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 ―――スクラッチスタート

推定230馬力以上のパワーをもつ水銀燈のZX-10Rは空母から飛び立つ
戦闘機のような加速力で高速本線に飛び出す。
めぐも同じく900馬力を超えるGT-Rのポテンシャルを見せ付けるかのように
水銀燈に迫りながら本線に入っていく。

「こちらチームUDOのウドだぁ、今ローゼンガールとめぐのバトルが
 始まったぁ、この2台を見かけたらじゃんじゃん実況しちゃてOKだぜぇ~!!」

「こちらレーシングチーム深紫のリッチーです、了解したww!」

「ランエボ乗ってるチームVHのエディーっス、俺の声聞こえてる?」

「あぁ、聞こえてるよッ、てめぇー、今どこよ?」

「パーキング出たとこっス、このまま流して見つけたら追いかけて実況します」

「OK、オレも追いかけて実況するからよっ、んで、今2台はローゼンが
 先行してる、その差は約30mくらい?かぁ~、しっかし2台ともクソ速ェ~、
 オレが置いていかれるぅ、誰か実況してくれ~」

真夜中の高速で水銀燈は目前に迫る一般車を右へ左へとかわしながら
アクセルを開けていく、ZX-10Rのデジタルメーターは時速180キロを越えて
なおも数値は上昇していく。
水銀燈はミラーで後ろを確認すると、追尾して来るめぐのGT-Rから発せられた
ハイビームが眩しく反射する。

 ―――さぁ楽しみましょう。ニンジャ乗りの可愛いローゼンちゃん、フフッ

めぐの足がアクセルを踏み込むと、フルチューンアップされたモンスターが
暴れ出すかのように水銀燈に迫る。
ミラーに写るGT-Rのライトが大きくなると次の瞬間には水銀燈のZX-10R
と並んでいた。

 ―――ヤルわねぇ~

並んだ2台から冷たい視線が交差する。
その視線はじょじょに離れていく。

「こちら深紫のリッチーです、2台をキャッチした、ローゼンが抜かれたぁ、
 めぐのブルーRが先行、ローゼンガールが追いかけてるwww
 その差10mくらいかwww」

某巨大掲示板にたったこの実況スレに多くの人が集まりだす。

…これどこでヤッてるバトル?
…有栖川市の高速みたい
…オレ、有栖川だよ、今から見にいってみるwww
…ちょwwwオレも行くwww…バトルのゴールってどこよ?
…有栖川パーキングを200mくらい超えたとこにある橋
…よし、みんな有栖川橋に集合しようぜwww
…オレは今から行く
…俺も行くwww

「おーいリッチー、2台の状態はどーだ? スレのほうは凄ぇことになって
 きたぞー!!」

「速ぇ、速すぎるwwwオレのRX-7けっこう速いのに追付けねww
 追いかけるのがせいいっぱいだよ。とりあえず付いていけるだけ付いて
 いくからよぉwww」

「解った、お前が事故るなよ!それとこの実況聞いてるおまえ等ぁ、事故と
 パトカーの情報もあったら報告してくれぇ~!!」

「ブライアンです、パーキング付近は事故&渋滞なし」

「チームエクストリームのヌーノでーす、今んとこパーカーはいませんッ」

バトルを追いかける走り屋たちからの実況がスレの進行を加速させると
同時に水銀燈とめぐの速度も時速200キロ近い領域で行われていく。

 ―――刹那。
そのトキメキにも近い感覚は深夜の高速で凶暴な意識として目覚める。
前を走るGT-Rの丸いテールランプが手招きするように水銀燈の意識を時速
200キロ以上の領域に誘い込む。

………言うだけのことはあるわねぇブルーR、上等よぉ!!

