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ピンポーン
ごく普通としか言いようのないチャイム音がなる。
いつもと同じ音。いつもと同じこと。

「は~い、真紅ちゃん、今日も早いのね」

そしていつもと同じ人、いつもと同じ笑顔。でも……

「ジュンは…きょうも…?」
「うん…ゴメンね真紅ちゃん…いつも迎えに来てくれるのに…」
「いえ、これは私が勝手にやってること。貴方が気にかけることじゃないわ」

幼い頃から一緒のせいか、先輩だというのにこの人には敬語ができない。他の人にもできないけれど…。
この人には敬語をつかうべきな、尊敬できる人なのに…

「少し…あがらせてもらってもいい?」
「ええ、でもジュン君部屋に閉じこもったままよ…」
「だからよ、のり」

やっぱり昔と変わらない。家の中も外も。
変わったのは、ジュンだけ……

「ジュン、いいかげんそんなとこから出てきたらどうなの?」
「…僕のことはほっといてくれよ、真紅!!毎日来て…迷惑なんだよ」
「ジュン…逃げていたら何も始まらないわ。生きることは戦うことよ」
「いいよ…ずっと逃げたままで。早くしないと遅刻するぞ、もう僕にかまわないでくれ…」
「……」
「真紅ちゃん…」

いつもと同じこと…いつもと……でも…でも…


いつからこんなことになってしまったのだろう…私は…どうすればいいのだろう…
雨上がりの水たまりに写った顔が、少しだ歪んだ。

                    ***

俺が枕を濡らした夜から一週間後、爽やかな5月中旬の風が吹くなかなかグレートな(意味不明)今日このごろ。
学校の方はといえば意外や意外、ニセ教師のくせに結構なれてきていたのだ。
授業中真紅に突っ込まれるのにも慣れたし白崎のウザイ話には……まだ慣れないが。
それは別として生徒の方は結構おとなしい連中が多かったというわけだ。どーも問題なのは真紅、水銀燈、翠星石、あの辺だ。
特に真紅はDIOのようなカリスマ性をもっているようで、あんな性格の癖に男女とも、かなりの人気らしい。
水銀燈も問題こそまだ起こしてないが男子からすさまじいファンがついてるとかいう話を白崎から聞いた。

ちなみに初日に会った少女巴と、翠星石の双子の妹蒼星石は特進クラスで担任は白崎なんだそうだ。
俺も地理の授業で週に何回か行くが、それはそれはやりやすいクラスだったぜ。
なにせ俺の方が教えられるぐらいだったからな、ハハハ。ハァ…

「Zzzzz…ム…ウン」
「…先生、梅岡先生ッ!!!」
「うわぁッ!!」
「そんな驚かないで下さい。全く、教師が居眠りをするなんて言語道断ですよ」
「…あ、リサリ…おほん、きらきー校長でしたか。ふぅ…なにか恐ろしい夢を見た気がする」
「その妙なアダ名はやめなさいと言っているでしょう。次言ったらクビですよ!!
 …それとは別にすごい寝汗ですね、どこか悪いのですか?」
「いえ、その…内容が思い出せないんですよ。遊園地で…死神…」
「…もういいです。それよりあれに目は通しましたか?」

校長の言った『あれ』というのはえ~と、そうだ、クラスの生徒一人ひとり細かいことが書いてある…え~っと、なんだっけド忘れしちまった。

「ああ、はい、全部見ましたよ、ええと…はい」
「そうですか。短い期間とはいえ生徒のことはしっかり知っておいてくださいね。
 特にあのクラスは…一筋縄ではいかない生徒が多いですから」
「そーですかね?ま~確かに真紅なんかはきついですが他はどうですかね?結構大丈夫ですよ」

