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ステージに向けて拍手を送る人々にペコッと頭を下げ、軽い足取りで階段を下りる。
フゥ~っと一息つくと同時に緊張も解け、いつもの会話が始まる。

「やったかしらぁ~」
「うん、バッチリとキマったね」
「とーぜんですぅ」
「あら、水銀燈はどこに行ったの?」
「水銀燈のことだから、まーたどこかで隠れてタバコでも吸ってるですよッ」

ステージの興奮も冷めやまない彼女達の会話は弾んでいく。
だが、そこに水銀燈の姿は見えなかった。
ステージの明かりが薄っすらと見える公園の隅に止めたGT-Rのドアに
手を伸ばすめぐの横顔をまぶしいヘッドライトの明かりが照らす。
目を細めながら振り向くと、そこには漆黒の闇から飛び出してきた狼のごとく
ZX-10Rがめぐを目指して走ってくると後輪を滑らせて横付けに止まる。

「ちょ~っと話があるんだけどぉ~、イイかしらぁ?」
「手短に話してもらえるなら聞いてもいいわよ…フフッ」
「貴女、このステッカーに見覚えあるでしょぉ~」

水銀燈はZX-10Rのサイドカウルに張られたRozen Maidenのステッカーを
指差しながらも目は軽く余裕めいた笑みを見せるめぐの顔を鋭く見つめている。

「フフッ、どーかな?……あぁ、思い出しわぁ、目の前で転んだ2台が
 同じステッカーを貼っていたかな~?」
「貴女、フザけてるのぉ?」
「フザけてはいないわよ、ただね、目の前をバイクでチョロチョロされるの
 最高にムカつくの、はっきり言って邪魔よ!!」
「邪魔ぁ~? なぁにソレ? 邪魔かどうか私と勝負しなさい!!」
「勝負? フフ、いいわよ。どうせ転んでケガするのは貴女よ、ニンジャ
 乗りのローゼンちゃん…5日後のこの時間に埋立地に来なさい、相手に
 なってあげるわ」 

それだけ言うとめぐはGT-Rの太いエキゾーストノートを残して走り去っていった。

ニンジャに跨る水銀燈は小さくなるGT-Rのテールランプを見つめながら
チッと舌打ちすると、ポケットからジョーカーを出す。

………ちっ、オイルが切れたのぉ? 

くわえたジョーカーに火を付けようとする水銀燈の横に真っ赤なコルベットが
V8エンジンを轟かせながら止まり、窓から手が伸びてくると、水銀燈がくわえた
ジョーカーに火を差し出す。

「だぁれ?」
「めぐと同じバンドでドラムをヤッてる者なんだけど…」
「ふ~ん…それでぇ?」
「その単車でめぐとバトるんなら止めたほうがイイぜ、めぐは単車を
 憎んでるから事故らされるぞ」
「憎んでるぅ~?」
「あぁ、単車を憎んでる…と言うより恨んでるって感じだな」

水銀燈はジョーカーの煙を深く吸い込みながら小さくボソっと呟くように
喋る男の話に耳を傾けていた。

めぐには3歳年下の妹がいるんだ、薔薇水晶って名前で、たぶんお前と
同じくらいの年だよ。
その薔薇水晶は小さい頃に目の病気で左目が見えないんだけど、
性格は明るくていい子だったんだよ。めぐの後ろをいつも付いて歩いていたよ。
そのせいか車やロックが大好きな子でよぉ、だからオレ達のバンドの練習にも
よく顔を出していたんだ。
でも2年前にめぐの目の前で飛び出してきた単車と接触してな……酷かったぜ、
10m近く引きずられて、最後はガードレールに頭ぁ、打ち付けてよ。
命は助かったんだが、今でも意識不明で有栖川総合病院で入院中だよ……。
そんな事があってからめぐは調子にのってる単車を見たら事故らすような
運転をしだしたんだ………。

男の話を聞き終えた水銀燈は複雑な表情になっていたが、それでも金糸雀と
ジュンのことを考えると納得はできなかった。

「そんなの私の知ったことじゃないわぁ~!!」
「そうか…めぐの化け物みてぇなGT-Rとどうしてもヤルんなら止めはしねぇけど
よぉ、まぁ事故らねぇように頑張るんだな、ローゼンメイデンのギターの姉ちゃん」

