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………まさか、あの距離からこのスピードに追いついたの?

並んだ水銀燈を横目で見ながらめぐはギアチェンジを行い突き放しにかかると、
水銀燈とめぐとの差は5mほど開く。
しかしその差は先ほどとは違い大きく開くことなく距離を保ったまま水銀燈は
追尾してくる。
そのまま2台は一般車を避けながら走ると大きなカーブが表れる。
信じられない速度で2台はそのカーブに突入していく。

「こちらヌーノです、ローゼンがブルーRの真後ろに付いたままカーブに
 突っ込んでいきます……おぉぉぉ~ヤッたかぁぁぁ!!」

「どうしたぁ~!事故ったのか? おい、2台はどうしたんだよ?」

「フルカウンター切ってます、真横を向いたままカーブを抜けていきました。
 ローゼン立ち上がりでケツ振ってます、コケそうです……いや、持ち直したぁぁー! 
 ヤバイです、ブルーRも凄いけどローゼンがヤバイくらいの勝負を仕掛けてます!!」

流れたリアを持ち直すと水銀燈はニヤリと笑い、アクセルを開ける。
膨大な回転から生まれるトルクが路面を伝わりフロントが数十センチほど浮く。
200キロを超えるスピード域でのサーカス。
それは鋭利なカマを手にもつ死神とのダンス。
1秒後は死の宣告をうける領域でのライヴ。


―――果てなく煌いて広がっていく音速の音色
―――輝きが生まれるその瞬間に見える風の音色
―――スピードの中で閃いて紡ぎ出される永久の音色


それら全てが混じり重なりメロディーとなって水銀燈の中で踊り出す。
その音色がもたらす輝きに身を任せるように水銀燈はZX-10Rを操る。

「凄ぇ~、オレ、こんなの見たこと無ぇよ………」

「どうした?解るように実況してくれwww」

「スマン、実況つーっても解らないかもしれないが……踊ってます!!
 ローゼンのニンジャが踊ってますッ!! 先ほどの差は全くありません。
 ブルーRと平行して走ってます。ローゼンが抜きそうですッ!!」

………なぜ? どうしてこのGT-Rに付いてこれるの?

月明かりに輪郭だけが浮かんでいたスプーランドの観覧車がどんどん近付く。
それはゴールである有栖川大橋が近づいてきた証拠である。
あと1つ、そのゴールまでには後1つだけ大きなカーブがある。
そのカーブで並んだ水銀燈を突き放して逃げ切る作戦をめぐは考えていた。
水銀燈とめぐは猛スピードで大型トラックとステーションワゴンを追い抜くとカーブが見えた。
そしてその向こうにはゴールの有栖川大橋がある。

「あのカーブで差をつけてやるわッ!!」

そう声に出しためぐは真横を走る水銀燈を確かめるように見ると、声を無くしてしまう。

………えっ、笑っているの? どうして? この速度が怖くないの? 

目前に迫るカーブを前にしても水銀燈はスピードを緩めることなく走る。
その顔には恐怖など微塵も感じさせない軽やかな表情が見てとれた。
まるで優しい何かを聴いているような、そんな爽やかな顔付きを感じた
めぐの脳裏に不意に浮かび上がる妹の笑顔と言葉。


―――スピードが上がると風の中から歌が聴こえそうになるよ
―――きっと風の中にはステキな歌があるんだね


………薔薇水晶……あっ、しまったわぁぁぁ!!

ほんの一瞬だが集中力を失っためぐの目前にカーブが現れる。
横を走っていた水銀燈はいつの間にかインを取り、車体を寝かせて
在りえない速度でカーブを抜けていく。

………クッ、抜かせないわッ

あせるめぐもハンドルを切りカーブを抜けようとするが、薔薇水晶の言葉と、
横をスリ抜けていく水銀燈に判断力が遅れた。
その一瞬の遅れがハンドリングを狂わしてしまう。