ニセの俺が大丈夫なんだ。間違いないぜ。

「いいえ、梅岡先生…そうやって気を抜いた頃に問題が起こるのですよ。くれぐれも気をつけてください」

言いたいこと言って出てっちまった、きらきー校長。
ま、校長も言ってた通り短期間だしいいだろ。
言っちゃあなんだが例の紙も全部見てないし…真紅のは弱点ないか読みふけったけどなぁ。
おや、もう時間だ。とっとと授業しに行くか。早く給料こないかな~~~ン。

                    ***

「ハロ~6組のみなさ~ん。ハッピーうれピーよろピクね~、みなさんもごいっしょにッ」
「ハッピーうれピーよろピクね~なの~」かしら~」
「………」
「アホが3人いるですぅ」
「っていうかなんでこんなテンション高いのぉ?」
「っというわけで授業開始イィィィィ!!お前ら宿題やってきたかァ?」

シーン。うおっいきなり静寂になった。まぁ俺も学生時代宿題やったことねぇもんなぁ。
まるでサンタナに侵入されたごとく気分のいい俺は調子に乗って授業を自分から進めた。
ニセ教師の癖に…それがまずかったとは気づくわけもなかったのだが…。

「…てなわけで、よ~しここわァ…雛苺ッ!!君の答えを聞こうッ!!」
「え、え~っとぉ……わからないのぉ」
「オイオイ…ここ小学校でもならったとこだぜ…高卒の俺でもわかっ…おほん、なんでもねぇ」
「……」
「あ、いや、まぁ気にすんな。次わかるようになりゃいいさ。え~この点はでねぇよッと…」

む、なんかまずい雰囲気に…よ、よし、ここは後で簡単な問題を当てさせるか。素数を数えろ、俺。

「…で、孫子の有名な言葉がえ~っと「勝利と言うのは戦う前に全てすでに決定されている」ンッンン~名言だな。ま、そういうわけで雛苺ッ。最後に君に問題だ。この中国の地図、二つのこの有名な川のうち上にあるのは次のうちどれ?
A長江
B黄河
C荒川
さぁどれだッ。正解すれば俺の弁当のゆで卵をやるぜッ」
「いらないの」
「……そう……」

まぁでもこれならわかるだろう…ちなみに高校時代の俺は川と言うか中国そのものの位置も微妙だったのだが…

「…え。…え~っとぉ…え~っとぉ…」
「K W A H H H !おいおいここ昨日やったばっかだぜ?お前はこの位置に見覚えはないか?リボンを気にしてたお前には全て同じ川に見えるのか?」
「C…ううん、B、かな?」
「雛苺…今俺の表情から知ろうとしたなッ。てめぇ俺はそういう卑怯者は嫌いだぜッ」
「う…うう」
「梅岡、もうやめなさい」

誰だ?真紅だ。コイツはいっつも本当に…

「あ~うるさいうるさい。真紅の言うことなんざきかねぇぞ」
「そうじゃなくて…」

しかし真紅が自分のこと以外で突っかかるたあ珍しいな。俺は若干の違和感を抱いたが、すぐ忘れた。

「だいたいよぉ~~学生さんならこれぐらいわかれよぉ~~少しぐらい勉強しろっつーの」
「…う、ううう…」

う、まずい、雛苺の様子がおかしい。調子に乗りすぎたか…ついつい後輩シメてた頃の
…あ~いや、おほん、なんでもない。
HOLY SHIT!!(やっば~いっ)泣くかッ泣くなッ泣かないでくれえええええええッ!!!
調子にのりすぎたッ問題起こすと俺の明日の飯がやばいよオイイッ。

「ま…待てッ!雛苺 うそ! うそ! うそだよおお~ん! 冗談だよ冗談ッ!
わるかった! ちょっとフザケただけだッ!これ俺も昔出来なかったから…
な、だから気にすんな、その…」
「うわああああああああああああああん!!!!!!!」
「!!!!!??」

な、泣いたァ…いや、それなら普通だが…その、俺が言うのも何だが尋常じゃないっていうか、病的に叫んでるというか、何かにおびえてるようでもあって…

「ああああああ!!!!」
「あっ雛苺っ。ちょ…ちょっと待てよ!!!」

キムタクの真似をするホリ風に言ってみたってそんなことしている場合じゃねぇッ!!!!
早く追いかけねえと…教師人生やばいんと違う?

