真新しいグローブのマジックテープを念入りに止める。
かぶったばかりのヘルメットの中は緊張のためか薄っすらと汗が滲み出ている。
唾をゴクリと飲み込むとハンドルを握り右足でキック。
そしてアクセルを開ける―――パァーンッ、パァーンッ
2ストエンジンの軽い排気音が鳴り響く。
………よしっ、イイぞ
ジュンは来たばかりのガンマに跨ると動かす前に目を閉じ深呼吸を2回ほど行う。
…フゥ~…――ロックとスピードは同じ領域よぉ――
…フゥ~…――スピードの中にリズムやフレーズが隠れてるかしらぁ――
水銀燈と金糸雀の言葉が思い浮かぶ。
カッコン――つまさきでチェンジペダルを動かし、ゆっくりとクラッチレバーを
放すとギアが繋がっていく。
始めは人が移動する速度で動き始めたガンマがじょじょに速度を上げていく。
空気が動いていく。景色が排気音によって後方へと去っていく。
速度が増すたびにシールドを開けたヘルメットに入ってくる風の音色が変わっていく。
人が自力では出せない速度を操る喜びと興奮にジュンは夢中でアクセルを開け、
ギアチェンジをしていく。
………これがスピード…この中にロックが存在するのか?
ふとそんな疑問がジュンの頭をよぎった時、夏休み中なのに制服をきた
真紅の姿を発見した。
ホーンを鳴らしながら真紅の横に停めると驚いた表情でガンマに乗っているジュンを
何度も見返す。
「まぁ、それがジュンのバイクなの?」
「そうだよ、RGV-ガンマって言うんだ」
「そう、ガンマっていう名前まで付けたのね」
「いや、僕が付けたんじゃなくて初めからそういう名前なんだよ」
「そうなの? ところでガンマって速いの?」
「あぁ、いちおうレーサーレプリカって分類だから金糸雀のより速いと思うよ」
「えっ、そうなの! 水銀燈のよりは?」
「水銀燈のニンジャとは次元が違うよ、アレはモンスターバイクだよ。
でも真紅はどうして制服なんか着てるんだ?」
もうすぐ夏休みも終わりに近付いたため生徒会の役員である真紅は新学期
に向けての仕事があるらしく制服を着て登校していたのだ。
久しぶりに見る真紅の制服姿になぜか懐かしさのようなものを感じる。
出会ってまだ月日もたっていないのに? そんな戸惑いにも似た気持ちに
ジュンの心が微かに揺れる。
真紅はジュンのそんな心の変化を察したのか、解っていないのか、そっと
カバンにつけているキーホルダーを外すとガンマのミラーに付ける。
「これ…お守りよ、私よりジュンが持っている方がいいのだわ…」
「あ、ありがとう。 でも真紅はイイのか?」
コクッとうなづいた真紅はもう一度ミラーに付けたお守りをしっかりと結び直す。
「ねぇ、ジュン。 事故にだけはあわないで…」
「う、うん」
真紅は結びなおしたお守りを軽く指でピンッと弾くと、今度は少し強い力で
ジュンの額も弾く。
「イテッ」
「ケガをしたらもっと痛いわよ、ジュン」
「解ってるよ…」
はじかれた額に手を当てているジュンを見ながら真紅はクスッと笑う。
「今日の夕方に部室で蒼星石も交えてライブの練習をするの、ジュンも
顔を出しなさい」
「夕方? あぁ、いいよ」
「私はそのまま学校にいるから、4時くらいに来て頂戴。 じゃぁ、
待ってるわよジュン」
真紅はミラーに付けたお守りを確かめるようにもう一度見る。
そして、その視線をジュンの顔に向けると手を2~3ほど振り、
「じゃ、また後でね、ジュン」
とだけ言うと足早に駆けていった。
小さな体を跳ねるようにして学校に向かう真紅の足取りは軽く、鼻歌交じりで
校門を抜けるころには軽やかな足取りはスキップに変わっていた。
そんな自分に気付いて立ち止まると真紅はカバンを置き、スカートをパタパと
両手で叩くように身なりを整えるふりをする。
………子供じゃないのにスキップなんて…
チラッと辺りを見回してみる。 うん、誰にも見られてないのだわ!