男はそう言うとサイドブレーキを解除し2度ほど空吹かしをすると水銀燈に
向って一言付け加えるように言葉を発する。 

「めぐは辛くて苦しんでいるってことは覚えておいてほしい」

それだけ言うと男のコルベットはタイヤをきしませながら去っていった。

                    *

8月26日の有栖川神社でのライブは例年になく大きな盛り上がりをみせて終わった。
しかし、ジュンも真紅も翠星石、蒼星石、金糸雀もこの5日後に起こる水銀燈と
めぐとのバトルの事など知るよしもなかった。
ただ、どこから広がったのか3日もすれば湾岸埋立地で毎夜のように集まる
スピードとエンジン音に憑依された亡者どもの間ではブルーRと呼ばれるモンスター
GT-Rと、この湾岸埋立地で行われているゼロヨンでは無敗の水銀燈が操る通称ローゼン、
またはローゼンガールと呼ばれ出したZX-10Rとのバトルの噂でもちきりになっていた。
その話は日を追うごとに大きくなり、8月最後の日には、いつも以上の走り屋、
それを取り巻く人々と車、単車の列で沿道は埋め尽くされていた。

「来た!! ローゼンのニンジャだ!!」
「凄ぇ、フルチューンしてんじゃねぇ?ローゼンのニンジャ、以前と音が違うぜ。」

水銀燈のZX-10Rが湾岸埋立地に表れると沿道につめかけた人々からドヨメキが沸き起こる。
ギャラリーの一人が言ったように水銀燈のZX-10Rはマフラー、キャリパー、 は
もちろんのことボアアップによる排気量アップ、さらにファンネルをむき出しにし、
よりハイパワーを手に入れた水銀燈のZX-10Rニンジャのポテンシャルはファンネル仕様により
ワークスマシンに近いほどの動力性能を秘め、その最高出力は230馬力を超えていた。

「凄ぇな、このニンジャ。まっすぐ走らせるの大変だろ?」
「あ~ら、誰かと思ったらenjuのドラムをヤッてる人ねぇ~、貴方も見に
 来たのぉ? enjuってバンドはヒマなのぉ~? フフフッ」
「まぁ、そー噛み付くなよ。今夜はうちのボーカルが走るんだ。それに前に
 言ったようにヤバイと思ったらバトルは降りたほうがイイぜぇ」
「ご忠告ありがたく聞いておくわぁ~フフ」

男は水銀燈のZX-10Rをもう一度よく見直すと独り言のように呟く。

「おまえはどうして走るんだ?」
「どうしてぇ? 簡単よ、仲間を2人も事故らせたブルーRとかってフザケタ車を
 ブチ抜くためよ」
「それは解ってるよ、俺が聞きたいのは、普段から何故そんな化け物みたいな
 単車で走ってるのか?ってことだよ。怖くないのか?」
「怖いぃ? そんなこと思ったこともないわ。それにチンタラ走ってると
 聴こえないのもぉ」
「聴こえない?」

水銀燈の答えに男は少し首をかしげながら聞き返す。
そんな男の態度に水銀燈はクスッと笑う。

「貴方コルベットに乗っててバンドもヤッてるのに聴こえないのぉ?
 スピードの中にある最高のフレーズが…私はそれを探してるのよぉ」

………スピードの中にあるフレーズ?

「クッククク、そうか、スピードの中のフレーズか…ハッハハハ、なるほどなぁ~」

水銀燈の言葉を聞くと男は納得した表情で笑い出した。

「なぁに、イヤな感じ~。私はけっこう本気で………!?」

クククッと小さく笑い続ける男に苦い顔つきで言う水銀燈の言葉は
途中で途切れ、後ろを振り向く。
そんな水銀燈に男も今まで見せていた笑いの表情は消えていく。
太く地を這うようなエンジン音を轟かせながらコンビナートの灯りに照らされた
めぐのGT-Rが表れたからだ。

「おぉ、ブルーRが来たぜぇ~!!」
「ブルーRとローゼンガールのバトルが始まるぞォー!!」

今夜の主役がそろった湾岸埋立地にこれから始まるバトルを期待する声が
大きく広がる。
そんな歓声に混じり水銀燈は噛殺すような声をノドの奥から絞り出す。

「めぐぅ~、ここで決着を付けてあげるわぁ~」

フロントガラス越しに感じる水銀燈の刺すような視線にめぐはパッシングで答える。

………さぁ、パーティの始まりよ、ローゼンちゃん♡

最愛の妹を廃人にしたバイクを憎むめぐと、信じられる大切な仲間を
キズ付けられた水銀燈のバトルは今、この瞬間から始まろうとしていた。
水銀燈とめぐを取り囲むように沸くギャラリーの中から一人の男が
飛び出してくる。
GT-Rのヘッドライトに浮き出たスキンヘッド、そして耳には無数のピアス
をした男は、この湾岸埋立地エリアに集まる走り屋達を取り仕切っている
UDOという名の走り屋チームのリーダーである。