「あいつ…どうしたんだ?…うっ」

こ、この威圧感は…コリンヌのときと同じ。いや、それ以上だ…今俺はヘビに睨まれた蛙の気持ちを理解したッ。
だ、誰だ一体。俺は振り向く…その正体は…。

「あなた、ちょっとしゃがみなさい」

真紅だった。意味も分からず真紅に身長あわせる俺。

「なんだ…とにかく雛苺追いかけないt」

ドゴッ

「プッギャアアアアアアアアッ!!」

強烈な一撃ッ。なんだ今のはッ。神砂嵐かッ?真紅のナックルを喰らった俺はそのままぶっ飛んで黒板に激突!!
逆さまになってずるずると落下していった。

(このときのローゼンの心の声)
「(ドジこいた――ッ手柄を立てて給料上げてもらうつもりがこいつはいかーん!
校長はお怒りになる。早いところ雛苺を連れ戻すしかない!!チクショ―――!!)

「グフッ…な、何をいきなり…」
「あなた…それでも教師なの?答えなさいッ」

倒れてる俺の首根っこを掴んで自分の顔の正面に向けさせる。
あだだ、痛い痛いイイイィ

「やめ…な…なんだと?そりゃあちょっと言い過ぎたが…なにもなぐるこたぁ…」
「本当に…何も知らないの?」

真紅の目は、まるでその場にありえないものを見ているような目で俺を見ていた。
その綺麗な瞳が驚愕に見開かれて、失望に澱み、やがて軽蔑に変わっていくのがわかった。エンジン音だけを聞いて(略)

「雛苺はね、パニック障害なのよ」

まるで諭すように、脱力気味に真紅は言った。

「ああやって強く問い詰められたりすると、パニック状態になって、自分でもコントロールがきかなくなるのよ…」
「小学校の頃からですぅ」

翠星石が言った。

「昔は誰も気がつかなくて、ただの落ち着かない問題児って思われてたです。最近は落ち着いたと思ったのに…あんたのせいです…」

能天気な俺でもさすがに状況の深刻さが飲み込めてきた。とんでもないことしちまったみたいだ。

「ホントに知らなかったみたいねぇ…本当におばかさぁん…」

水銀燈、お前が言うとむしろ嬉しがられるぞ…一部の人に…俺には普通にキツイが。

「見損なったのかしらぁ…」

うわああああ―――ッ金糸雀の一言が一番グサッとくるぅ…うう。
やばい今俺の中の決定的な何かが切れちまったような気がする…なんてこった。

これは…完全に俺の責任だった。教師なんてちょろいぜとか、たった一ヶ月だとか、甘く見すぎていた。
教師ってのは…よくわからんことを教え込むだけじゃなくて、生徒をみる仕事だったわけだ。
俺は多感なはずのこの子達のことなんてちっとも見ちゃあいなかった。
そんな教師が、俺は大嫌いだったはずなのに…いつの間にか悪い大人になっちまったわけか。
もはやダメ人間じゃなくて『赤ちゃん人間』だな畜生。
ああ…高校時代の教師…イバルだけで脳なしなんで、気合を入れてやって二度と学校へ来れなくさせてゴメンよぉ。
ああ、今すぐ6秒戻せるスタンドが欲しい…もう遅いけど。
きらきー校長の言葉が頭をループする。

『いいえ、梅岡先生…そうやって気を抜いた頃に問題が起こるのですよ。くれぐれも気をつけてください』



責任をとらなきゃ…なぁ。

                    ***


気づいた時には手が出ていた。まずいかなと少しだけ思った。
教師を殴ること、それがどんな理由であっても、確実に罰は与えられる。
でも後悔はしていない。この人はそれだけのことをした。雛苺を傷つけた。
この人は…いままでの教師とは違う…少しでもそう思った私が馬鹿だった。

