新年の騒々しさも忘れ、街ゆく人々も日常の生活に戻り出した、そんなある日、コンサートホールとはとても呼べない集客数200席にも満たない小さなステージで1組のアイドルグループが解散しようとしていた。
「いい?今日で私たち薔薇乙女は解散するわ…でもファンの前で泣いちゃダメよ、解った?」
「うぅ、解ったなの~、ヒナ、泣かないもんッ!」
「カナだって泣かないかしらぁ、今まで薔薇乙女を応援してくれたファンには笑顔で別れるかしらぁぁ~~」
小さな楽屋、おおよそアイドルと呼ばれる職種の人たちに割り与えられる部屋とは思えない地味で、どこか暗く殺風景。
そんな埃っぽい楽屋の中央で真紅、雛苺、金糸雀は硬く手を重ねた。
そして真紅と金糸雀は埃をかぶった古い掛け時計を見る。
「もうすぐ最後のコンサートを始めるかしらぁ」
解散が決まり、今や下降線を転がるように集客数も激変したアイドルに事務所はマネージャーなど割り与えていない。
そのため数ヶ月前から真紅と金糸雀は交互にマネージャー業を勤めながらようやく解散コンサートまで漕ぎ着けたのだ。
真紅は独り言のように手を重ねたままボソッと呟く。
「そうね、いろいろあったけど…最後なのね…」
「…いろいろあったかしら…」
「うぃ~、いろいろあったのぉ~」
真紅の言葉に雛苺も金糸雀も小さな首をコクッとうなずき過去を振り返る。
デビューは2年前だった、偶然スカウトされた3人はあれよあれよと言う間にCDデビューを飾った。
当初は3人の愛らしくも歌唱力のある歌にそこそこのファンも付いた。
もちろんファンクラブもでき、メディアの露出も増え出した。
このまま頂点に。そんな期待も感じられた時もあった。
だが、時代の流れは知らぬ間に3人を過去のアイドルにしてしまった。
今ではファンクラブも解散し、個人のファンサイトが数件あるだけ。
もはや世間は薔薇乙女など忘れさっていた。
「さぁ、行くわよ!」
「頑張って歌うの~!」
「最高のステージにするかしらッ!」
3人の胸中には輝かしい未来が見えていた時もあった、だが、今はシビアな現実を感じずにはいられない。
しかし彼女達とて解散するまではプロである。そのプライドが最後のステージへと向かわせた。
「真紅ぅぅ~~ッ」
「ヒナぁ~、カナぁ~~!!」
照明がまばたくステージに彼女達が現れると男達の太い声が飛び交う。
今まで薔薇乙女を支えてくれた彼等ファンに真紅たちは笑顔で小さく手を振る。
集まったファンは100名ほど、この小さなホールですら満席にできない彼女達。
だが、そんな事も忘れて真紅、雛苺、金糸雀の3人はありったけの声で、ありったけの感情をこめて歌った。
真紅の歌声に雛苺と金糸雀のコーラスが混じっていく。
アイドルらしくキュートで、少し露出度の高い衣装を身につけた3人は狭いステージをいっぱいに使って踊り、歌う。
途中、バラードが流れると感極まり泣かない約束をしていたはずの雛苺の声に涙が混じるとファン達から暖かい声援が飛ぶ。
「ありがとなの…」
そんなファンに雛苺はステージから身を乗り出して手を軽く振る。
2年間、彼女達を見守り続けてきたファン達とも後数曲で別れがくると知っている真紅も金糸雀もいつしか雛苺と同じようにステージから手を差し出し、ファンの人達の指先を感じていく。
「今まで私達…薔薇乙女を応援してくれて…愛してくれてありがとう。
この曲を最後に薔薇乙女は普通の乙女になるのだわ……」
「うわぁ~、それ以上言わないでくれよぉ~頼むよ、真紅ぅ~~!!」
真紅が告げる終焉の合図にファン達は悲痛な声を上げた。
本当ならこのコンサートで終わりにしたくない。そんな気持ちはファンだけでなく、今こうしてマイクをもっている真紅、雛苺、金糸雀も彼等以上に感じていた。
しかし、解散という現実はもうそこまで来ている。
真紅の頬を涙が伝い、ポツリとマイクに落ちる。
「……それでは薔薇乙女、最後の曲……フロイライン ローゼだわッ!」
彼女達のデビュー曲フロイライン ローゼを紹介した真紅は流れ出すアップテンポな曲に合わせて踊り出す、雛苺も金糸雀も涙交じりの笑顔を見せてマイクに声を伝えた。
彼女達、アイドルグループ薔薇乙女の最後のステージは100人ほどのファンと十数人の少ないスタッフに見送られて幕を閉じた。
夜半過ぎ、20人ほどの団体が駅へ向かいながら大声で話し込んでいる。
「くそぉ~、オレ、薔薇乙女が解散なんて信じたくないよッ!!」
「オレも信じたくないけど、しょうがないじゃないか」