「やべぇwwwwブルーRが膨らんだぁぁぁー!!ぶつかるぞー!!」

カーブで膨らんだブルーRはそのまま側面を高速の壁に接触すると、反動で3回ほど
スピンしながら左のフロントを高速の壁に叩きつけるようにしてぶつかる。

「やってしまったwwwブルーRが事故ったー!! 大丈夫かブルーR」

「なにぃぃー、事故ったのか? どんな状況だよ?」

「膨らんで壁に接触、そのあと派手にスピンして左フロントから壁に
 ぶつかりましたー、えっ、あぁぁ、動くぞ、ブルーR、まだ諦めてないー、
 走ります。ブルーR、ローゼンを追いかけだしましたwww凄ぇぇぇ!!」  

スピードが出ていたとはいえ側面が接触したさいに速度はある程度緩められ、
その後のスピンから左フロントも当たった角度がよかったのか大きな破損は
見えなかった。

………まだ、まだ動けるわッ、あんなバイクに負けるわけには…

素早くギヤチェンジをし、アクセルを踏み込む。
キズを負ったモンスターは息を吹き返したように走り出す。

「うわぁぁ、凄ぇ、ブルーRがゼロヨン並みの加速をかけたぁぁー!!
 ローゼンに追いついていくwww ゴールはもうすぐだ~、どっちが
 勝つのか解らねぇぇぇー!!」

ゴール地点である有栖川大橋の側道には多くの人達があつまり
バトルの決着をまっている。
ローゼンと呼ばれる水銀燈が操るZX-10Rと推定900馬力以上のブルーR。
その2台が放つエクゾーストノートが夜明けが始まった空に響き渡る。

「おい、聞こえてるよな、あの音」
「あぁ、どっちだよ、どっちの音が先行してんだよ?」
「だんだん近付いてくるぞ、決着が近いぞ!!」

一人の男は2台の咆哮を耳にしながらタバコをくわえ左手で風を遮るように
火をつけようとジッポーライターを着火させる。

フッ―――――――えっ?

男の目を眩しいヘッドライトが照らしたと同時に一陣の疾風が駆け抜けていくと
着けたばかりの炎が一瞬にして消える。

夜明けが近い空は東から薄い紫が広がり出している。
9月最初の太陽が海から顔をだすと、その陽光は強く眩しいばかりの
輝きをもってZX-10Rの上で高く腕を突き上げた水銀燈を照らし出す。

「ローゼンだぁぁぁぁぁ!!」
「来たぁぁ、ローゼンガールのニンジャが勝ったぁぁぁ!!」

路肩から大勢の人々が駆け抜けていく水銀燈に手を振りながら歓声を上げ、
止めている車からは祝福のファンファーレとばかりに鳴らされたホーンが
こだまする。

………あぁ、スピードの中にあるフレーズに近づけたわぁ

歓声とホーンが渦巻く有栖川大橋で水銀燈は送れてたどり着いたブルーRを確認すると、
3回ほどエンジンを吹かし大きくフロントを持ち上げて観衆の中を駆け抜けていった。

「おぉ~いッ、こちらチーム深紫のリッチーです。誰か通報したのかパトカーが
 4台くらい有栖川大橋に向かってるのをキャッチしたwww
 祭りは終わりだぁ~みんな散れwww」