「おいおい、勝手にバトル始めんなよ。モノには順序ってーのがあるんだよ、
 今回のバトルはオレが仕切らせてもらうからよッ、それでイイかい?」
「なんだってイイわぁ、説明ならさっさと済ませてくれないぃ?」
「OK、今からバトルの説明するからよぉ、2人ともよ~く聞いてくれよ」

ローゼン、またはローゼンガールと呼ばれる水銀燈とブルーRと呼ばれるめぐ、
この2人のバトルは普段の倍以上のギャラリーをひきつけた。
この盛り上がりをさらに大きなものにしようと男は30分ほど前から
某巨大掲示板に実況スレをたて、数組の友好関係にある走り屋たちと
水銀燈とめぐのバトルを追いかけながらスカイプを経由し全国に実況する計画を
立てていたのだ。
そのため、スカイプで繋がっている走り屋たちはすでに事故、渋滞、警察の有無を
探るためにバトルを行う高速道路を走っている最中だと男から教えられる。

「なぁに、そんな事するのぉ?見世物みたいでイヤな感じぃ~」
「そう?まぁ、負けるのを実況されるのは惨めね……クスッ」
「クッ…惨めに実況されるのは貴女よぉ~めぇぐゥゥ」

今にも水銀燈の腕がGT-Rのドアミラーをヘシ折る雰囲気を感じたのか、
男は水銀燈とGT-Rの間に体を入れる。

「おいおい、ここで熱くなんなよッ、オレの説明が終わるまではクールに
 行こうぜ? じゃ、説明すんぞ」

水銀燈とめぐの顔を見ながら男はバトルの説明を続ける。
今、2人がいる場所から5分ほど走ると高速の入り口がある、その入り口を
抜けた瞬間からバトル開始。
ゴールは30分ほど高速を走ったところにある有栖川パーキングを200mほど
過ぎた有栖川大橋に早くたどり着いたほうの勝利だと早口で説明し終えると、
水銀燈もめぐもニヤリと笑う。

「簡単ね、先行したまま抜かれなきゃイイだけの話ね」
「私相手に先行できると思ってるのぉ~?おめでたいわねぇ~フフッ」
「おいおい、だからバトルは高速入ってからだぜ! イイか、オレは後ろ
 から付いて実況するからなッ、一般道でのバトルは禁止だぜ!!」

男はそう言うとギャラリーに向かって水銀燈とめぐに説明したのと同じ話をする。

「おぉ、高速のバトルかよ~!!」
「ゼロヨンで決着だったらあっけないもんなッ、あの2台なら9秒で
 勝負が決まってしまうからな」
「ゴールは有栖川大橋かよ、凄ェ。オレ、先に行ってるわ」

今夜のバトルを期待しているギャラリーの中から歓声に近いドヨメキが広がると、
その興奮の感覚は水銀燈にも感染したのか武者震いにも似た振るえが全身を
包み込んでいく。
そして2台のモンスターマシンは多くの視線が追う中で静かに走り出すと、
高速入り口に向かった。

「おい、お前ら、聞こえてるか? いまローゼンとブルーRが高速に向かったぞ」

「あぁ、聞こえてるっすよ、俺等は適当に流してるからローゼンとブルーRを
 見たら実況します」

ノートパソコンからスカイプで繋がった走り屋たちは助手席に座り、
ヘッドセットで話しながらバトルの行方を実況しだした。

高速の入り口までめぐは水銀燈の後ろを一定の速度で着いていく。
極限まで高められたブースト圧にROMチューンを施されたエンジンの振動を
感じながら、ダッシュボードに置いてある薔薇水晶の写真をチラッと見る。

………スピードが上がると風の中から歌が聴こえてきそうになるよ
………私もめぐ姉ちゃんみたいに歌えるかな?
………きっと風の中にはステキな歌があるんだね

そんな薔薇水晶の言葉を思い出しためぐは大きく深呼吸をすると
目の前には高速入り口が見えていた。

………さぁ、踊りましょう

水銀燈は機械からはじき出される高速チケットをライダースーツの胸元に入れると、
隣のレーンから同じようにチケットを取るめぐを見ながら冷たい笑みをこぼす。
めぐも同じような笑みを浮かべると、2人の視線は真夜中のアスファルトの上で
激しく交差する。
そして、高速の入り口を抜けたと同時に水銀燈はギアをつなぐと素早く手首を回す。


最終更新:2006年09月23日 20:41