出会ってまだ数えるくらいしか過ごしていない雛苺と真紅達。
遠い街から夏と共にやってきた年上の友達。
一人でいた自分に音楽の、歌う楽しさを教えてくれた真紅。
ちょっとのことで負けない気持ちと夜の風を教えてくれた水銀燈。
優しくて自分を妹のように可愛がってくれた蒼星石。
時おりかけてくれる言葉がとても優しい翠星石。
年上なのに同じような目線で接してくれた金糸雀。
そして嫌な顔もせずに宿題を手伝ってくれたジュン。
イヤなのぉ、明日も、その次の日もずっと一緒にいたいのぉ。
気付けば雛苺はいつもの砂浜でテトラポッドにもたれて海を見ている。
昨日のこの時間はサーファー達の焚き火が揺らめき、舞い上がった火の粉と
ライトの照明の中でローゼンメイデンのメンバーとして歌ったのが遠い過去の
ように感じる。
さみしいのぉ。 またヒナは独りになってしまうのぉ。
すっかり暗くなった海には岬から照らされる灯台の明かりと砂浜の向こうから
小さい花火が瞬いて見えていた。
かすかに溢れてくる涙を手で拭う。
サァ~。 海からの風が音もなく雛苺の頬を滑っていく。
ほんの少し前までは湿っぽく生暖かかった風が今はどこか乾いている。
もう海の向こうからは微かに夏の終焉を知らせる寂しい便りが届いていた。
肩にかけているリュックから携帯の着信が聞こえる。
雛苺はもう一度手で涙を拭くと着信表示を見る。
「グシュ・・・、巴ぇ、もしもしなのぉ~」
「どうしたの、雛苺? 泣いてるの?」
電話に出た雛苺は鼻の奥に感じる涙の欠片を飲み込もうとするが、巴の
優しい声を聞いたとたん涙まじりの言葉が出てしまう。
「うぅ、うぅえぇ~ん、あのね、あのね、みんな明日になったら帰って
しまうのぉぉぉ~」
受話器から聞こえる雛苺の涙声が止まるまで待ってから巴はゆっくりとした
優しい口調で話しかける。
「みんながいなくなるのは寂しいね、でもそれはしょうがない
事よ雛苺」
「うぅ~、でもでも、いなくなるのはイヤなのぉ」
「ダメよ、そんな無理を言ったら」
「うぅ~・・・」
「あのね、雛苺。さっきみっちゃんの店に金糸雀さんと蒼星石さんがきて雛苺の
麦藁帽子をもってきてくれたよ。雛苺にありがとうって言ってたよ。
明日のお昼にはフェリーに乗って帰るんだよ、見送りに行こうよ」
「うぅ、ヒナは、ヒナは・・・」
「行かなくちゃダメよ、雛苺。みんな雛苺のことが大好きなんだから。
雛苺が思ってる以上にみんなも雛苺の事を想ってくれてるわ」
「ヒナのこと想ってくれてるのぉ?」
「そうよ、どれだけ離れていても友達は変わらないわよ。とくに
彼女達ならずっと雛苺のことを友達だと思ってくれるはずよ」
巴の言葉に雛苺はあの夜、水銀燈と約束した言葉を思い出す。
そしてみんなと練習したローゼンメイデンの曲。
初めて自分の中から生まれてきたリズムと声。
毎日が楽しさと興奮の連続で胸が高鳴った。
それを与えてくれた彼女達の笑い声と優しい顔が雛苺の胸中を駆け巡る。
短かった彼女達との時間を思い起こしながら雛苺は夜空を見上げる。
日が暮れた砂浜からは大きな月が夜空に顔を出している。
その月明かりに浮かぶ夜の海原はあの夜バイクに乗って見たのと同じ輝きが
散りばめられていた。
そこに砂浜の向こうから小さな打ち上げ花火が舞い上がると夜空に一瞬の
刹那がきらめき、消えていく。
*
別れの日、ジュンと真紅達はみつが運転してきたワゴンに荷物を積みながら
向かいにある雛苺の部屋をチラッと見る。
閉められたガラス窓に白いカーテンがしかれ中の様子がわからない。
真紅は愛用の懐中時計の針を見る。
すぐにでも出発しなければならない時間になっている。
真紅はワゴンに乗り込む寸前にもういちど雛苺の部屋を見て、閉められたカーテンに
向かって話しかける。
「また一緒に歌いたいのだわ、雛苺!」
「僕もまた雛苺の歌を聴きたいよ、また会おう雛苺」
「また一緒に遊ぶですぅ、今度は雛苺が翠星石の街に来るですよッ」
「勉強で解らない事があればいつでも電話してこいよぉー」
それぞれの言葉が終わるとワゴンのドアが閉まり、ゆっくりと雛苺の
家の前を走りさっていく。
帰りは同じフェリーに乗る水銀燈と金糸雀はバイクのエンジンをかけると、
最後の言葉の代わりに2~3回ほど空ぶかしをし、ワゴンの後を追いかけて
国道に出る曲がり角から消えた時、閉められていたカーテンが開く。
「まってなのぉー!!」
目に大粒の涙を浮かべた雛苺は玄関から飛び出ると消えそうなバイクとワゴンの音を
追いかけて国道まではだしで走っていく。
「まってなのぉ、ヒナもサヨナラ言いたいのぉ~」
頬を伝う涙で見えたのは小さくなって消えていくワゴンとバイクの後ろ姿だけであった。
ヒナは絶対にみんなにありがとうって言いたいのぉ!!