「やべぇ、みんな解散だぁ! 警察が来んぞォ、散れ散れぇ~!!」

バトルを実況していた走り屋からの情報がギャラリーに行きわたると、
路肩に止まっていた車やバイクは逃げるようにその場を後にした。

                    *

一番近いインターから下道に下りためぐは車を止めて窓を開ける。
9月最初の夜明けが連れてきた風がフワリと入ってくると長い黒髪をなびかせる。

―――ふぅ~

ハンドルに額を乗せるようにうつむきながらシートベルトを外す。
一気に緊張感がめぐの体から抜けていく。

「ヤラれたわね、でも次は…」

そう呟くめぐの頬に冷たい感触が伝わる。
ハンドルに顔を埋めていためぐは驚きながら横をむくと、そこには冷えた
コーヒーをもった水銀燈が立っていた。

「派手にぶつかったみたいだけど、ケガでもしたのぉ?」
「ふんッ、このコーヒーは勝者の余裕のつもり?」
「べぇ~つにぃ…」

水銀燈はそう言いうと顔を空に向け、昇りだした太陽の光に目を細めて
缶コーヒーのプルタブを開けて一口グイッと飲む。

それを見ていためぐも同じようにコーヒーを乾いたノドに流す。
そしてゆっくりと水銀燈に話し出す。

「貴女、あの距離からどうやって追いついたの?
 それにあのスピード の中で笑っていたわね? どうして?
 死ぬかもしれない速度の中でどうして笑っていられるの?」

めぐの予測もしない質問に水銀燈はしばし考えるように視線をブルーRの
後ろに止めたZX-10Rに向ける。そしてニコッと笑うと背伸びをしながら言う。

「最高の音楽を聴いてる時って笑うでしょ~」
「最高の音楽? ちょっとフザケてるの? 私が聞きたいのは…」
「あぁ~ら、ブルーRさんには聴こえないのぉ? スピードの中から
 生まれる最高のフレーズが、ウフフフ」
「スピードの中から生まれる…フレーズ?」
「そうよぉ、貴女もそぉんな速い車に乗っていてバンドもしてるから
 探していると思っていたわぁ~」

めぐは水銀燈の話を聞くと以前に薔薇水晶が言っていた言葉を小さな声で呟く。

「スピードが上がると風の中から歌が聴こえそうになる……」
「なぁ~んだ、貴女も解ってたんじゃないのぉ~フフフ」

そんなめぐの呟きを聞いた水銀燈はフッと軽く笑いながら背を向けて
ZX-10Rに跨るとヘルメットを手にする。

「ちょっと待って!!」
「やぁ~よ、バトルの申し込みなんでしょ~?私はこれでも学生よぉ
 今日から学校が始まるの。貴女の相手をしてるヒマなんてないわぁ。
 じゃぁ~ねぇ」

そう言いと水銀燈はエンジンを始動させ、めぐの横を通り過ぎていく。
そんな水銀燈を目で追いかけながら小さな声で笑いが込み上げてくる。

「フッフフフ、私の完敗だわ。まさかあの子と一緒の世界をローゼンが
 見ていたなんて……スピードの中から生まれるフレーズかぁ…フフフ」

笑いながらめぐはダッシュボードに置かれた薔薇水晶の写真を見る。
そして水銀燈が差し出したコーヒーを口にすると、その味は少し爽やかな
涙の味がした。

「おはようジュン」
「おはよ~ですぅ、ジュン」
「皆々様、おはようかしらぁ」
「あぁ、おはよう」

新学期が始まりそれぞれが校門をくぐりながら挨拶をする。
ジュンと真紅達は有栖川神社でのライブ映像を部室で見ようと
教室に入らずにそのまま校庭を横切り部室に向かう。

「なぁ、空き地に水銀燈のバイクがあったけど教室にいるのか?」
「さぁ、どうかしら? 翠星石、金糸雀、貴女たち水銀燈を見た?」
「翠星石は見てねぇですよぉ、でも水銀燈がこんな早く学校に来るのは
 珍しいですぅ」
「カナも見てないかしらぁ、さっきから電話してるのに出ないかしら~」

部室のドアをひらくと、そこにはライダースーツを着たままの姿で寝息を
立てている水銀燈の姿があった。

「まぁ、水銀燈。こんなところで眠っていたのね」
「また夜通しバイクで遊んでたのかしらぁ?」
「行儀が悪いですぅ~」

机に頬を乗せて静かに寝息を立てている水銀燈の寝顔はどこか幼く見え、
そして楽しい表情にも見えた。

「ははっ、思いっきり眠っているよ、なんだか起こすのカワイソウだな」
「そうね、ライブ映像は水銀燈が起きてからみんなで見るのだわ」
「まったく水銀燈は不良娘ですぅ~でも寝顔が少しカワイイからこのまま
 寝さしてやるですよッ」

ライブを撮ったDVDを机の上に置くと、ジュンと真紅達は音を立てないように
部室を出て行った。

―――すぅ~すぅ~

静かになった部室では水銀燈の寝息だけがゆるやかに流れている。
そんな水銀燈の寝顔からは深夜から明け方にかけての激しいバトルを
繰り広げてきたことなど想像できない。

―――閃きと輝きが交差する領域で奏でられる最上の音色
―――風が奏でる世界、その領域にある音を私は掴みたい。

ただ、時折きこえる寝息交じりの小さな微笑は恐らくあの領域で感じ、
そして掴んだフレーズを夢の中で聴いていることは容易に想像できた。


最終更新:2006年10月04日 23:17