遠くなるバイクの音に耳をふさぐように走り出す翠星石は帰り道に偶然出会った
真紅に声をかけられたことすら気付かなかった。
―――ギュウゥゥッ!!
何かに胸をきつく掴まれているような苦しさ。
―――ドックンッ、ドックン……
それでも飛び出しそうに鼓動する。
―――どうしてこんなにも苦しいですかぁ?
―――翠星石はどうしてこんなにも走ってるですかぁ?
そんな疑問が頭の中で回りだす。
自分の中でも解っている答えを払いのけるように何度も同じ質問を
心の中で問いかけてみる。もう答えは解っているのに……
「ただいまですぅ…」
「おかえり翠星石、朝ごはんはトーストでイイかい?」
「ごはんは要らねぇですぅ、気分が悪いから寝るですぅ…」
言葉数少なく部屋に入ると、倒れこむようにベッドに体を弾ませると、
そのまま布団をかぶり、枕を抱きながら胸の支えに気持ちを大きく揺さぶられていた。
*
電光板に出てくる試験番号を確認するとジュンは小さくガッツポーズをすると
金糸雀に電話を入れる。
「取れたぞ、免許。やったよ、これで僕もバイクに乗れるよ」
「良かったかしら~、それよりもカナはピチカートのエッグサンドのほうが
大切かしらッ」
「解ってるよ、オゴればイイんだろー。ところで本当に金糸雀のバイクを
運転してもイイのか?」
「ガスを満タンにしてくれるならイイかしらぁ、それよりもジュンは
何を買うか決めてるかしら?」
「う~ん、まだよく解らなくて悩んでるんだよ。こう、速そうなのがイイなッ」
「じゃぁ、ピチカートに行ったついでにバイク屋によってみるかしらぁ?」
「イイのか?」
「ヒマだしいいかしらぁ、ジュンはいつ終わるかしら?」
「そーだな、写真とか取って免許をもらって、まぁ、後2時間もあれば」
「じゃ、そのくらいに向かえに行くかしら~」
「あぁ、まってるよ」
水銀燈に乗せてもらったバイク、金糸雀が言ってたロックとスピードは同じ領域。
その世界に一歩近付くことができた実感にジュンは今すぐにでもシートに跨りたくなっていた。
*
「おかわりかしらぁ~」
「ま、まだ食べるのかよッ?」
「いくらでもオゴるって言ったかしらぁ!」
少し頬をプクッと膨らませた金糸雀はジュンを見ながらストローをくわえると
ミックスジュースを飲みほし、新たにミルクセーキを注文した。
ジュンは少しサイフの中身が心配になりだした頃、金糸雀の携帯が鳴り出す。
「もしもしかしらぁ~」
「あっ、あのぉ~す、翠星石ですぅ…今どこにいるですかぁ?」
「ピチカートでエッグサンド食べ放題かしらぁ~」
「ひ…ひとりで食べてるですかぁ?」
「ジュンにオゴッてもらってるかしらぁー、翠星石も来るかしらぁ?」
「す、翠星石はいいですぅ、ふ、2人の仲を邪魔するほど翠星石はヤボじゃねぇですよッ」
「はぁ? 何いってるかしら~、あれ? ちょっと翠星石? もしもしかぁ~しらぁぁ~?」
「どうしたんだよ?」
「ん~? なんだかいきなり電話が切れたかしらぁー、圏外じゃないかしらぁ~?」
「翠星石のほうが圏外だったのかな?」
「たぶんそうかしら、あっ! エッグサンドとミルクセーキが来たかしらぁ!!」
そんなに慌てて食べなくても・・・。
