そのころ部室に集まったメンバーは、雛苺がコーラスとして参加できた
夏の合宿での曲を大幅に変更するため真剣な話し合いが行われていた。
「でぇ、どーするのぉ?」
「リズムとかはそのままで、歌詞とかを変えていこうか?」
「歌詞を変えるだけなら面白くねぇーですぅ、いっそのこと
思いっきりアレンジするですよッ」
「どー言う感じにアレンジするのぉ~?」
「うぅ~、解らねぇですぅ…」
「今までの僕達とは違うイメージで考えてみるのも面白いかもね」
「違うイメージねぇ…なにかあるぅ?」
「いっそのことラップを取り入れても面白いかしらぁ」
「ラップねぇ、そんなのダレかできるのぉ? ねぇ真紅ぅ、聞いてるぅ?」
「えっ、えぇ、ラップね。 面白そうなのだわ」
ジュンと交わした約束の時間はすでに大幅に過ぎている。
何度も時計を気にする真紅は校内の自販機に飲み物を買いに行くと言い残し
部室を出ると携帯を取り出す。
………まったくジュンったら私との約束を何だと思ってるの?
少し乱暴気味に携帯をパカッと開けると慣れた手つきでボタンを押し、
ややムクれた顔つきで呼び出し音を聞いていた。
Illust ID:8SNLiRIV0 氏(74th take)
*
………シメた、交通量が増えたぞ!
片道3車線の真ん中を走るジュンは、バイクの機動力を生かして
増えてきた車を避けるように車線変更を繰り返し、GT-Rを離していく。
………セコイまねしちゃって、ほんとムカつくわ
めぐはミラーで交通の流れを見るとシフトダウンでエンジンブレーキをかけ、
となりの車との間を取ると、一番交通量の少ない右車線に入り、猛烈な加速をかける。
………ヤッたか? 僕の勝ちか?
ゆるやかなカーブにさしかかるとジュンはバイクの小さなミラーでは確認し辛いため
振り向くように後ろを見ると、めぐのGT-Rの姿は見えなかった。
ヨシっ!! そう思ったのもつかの間、となり車線からGT-Rが飛び出してくる。
ジュンの斜め後ろを走っているマイクロバスが邪魔でGT-Rが見えなかったのだ。
突然姿を現したGT-Rはジュンを抜くと、となり車線から割り込むように
ブルーの車体をジュンの数メートル先に滑り込ませる。
………ゲームオーバーよ、ローゼンの彼氏。
めぐは、つまさきだけで触れるようにブレーキペダルに足を乗せる。
ジュンの目の前でGT-Rのブレーキランプが赤々と点灯する。
………ヤバイッ! ぶつかるッ!!
Illust ID:8SNLiRIV0 氏(74th take)
とっさに強く握ったブレーキレバーに前輪がロックする。
フロントフォークが激しく沈み込むと次の瞬間には何が起こったのか
ジュンには解らなかった。
………アレ? 僕どうしたんだ?
路面を転がるジュンとガンマは運よく後続の車にも当てられずに路肩で止まる。
………アレ? こけたのか僕…
横倒しのままカラカラと回るガンマのタイヤを見て初めて気付く。
カーブのためスピードを落としていたのが幸いしたのか、打ち身と
スリ傷で済んだジュンだが、しばらく立てずにいる。
………いってェ~!