路面を照らし出すオレンジ色のライトを浴びながら2台はバトルとは
関係のない車両を軽やかにかわしつつ、瞬く間に抜き去っていく。
トンネルに入った2台は前方を走るトラックに阻まれると水銀燈の
ZX-10Rは1秒と経たずにGT-Rに追いつき、吸い付くように接近して走る。

………逃がさないわよぉ~

いくら高出力を出し、静止状態からの加速力は優れているとはいえ、高速で
スピードに乗ってしまえば馬力の差はぬぐいきれない。
推定で900馬力を超えるめぐのGT-Rと水銀燈のZX-10Rとでは直線勝負になると、
どうしても差が開いてしまう。
そのため、水銀燈はタンクに身をかがめ、なおかつ前を塞ぐトラックのため
速度が落ちたGT-Rの真後ろに付くことにより、空気の抵抗を少しでも排除する
ことに成功した。

 ―――スリップストリーム

その状態で2台はトンネルから出ると、トラックは左にウインカーを出し
後ろから迫っている2台に道を譲る。
進路が開けた瞬間、めぐの足がアクセルを踏み込む。
水銀燈も同じく右手首をひねり、アクセルを開けていく。
スピードメーターに目を落とすと120キロから230キロまで数秒で到達する。
しかし、先ほどまで50cm足らずしか離れていなかった水銀燈とめぐは
直線に入ると1m、2mと、じょじょに離れていく。

………ふふ、イキがっていてもバイクなんてこんなモノね

バックミラーを眩しく照らす水銀燈のヘッドライトが少しづつ小さく
なっていくのを確かめると、めぐはシフトチェンジを行いなおもアクセルを踏みこみ
速度を上げていく。
そんな2台に追いついた走り屋はヘッドセットに向かって興奮の声を発する。

「やっと2台に追いついたwww ローゼンが離されはじめたwww
 10mから…15m、ん、あぁ、凄ぇ、ローゼンも加速しだしたぞ!
 ひらいた差がなくなっていく~、つーかオレが付いていけねぇwww」

「解った、ムリして追いかけるなよ~、ローゼンガールとブルーRは化け物
 だからよぉ~。それと他のヤツもキャッチしたら実況頼むぜぇ~!!」

速度を上げた水銀燈のZX-10Rは先行するGT-Rにピタリと付くと離れずに
真後ろを走り出す。
ヘルメットの隙間から流れ込んでくる風がヒステリックな女性の悲鳴にも
似た音となり水銀燈の鼓膜を刺激する。

………チッ、付いていくだけで……ブルーRぅ~!!

前方を猛スピードで駆けるGT-Rとの差が10mのまま追従する水銀燈は
うっすらと見えてきたスプーランドの観覧車の輪郭を見ると焦りがじょじょに募り出す。
その観覧車の横にはゴールである有栖川大橋があるかだ。
トンネルが後1つ、そしてややブレーキングが必要なカーブが立て続けに2つ。
めぐのGT-Rを抜けるポイントはこの3つしか残っていなかった。

………ふ~ん、バイクのクセによく付いてこれるわね

めぐはスピードメーターに目を落とすと針は250キロを超えようとしている。
後ろを走る水銀燈も先ほどから離されずに付いてくるところを見ると
同じく250キロを超えるスピードの領域に達しているのだろう。
深夜の平日とはいえ高速道路上には一般の車がまばらに走っている。
その車たちを縫うように走るのは二輪より安定感のある車のほうが圧倒的に有利。

ほぼ勝利を確信したのか、めぐの口元には余裕の笑みすら見えた。
その反面、水銀燈はカン高い風切り音を振り払うかのようにアクセルを開けるが、
そのとたんにリアが微かに流れるように感じる。

 ―――限界速度域

280キロに達する速度で疾走する2台には決定的な差が生まれる。
体をむき出しのまま走るバイクと外界から遮断された車とでは
体、精神にうけるストレスが全く異なる。
「死」その言葉のもつ意味が具体的な形を帯びて水銀燈の脳裏に浮かび上がり、
死から恐怖へと移行する感情は気付かないうちにハンドルを持つ腕に表れる。

「こちらチームVHのエディです、いま2台をキャッチした。ブルーRが
 先行、追いかけるローゼンとの差は15mから、どんどん離されていく~。
 これはブルーRの勝ちで決まりかぁ~!!」

………フフッ、ローゼンってそんなものなの~?

サイドミラーに映る水銀燈のZX-10Rが放つヘッドライトの明かりは
15mから20mへと遠ざかっていく。
今やあきらかな差が開いたGT-Rに遅れながら水銀燈はトンネルの中に入ろうとしていた。

………私が、こんな所で負けるのぉ?………ブルーRぅぅ!!