そっと確認した真紅はいつものすました表情で置いたカバンを手に持つと
校舎に向かって歩いていく。
校舎前に植えられている記念樹の横を真紅が通り過ぎていく。
―――ジィィッ~ジッジッ
1匹のセミが暮れはじめた8月を惜しむように鳴きながら、まだ
夏の香りを発している空に向かって飛び立っていった。
*
一通り街を流したジュンは、少しづつガンマがもつ加速とスピードに慣れだしてきた。
ただし、それは常用速度域でのこと。
まだ水銀燈や金糸雀のように乗りなれていないジュンはバイクと自分自身が
もつテクニックによる限界速度域を掴めてはいなかった。
………ふぅ~っ、なんとか加速にもビビらなくなってきたぞ、もう少しだ!
道端にガンマを止め、自販機からスポーツドリンクを買ったジュンは首筋を
伝う汗を手で拭いながら時計を見る。
「あっ、ヤバイ。 確か真紅は4時って言ってたな」
時計の針は後10分もすれば約束の時間になってしまう。
ノドに流し込むようにスポーツドリンクを一気に飲み干すと、急いでシートに跨ると、
ガンマを発車させる。
………チッ、危ないわね、ん…? Rozen Maiden…
飛び出すように動き出したジュンのガンマにハンドルを切っためぐは
ヘルメットの後ろに張られている金糸雀からもらったステッカーに目が行く。
………ローゼン? あぁ、あの転んだバイクの子の彼氏?
口元だけで軽く笑っためぐはしばらくジュンの後ろを走ると赤信号で
止まったジュンのとなりに並ぶ。
………あっ、あの時のGT-Rだ!
忘れもしない、あの時ジュンを乗せた金糸雀を事故らせた車がいるのだ。
ジュンはガラス越しにめぐの顔を確認する。
まちがいない、あの時の女だ! そう確信したジュンは抑えようのない
怒りがこみ上げてくる。
大切なものを傷つけられた悔しさに声を出して泣いていた金糸雀の顔を
思い出したからだ。
………クスッ…なに、この子ったら、ムキになっちゃって?
彼女の仕返しでもするつもり? このGT-R相手に?
めぐは軽く声に出して笑う。
ジュンにはその笑い声は聞こえないものの明らかに自分を、
そして泣いていた金糸雀をバカにしている表情だとすぐに解った。
―――ヴォォーンッ、ヴォォーン
めぐの足の動きにフルチューンアップされたモンスターが呼応する。
クスクスッと笑っているめぐはツンツンっと信号を指差す。
………くっそー、バカにして! 僕だって…
ジュンもクラッチレバーを握り締めながらアクセルをふかす。
真剣な面持ちで信号を睨むジュン。
―――シグナルGP
赤から青に変わると同時にジュンのクラッチが離されギアが繋がる。
2ストロークエンジンの軽い排気音とは裏腹に走ることを前提に作られた
レーサーレプリカのRGV-250ガンマは鋭いスタートダッシュを見せると、
その加速は軽くフロントタイヤを持ち上げていく。
………うわっ、、、今のはマジ ビビッたー
持ち上がったタイヤが路面に付くとグンッとフロントフォークが大きく沈み込む。
………フフッ、派手なことしちゃって、フフフ
めぐはクラッチペダルを踏むと流れるようにシフトチェンジを行う。
タンクに身をかがめて風の抵抗を受けないように走るジュンを
あざ笑うかのように迫ってくる。
………ほ~ら、もっとスピード上げないとぶつけちゃうわよ
GT-RのフロントバンパーがRGV-250ガンマの後輪に付きそうなほど接近する。
「クソっ!!」
猛獣に追われる草食動物。
まさにジュンの心境はそれに近いものがあった………………
最終更新:2006年09月05日 00:07