げ、手首をクンッと少し捻ると、顔を怖がらせたジュンを
あざ笑うかのように加速していく。
濃い緑色の街路樹が瞬く間に目前から後ろへと流れていく。
スピードに慣れ出すと、ヘルメットのすき間から入ってくる初夏の風は
生暖かいが、どこか清々しく感じる。
そんな余裕が芽生える頃、バイクはスピードを落とし喫茶店の前で止る。
「どぉ? 気持ちよかったでしょー」
「う、うん、ジェットコースターに乗ってるようだったよ」
「ジェットコースター? フフフッ、真紅と同じこと言うのねぇ」
ジュンの言葉に笑いながら店に入り一番奥の席に座る。
その店内の壁にはたくさんのギターとバイクのパーツが飾られ、
ジュンと水銀燈が座った席の隣には大きなアンプが置かれていた。
へぇ~、カッコイイ店だな・・・。
店内をキョロキョロと見渡すジュンを見て含み笑いをこぼす水銀燈。
そこに水とおしぼりを持った二十歳後半の男が笑顔で現れる。
「おや、銀ちゃん彼氏を連れてくるなんて珍しいねぇ~」
「彼氏? ジュンが? ウフフ、同じ部活の仲間よ。 それより
ギターを取りに来たわよぉ」
「あぁ、壊れた箇所も直ってるし、チューニングもバッチリだよ。
それはそうと、注文はいつものでイイのかい? えぇ~と彼氏は
何にする?」
「あっ、僕はアイスコーヒーで」
水銀燈の彼氏? 悪くない勘違いだなぁ~・・・。
男子の人気が高く、いつもセクシーで喋ると猫なで声、
そして笑顔は悪女が見せるそれを感じさせる。
そんな水銀燈の彼氏に間違われたジュンは少しテレ気味になり
ながら、店員が持ってきた飲み物に思わず吹きだしてしまう。
「クックク、なんだよ、そのビックルって~」
「うるさいわねぇ~」
ジュンに笑われたのが恥ずかしかったのか、少し頬を赤くしながら
一口飲むと店員が持ってきたギターを受け取る。
水銀燈の口元は軽い笑みを見せながら修理が終えたばかりの
ギターを構えて弦を弾く。
「どう、久しぶりの感触。 今の時間は客が来ないから
繋げてもいいよ。 でもボリュームは控えめになッ」
店員が横の置かれたアンプを指差す。
ニヤリと笑った水銀燈はアンプに繋げ1音づつ確かめるように音を出す。
アンプに近く、これといったセッティングもされていない為、やや雑音が
混じる音に笑顔になった水銀燈の指はじょじょに速くなっていく。
これがギター・・・。
何も無い空間に閃いて弾けていく音色はフレーズとなり
ジュンの前で踊り出す。
すごい勢いで紡ぎ出されていく音の線に唖然となるジュン。
速いよ、でもこの音、なんだか柔らかくて優しいけど熱い、
これがギター? これがロック? これがスピード・・・?
「バイクがもたらすスピードとロックは同じ領域かしらッ」
そんな金糸雀の言葉が水銀燈の音色と共にジュンの頭を駆け巡る。
今まで当たり障りのない態度で過ごし、目立つことにどこかで恐れ
ていたジュンにとって始めて体験したスピードと音楽の世界。
それは、あまりにも大きく、そして強く胸に入り込んでくる。
水銀燈の演奏が終わる頃には汗をかいた手は強く握り締められていた。
昼休みに帰ってきた水銀燈を見つけた真紅は、やや不機嫌な
表情で水銀燈に話しかける。
「授業をサボッてどこに行ってたの?」
「ローザミスティカよ~、ギターを取りに行ってたのよ。 どうしたの
真紅ぅ?」
「別に、バイクに乗って何時間も帰ってこないから心配しただけよ」
あれぇ、真紅ったらもしかしてぇ~・・・?
真紅の目付きと表情を見て水銀燈は少し悪女っぽい笑みを広げる。
その時、教室から出てきた金糸雀が声を掛けてくる。
「2人とも何してるのかしら? 早く部室でお昼にするかしら~」
「そうねぇ、私もうお腹ペコペコよぉ~」
「翠星石とジュンはどこに行ったの?」
「あの2人なら先に部室に行ったかしら~」
グラウンドを横切る形で部室に向かうジュンは両手にメンバー分の
缶ジュースを持たされている。
「さっさと歩くですよッ」
「なぁ、ちょっとは手伝ってくれよ~」
「ふんっ、オタク人間は女の子にジュースをもたすつもりですかぁ?」
まいったなぁ、真紅と同じ事を言ってるよ・・・。
苦笑いをしながらジュンは翠星石の後に続き、階段を登る。
その2人の姿を見ながらグラウンドを横切る真紅達。
「ちょっと歩くの早いかしら~」
「ほぉ~んと、なに急いでるのぉ? フフフ」
「えっ、そんなに急いでなんかないわ」
水銀燈と金糸雀の言葉に答えながら階段を上り、部室のドアを
開ける。
5人分の弁当を広げるのがやっとの長方形のテーブルでジュンと
翠星石は向かい合わせに座っている。
「ジュン、貴方は転校して間がないのだから授業はしっかりでないと
いけないのだわ!」
「う、うん、ゴメン」
やや説教ぽく喋りながら真紅は小さなランチボックスをジュンの隣に
置くと、自然なしぐさで座り水銀灯が座った位置にある午後の紅茶を
指差す。
「その紅茶をとって頂戴」
「や~よ、欲しかったら席、変わるぅ? 私ぃジュンの隣で
お弁当食べた~い」
水銀燈の発言にジュンは食べかけていたカラ揚げをノドに
詰まらせそうになり咳き込む。
真紅と翠星石は目を大きく開けて水銀燈を見る。
「ゴホッ、ゴホゴホ・・・・何ぃ?」
「なんですって?」
「な、な何、言ってやがるですかッ?」
「冗談よ~、冗談。 2人とも何ムキになってるのぉ?」
ウフフフッ、面白すぎるわぁ~・・・。
小さく笑いながら水銀燈は真紅に紅茶を渡すと隣に座る金糸雀の
耳元で囁く。
「私ぃ、こういう展開ってだーいスキよ~」
「何の展開かしら?」
「あら、金糸雀、見て解らないのぉ?」
そう言いながら水銀燈はジュンと真紅、翠星石の顔をチラッと
見ると、小さく肩を震わせて笑う。
なぜ水銀燈は笑っているのか理解できない金糸雀は不思議そうに
水銀燈を見ながらタマゴサンドを食べていた。
最終更新:2006年07月10日 22:59