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Coralでのライブを終えた雛苺は数日ぶりに自宅のベッドで横になる。
カーテンを指で少し開けてみる。
窓ガラスの向こうには道を挟んで金糸雀の実家が見えた。
その家には今の自分と同じようにライブの興奮が微熱のように体を
火照らせて眠れずに何度も寝返りをうっている真紅達の姿が想像できる。
明日になればまた海に行こうか? それとも今度は川で遊ぼうか?
川なら手長エビがたくさん居る秘密の場所がある。
石積みの隙間にはウナギもいる、大きなコイや色鮮やかなオイカワなども
群れで泳いでいる。

あの場所なら生き物好きな翠星石や水銀燈も喜んでくれるのぉー!!。
一緒にアユなんかも捕まえたいの、そして帰りは蒼星石と手を繋いで真紅と
金糸雀と一緒に歌いながら帰って、夜はジュンに宿題を教えてもらうの~。
そしてみんなとスイカを食べるの、あっ、そうなのぉ! 巴も呼んでみんなで一緒に
花火もするのぉ、その次の日は・・・zzzzz

明日が待ち遠しい。
そんな期待に胸を膨らませた雛苺は知らない間に眠ってしまった。
どんな夢を見ているのだろうか? 寝顔の中に時おり見せる愛らしい
微笑みが終わらない夏の夢を見ているのは容易に想像できた。

「さて、これで忘れ物はないわね。翠星石も忘れ物ないように
 確認しなさい」
「忘れ物はねぇですけどぉ、心残りはあるですぅ、雛苺は翠星石たち
 がいなくても大丈夫ですかぁ?ちょっと心配ですぅ」
「なぁ~に、あの子なら大丈夫よぉ、ねぇ蒼星石ぃ」
「うん、そうだね。一緒にいられるのは明日1日だけだから思いっきり
 遊ぼうよ」
「あさってには帰るのはちょっと寂しいかしらぁ」
「でも、それはしょうがないよ、蒼星石の言うように明日は思いっきり
 雛苺と遊んでやろうよ」
ジュンは帰りの荷物をリュックにつめていると、雛苺が書いた落書きの
メモ用紙がヒラリと机から落ちる。
雛苺と出会ってほんの短い間だったが、いつしか昔から知っている年下の
友達のように思い始めていた。
明日には別れの言葉を言わなくてはならない。
寂しさの空気が漂い始めた部屋でジュンと真紅達は口数少なく帰りの用意を終えた。

                    *

真夏の夜明けは色彩のない薄い紫に包まれたセピア色の空から始まる。
まるで色あせた思い出の一場面を思い起こすかのような時間が太平洋沿い
の漁師町を包んでゆく。
そのノスタルジックにも似た時間は水平線の端から表れる太陽のキラメキによって
打ち消され、今日という時間が訪れる。
夜明けの漁を急ぐ漁船が白い航跡を残して足摺岬の方に消えていき、
山からはセミが騒々しいばかりの合唱を始めだすとセピア色だった世界から一気に
極彩色の朝が訪れ、賑やかな夏が始まる。

イチゴがプリントされたピンク色のワンピースを着て、少し大きめの麦藁帽子を
かぶった雛苺は母親が作ってくれたであろうお弁当を小さなリュックに入れて
玄関を飛び出ると、金糸雀の実家のチャイムを何度も押す。

「おはようなの~」
「おやほうかぁぁしらぁ~」

やや寝不足気味なのか金糸雀は大きなアクビをしながら玄関からヒョコッと顔を
覗かせてニコニコしている雛苺に挨拶をする。
その後ろには寝起きなのか目を擦りながらも笑みを浮かべた蒼星石もいた。

「おはよう、昨日のライブは凄く頑張ったね。今日は思いっきり遊ぼうか」
「うん、遊ぶのぉ!今日は川に行きたいのぉ」

背丈ほどの草薮を抜けると、そこは澄みきった水面から涼しげな川の流れが聞こえる。
翠星石は透明な水を手のひらにすくうと笑いながらジュンにかける。

「うわぁ、冷てぇ~」
「ボォーっとしてるからですぅ、もう一回かけてやるですぅ」

Illust ID:zyoM7GtG0 氏(66th take)

