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「ふぅ………今日も寒いですぅ~……」

夕刻に沈む太陽の下、寒さに手をかじかませ翠星石は意気揚々と部室へ向かう

「レポートのせいでちょっと遅刻したですぅ……また真紅に『翠星石、課題は早めに片付けるべきと毎回~』とか言われちまうです…」

翠星石は真紅の説教を覚悟し、寒さですっかり冷えてしまったドアノブを握る

(変ですね…やけに静かですぅ…)

いつもならドア越しに聞こえてくるハズの水銀燈のギターや、真紅の歌声が全く聞こえない。
不思議に思いながらも翠星石は謝る用意と叱られる覚悟をし、ドアノブを回した

「真紅、みんな遅れてごめんですぅ~~ぅ?」

返事が無い。不思議に思った翠星石は頭を上げ、部室の中を見渡す

「……あれ?誰もいない?ですか?」

部室には誰もいない、真紅も水銀燈もチビ苺も金糸雀もばらしーも…蒼星石も

「あれ?おかしいですねぇ…まあ怒られなくてよかったですぅ!」

翠星石は荷物を部屋の隅へ放り投げ、電気をつけ換気のために窓を開けた

「くぅ~~寒くてもこの時期の空気は気持ちいいですぅ~!」

翠星石は深く深呼吸をし、何気なく視線を下に下ろした

「?あれは…?」

翠星石の視線の先には真紅に水銀燈、蒼星石にチビ苺に金糸雀にばらしーが賑やかに笑いながら歩いていた


「……?どういう事ですぅ?」

翠星石は楽しそうに話すみんなを見ながら呆然とする

━今日は部室ですよね?
━練習もあるですよね?
━なのに?
━?


「まさか……最近翠星石の調子が悪くて…ついに嫌気が指したみんなが……翠星石を残して…」

確かに最近の翠星石は調子が悪かった、普段ならしないようなミスもしたし、それで演奏が止まることも多々あった

━でも心の片隅ではどこか余裕を持っていた、信頼から来る傲慢か周囲の寛容から来る怠惰か、いずれにしても翠星石はそこまで深く自分のスランプについて考えてはいなかったのである


余裕に隠れた現実が突如姿を現した━突然の事に翠星石は未だ状況が掴めないまま立ち尽くす。
ぐるぐると色んな考えをめぐらせた
でも、どんなに…どんなに考えても翠星石は「見捨てられた」という意識だけは拭えないでいた

「……う…ッ………グスッ」

窓から入る仲間の様子と寒気の中、翠星石は一人涙を流し座り込んだ

                    *

「うゆ~…真紅お腹すいたの~」

「スタジオの近くにコンビニがあるのだわ。それまで我慢しなさい、雛苺」

「うゆ~…わかったの…」

薔薇乙女は他愛の無い雑談をしながら夕日に淡く照らされた道を歩いていく

「あっ!」

「あらぁ?どうしたのぉ蒼星石ぃ?」

水銀燈は鮮やかな銀色の髪をなびかせ、立ち止まる蒼星石の顔をのぞき込む

「ごめん…ちょっと部室に忘れ物しちゃって…すぐ取ってくるからみんな先に行ってて!」

「あら、蒼星石が忘れ物をするなんて珍しいのだわ」

「ホントかしら~」

真紅と金糸雀は微笑みながら蒼星石の方を振り返る

「………気をつけて………ベースは……私が………持ってく………」

「ありがとうばらしー。じゃあ行ってくるよ」

蒼星石はそう言うとベースを薔薇水晶に預け、学校に向かって走り出す


(翠星石は順調かな…)