気持ちでは負けていないつもりの水銀燈だが、時速200キロをゆうに超えるスピード域で、
しかも一般の車を避けながらのバトルに体と精神が限界に近付いていた。

―――もっと、もっと速度を、もっとスピードを…

そう思いアクセルを開けようとするが、脳裏にチラつく「死」への誘惑にも
感じられる行為に体が反応しない。
差がひらいたままトンネルの中に入ると「フッ」っと諦めにも取れる笑いが
水銀燈の顔に浮かび上がる。
めぐのGT-Rと水銀燈との間にはもはや明らかな距離が生まれ、
その2台の間には数台の車が走っている。

………クッ、これまでなのぉ?

悔しさと諦めが漂う中で水銀燈はギリッと奥歯を噛み締める。
そんな時、対向車の眩しいライトの光が水銀燈の目を一瞬くらませる。

………ウッ、前が見えないわぁ、、、えっ、なぁにコレぇ?

眩しい光に幻惑する水銀燈の目には、いや目というよりも心の中に不意に
描き出される風景と流れる言葉が見えた。

………水銀燈はそんなにスピードを出して怖くないかしらぁ?
 ―――ぜぇ~んぜん。怖いって感じより―――

………ヒナね、初めてバイクに乗ったの~、ドキドキしたの~
 ―――ウフフ、私も始めはドキドキしたわぁ~、今でも―――

………なぁ、水銀燈。バイクで走るってどんな感じなんだ?
 ―――ジュンって男のクセに解らないのぉ?スピードは―――

 ――――自由と、その中にある―――
  ―――閃きに似たフレーズの塊が聴かせてくれる―――
 ―――――風が奏でる世界―――――
 ――――スピードの中にある音を私は掴みたい――――

………そうね、私はブルーRなんてメじゃないわぁ、初めから見ている世界が違うのよぉ!!

クスッと笑った水銀燈はギアを1速落とすと手首をグイッと回し、強烈な加速をかけると
トンネルの天上から降り注ぐライトの中を泳ぐように走り出す。

「キター!! ローゼンが最後に勝負を仕掛けたwww 凄ぇ加速だー!
 ヤバイwwwとても付いていけねぇwww誰か後の実況たのむwww」

「こちらチームエクストリームのヌーノです、今トンネル出口付近を走ってます。
 さっきからブルーRはキャッチしてます、ローゼンは見えません。
 ん、えぇ、あっ、来た来た、後ろから鬼っ走りのローゼンのライトが見えた、
 うおっ……速ぇぇ~。ヤバイくらいの速さでローゼンが追いついてくる~!!
 あぁ~ッ!!」

「どうした、おーい、どうしたんだよ、実況しろよ、何があったんだ?」

「追いついたぁ~、ローゼンがブルーRに追いついたぁぁぁ! 凄ぇ~!!」

「こちらブライアンです、今ゴールの有栖川大橋にいます、ヤバイくらいの
 ギャラリーが集まりだしてます」

………なに? このスピード、信じられない…

ほんの数秒前までは姿すら見えなかった水銀燈のZX-10Rのライトが
見えたと思った瞬間にはもう並ぼうとしている。
その突然すぎるほどのスピードにめぐは唖然とし、ついアクセルを緩めてしまった。
そのスキを付き、弾かれた弾丸のような加速で迫ってきた水銀燈はここにきて
ようやくブルーRと並ぶ。

………あぁ、この感覚だわぁ、そう、この中に求めてるモノがあるのよ

唸るエンジンから生まれるエクゾーストノート、体を包む大気を切り裂く風の音、
無数の排気音がこだまするトンネルの中でそれらの音は閃いて紡ぎ出されて行く。

水銀燈の耳にはカン高い風切り音が激しいギターのチョーキングに、
エンジンの中で繰り返されるピストンの爆発がドラムのリズムに、
そして壁となった空気の塊を突き破る速度は音色となり自分だけのリズムが生まれる。
人がそれぞれ持っている自分だけの鼓動のリズム。それが水銀燈の中で鮮やかな
フレーズとなって満たし包み込んでいく。

並んだ2台はそのままオレンジ色の照明が照らすトンネルを抜け出すと
星空に淡い月が浮かぶ真夜中のアスファルトを駆けていく。


最終更新:2006年10月03日 23:23