「う…うう…」

また嗚咽が…今度も泣き喚くのだろうか?それとも逆切れか。
以前この状況になったとき、何も言わずに逃げ出した教師がいたっけ。
私は梅岡の反応を見ながらそんなことを考えていた。

むくり、と梅岡が立ち上がった…と思ったらいきなりひざカックンでもされたかのように
膝をつき、その勢いで手もついた。

「すまなかった――――ッ!!!!俺のせいでッ…雛苺に、取り返しのつかないことを…ごめんよ、ごめんよぉぉ」

それは当たり前の行為。そのはずなのに、なぜか奇妙な光景に見えた―――今まで、私たちにちゃんと謝った教師、いたっけ?
私は梅岡に合わせてしゃがむ。梅岡は目をぎゅうっと閉じて、両腕は震えていた。

「顔を上げて」
「…?」

バチン、自分でもアレだけど、響きのいいビンタの音が教室に響く。

「ギニャーッ…な、な…」
「謝るのは私たちじゃないわ…本当にすまないと思うのなら、雛苺をつれてきて頂戴」
「あ…ああ、そうだな、正論だ、うん」

でもなぜビンタ、と言いたげな顔をしているが無視する。
雛苺が飛び出してまだ少ししかたっていない。まだ追いかければ間に合うはず。

「あっ、あそこに雛苺がいるのかしらぁ」

金糸雀が指差す先は、窓の外の校庭だった。正しくは校庭脇の、校舎の横に舗装されている道路を指していた。
雛苺はそこを全力で走っていた。意外と速い。

「おーいちび苺――っ。とっとと戻ってくるですー授業が終わらないですよ――っ」

翠星石が叫んだが聴こえていないようで、もう校門の前まで走っていた。
あそこを過ぎると、雛苺の身長では壁に隠れて見えなくなってしまう。
さらに曲がり角が多いのですぐ見失ってしまうだろう。

「急がないと…」
「まて、真紅…俺が追う、残りのやつらは自習な」

カッカッカと黒板に大きく「自習」と書いた梅岡。少し顔つきが変わった?

「今から降りてっても間に合わない…か。よし、真紅、いや誰でもいいけど…」
「何、早くしないと…」「そうです。のんきしてる場合じゃないですぅ」

妙に真面目な顔して、梅岡は言った。

「俺…これから死ぬかもしれんからその時は…君の母さん…じゃない、槐に、ついでにコリンヌとその婚約相手に…よろしく伝えといておくれよな…」
「な、何を言ってるの?」
「なにしろ…年齢が年齢だからなぁ~~~~~~ッ」

突然、雛苺の時のように梅岡が走り出した。ただし方向は逆。
あきっぱなしの窓に向かってた。言い忘れていたけどここは三階だ。

「うおおおおおおああああああああッ」

と、飛んだァ!!??

梅岡の大きな体が、飛び込みのように思いっきり窓から飛び出し、宙を舞った。
こんなことって…シュールな夢でもみているような気分だった。

例の大泣きといい、猛ダッシュで帰宅の件といい、あの人が人間離れしているのはわかっていたが、これはさすがに…死んでしまうわ。
そんなこと思ってる間にも彼の体と地面の距離があっという間に縮まる、そして…

ズドォッ

思わず目を伏せた。グシャグシャにつぶれた彼の姿が目に浮かんでしまう…でも、うそでしょう。


「ああっ、着地したですぅ」
「生きてるのぉ?し、しんじらんないわぁ」
「でも足引きずってるかしらぁ」
「意味ないじゃないッ」
「…ダメージ…あった…」
「うわっ…薔薇水晶いたんですか。てゆーかこれが初ゼリフですよ…」

