水銀燈と金糸雀を見送った後、3人はいつもの帰り道を歩いている。
その間、ジュンは先ほどの水銀燈と金糸雀のバイクの音が耳から
離れないでいた。
「たぶん水銀燈は飛ばしてるですよッ。 今に事故るですぅ」
「そうね、金糸雀はともかく水銀燈のバイクはすぐに100キロを
超えるから危ないのだわ」
「バイクと音楽か・・・」
「ん? どうしたですぅ?」
「なんだか僕もバイクに乗りたくなってきたよ」
「まぁ、ジュンがバイクに?」
「ダ、ダメですぅ。 危ねぇですぅ~」
「へっ? まさか心配してくれているのか?」
「ダ、ダレがお前なんぞの身の安全を心配するかですぅ!
オタク人間にバイクは似合わないって言ってるだけですぅ」
「翠星石の言うとおりだわ、ジュンがバイクに乗ったら間違いなく
死ぬのだわ!」
「何ぃ~、僕は死亡確定か?」
「そーですぅ、アスファルトに脳みそブチ撒けて死ぬのが
目に見えてるですぅ」
「縁起でもないこと想像するなよ!」
クソッ、相変わらずボロクソに言ってくれるなぁ・・・。
翠星石は帰り道が分かれる角にくると、念を押すように人差し指を
ジュンに向けて言いながら街灯が点り出した坂を自宅に向けて
歩いていった。
「とにかくバイクは危ないので禁止ですぅ。 真紅のほうからも言って
やるですよッ!」
「解ったわ、私のほうかも言っておくわ! それじゃまたね翠星石」
「おいおい、なんでお前ら勝手に決めるんだよ?」
「あら、だってバイク自体学校で禁止なのだわ」
「じゃ水銀燈や金糸雀は?」
「彼女達は黙って乗ってるわ。 いつバレるかヒヤヒヤものよ」
「ふぅ~ん」
バレたらバレた時だよ、どうせ僕はまた転校なんだろうし・・・。
そう思ったジュンは短い返事をしながら隣で歩く真紅の歩幅に
合わせる。
「ねぇ、本当にバイクの免許を取る気?」
「うん、そのツモリだよ。 まぁいきなり水銀燈みたいなのは
ムリだけど、金糸雀みたいなのが欲しいな」
「バイクのこと知ってるの?」
「いや、帰ってからネットで調べるよ」
「どうしていきなりバイクなの? やっぱり水銀燈?」
「そうだね、水銀燈に乗せてもらって街を走った時の雰囲気って言う
のかな? 今まで味わったことない感覚だったよ。 それに金糸雀が
言った言葉の意味が今日の演奏を聴いていてなんとなく解りたいって
思ったんだ、僕は楽器とかヤッたことないけどバイクなら免許を取った
ら乗れるし」
「金糸雀の言葉?」
「うん、ロックの音とバイクのスピードは同じ世界みたいな事を言って
たんだ。 初めは解らなかったけど、今はなんとなく解りそうなんだ」
歩幅を合わすジュンの横で小柄な真紅のツインテールが歩くたびに
前後に軽く揺らめく。
「キャッ」
住宅街にありがちな小さな四つ角を2つほど過ぎると突然、小さな悲鳴を
上げて真紅の腕が強くジュンの腕を掴む。
「なっ、何? どうしたんだよ?」
驚くジュンの腕を掴んだ真紅はそのままジュンの後ろに隠れるようにし、
眉をひそめて街灯下を指差す。
「ね、ネコだわ。 ネコよ、ネコがいるわ」
「ねこぉ? ねこが怖いのか? アハハハ」
「うるさいわ、ほっといて頂戴!」
いつもは澄ました態度の真紅が小さなネコに怯えて、掴んだジュンの腕に
力を入れている。
そんな真紅の仕草に思わず吹きだしたジュンの笑い声に驚いたネコは
サッと道を横切り消えてくのを凝視する真紅の目は大きく見開かれていた。
ハハハッ、本当にネコを怖がってるよ・・・。