破れたジーンズから血が滲み出している。
それを見たジュンは真紅に額を弾かれた時の言葉を思い出していた。
―――ケガをしたらもっと痛いわよ、ジュン。
「ごめん真紅、ケガしちゃったよ…」
ポツリと呟いたジュンは割れたミラーにかろうじて付いているお守りを見ていた。
ジュンは手の甲から落ちる血もそのままにポケットの中で鳴っている携帯を取ると
真紅に申し訳なさそうな声であやまる。
「ゴメン、部活には行けそうもないよ…ケガはやっぱり痛かったよ…」
「えっ? どうしたのジュン、ねぇ、ジュン!!」
受話器の向こうから救急車のサイレンが聞こえる。
その音がだんだん大きくなると真紅は周りの空気自体に重さを感じる。
「真…ガァーッ…救急……ズゥー…みたい……」
―――プッ、………ツー、ツー、ツーッ
「ジュン? ジュン? ジュン?」
ジュンが座り込んでいる路肩はどうも電波の調子が不安定なようで、雑音が
混じると切れてしまった。
ジュンはもう一度かけ直そうとボタンを操作し始めると救急車のサイレンが
ジュンの前で止まる。
通行人が連絡したのか、ジュンは救急車に乗せられると有栖川総合病院に運ばれるが、
医師の診断では打撲とスリ傷だけで大事にはいたらなかった。
ジュンは簡単な治療を受けると、おぼつかない足取りで自動ドアを抜けて外に出る。
すると、爆音と共に水銀燈のニンジャが飛び込んできた。
「ジュン、大丈夫なのぉぉ~?」
「あぁ、どうやら大したことないみたいでよかったよ。 でもホラっ、
ジーンズと買ったばかりのガンマがボロボロだよ」
乾いた血がこびりついている破れたジーンズの膝を水銀燈に見せる。
不安な顔つきの水銀燈は眉をしかめてジュンの姿をよく見てみる。
膝と腕には痛々しい包帯がまかれている。
歩くジュンは少し左足を引きずるようにしている。
「バカねぇ、自爆したのぉ~?」
「イヤっ、ちょっとこの前のGT-Rを見つけて…追いかけたら事故ったんだ」
「なぁーにソレぇ? 詳しく話しなさいよぉ」
ジュンは事故を起こした経緯とGT-Rの特徴を水銀燈に説明する。
先ほどまではジュンの痛々しい姿に眉をしかめていた水銀燈の顔つきが変わっていく。
「…と、いうわけで事故ったんだ、安い挑発に乗った僕がバカ
だったよ。たった1日でバイクをうまく乗れるはずもないのに…」
「ほぉ~んと、おバカさんねぇ、2ストって4ストとくらべて乗りにくい
のにぃ~、ジュンってバ~カぁ?」
「おいっ、そんな言い方ってないだろ~」
「フフフッ、怒れるってことは元気があるのねぇ、ちょっと安心したわぁ、
それともう少ししたら真紅や翠星石たちがタクシーで来るからぁ、その時
は苦しそうなフリでもしてビビらせてみたらぁ? きっとあの子達は泣き
そうな顔するんじゃないかしらぁ~?フフフフ」
そういい残し、水銀燈はニンジャに跨りエンジンに火をつけると
大排気量の太いアイドリングが始まる。
「おい、水銀燈、どこに行くんだよ?」
「ちょーっと用事があるのぉ、また明日ねぇ~」
ジュンに手を軽く振ると、水銀燈のニンジャは病院から日が暮れかけた
街に向けて走っていった。
………フザけたマネをしてくれるわねぇ、許せないわぁ!!
ヘルメットの中の水銀燈はジュンに手を振っていた時とは、あきらかに
目付きが違っていた。
黄色の点滅信号が赤に変わろうとしている交差点にニンジャはスピードを
上げて突っ込んでいく。
解き放たれた弾丸のように交差点を突っ切った水銀燈の表情は、まるで
風上から獲物を狙う狼のそれとよく似ていた。
水銀燈が去り、ジュンはおぼつかない足取りで病院から駅へと向かおうかとすると、
そこにタクシーが入ってくる。
車窓からジュンの姿を見た翠星石は大声で止めるように言うと、開いたドアから
真紅と争うように降りてくる。
「ジュン、大丈夫なの?」
「ジュン、どこもケガはないですかぁー?」
とつぜんタクシーから飛び出してきた真紅と翠星石にジュンは「おぉ!」と
驚きの声をあげる。
破れたシーンズに白い包帯が痛々しい。
そんなジュンを見て、しばし言葉を無くす真紅と翠星石は同じ胸の痛みと
不安を同時に感じていた。
その頃、水銀燈はめぐのGT-Rを探して街を飛ばしていた。
………どこにいるのぉ? もしかして、あそこぉ?
チラッと横を見た水銀燈はウインカーを点滅させると乾燥重量175キロの
車体を軽やかにUターンさせると湾岸埋め立て地帯に向けてアクセルを開けた。
最終更新:2006年09月08日 01:09