それぞれ勝手に言っているが、私はただ絶句するしかなかった。

「本当に、何者なの?ねぇ水銀燈…」
「さあ…わかんなぁい。でも…」
「でも?」
「私たちにあんなに堂々と謝ったセンセイはアイツだけだったわぁ」
「……そうね」

このとき、不覚にもこの人だったら…少し期待してもいい…と、つい思ってしまった。

                    ***

どれくらい走ったのか全然わからなかった。
発作がおきてあの状態になってから、とにかく無我夢中で走っただけで、何処へ行くのかも全く考えていなかった。

「ハァ…ハァ…げほっ…うう」

いきなり限界まで走ったせいで、痰の絡んだせきが出る、足はガクガクと震え、膝も悲鳴を上げていた。
ふと周りを見渡すと、川と堤防があった。川は春の日差しを浴びて、妙にキラキラと輝いていた。

 ―――また、やっちゃったの
先生のせいじゃない。あの問題がわからなかった私がそもそも悪いし、なによりこんな障害を持ってしまった自分が悪いんだ。

私がパニック障害だって言われたのは、小学校の高学年のころだった。
それまでは、先生もみんなも私のことを落ち着きのない女の子だと思っていて、きっとそれはそこまで間違っていなかったのだと思う。
毎日楽しかった。けれど、パニックを起こすたび呼び出されて、ぺこぺこと謝るお母さんと、困惑気味に私のことを話す先生を見るたび、自分がものすごく悪い事をしてしまったようなことを感じていた。
中学生になってしばらくは、お医者さんの先生やお母さん、友達のみんなが助けてくれて、小学校のころよりは押さえられるようになった。それからの日々も楽しかった。

でも、ある日今日みたいに指導の先生に問い詰められてパニックを引き起こして、授業が一回つぶれたことがあった。
翠星石は「ちび苺のおかげで授業つぶれてラッキーですヒッヒッヒ」とか言ってたけど、
その日の午後、廊下を歩いていたら同じクラスの他の生徒の声が聞こえた。


『ねぇあんたのクラス、あのリボンのコのせいでまた授業がつぶれたって?』
『そうなのよ~受験も近いのにほんっとにメイワク!!なんで学校来るかな~?』

中学三年生の時だったから、きっと受験のストレスとかあったのだと思う。仲間同士だと結構酷いこともいってしまうものだ。
でもショックだった。子供の頃からうすうす感じていたことを、面と向かって言い渡されたようなものだった。

 ―――私は、みんなにメイワクをかけている

それからどんなに楽しい時でも、ひょっとしたらみんな心の中では私のことを嫌だなあって思ってるんじゃないか、とそんなことをフッと思うようになった。
それが怖くて、ごまかそうと必要以上にはしゃいで、歌って、笑った………
高校に入ってからの一年間は、発作を起きずに心の底から楽しかった。
トモエがずっと支えてくれて、真紅も水銀燈も翠星石も蒼星石も金糸雀も、他にもみんなみんな優しかった。
でも――――

「(みんなにメイワクかけちゃったの…きっと呆れちゃって相手にしてくれないの…ヒナの、馬鹿…)」

うつむいたら、急に泣きたくなった。きっと誰もこない、私は、私は、本当に―――




「ひぃぃぃぃぃなぁぁぁぁぁぁぁいぃぃぃぃぃちぃぃぃぃぃッッ!!………GOOOOOOOOOOOO!!!!!!!!」



いきなり雄たけびのようなが聞こえてビクッと体を震わす。
あわてて振り向くと、遠くから小さな影がこっちに向かってきた。
その影はどんどん私に近づいて……金髪と大きな背から梅岡先生だとわかった。

「探したぜ…雛いちg…ゲホッオエッオエエエエエエエエッ!!」
「だ、大丈夫なの?…よく追いついてこれたの」
「ああ…大丈夫だ。追いついた理由?ああ、おまえさんは走る時8呼吸おきに体を左に揺らす癖がある。
それに合わせて加速すれば無理なく追いつけるのさ」
「ヒナ、お馬さんみたいなの…」

