「まったく…翠星石はまた遅刻ね」
真紅はあきれた顔のまま、荷物を置き椅子に腰をかける
「今回の原因は何なの?蒼星石」
蒼星石は鞄からチューナーを取り出す
「たしか…課題のレポートかな?さっき先生に呼び出されてたよ」
「はあ…まったく…課題は早く片付けなさい、と言われないと分からないようね。今日はたっぷりお説教なのだわ」
真紅は深く溜め息をつき、窓の外の茜を眺める
少し間を空け、真紅はベースのチューニングをする蒼星石に向かって話しかける
「…ここ最近翠星石の調子が悪いのだわ。蒼星石、何かわかる?」
蒼星石は視線をチューナーから真紅に移す
「うーん…確かに調子が悪いけど…一時的なスランプじゃないかな?」
その隣、ギターのチューニングをする水銀燈が呟いた
「でも困るわぁ…ライブも近いのよぉ」
「うーん…僕も最近それが気がかりだったんだ…こういう時の翠星石はいつも一人で練習したいって思うだろうから……だから今日はスタジオで翠星石抜きでやろう、翠星石も1日ゆっくりした時間を貰えば大丈夫だと思うよ」
「でも予約がぁ…」
「大丈夫、みんななら分かってくれると思って予約をとっといたよ」
「フフ…流石ね、蒼星石」
「でもぉ…翠星石には誰が言うのぉ?」
チューニングを済ませた水銀燈はギターをケースにしまう
「翠星石に言ったら多分…「変な気を使うなですぅ」とか言って無理するから…あえて言わないで行こう」
「じゃあ私の方から雛苺達には言っておくのだわ」
「ありがとう、真紅」
蒼星石もチューニングを済ませたベースをケースにしまい、三人は部室を後にした
*
「…とまあ、そういうことなのだわ」
真紅は人差し指で翠星石の温かい涙を拭う
「そう言えば一度部室に帰ってからの蒼星石の様子がおかしかったわね、蒼星石と部室で会わなかった?翠星石」
(!…もしかして…あの時ドアの前にいたのは蒼星石だったですか…!?)
「……会ってないです……でも…グスッ…翠星石は…知らずに…………蒼星石の…ズッ…事を………嫌い……グスッ……嫌いだなんて………うわあああぁあっ!」
翠星石は大粒の涙を零し真紅の胸に飛び込んだ
「翠星石は…グスッ…翠星石は…うわあああぁあっ!」
「いいのよ翠星石…誤解が無くなったのだから…あなた達はきっと分かり合えるわ………かけがえのない…姉妹なのだから」
「……グスッ……翠星石は…薔薇乙女に……グスッ…いても……ズッ…いいですかぁ?…」
翠星石はぐしゃぐしゃの顔で真紅の顔を見る
「もちろんよ翠星石、これからも…ずっとよろしくなのだわ」
「…グスッ……ありがとう…です…真紅…ズッ…」
真紅は翠星石の肩を優しく掴み、ゆっくりと体から離した
そしてポケットからハンカチを取り出し翠星石の涙を優しく拭く
「…翠星石、涙を拭いたら行かなきゃいけない所があるでしょう?」
「…そうです…翠星石には……行かなきゃいけない所があるです」
翠星石はハンカチで涙を拭う
「フフ…翠星石、これは私からの餞別なのだわ」
真紅はコンビニの袋からピルクルを取り出す
「ありがとうです真紅…じゃあ行ってくるです!!」
翠星石は明るく、明るく微笑みながらマフラーをなびかせ、楽器屋に続く白銀の道を駆けていった
「フフ…しーんくぅ…見てたわよぉ」
「あら、水銀燈」
真紅は後ろから覆い被さってくる水銀燈に横顔を向ける
「あの二人ぃ…いっつも近くにいるのに…完全には分かり合ってないのねぇ」
「近すぎて見えないことだって沢山あるのだわ。それに普段見えてるものも、それが当たり前になった瞬間見えなくなるものよ」
「そうねぇ…でも真紅の胸…こんなに近くからでも全然見えなぁい……フフ……ごめんなさぁい…無いものは見れないわねぇ」
「…ちなみに水銀燈…さっき翠星石にあげたピルクルは水銀燈の分なのだわ」
「!!…真紅ぅ…お馬鹿さぁん…そんなの真紅のを貰えば解決よぉ」
「フフ…残念ね水銀燈」
真紅は水銀燈と距離を置き、空になったピルクルを突きつける
「翠星石に渡した時、一気に飲んでやったのだわ!」
「!!!!!」
「私よりほんのちょっとだけ大きいくらいで…誤差程度のバストで調子に乗るから罰を与えたのだわ!」
「でも真紅ぅ…それじゃ約束が違
「うるさいのだわ!この巨乳!!って誰が巨乳なのだわ!!」
真紅は空のピルクルを水銀燈に投げつける!