ゆっくりと歩き出すジュンの後ろを、今度は真紅が歩幅を合わす形で
付いてくる。
「どうしてネコが苦手なんだ?」
「どうしてって、あの音もなく現れるし、目が光るし、何より」
「何より、なに?」
「な、なんでもないわ」
「え~、言いかけといて、気になるじゃないか~」
「ジュンには関係ないわ」
いつもの表情に戻った真紅はジュンのすぐ後ろを歩き、指でジュンの
シャツをつまんでいた。
その時、2人の頭上を弾けて広がる一瞬の刹那がジュンと真紅の顔を
照らす。
「あっ!」
「キレイ~」
梅雨もそろそろ終わりに近付いた7月中旬の夜空にはどこから上がったのか
打ち上げ花火が大輪の花を咲かせている、それを笑顔で見上げるジュンの
横顔にそっと目を向ける真紅の胸は少しだけ鼓動が大きくなっていた。
*
チャイムが鳴り終わるとクラス全員といっていいほどの生徒達が
笑顔で黒板に群がり、その中に混じる真紅は黒板の真ん中に
大きな文字を書いていく。
夏休み突入! 2学期にまた会うのだわ!!
ニヤニヤ笑う翠星石は、真紅が書いた文字の下に赤色のチョークで
目立つように書く。
今年は出場決定、8月26日は有栖川神社に集合!!
翠星石は何を書いているんだ・・・?
満足そうな笑みを浮かべ、手についたチョークの粉を落としながら
近付く真紅と翠星石にジュンは黒板に向かって指を差し、質問する。
「なぁ、翠星石。 8月26日に集合ってなに?」
「ライブですよッ」
「ライブ? 神社で?」
「そうよ。 まだジュンには言ってなかったわね」
真紅達が住む街を横切る大きな川、有栖川がある。
その川を昔から祀っている有栖川神社で毎年8月の最終土曜日に大きな
祭りがあり、もともと有栖川神社は古くなり使われなくなった楽器などを
安置する神社でもあるため、その祭りの中で音楽関係の祭典も
行われていた。
その祭典も始めは民謡やカラオケ大会のようなものであったが、数年前から
地元のケーブルテレビ局が放送しだし、いつしか近隣のアマチュアバンドなども出場するような規模になっていた。
「去年は出場できなかったのか?」
「去年は出場用紙を水銀燈に渡したら無くされたですぅ」
「そう、だから今年は直に私が申し込んできたのだわ」
やや去年の悔しい思いが甦ったのか、真紅は口調を大きくしながら言って
るのだが、翠星石同様に表情は満面の笑みが広がっている。
そこに隣のクラスから水銀燈と金糸雀が、同じような笑顔で現れる。
「明日から夏休みねぇ、ワクワクしちゃうわぁ」
「もちろん今年も合宿OKかしら~」
「ウッシャー、合宿決まったですかぁ~!」
「あぁ、楽しみなのだわぁ~」
金糸雀の言葉に翠星石と真紅は大きく腕を振り上げる。
「もちろんジュンも参加するかしら」
「あ、あぁ、イイけど、合宿って何するの?」
「カナの田舎でライブに向けたバンドの練習かしらぁ~」
たぶん練習じゃなく遊びが目的なんだろーな・・・。
キャッキャッとはしゃぐ真紅、翠星石、水銀燈、金糸雀の声に
そう思うジュンだが、いつしか彼女達の笑い声につられ、
ジュン自身も声を出して笑っていた。
真上にある太陽からは照りつける光線が白い校舎の壁を焼き、遥か
空の向こうからは白い絵の具で書かれたような入道雲が立ち上っている。
中庭に植えられている樹木からはセミの鳴き声がBGMとなり
校舎の窓から入ってくる真夏の暑い風が彼女達4人の髪を踊らしている。
そう、1年で一番楽しく輝く季節がジュンと彼女達に訪れた。
最終更新:2006年07月16日 02:15