さっきの雄たけびと、汗でぐっしょりになってるワイシャツ姿の先生を見て、私は一瞬先生が追いかけてきた理由を忘れていたけど、またすぐに思い出した。

「先生……ヒナ、ヒナね…」

顔を上げると、先生はいなかった。少し離れたところでガコン、という音と電子音がした。自動販売機だった。

「ほれ、雛苺」
「うわっ、とと」

先生は突然缶を投げて渡した。冷たいお茶だった。

「そこの橋の下で休もうぜ、まぁお茶でものんで……話でもしようや……」

優しい笑顔で、先生は言った。本当は自分が休みたかっただけかもしれないけど。

                    ***

「すまんッほんッ~~~~~とおおおおおうううに悪かったッ!!
俺の不注意でッ許してくれええええええッ!!!!!」

橋の下で一息ついたなり先生はいきなり私に土下座をしてそんなことをいった。

「殴るなり蹴るなり好きにしてくれえッ!!パニック障害を知らなかった俺の罪はああああッ!!
どんなにラッシュ喰らっても足りねぇッ!!!!」
「せ、先生…いいの、ヒナのことはもういいの。顔あげてなの」
「うう…でもよ」
「いいから顔上げてなの!!」

このあと十秒間に十三回『顔上げてなの』を言ってやっと先生は顔を上げてくれた。

「……本当に、すまなかったな…雛苺」
「だからもいいの。ヒナはもう大丈夫だから…」

そう言ったらまた悲しくなってきた。ふと先生の顔を見上げると、喉が渇いていたのか一気にお茶を飲んでいた。
汗がまだ流れてるその横顔を、なんとなく見ていた。

「どうかしたか?雛苺」
「ううん、なんでもないの」

私の視線に気づいたので、目をそらす。
それからしばらく、川のせせらぎや遠くに聞こえる車の音を聴きながら、二人ぼーっとただ、時の流れに任せていた。
この先生は、前の先生たちのように色々聞いてこない。少し不思議だった。
だからといって、私を無視してるわけじゃない。今の先生との間に、私は不思議な距離感を感じた。
その感覚は…まるで……

「……ねぇ先生」
「何だ?」
「戻らなくていいの?」
「まだいいだろ。午前中はもう俺の授業ねぇし。どうせなら昼までサボっちまおうぜ」

先生はあくびをしながら言って、ごろんと横になった。
教師がそんなこと言っていいのかと思ったけど、なんとなくこのままでいたかったのでホッとした。
ゆっくりと、時が流れてる。ちょっと懐かしい気分になった。何も知らなかった、あの頃に。

「…先生、先生」
「むにゃ、なんだい?」
「…さっきのこと、本当はヒナが謝るべきだったの、ごめんなさい」
「おいおいおいおい。アレは俺が悪かったって。お前はちっとも悪くはねぇよ」
「ううん、先生だけじゃないの。ヒナはね、真紅にも翠星石や水銀燈にも、お父さんやお母さんにも、みんなにメイワクかけているの」
「…人は誰だって迷惑かけるもんさ。俺なんか迷惑かけすぎておふくろから『このクサレ脳みそがァーッ』って言われてボコボコにされたことあるぜ」
「そうじゃないの、ヒナは、ヒナはみんなの足を引っ張って、それでも障害だからってみんな我慢してるの」