蒼星石はそう呟きながら部室へと向かった

「…………グスッ……ズッ…どうして……ズッ…」


翠星石は窓の下、床に転がっていたスティックを握り締め、泣き続けていた


「……そんな……グスッ………一言も……ズッ……………」


何度も何度も袖で止まらない涙を拭う
上を向いても、お腹を押さえても…込み上げる嗚咽は喉を突き、とめどなく涙を溢れさせた


「………蒼星石…ズッ……蒼星…石…だげは…グスッ……いると…ズッ…………」


「ふう…まだまだ外は寒いね……あれ?ドラムの音が聞こえない…?翠星石…どうしたのかな?」

蒼星石は明かりのついた部室のドアノブに手を伸ばす

「……ズッ…蒼…星石………グスッ………蒼星石…なんか……ズッ………………グスッ…………」

「………翠星石?」

蒼星石は部室からかすかに聞こえる翠星石の声に違和感を感じながらもドアノブに触れた


「……蒼星石なんが………大っ嫌いですうううぅぅぅ!!……うわぁああああん!!!」

「!!……」


━蒼星石は少しうつむいた後、静かにドアノブから手を離し駆け足で真紅達のもとへ向かった

「……グスッ……ズッ……?…」

翠星石のすぐ上、開け放たれた窓から一粒の雪が部室に迷い込んできた
ソレは翠星石の頭に乗ると、静かに…静かに溶けて無くなっていった

「………ズッ……もう………今日は…グスッ……家に……帰る……ズッ…ですぅ……」


翠星石はぐしゃぐしゃの顔で荷物をまとめ部室を後にする

夕日も沈み、段々外も暗くなっていく中、翠星石の頭の中はさっきの雪の欠片のように真っ白になっていた


                    *

「━ちょっとストップなのだわ」

全員が楽器の演奏を止め真紅の方を見る

「…どうしたの?蒼星石」

「………」

真紅に限らず水銀燈も金糸雀も雛苺も薔薇水晶も同じ思いだった

━今日の蒼星石はどこかおかしい

そう━部室から帰ってきた辺りから、ずっと

「…ごめん真紅、みんな。今日はちょっと体調が悪いから先にあがるよ…ライブも近いのに…本当にごめん…」

蒼星石はそう言いながらベースを肩から外した

「……そう、仕方ないわね…体調には気をつけるのよ、蒼星石」

「風邪なんかひかないでよぉ~」

「体に気をつけるのよ~蒼星石!」

「体調管理はしっかりするかしら~」

「…お大事に………」

「うん…じゃあ」

蒼星石はそう言い残しスタジオを後にする

「ふう…」

外に出るといつの間にか地面は雪で薄く覆われていた

━まるで今の蒼星石の頭の中のように

                    *

「………翠星石…」

玄関にはいつも通り翠星石の靴が乱雑に転がっていた
それを見た蒼星石もまた、いつも通り自分と姉の靴を揃える


「……………」

蒼星石は無言で自分の部屋に向かう
翠星石の部屋の前を通ってもーーいつも通りの迎えの言葉は無かった


「……ふう」

蒼星石は荷物を下ろし、ベースをケースから取り出しスタンドに掛けると、崩れる様にベッドに座り込んだ
壁の向こうの翠星石の部屋からはうっすらとドラムの音が聞こえる

「………僕も練習しないとね」


蒼星石はスタンドからベースを掴み、肩にかけると、次のライブで使う曲『Gradual Melody』の練習をしようする

「シールドシールド……っと…

蒼星石はシールドを見つけ手に取ったが、アンプに繋ぐ直前、手を止める

(…やっぱり今は…そんな気分じゃないな…)

蒼星石はシールドをしまい、ベースラインをなぞっていった

(…翠星石と話したいけど…)

蒼星石は心の中で恐れていた、大好きな姉の気持ちにーあの言葉の意味に

(…今は練習しよう。翠星石ならきっと大丈夫…)

蒼星石はそう自分に言い聞かせ練習を再開した

「~♪誰よりも何よりも笑っていてくれる~…」

「蒼星石…帰ってきたですか……」

翠星石もドラムを叩きながらライブで使う『約束』の練習をしていた

「……蒼星石なんて………蒼星石なんて……」

翠星石は自分にーいつも一緒だった双子の姉に一言も無く行ってしまった、たった一人の…大事な大事な妹に憤りを感じていた

「……?」

隣の部屋からベースの低温が響いてくる
それを追うように蒼星石の澄んだ声が重なっていった

「…蒼星石は…やっぱり蒼星石は翠星石に何も言わないですか!?」

翠星石の目はまた涙で溢れそうになる

「もう…いいです!こんな…こんなバンド次のライブで辞めてやるです!!」

翠星石はスティックを怒りに任せ、ドラムに、シンバルに目一杯叩きつけていった

「ー♪君と僕がとても楽しそうだ~…」

翠星石の手がぴたりと止まる

「…この曲はどうも気分じゃねえです…別の曲にするです…」

━━━バチィッ!!

「ー痛ッ!!」

蒼星石は思わずベースから手を離し顔を歪める

「痛たたたた……まさか弦が切れるなんて…」

蒼星石はベースを肩から外し、再びスタンドにたてかけた

「………あれ?予備の弦もないや……仕方ない…買いに行こう…」

蒼星石はそう言うと、溜め息をつきながらマフラーを巻き、コートを羽織り部屋を出た

                    *


「…蒼星石?」


翠星石は隣の部屋から聞こえた弦の切れた音と、蒼星石の声に思わず手を止める

「蒼星石……手、大丈夫ですかね………いや、もう関係ねー事です!!」

翠星石はシンバルにスティックを叩きつける

━━━バキィッ!!