「…きゃっ」
(どこか理不尽…しかも巨乳は微妙に誉め言葉よりだわぁ…)
水銀燈は真紅に圧倒されながらも、どうにか会話の主導権を握ろうとする
「とにかくぅ…もう一回コンビニに行って買ってきなさいよぉ…真紅ぅ」
「フフ…残念ね水銀燈」
真紅は財布を取り出し水銀燈に突きつける!!
「どうみてもさっきので全財産…本当にありがとうなのだわ!」
真紅はどこかハイになっている様だ、目を輝せながら高笑いしている
「…いやらしい全財産ねぇ」
「…なけなしのバイトの給料だったのだわ」
肩を落とし「乳酸…乳酸…」と呟く水銀燈をよそ目に、真紅は携帯を取り出す
「さて…蒼星石にも事情を伝えておくのだわ」
真紅は事の成り行きを蒼星石に電話で伝えた
ー翠星石のこと
ー勘違いのこと
「…うん…わかったよ真紅…ありがとう」
「……誤解は早く解くべきなのだわ、ではまたね、蒼星石」
真紅は携帯を閉じ、ポケットにしまう
「ふう…やれやれなのだわ」
いつの間にか雪は止み、空には満月が映し出されていた
*
雪は止み、満月の下
翠星石は楽器屋に向けて走りつづける
「今なら……楽器屋に……蒼星石がいるはず…ですぅ」
弦が切れた音がしてしばらく、玄関の開いた音を聞いた翠星石は確信を持って楽器屋を目指す
「蒼星石……蒼星石…!」
呼吸を乱しながらも翠星石は必死に考えていた
ーどんな顔をすればいいのか
ーどんな言葉から言えばいいのか
ーどんな態度で接すればいいのか
ー蒼星石は自分を許してくれるのか
「ハァ……ハァ…ふぅ…」
楽器屋を前、肩で息をしながら絶え間なく白い吐息を吐き、翠星石は立ち尽くす
「………」
あれだけ考えても答えは出なかった、言葉も、表情も、態度も…
「……それでも翠星石は言わなきゃならん事があるです…それだけは分かってるです」
翠星石は覚悟を決め、楽器屋『ENJU』のドアを開けた
「おや、いらっしゃい翠星石ちゃん」
カウンターにいる若い男、白崎が微笑みながら話しかける
時間が時間なのか、店内には白崎以外だれもいなかった
ー蒼星石も
「あの…白崎…蒼星石は来なかったですか?」
「蒼星石ちゃん?蒼星石ちゃんなら丁度さっき買い物していったよ」
「…そう…ですか…」
二人はちょうど入れ違いになってしまったのである
翠星石は静かにうなだれ、スティックを探しに店の奥に進んでいった
「…それにしても一人で来るなんて珍しいね、いつもは蒼星石ちゃんと一緒なのに」
白崎は壁に掛かっているギターを磨きながら話を続ける
「そういえば蒼星石ちゃんの様子もドコかおかしかったな…なんていうか…上の空というか」
翠星石は無言でスティックを選ぶ、白崎の言葉はどこか全てを知っている様な感じがした
「…じゃあこれを下さいです」
翠星石は白崎の言葉をよそにスティックをカウンターに置き、コートのポケットから財布を取り出す
「はい、お買い上げありがとうございます…」
「あっ…あと…」
翠星石は突然思い立ったように、会計を済まそうとする白崎を止める
「…これも一緒にお願いです」
翠星石はそう言うとカウンターの脇からベースの弦を取り出し、カウンターに置く
ー蒼星石のお気に入りの弦を
「おやおや…今日は本当に珍しい…」
白崎は会計を済ませスティックと弦を別々の袋に包む
「はい、お買い上げありがとうございます…まだまだ外は寒いから、体調に気をつけてね」
「わかってるですぅ!」
翠星石は袋を掴み、駆け足で店を後にした
「……やっぱり姉妹だね」
白崎はそう呟くと、再びギターを磨きだした
*
「蒼星石…」
翠星石は自宅の玄関を開け、綺麗に揃えられた蒼星石の靴を眺める
「…とりあえず自分の部屋にいくです」
翠星石は乱雑に靴を脱ぎ捨て部屋に向かった
ー蒼星石がいる
ー何も知らずにあんな酷い事を言ったりして
自分のした事を振り返り生まれる後悔の念が翠星石の両足を引っ張る
なかなか踏ん切りのつかない翠星石はひとまず部屋で考えることにした
「……ふぅ…?」
翠星石は短く溜め息をついた後、自分の部屋のドアノブに何かの袋が掛かってるのを見つけた
「…?なんの袋ですか?」
翠星石は袋を手に取り中を覗く
「…スティックと…手紙?」
袋の中にはさっき翠星石が買ったスティックと同じものが手紙つきで入っていた
翠星石は不思議に思いながらも凍えた指で手紙を開く
そこには蒼星石の優しい字でこう綴られていた