なぜだろう。ずっと隠し続けてきた思いが、とめどもなく溢れてくる。

「本当はみんなヒナと遊びたくないの。関わりたくないの。ヒナはいつかみんなが離れて行っちゃうのが恐くて、ずっと知らないふりをしてたの。ヒナは…ヒナは…」

途中から、うまく喋れなかった。言葉にした瞬間、それを認めてしまうから。
私は…私は…卑怯者だ。

突然、右手が掴まれた感覚がした。先生が、私の右手を掴んで、自分の顔に近づけた。
わけもわからず、私は先生を見た。

「ここ…俺の右の頬、腫れてるだろ?わかるか?」

確かにそこは、触覚はもちろん視角でもわかるぐらい腫れていた。
さっきは顔の左側を見ていたからわからなかった。

「誰にやられたと思う?」
「……」
「真紅さ。お前が飛び出したすぐ後、俺をしゃがましてドゴッと一発。のんきに構えてたこの梅岡もさすがにビビッタね」
「真紅…」
「あいつはさ……俺が無神経におまえを傷つけたことが許せなかったんだよ。真紅だけじゃない。
翠星石も水銀燈も、金糸雀もみんな俺を責めたよ。教師失格だってね。いや、駄目なのは自覚してたけどアレにはヘコんだねぇ」
「みんなが…?」
「それに俺が高校に来た初日。おまえの友達かな?巴ってやつが俺に言ったのよ。
『雛苺をよろしく』ってさ。きっとおまえのことを心から心配してくれたんだろうな」
「トモエ…」

小学校のころから…ずっとそばにいてくれた…私にとって、一番大切な存在。

「お前は自分じゃ邪魔者って思ってるかもしれねぇが、本当はみんなお前のことが大切な存在だと思ってるんだぜ。
うわべだけのつきあいなら、お前のいないところでそんなこと言ったりしねぇだろ?」
「でも……ヒナは、結局みんなにメイワクかけて…」
「……俺は、この学校に来て、おまえのクラスになってから一週間しかたってねぇけどな、おまえさんのまわりはみんな楽しそうにしてたぜ。
アレはごまかしの笑いじゃねえな。おまえのその笑顔とか行動とか、ひとつひとつがみんなを楽しくさせてんだぜ。おまえは気づいてないようだけどな」

先生は、私の目を見据えて言った。先生の瞳の中に私が映っているのが見えた。

その瞬間、私の見えない暗いところに光が差し込んだような気がした。
「本当…なの?」
「ああ、今日もさ、俺が『ハッピーうれピー…』ってやったときも一緒に返してきてくれたじゃねぇか。
嬉しかったぜホントに。だから心配すんな。おまえはみんなにとって必要不可欠な存在なんだぜ」
「……」
「もちろん、俺にもだぜ」

先生は…微笑んだ。
先生の言葉は、この上なくストレートに、私の心に染みていった。

「本当に…ヒナ…みんなに必要なの?本当に…みんなと一緒にいていいの?」
「ああ、もちろんだぜ!だから自信もちな」
「本当に?」
「本当さ」
「……」
「……」
「う…う…」
「雛苺?」




「うわああああああん!!あああああああああああん!!」
「ひっ雛苺ォォッ!!わーっ悪かった。俺なんか変なこと言っちまったか――ッ!?」
「違うの…グスッ……ヒナ…嬉しいの…ぐすっ…みんなが…ヒナのこと…こんなに思ってくれて…ヒナ…ヒナぁ…わあああああああん!!」

私は泣いた。赤ん坊のように、大声で泣いた。涙と共に、いままで心の奥に押し込んでいた気持ちが、全て流れ出ているのを感じた。
まるで飴を落としてしまった子供のように泣き続ける私を、先生は優しく、「そうか」と言って私の頭を撫でてくれた。
先生の手は暖かくて、心が安らいだ。その感覚はまるで……まるで……



まるで、お父さんに抱かれているような心地よさだった。

                    ***

思いっきり泣いたせいか、その後はとてもすっきりとした気分だった。
重い鉛が、からだの中からなくなったような感じ。
しばらく、私と先生は川辺で遊んだ。教師の人なのに子供のような遊びをするなんて、変な感じだった。
でも楽しかったけどね。

先生はいろんな特技を持っていて、びっくりするような手品を披露してくれた。
たとえばね……

                    ***

「今からこの川を歩いて渡るぜ」
「ええ~っ!!ウソなのぉ」
「いくぜ」

ピシュゥ

「ほっほっほっほっ」
「ひっええーッすごいの~!!よーし、ヒナも~」

ドボン

「………」

それとね、ほかには……

                    ***

「これを見な雛苺」
「うにゅ~。カエルさんが石の上にいるの」
「よ~く見てろよ。スーハースーハー」
「?」
「ルオオオオオ!!」

メメタァ

「きゃあああああっ!!カエルさんがぁ~潰れちゃうのぉ――」

ドグチアッ

「……ニタリ」
「あっ!!」
「はァーッ!!」

大きな音を立てて岩が割れた、カエルさんは……

「カ、カエルさんは無事なの。不思議なのォ~~」
「これが『仙道』だッ!!まぁアレだ。俺のは能力じゃなくて技術だ。人間には隠された力が眠ってるのさ」
「よくわからないの…」