「でも真紅ちゃん、ヒナちゃん、カナちゃんはこれからどうするんだよ?」
「解らないよ、ブログも1週間前から閉鎖だしよぉ~、やっぱり芸能界から引退なのか?」
「バーカ、オレ達の薔薇乙女が芸能界から引退するわきゃねぇヨ、たぶんドラマとか、それかソロで活動していくんじゃねぇの?」
「でもやっぱり解散は辛いよな、薔薇乙女はオレ達の永遠のアイドルだぜ」
口々に先ほどの解散コンサートを話しながら歩いていく男達と2人の少女がすれ違った。
「ねぇ、ばらしー。さっきの人達が言ってた薔薇乙女ってなぁに?知ってるぅ?」
「…うぅん……知らない…」
「そぉ、まっ、私達には関係のない話ねぇ~~、それより退屈ねぇ~」
「…うん……」
水銀燈は通り過ぎていった男達の背中をチラッと見ると、ガードレールにもたれ掛け、何気なく夜空を見上げてみる。
都会の夜は明るすぎて星が見えない。その代役なのか頭上には飛行機の点滅がゆっくりと通過していく。そんな灯りを見ながらため息をはく。
「はぁ~、ねぇ、ばらしー、何か楽しい事ってなぁい~?」
「……うぅ~ん…ないね、銀ちゃん……」
「そうよねぇ~、そんな簡単に楽しい事なんて転がってないもんねぇ~」
「そうだね……」
「ほぉ~~んとッ、退屈だわぁ~~」
「…退屈だわ……」
水銀燈と薔薇水晶はビルの向こうに消えていく飛行機のライトを見送る。
そして2人は、見えるはずもない星明りをいつまでも探していた。
*
薔薇乙女が解散し、これと言った活動もないまま数日がたつ。
「ドラマのオーディションがあるかしら~」
金糸雀のそんな声に3人はオーディションが行われているスタジオに向かう。
元アイドルだけあり、容姿には多少の自信があった3人だが、役柄的に金糸雀と雛苺はあえなく落選してしまった。
残る真紅もどうやら演技という面は苦手なようで、セリフが棒読みのまま終わり、2時選考には進めなかった。
「ヒナ、お仕事もらってきたのよぉ~」
オーディションに落ちた2日後、雛苺は喜び勇んで部屋に飛び込んできた。
手には大きめの茶封筒を握り締めている。
真紅と金糸雀は封筒の中から契約書を取り出し、目を通すと真紅はチラッと雛苺をニラミ付けながら、その場で契約書をビリビリッと派手な音と共に破り捨ててしまった。
「ちょっと、雛苺。どこからこんな仕事を回されたの?」
カッと見開かれた真紅の目に雛苺はオドオドしながら答える。
「うぅ~、前に写真を撮ってもらった雑誌社に行ってみたら仕事をくれたのぉ~、それがコレだったの~」
「雛苺はその場で仕事の内容を聞かなかったかしらぁ?」
「うぅ、ヒナ、お仕事が貰えて嬉しかったからすぐに帰ってきたのぉ~」
「じゃ、何も聞かなかったのね?」
「き、聞いてないのぉ~」
「そう、仕方ないわね、コレはいかがわしいビデオの出演契約書よ、こんなものに出るくらいなら死んだほうがマシだわ」
「仕事はカナと真紅で取ってくるから雛苺は電話番かしらッ」
「うよぉ~、知らなかったのぉ…ゴメンなさいなのぉ~」
「でも知らなかったのだから今回はしかたないわね、それに向こうも私達がまだ17歳って知らなかったのでしょうし……」
真紅はゴミ箱に散らばる契約書を見ながらため息とも付かない憤りをはく。
それは落ちたアイドルの行き着く先をこんなにも早く目の当たりにした事と同時に、彼女達が普通なら高校生の年齢であることであった。
デビューが中学生だった彼女達は進学か芸能活動かで悩んだ結果、取った道はアイドルであった。
当初は芸能活動をしながら高校に進学したものの数ヶ月で辞め、仕事に、アイドルという夢にかけたのであった。
その時は後悔などなかったものの、オーディションを受けるにしろ、応募するにしろ履歴書に書く学歴に少し後悔の念がじわりじわりと背中に感じる。
「とにかく早く私達は何かをしないとイケないわ」
「じゃ、カナはお昼から前にお世話になったプロデューサーに話をしてみるかしら~」
「それじゃ、私はもう一度、事務所と話あってみるわ」
「ヒナは?ヒナはなにをすればいいの~?」
「貴女は電話番よ」
「うぃ……電話番なんてイヤなの~~」
「しょうがないかしら~、じゃ、カナと一緒に行くかしらぁ?」
「うわぁ~い、行くの~、ヒナも金糸雀と行くの~」
「行くのはいいけど、変な人に声を掛けられてもサインなんてしたらダメよ。いい解ってるの?雛苺」
「了解なのぉ~、もう封筒なんて貰わないのぉ~」
こうして焦りにも似た彼女達は、それぞれの不安を振り払うように動き出した。
最終更新:2007年02月07日 23:26