『真紅から話は聞いたよ。こんな事になって本当にごめん……僕はだれより君をわかっているつもりだったんだ…いつも近くにいて、いつも一緒に笑っていて…』
「…蒼星…石…」
ゆっくりと翠星石の頬を伝って落ちる涙が、整った字を静かに滲ませる
『でも僕は大きな勘違いをしていたんだ…ただ近くにいるだけで全てが分かると思って…大きな所ばかりに気をつければいいと思っていた。小さな所は気にしなくてもいいだろうと…自惚れていたんだ』
「…ウッ…グスッ……」
『…今回の事でわかったんだ…僕は全然君の事をわかってないんだって事が…
「…蒼星石!!」
翠星石は手から途中までしか呼んでない手紙を離し、蒼星石の部屋に泣きながら飛び込んでいった
「…翠星石!」
蒼星石は丁度ベースの弦を交換しようとベースをスタンドから外そうとしていた所だった
「…蒼星石の……蒼星石のばかやろうですぅぅ!!」
翠星石は涙をこぼしながら蒼星石に飛びつき、そのまま二人はベッドになだれ込んだ
「…翠星石…あの…僕」
「…蒼星石のバカ…バカバカ!…バカ!!」
翠星石は心の傷からとめどなく涙を流し、蒼星石に怒鳴りつける
「……蒼星石が…一番………グスッ…翠星石の事…わかってくれてるに…ズッ…決まってるです……それなのに…『分かってなかった』なんて言うもんじゃないです!」
翠星石を胸に抱き、蒼星石もいつの間にか涙を流していた
蒼星石は泣きわめく翠星石をゆっくりと両手で優しく包み込む
「…でも…僕…」
「うるさいです!…長く姉妹やってるんだから……少しくらい…グスッ………少しくらいわからなくても当然です!」
「翠星石…」
「翠星石だって……グスッ…翠星石だって…蒼星石の事…ズッ…全部わかってるわけじゃないです…グスッ……でも…翠星石は誰よりも…誰よりも誰よりも誰よりも!!…蒼星石の事はわかってるですぅ!だから…そんなこと…二度と…言わないで…ですぅ…」
「………僕もだよ………翠星石……全部はわからないけど……誰よりも君をわかってる…」
翠星石は涙目のまま微笑み、人差し指で蒼星石の頬の涙を拭う
「…翠星石…フフ…まずは自分の涙を拭いなよ…」
蒼星石はそう言いながら微笑み、人差し指で翠星石の涙を拭った
「……これでいいです…蒼星石の涙が止まれば…翠星石の涙だって……」
翠星石はそう言いながら蒼星石の涙を拭い続ける
「そうだね……だって僕達は……世界で誰よりもーー
「そうです……翠星石達は……世界で誰よりもーー
しばらくすると二人の指はお互いの涙ですっかり濡れてしまっていた
ー涙の理由はもう違う
部屋の光に照らされ、煌めく涙は、二人を強く…強く結ぶ絆のようだった
*
「ねぇ真紅ぅ…本気ぃ?」
「あの二人ならきっともう大丈夫なのだわ」
真紅と水銀燈は蒼星石と翠星石の家の前にいた
「念のため…一応確認にきただけなのだわ」
真紅はそう言うと玄関を開け、中に入る
「…あらぁ」
「…言ったでしょ?水銀燈」
二階から階段を伝い廊下を伝い、軽やかなリズムが真紅達を優しく包み込む
「フフ…真紅ぅ…心配はいらないみたいねぇ」
水銀燈はそう言うとギターとアンプを繋ぐ
「あら、私は最初からわかってたのだわ」
真紅は荷物を下ろし、ゆっくりと澄んだ声を響かせていく
「あれ?誰か来たみたいだね」
蒼星石はベースを響かせ翠星石の方を見る
ー張られた弦はもちろんーー
「気にしなくてもいいですぅ、こんな時間に来るなんて真紅に決まってるです、ほっとけば勝手に交ざってくるですぅ!」
翠星石は軽やかにドラムを叩きながら蒼星石を見る
ー握ってるスティックはもちろんーー
真紅の澄みきった歌声は最高のリズムとメロディーに乗り、全ての家具を踊らせるかのように家中を満たしていった
*
「いや~~よかったな!薔薇乙女のライブ!」
「ホントだよな~!相変わらず銀様のギターテクは痺れるし…」
「真紅の歌声もいつも以上に心地よかったしな!!」
「そうそう!!…でも今回一番よかったのは…」
「…ハハ、言わなくてもわかるよ。ホントに楽しそうだったよな…演奏中に何回も何回も微笑み合ってたし」
「前から仲良かったけど…なんか…もっと仲良くなったみたいだったな」
ー鏡のように
ー影のように
二人は共にオッドアイの向こうに微笑む『自分自身』を見ていた
ー手のひらを重ねて
ー心を重ねて
これからも…ずっとーーー
fin
最終更新:2007年01月09日 00:21