そんなこんなで太陽が真上に上がるころ(『サンタナがやられたのはこんな日だった』とか先生が言ってたの)
私たちは学校へ帰った。暖かい陽にあたりながら、のんびりと歩いた。

「フンフフンフ~ン♪」
「おっ雛苺歌うまいじゃねぇか。歌はいいぜ、リリスの生み出した文化の…あ、アレ違った」
「えへへ~ヒナいつも即興で歌つくれるの」
「実は俺も今思いついたぜ。作詞作曲梅岡。聴きたいか?俺は二度は歌わないぜ~?」
「聴きたいの~」
「では。オホ、ン。 ピザモッツァレラ~ピザモッツァレラ~♪レラレラレラ レラレラレラ~」
「……」
「ちなみに二番は『ゴルゴンゾーラ』だぜ。どうよ俺の曲?」
「…すっごくいいと思うの。その、れられられら~が耳につくの」
「マジスかッ!!譜面にできねぇかな?レラレラレラ~」
「大ヒット間違いなしなの~」
「今度一緒にバンド組もーぜ雛苺」

先生は上機嫌だった。歌は正直微妙だったけど。
まさかこの瞬間から、私の運命が変わり始めたなんて、気づくわけもなかった。

「なぁ、雛苺?」
「うにゅ?」

先生が、妙に神妙そうに私を見た。

「いや、なんでもない」

さっきとのギャップがおかしくて、私はくすくすと笑った。先生は不思議そうに私を見た。
学校に戻ったら何をしよう?みんなと早く会いたい。一緒に遊びたい。やりたいことはたくさんある。
でも…一番最初にしたいこと。
私は、「ありがとう」って言いたい。「ごめんなさい」じゃなくって。とびっきりの笑顔で「ありがとうなの~」って言いたい。
私はそう思った。


とぅーびーこんてぃにゅーど~~なの

「チャンチャン♪」
「?」

                                                                                   ***



「~というわけです。まぁ丸くおさまったんでいいってことに……」
「そうですね…原因があなたとはいえ、連れ戻すことができたのは評価しましょう。もう戻っていいですよ」

俺は学校に戻った後、きらきー校長に呼び出され、事情を話した(一部、脚色)
クビになるかドキドキだったがなんとか免れたようだぜ。ふぅ。
ただ、気になることがひとつあった。俺には何も関係ないことなのに…

「ああ、きらきー校長。ひとついいですか?」
「これから私のことを『きらきー』と呼ばないのなら聞きましょう」
「…すんません校長。あの~さっきの雛苺のことなんですがね。
彼女どうも自分にコンプレックスを強く抱いてるようなんですよ。それで自分に自身がもててないと。どーすればいいですかね?」
「……そうですね。そういう子には、何か打ち込めるものがあるといいですね。たとえば、部活動とか…生徒会活動とか…」
「そうスか。ありがとうございますきらきー校長。じゃこれで」
「だからその変なあだ名やめてくださいッ。他の先生まで呼び始めてるのですよッ。ああもう…」
きらきー校長の受難は続きそうだな(注:原因は彼)
俺はいすにもたれかかる。

「うちこめること…かァ」

俺の青春時代はどーだった?うわぁ不毛すぎる。早く忘れよ。
ふと視界に年間予定表が入る。そーいやこれも見てなかった。

「来月文化祭なのか…」

運命は、動き出した、のか?

え、またやるの?え~っとTo be continuedッ


最終更新:2006年09月16日 21:58