そう思いながらジュンは金糸雀にもう一度確かめるようにバイクとロックが似て
いる部分を聞く。
「疾走感と高揚感かしらぁ?カナもよく掴めてないけど水銀燈が言うには
スピードの中にリズムとかフレーズが隠れてるって言ってたかしらぁ」
「ふぅーん? よく解らないなぁ」
「まだジュンは免許取ったばかりだから解らないのはしょうがないかしら、
とにかくジュンにもコレをあげるかしらぁ~」
ポケットから1枚のステッカーを出す。
黒地に銀色の文字「Rozen Maiden」と書かれたステッカー。
確か、コレって水銀燈のバイクにも、金糸雀のバイクにも張ってあるな・・・。
ステッカーを受け取るジュンに金糸雀はエッグサンドを食べながらすました
表情で得意気に言う。
「これはカナ達ローゼンメイデンのステッカーかしらぁ、これをもってるのは
仲間と認められた人だけかしら~、ジュンもバイクを買ったら張るかしらぁ」
「あ、ありがとう。 じゃ、真紅や翠星石、蒼星石はどこに張ってるんだ?」
「蒼星石はベースに、翠星石はドラムに、真紅は…自転車かしらぁ~」
「自転車かよッ! じゃ、バンドメンバー以外で持ってるのは僕だけ?」
「雛苺にもあげたかしらぁ、雛苺は今頃どうしてるかしらぁ~?」
「そうだな、元気にしてるとイイけどなぁー」
2人はほんの数日前に別れた雛苺のことを思い出していた。
雛苺も水銀燈のバイクに乗せてもらって凄く興奮していたなぁ・・・。
―― 興奮 ―― 高揚感 ―― ロック ―― 疾走感 ――
ジュンの中で何かが繋がり始める。それは目に見えない感覚として。
「なぁ、バイクって乗り物としてどーなんだろう?」
「最高かしらぁ、こう手首をひねるだけで別の世界に連れて行ってくれる
かしらぁ~。カナも初めて乗った時は翼が生えたかと思ったかしらぁ~」
「そうだよな、うん。僕もそう思ったよ」
「車なんかよりバイクのほうが気持ちいいかしらぁ~、そろそろジュンのバイクを
見に行くかしらぁ」
―――ったく、お子様はウザイわね~。
ジュンと金糸雀の座るテーブルの後ろ。
2人の会話に舌打ちをした女性は、
飲みかけのコーヒーをそのままに席を立つと、長い黒髪を指ですきながら
ロエベ エセンシアのフレグランスの香りを残してレジへと向かった。
*
スカイラインGT-R。走るために作られたその車のシートに座る女性の前を
ジュンを乗せた金糸雀のバイクがウインカーを出して駐車場から国道へと
出ようとしていた。タンクに張られたRozen Maidenのステッカーに目が行く。
―――フンッ、ちょっと遊んでやろうかしら?
キーを回すと水冷直列6気筒エンジンが獣のような咆哮と共に始動する。
夕暮れ近くの国道を走る金糸雀のホーネットに忍び寄るGT-R。
さほど車の流れがないこの道で金糸雀はジュンを乗せているため50キロ程度の
速度で流している。
そこに後方から来たGT-Rは横に並ぶとハンドルをじょじょに左へときり始める。
「なに、この車。危ないかしらぁぁ!!」
ヘルメット越しに車を運転している女性を睨みつける金糸雀。
その視線を冷酷な笑みで返す女性は、なおも車体をバイクに近づける。
ハンドルやステップと車との隙間が数センチにまで狭まる。
―――ヤバイかしらぁぁぁ!!
