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 ―――ピピピピッ。

枕もとで電子音がけたたましく鳴り出す。ジュンは布団から手を伸ばして
目覚まし時計をつかむとボタンを押してアラームを消してしまう。
そのまま2~3ほど寝返りをうつと何かを思い出したように飛び起きる。

「ヤバイ!」

時計の針はジュンがセットしていた時刻を30分以上も過ぎている。
急いで服を着ると昨夜のうちに用意していたカバンをつかみ、転がるように
階段を下りて玄関に急ぐ。


Singin’ In The Rain  ~HIGHWAY STAR~ 


ダメだ、このままだと試験時間に間に合わないよ・・・。
バス停で何度も腕時計を見返すジュンはなぜ目覚まし時計のアラームを
消したのか?という後悔と焦りが混じった頭で昨夜のことを思い出していた。

バイクの実技試験を終えたジュンは満面の笑みを浮かべて教習所から
バス停に向かいながら明日への意気込みと期待を口に出してみる。

「よし、これであしたの本試験に合格したら念願のバイクに乗れるぞ」

そう言い終えると同時にマナーモードになっている携帯が小刻みな振動を伝える。

「はい、もしもし」
「教習は終わったかしらぁ?」
「あぁ、いま終わった所だよ」
「じゃぁ、今からぁレンピカに来なさぁーい」
「えっ、レンピカって、駅前にある茶店か?」
「そーですぅ、早く来やがれですぅ!」
「ん、翠星石もいるのか?」
「そうよ、私もいるのだわ」
「あっ、真紅もいるのか、どーしたんだよみんなで?」
「とにかく来てよ、僕達まってるから」
「まってるからぁ…早くかしらぁ…来いですぅ…来るのだわ」
「うるさーい、いちいち電話変わりながら言うなよ!なに言ってるのか
 解らないじゃないか!」

何なんだよ、いきなり。 まぁここから駅までは近いからイイけど・・・。
携帯をポケットにしまうと、ちょうど駅前行きのバスが来たのでそれに乗ると
カバンからバイク雑誌を出して少しニヤついた顔付きで眺めだした。

 ―――カランッカランッ。

レンピカのドアを開けると来店を知らせる鐘が鳴る。
ジュンは店内を探さなくとも真紅達を発見する。と言うより店内にいる
ほとんどの人が真紅達のいるテーブルに注意を払っていたからだ。

 ――――ヤバイ、このまま帰ろうかな。

ほとんど発声練習に近い声を出している真紅を見たジュンはそんな考えさえ浮かんだ。

「あぁ~ら、ジュ~ン。遅かったのね~♪」

オペラ歌手にでもなったかのような声を出しながら手招きすると店内の客と
困った顔付きをしている店員の視線がジュンに集まる。
まさに刺すような視線の中ジュンは苦笑いと言うよりも諦めた時に出る投げやりな
笑みを見せながら真紅達のいるテーブルについた。
もはや違う世界に逝ってしまった感のある真紅の周りで苦い顔をした水銀燈、
翠星石、蒼星石、金糸雀の4人は腕を組み何やら考えている。
この異様な状況がまったく掴めないジュンはとなりで難しい顔をしている
蒼星石の腕を指でつつきながら小声で話しかける。

「あの~蒼星石さん。コレはどーなってるんでしょうか?」
「さぁ、ジュン君も真紅の声に合わせて声を出してごらん」
「はぁ?」

何を言ってるんだ・・・? 何だよこいつら・・・?
蒼星石の言葉に水銀燈も大きくうなずく。翠星石にいたっては普段の彼女からは
想像できないような真剣な表情がうかがえた。

「ちょっと待てよ、なんで僕が真紅の声に合わせるんだよ。つーか、お前たち
 は何をヤッてるんだよ?」
「バンドのぉ~話~なのだーわぁ♪」
「バンドの話? なんだよ、ちょっと解るように説明してくれよ」

真紅達の話によると、有栖川神社のライブまで残された時間もあまり多くはない。
そんな中でオリジナル曲を完成度の高いものにしようと練習していた真紅達だが、
どうもうまく行かない。
演奏自体はうまくできても曲に奥行きと疾走感が足りない。
そう感じたのは合宿中に出会い、ふとしたきっかけでコーラスに入った雛苺の存在が
大きかった。
雛苺の愛らしくも周りを揺るがすような音量を伴った声でのコーラス。
それがローゼンメイデンの曲に大きな疾走感と躍動感をもたらしていた。
しかし今ここに雛苺はいない。
そこで話し合った結果、男としてはやや高い声で話すジュンを雛苺の代わりに使う
という案が出た。
だがいくら地声が男としては高いとは言えやはり男の声には変わりない。
よって真紅の声域とジュンの声域がマッチしやすい域はどこなのか? 
それを確かめるためにジュンは呼び出されたのであった。

「ま、まてよ。ここで僕も真紅のような声を出すのか?」
「いやなのぉ?」
「当たり前じゃないか!」
「男なら気合を見せやがれですぅ」
「ムチャを言うなよ」
「ん~、じゃぁ今からカラオケに行く? そこなら思い切って声を出せる
 と思うよ。それに何もないより曲がついて歌ったほうが解りやすいだろうね」
「さーすが蒼星石ですぅ、カラオケに行くですぅ!」