溢れてくる涙も拭かずに雛苺は携帯を取ると巴に電話する。
「お願いなのぉ、ヒナ一生のお願いなのー!!」
「どうしたの?」
「みんなにありがとうって言いたいの、ヒナをフェリー乗り場まで
連れて行ってほしいの、もう時間がないのぉ。巴、お願いなのー!!」
「解ったわ、家で待ってて、すぐに車で行くから!」
岸壁に着岸したフェリーは大きな扉を開くと大勢の車を飲み込むように船内に入れていく。
その車の列に混じり金糸雀のホーネットと水銀燈のZX-10Rもフェリーの中に消えていった。
ジュンと真紅達は割り当てられた部屋に荷物を置くとデッキに出て、みつに手を振り
ながら感謝の言葉を伝える。
店があるみつは真紅達の言葉を聞くと 「またいつでも来てねぇ~!」 と言いうとワゴンに
乗りこみ帰っていった。
「楽しかったけど、やっぱり少し寂しいね」
ジュンのとなりで走り去るみつのワゴンに向かって手を振っている蒼星石はポツリと
つぶやく。
そこにバイクを所定の場所に止めた水銀燈と金糸雀がやってきて蒼星石の言葉に
答えるようにつぶやく。
「そうねぇ、楽しかったぶん別れって重いわねぇ」
「雛苺は結局あれから見なかったかしらぁ」
デッキから見る高知港に湧き上がった入道雲が大きな影を落としている。
その影が濃くなると、遠くの山からじょじょに通り雨がやってきたのか
乾いた岸壁にポツリポツリと雨の印が落とされていく。
そして車の列を飲み込んだフェリーは開いていた扉を閉めると、繋ぎ止めていた
ロープを解き始める。
誰ともなくそんな言葉を口にする。
ロープが解かれフェリーのエンジンがかかる。
降り出した雨に他の見送りの人々も引き上げていく。
ジュンも真紅も船室に入ろうと後ろを向きかける。
「あぁ、雛苺ですぅ、雛苺が来たですぅ!!」
最後まで雨に濡れる景色を見ていた翠星石は今にも離れていこうとしているフェリーに
向かって走ってくる雛苺の姿を発見する。
「雛苺ぉ~!!」
「おーい雛苺!」
雨に煙る中で懸命に走りよる雛苺に向かって声をあげる。
雛苺は岸から離れ出したフェリーの横まで来ると大声を上げる。
「ありがとーなのぉ、ヒナ、みんなのこと忘れないのぉー!!
みんなはヒナの大切なお友達なのぉ~!!」
「僕だって雛苺のこと忘れないよ~」
「雛苺は私たちローゼンメイデンのメンバーよぉ」
「ありがとーなの、絶対にヒナ、忘れないのぉー!!」
雛苺と彼女達の別れの言葉をフェリーの汽笛が消していく。
降り出した通り雨は激しさを増していく中で雛苺は声を、気持ちを歌にする。
涙なのか雨の滴なのか、雛苺の頬を伝うものを腕でぬぐうと歌う。
雛苺は歌う、激しい雨の中で遠ざかるフェリーに向かって歌う。
夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
青空に残された 私の心は夏模様
夢が覚め 夜の中
永い冬が窓を閉じて
呼びかけたままで
夢はつまり 想い出のあとさき
夏まつり 宵かがり
胸のたかなりにあわせて
八月は夢花火 私の心は夏模様
目が覚めて夢のあと
長い影が夜にのびて
星屑の空へ
夢はつまり 想い出のあとさき
夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
八月は夢花火 私の心は夏模様
歌い終わり、真紅達を乗せたフェリーが小さくなると雛苺は雨に打たれながら
大声で泣いた。
こぶしをギュっと握り締め、高知港を出て行くフェリーを見ながら泣いた。
やがてフェリーが見えなくなり、通り雨も静かにあがりだすと空には大きな
虹が夏の思い出を乗せて去って行ったフェリーの後を追いかけるようにかかっていた。
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最終更新:2006年08月22日 01:50