金糸雀の右手と右足がブレーキをかける。
ガクンッとサスペンションに重みが加わりながらホーネットは急停車し、
そのまま横に倒れる。
―――フフッ、バイクはおとなしくしてなさい、フフフ。
後続の車がクラクションを鳴らしながら転んでいる金糸雀とジュンのすぐ後ろで止まる。
それをバックミラーで見ながら女性はアクセルを踏み込むと軽い笑いをこぼしながら走り去って行った。
「おい、金糸雀、大丈夫か?」
「……」
「おい、どこかケガでもしたのか?」
倒れたバイクを起こしながらジュンは金糸雀に声をかけると
涙をためながらボソッと呟く。
「クヤシイかしら、ムカつくかしらぁ…」
折れ曲がったブレーキレバー、割れたサイドミラーにウインカー。
金糸雀がキーボードと同じくらい大切にしていたホーネットがキズだらけになっている。
金糸雀はキズ一つ一つを見つめる度にヤリ場にない感情を我慢するかのように飲み込んでいた。
だが、そのキズを見つめる瞳がタンクの凹みを見つけると、飲み込んでいた感情が声になる。
「クヤシイかしらぁぁ、許せないかしらぁぁ…うっ、うわぁぁ~ん」
ホーネットを歩道までおすと金糸雀はタンクにできた凹みを触りながら泣き出した。
そのタンクにはキーボードよりも、このホーネットよりも大切な仲間である
ローゼンメイデンのしるしのステッカーが引き裂かれるように破れていた。
「翠星石、いま連絡があったんだけど金糸雀とジュン君が事故った
みたいなんだ!」
「えっ? 金糸雀とジュンが…!!」
ベッドに潜り、ふさぎこんでいる翠星石は布団を跳ね除けて蒼星石の顔を見ながらもう一度聞き返す。
「金糸雀とジュンがどーしたですかぁ?」
「事故ったみたいなんだ、いま水銀燈から電話があって」
「そ、それで金糸雀とジュンは大丈夫なんですかぁ?」
翠星石は布団の端をつまんだ指先に力をこめる。
頭の中は整理がつかない混乱にかき混ぜられていた。
だが、そんな混乱も蒼星石の言葉を聞くと安心と当時に怒りがこみ上げてくる。
「水銀燈の話では2人とも大丈夫みたいだよ。なんだか金糸雀がジュン君
を乗せたまま転んだみたいで2人ともかすり傷くらいだって。いちおう
水銀燈が2人の所に向かってるみたいだから」
「あのデコピンんん~!! いったいどういう運転してるですかぁ!?」
翠星石は金糸雀に電話をしたあと放り投げていた携帯をひろうと、リダイヤルで呼び出す。
着信に金糸雀は涙声で出ると、翠星石のカン高い声が響く。
「なぁーに事故ってるですかぁー!! ジュンまで巻き込んで、もしもの事が
あったらどーする気ですぅ! 事故るなら一人の時にしやがれですぅ!」
「そ、そんなヒドイ言い方しなくてもいいかしらッ、カナも事故りたくて
事故ったんじゃないかしらぁ~」
金糸雀と翠星石との電話でのやり取りをとなりで聞いていたジュンは
金糸雀に電話を変わってもらう。
「なぁ、そんなヒドイこと言わなくてもいいだろ? 僕も金糸雀も無事だったし、
事故に関しては金糸雀は悪くないぞ」
「そ、そんなことは関係ねぇですよッ、だいたいバイクは禁止されてるはず
なのに2人で無意味に乗り回してるからこんな目に合うのですぅー」
―――なんでジュンは事故った金糸雀のカタをもつですかぁ?
「あのなぁ、金糸雀は免許の試験に遅れそうな僕の頼みを聞いてくれて
バイクで送ってくれたんだ。無意味に乗回していた訳じゃないぞ!!」
―――えっ、免許の試験ですぅ? デートじゃなかったですかぁ?
「め、免許って、ジュンはバイクの免許を取りに行ってたですかぁ?
デートじゃなかったですぅ…?」
「デートぉ? 僕が? そんな訳ないだろー。 そんなことよりも仲間なら
怒鳴る前に大丈夫か?って聞くのが普通じゃないのか?」
―――な、なぁ~んだ、デートじゃなかったですかぁ~
自分の早とちりであることに気付いた翠星石の胸は重くのし掛かるような
重圧にも似た息苦しさから開放されていくのが実感できた。
受話器越しに聞こえる翠星石の声がとたんに軽くなる。
「そ、そうですねぇ、言い忘れてたですぅ。 だぁ~いじょうぶかぁ~?
ですぅ ヒィーヒッヒッヒッ」
「なんだよソレ?もっと真剣に心配しろよ、それに気持ち悪い笑い方
しやがってー。あっ、水銀燈が来たし、電話切るぞ」
最終更新:2006年08月31日 03:03