そう言うと真紅達はイスから立ち上がるとイヤがるジュンの手を
引きながらカラオケに向かった。

「まずは真紅の声域に近い曲をセレクトして…」

蒼星石が言い終わる前になぜか曲が始まり、蒼星石の言葉は消えていく。
どうやら部屋に入った瞬間から翠星石と金糸雀はいち早くリモコンを取ると選曲し
ていたのだ。

「We could have on a happy drive~♪♪」
「Yo what’s going on! って言ってBad timing? でも何ですぅか?
 その態度(what)」

金糸雀が歌うと翠星石は後に続く部分を早口なラップでまくし立てる。
水銀燈もリモコンのボタンを押し、選曲するとニコニコ笑いながら2人が
歌う曲に手拍子をくわえている。
もはや当初の予定であった真紅とジュンの声域の話はどこかに吹き飛んでいる。
そしてジュンと真紅達は明け方までカラオケに興じていた。

                    *

腕時計とバス停の時間表とを何度もジュンの視線は往復する。

くそぉ、試験に遅れそうなのはあいつ等のせいだよ、こうなったら・・・。
そう思いながらジュンは携帯を取り出すと水銀燈に電話を入れる。
バイクで試験所まで送ってもらおうと考えたのだが、相手は水銀燈。
ジュンに睡眠を邪魔された水銀燈は一言 「バーカぁ」 とだけ言うと
簡単に電話を切ってしまう。

なんだよ、速攻で切られたぞ、だいたい明け方までカラオケしていたのは・・・。
昨夜のカラオケの件でもいつの間にかバンドとは関係なく普段の遊び感覚で
盛り上がり、結局ジュンと真紅の声域だとかの話は立ち消えてしまった。
その元を作ったのは一番先に選曲し歌い出した金糸雀と翠星石ではないか。
そう考えたジュンは金糸雀に電話を入れてみる。

「なにかしらぁ、こんな朝早くにぃ、カナまだ眠いかしらぁ」
「バイクの試験に遅れそうなんだ、悪いけど送ってもらえないか?」
「はぁ、なんでカナが送るかしらぁ?」
「いや、ほら、バイクに乗ってるのは金糸雀と水銀燈だけだし、頼むよ~」
「水銀燈に頼んだらいいかしらぁ」
「バ~カって切られたよ」
「じゃぁカナも切るかしらぁ、バーカかしら~」
「あぁ、ちょっとまってくれよー、なんでも言うこと聞くからさぁ~」
「なんでもって何でもいいかしらぁ?」
「シャレにならないこと意外なら…」

そこまで言ってジュンは少しイヤな予感がした。
金糸雀が何を要求してくるか予測もつかないからだ。

「じゃぁ、エッグサンドをオゴってもらうかしらぁ、港の近くにある
 ピチカートってお店のエッグサンドは最高かしら~、カナは一度で
 いいからピチカートのエッグサンドを死ぬほど食べてみたかったかしら」

正直ジュンはホッとする。
試験所までタクシーを使うことを考えたらエッグサンドをオゴることくらいは
許容範囲内だ。
ジュンはその要求を呑むと金糸雀とは学校近くの空き地で待ち合わせをする
ことになった。

                    *

夏休み中の学校はいつもと違う雰囲気で朝練をしている野球部やらの
声がグランドから聞こえてくるだけである。
金属バットが硬球を打ち鳴らすカン高い音を聞きながら翠星石はブツブツと
独り言を言いながら校門に近付いていた。
クラスの割り当てで盆明けから新学期が始まるまで期間、校庭に植えられている
植物の世話を担当することになっていたのである。

「ふわぁぁ~、眠ぃですぅ。帰ってもう一回寝るですぅ」

大きなアクビを手で隠すような仕草をしながら校門を出るとジュンが
空き地に入っていくのが目についた。
こんな時間にジュンが? と思いながらも後ろから大声を出してジュンの背中を
押してビックリさせてやろうと思った翠星石はニヤッと笑いながら
気付かれない程度の急ぎ足で空き地に向かう。

「遅いかしらぁ!」
「ゴメン、エッグサンドでも何でもオゴるからさぁ」
「じゃ、ミックスジュースも付けるかしらぁ~」
「解ったよ、ミックスジュースも付けるから、急いで試験所まで頼むよ」

翠星石が空き地を囲っている塀までくるとジュンと金糸雀の話し声が聞こえてくる。

えっ、なんでジュンと金糸雀が会ってるですかぁ・・・?
塀に耳をつけるようにジュンと金糸雀の会話を聞く。

「もちろんガソリンも満タンにしてもらうかしらぁ~」
「えっ、そうなのかセコイぞ?」
「あら、デート代は男が払うものかしらぁ~」
「なんだよソレ? とにかく急いでくれよ、遅れそうなんだよ」

デート? 何ですかぁ? デートってどう言う意味ですかぁ?

 ―――少し苦しい、胸の辺りが…。

今まで意識などしていなかった呼吸が、吐く息が―――重い。
ほんの1秒前に見えていた景色が、視界が―――狭い。

塀にもたれるように立っている翠星石に気付かずにジュンを乗せた
金糸雀のホーネットは軽やかにギアチェンジをしながら走り去っていった。
Illust ID:mvoBxWqZ0 氏(72nd take)


最終更新:2006年08月30日 03:17
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