翠星石が勢いよく水を飛ばすと、ジュンのとなりにいた金糸雀と水銀燈にもかかる。
それが合図になったのか、いつの間にか笑い声と一緒に薄いベールのように広がった
水が飛び交う。
真夏の太陽からの放射線が照りつける中で雛苺は嬉しい悲鳴をあげながら
川辺を逃げ惑う。

「うゆゅゅ~、冷たいの~」

蒼星石の手から放たれた水は薄く広がり、太陽の光を受けて小さな輝きとなり、
雛苺の頭にそそがれる。
それはまるで真昼の空から落ちてきた流れ星のよう。
雛苺はその輝きを体全身で受け止める。
通り雨に会ったように濡れたピンクのワンピースも気にせずに喜びの声を
あげて笑っている、まるでこの季節が永遠に続くかのように。

はしゃいだ後は足を川に浸して弁当を口に運んでいる。
真紅達はコンビニで買ったパンやオニギリなので雛苺の弁当に
玉子焼きを発見した金糸雀は素早くはしを伸ばす。

「玉子焼きいただきかしらぁ~」
「あぁ~ん、ヒナのタマゴヤキなのぉ」

山々から緑の香りとセミ達の声を乗せた風が濡れた衣類を乾かしていく。
その風と共に雛苺と真紅達の過ぎていく時間を忘れさせてくれるような
軽やかで無邪気な笑い声が川面を滑るように渡っていく。

夜は巴もよんで花火なのぉ。 みんな大好きなのぉ。
雛苺はリュックから携帯を出すと巴に今夜の花火についてメールを入れる。
いつまでも続く、このまま永遠に続いていく、そんな時間と場面を雛苺は
胸に描きながら笑っていた。
しかしその、楽しく騒がしい時は傾きかけた太陽とヒグラシの鳴き声が
山から染みわたるように聞こえてくると静かに、そしてゆっくりと暮れ行く
夏の1日を惜しむように終わりを迎えていった。

「あのね、夜は巴もよんで花火なのぉ~」
「それはイイわねぇ、あとでジュンに買いに行かせるわぁ」
「えぇ! また僕が買いに行くのか?それはみんなで行こうよ!」
「しゃーねぇですぅ、翠星石も一緒に付いていってやるですぅ。
 雛苺も来るですかぁ?」
「わぁ、ヒナも行くのー!」

楽しさに満ち溢れた笑顔でみんなの先頭を歩く雛苺はクルリと向きを
変えるとジュンと真紅達にむかって両手を広げながら明日も会う約束を口にする。

「えぇ~っとね、それから、あしたは、あしたは」

クリクリッとした幼い瞳を大きく開いて話す雛苺には少し悲しい表情を
した蒼星石の姿が映った。

「ほょ・・・?」

それは蒼星石だけはなく、真紅も金糸雀も翠星石、水銀燈、そして
ジュンまでも寂しそうな笑顔を見せている。
明日の話がとたんに重くなる。
明日へと続く楽しい希望に雲がかかる。

「ねぇ雛苺、あしたの事なんだけど。僕達、あした帰るんだ」
「えっ、かえるのぉ・・・」

蒼星石の言葉に雛苺から笑顔が消え、不安の表情が色濃く現れる。
その顔で水銀燈を見てみる。
水銀燈ならきっと笑いながら 「冗談よぉ~」 と言ってくれそう。
そう願いながらも水銀燈の顔を見るが、蒼星石の言葉に小さくコクッと
うなずき、やや寂しい目で雛苺に笑いかける水銀燈しか見えなかった。

「いやなのぉ・・・そんなのイヤなのぉぉぉ!!」
「あっ、まって雛苺ぉ」

うつむき大声で寂しさを否定する言葉を残した雛苺に蒼星石の手が伸びる。
だが、その手が届く前に雛苺は駆け出していく。
夕暮れ間近の空は夜明けと同様の薄い紫色に染まっていた。
その空をゆっくりと漂う雲は淡く弱い太陽のひかりをうけて薄みがかった
オレンジ色をしている。
そんな空の下で走り去っていった雛苺が落とした麦藁帽子を蒼星石は静かに拾った。


最終更新:2006年08月22日 01:18
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