「あ……」

折れたスティックの先端は床に落ち、ベッドの下に転がっていった

「ああああ!折れやがったですぅぅうう!!」

                    *

「………翠星石?またスティック…折ったんだ…」

楽器屋『ENJU』に向かおうと玄関で靴を履いている蒼星石の耳に、部屋で叫ぶ大好きな姉の叫び声が聞こえた

「仕方ないですぅ…買いに行くですぅ…」

翠星石は溜め息をつきながら立ち上がると、蒼星石と同じマフラーにコートをまとい、楽器屋に向かった

                    *


「ふぅ~やっぱりドラムとベースがいないと締まらないわぁ」

「まったくなのだわ」

スタジオでの練習を終え、小腹が空いた真紅と水銀燈はコンビニに向かっていた
道と吐く息はすっかり白くなり、寒さを強く感じさせる

「…ねぇ真紅ぅ…ちょっと勝負しましょぅ」

「勝負?」

水銀燈はコンビニを前に、真紅に勝負を持ちかける

「そうよぉ…ジャンケンして負けた方がオゴリぃ…簡単でしょぉ?」

「フフ…この真紅に勝負を挑むなんて…お馬鹿な水銀燈…いいわ、かかってきなさい」

「フフ…そうね…じゃぁ…私はピルクルにするわぁ」

「そうね…たまには私もピルクルとやらを飲んでみるのだわ」

二人は互いに睨み合い、相手の手の内を読み合う!!

「いくわよぉ…」

水銀燈は上目遣いで真紅にニヤリと微笑む

「…貧乳真紅!ジャンケンポ

ーーパアァァァアン!

刹那!真紅のグーが水銀燈の左頬に向けて駆ける!

「フフ……真紅ぅ…お馬鹿さぁん……」

「!!」

放たれた真紅のグーは水銀燈の右手のパーによってしっかりと止められた

「…ッ…卑怯よ!水銀燈」

「あらぁ…負けは負けよぉ…フフ…ご馳走様ぁ」

                    *

「まったく…無駄な出費なのだわ」

二人分のピルクルを手に、真紅はコンビニから出てきた

「う~…暖かい所に一度入ると外がより寒いのだわ…」

コンビニから出、寒さに震える真紅の前を翠星石が通る

「あら?」

真紅は通り過ぎようとする翠星石に向かい声をかけた

「翠星石!」

翠星石は声の方を振り返り、声の主にしかめっ面を向ける

「どうかしら?ドラムの調子は、順調?」

「……一体何の用ですか…」

翠星石は真紅に詰め寄る

「どうしたの?翠星石」

「一度見捨てた翠星石に何の用かって聞いてるんですぅ!」

「…見捨てた?」

「そうですぅ!翠星石に…翠星石に一言も無くみんなでスタジオに行ったことが証拠ですぅ!」

「…翠星石?とりあえず落ち着いて」
「確かに…確かに最近翠星石のドラムは滅茶苦茶だったですぅ…でも!いきなり…こんな形で翠星石を見捨てるなんて酷いです!!」

「…翠星石」

「だから…だから翠星石は次のライブで薔薇乙女をやめるですぅ!真紅だって水銀燈だって……蒼星石だって翠星石の事いらないと思っ

ーパアァァァアン

真紅の手のひらが真っ白な翠星石の左頬を捉える

「翠星石!」


白い絨毯の上、寒空の中、満月の下、翠星石の左頬は真っ赤に染まる
翠星石は左頬を押さえ、真紅と向き合う

「…翠星石、あなたは何か大きな勘違いをしてるのだわ」

真紅は翠星石の左頬にある白い左手に右手をそっと重ねる

「…薔薇乙女のドラマーは翠星石、あなただけなのよ。他にあなたの変わりなんかいない…いつも元気で、どこかドジで、みんなをグイグイ引っ張っていく…」

真紅は添えた手を優しく、優しく握り締める

「薔薇乙女にはあなたが必要なのだわ……それこそ見捨てるなんて……だからお願い、辞めるだなんて……もう二度と言わないで頂戴。」
「……真紅」

翠星石の両頬を涙が静かに伝う

「………でも…じゃあなんで…グスッ……スタジオ…」

「…あれは蒼星石の提案なのよ」

「……そうですか…グスッ…やっぱり…蒼星石は……翠星石の…ズッ……事……」

「いいえ、翠星石…蒼星石は……蒼星石はずっとあなたの事だけを想っていたのだわ」

「……グスッ…ふえ?……」

「そうね、それは翠星石が部室に来る前の事だったわ」




最終更新:2007年01月09日 00:23