「いい加減にしなさい水銀燈!!」
「そんな怖い顔してたらシワが増えちゃうわよぉ?」
「・・・またか・・・。」
練習で手抜きをして演奏する水銀燈
部長としてそんな水銀燈に怒声を吐き散らす真紅
毎日のようにこれが続くので呆れつつも二人をなだめる他の部員
軽音楽部の日常。
かといって真紅と水銀燈は不仲というわけでは無かった。むしろ親友というほどの仲だ。
2人の間には強い信頼関係がある。
それは2人が世界に落とされた時からの付き合い、そしてお互いが認める音楽的センスによるものでつくられたものであった。
傍目から見てそれは喧嘩に見えても、2人は本気で忌み嫌ってなんかいなかった。
むしろそうすることでお互いの絆を強め合っていた。
真紅「ドラムのあなたがしっかりしないと全員が迷惑するのだわ!!」
水銀燈「だからさっき適当に叩いたのは謝るわぁ。ちょっとベースのカレ・・・・。ヤクルト買ってきてぇ。」
ジュン「いい加減名前覚えろよ・・・。っていうかパシりかよ。」
真紅「水銀燈!!人が真面目な話を・・・」
*
真紅「水銀燈、あなた高校はどうするの?」
部活が終わった2人はいつものようにお互いの家へと続く道を歩いていた。
水銀燈「入れる高校なんてないわぁ・・・。そういうあなたはどうなのよぉ?」
真紅「私は薔薇学園を受けるのだわ」
水銀燈「スゴイじゃなぁい。あそこって県内でも有数の名門校でしょぉ?」
真紅「でもバンドは続けるのだわ。あなたは?」
水銀燈「わからないわぁ・・・。でも真紅ほどの歌、なによりギターがあればどこでだってやれるわよぉ。」
真紅の足の動きが次第に鈍くなる。やがて足は進むことを止め、代わりに口が開く。
真紅「できればあなたとはまた・・・。」
水銀燈「真紅・・・。」
真紅の今にも泣きそうな瞳は水銀燈へと照準を合わせようとしない。
水銀燈「・・・らしくないわねぇ真紅。」
真紅「えっ?」
水銀燈「そんな顔してたらただでさえ不細工なお顔がもっと酷くなっちゃうわよぉ?」
真紅「・・・なんですって?」
水銀燈「あぁ怖い顔。・・・・それでこそいつもの真紅よぉ。」
真紅「水銀燈あなた・・・。」
水銀燈「・・・さっ、行きましょう急がないと8時になっちゃうわよぉ。」
真紅「いけない!!クンクンステーションが始まってしまうのだわ!!」
水銀燈「今日のクンステは見逃せないわよぉ。なんっていったって今日のゲストは・・・。えっ?」
水銀燈が振り向くとそこに真紅はいなかった。
道路から甲高い音が聞こえる。
水銀燈「真紅!!」
道路にはトラック、幼い少年、そして左手が血まみれとなった真紅が倒れていた。
理由はよく分からない。
道路を見ると少年に向かってトラックが牙を剥いていた。
脳は考えることを止めた。
さっきまで止まっていた足はいつもより速く動き、左手は少年を安全な場所へと導いた。
水銀燈「ふざけたこと言わないで頂戴。ジャンクにするわよぉ。」
医師「残念ですが。」
水銀燈「ウソでしょぉ?ウソよねぇ・・・?お願いウソって言って頂戴・・・。」
水銀燈の質問に医師はただただ首を横に振るだけだった。
水銀燈「あの娘すごい才能あるのよぉ・・・。ううん才能だけじゃないわぁ。ワタシなんかと違って努力もするわぁ。あの娘はプロにだってなれるわぁ・・・。本当の事を言って。冗談でしょぉ?」
医師「残念ながら左手の損傷が酷く義手にするしかないでしょう。でもそうすればあなたの言うようにギターはもう・・・」
ガタンッ
水銀燈は走り出した。自分でもどうすればいいのか分からなかった。
あんなにギターが上手い真紅からギターを取り上げる。
あんなにギターが大好きな真紅からギターを取り上げる。
考えただけでも気が狂いそうだ。
涙が止まらない。
ワタシは物心ついたときから泣いたことが無かった。
初めて涙の感覚を覚えた。
こんなにも辛いことがあるなんて・・・。
「あら?どうしたの水銀燈?」
気がついたら足はここへと向かっていた
「・・・めぐ」
「この頬にあるのは汗や雨じゃないわね?お茶淹れるから上がって待ってて。」
嬉しいとき、悲しいとき、辛いとき
ワタシはいつもめぐのとこへと行っていた
めぐはとても優しい
めぐはワタシの喜びを何倍にも膨らませてくれて
悲しみは魔法をかけたように笑顔へと変えてくれる
「何かあったの?」
「めぐ、実は・・・」
ワタシは事の次第を打ち明けた。
今の痛みを取り除いてくれるのめぐしかいないと思ったからだ
めぐ「何で真紅ちゃんのところへ行かなかったの?」
水銀燈「なんて言えばいいかわからないのよぉ・・・。」
めぐ「本当の事を言いなさい。」
水銀燈「それはダメよぉ!そんなことしたらあの娘・・・・」
めぐ「ちゃんと眼を見て真実を言いなさい。下手な希望を持たせたままのほうがショックは大きいのよ。」
水銀燈「でもぉ・・・。」
めぐ「大丈夫よ。貴方達ならきっと乗り越えてゆけるわ。」
水銀燈「・・・・。」
めぐ「水銀燈。今真紅ちゃんが必要としているのはあなたなのよ。」
私はどうなるのかしら。
左手の感覚が全く無い。
もうギターを弾くことはできないのかしら。
悲しい。涙が止まらない。
もっとやりたいことだってあった。
せめて手じゃない部分だったら。
ギターが弾けたら・・・・。
「真紅・・・。」
「・・・・水銀燈?どうしてここに?もうお見舞いできる時間じゃ・・・。」
「真紅、話したいことがあるの。」
「私もあなたと話がしたかった・・・。ずっと会いたかった。」
部屋の中に重い空気が漂う。
真紅は虚ろな目で窓の外を眺めている。
真紅「・・・もう手は動かないのね?」
水銀燈が鈍く首を縦に振る。
真紅「覚悟はしていたことなのだわ。ただやっぱり辛いわね。」
水銀燈は真紅を見ることができない。こんな壊れた人形みたいな真紅を見るのが辛かった。
真紅「水銀燈?こっちに来て。」
水銀燈は真紅が寝ているベッドへと近づいた。
一歩進むごとに夜の闇でぼやけた真紅の表情がくっきりと見えてくる。
不思議と真紅の顔に悲しさは無かった。
真紅「あなたに受け取ってほしいものがあるの・・・。」
水銀燈は真紅にある物を手渡された。それは・・・
水銀燈「だっ、ダメよぉ!ワタシには受け取れないわぁ!!」
「受け取ってほしいもの」とは薔薇のペイントがあるギター
そう、それは真紅が命よりも大切にしているギター「ローゼンメイデン」だ。
真紅は水銀燈をまっすぐな瞳で見つめる。水銀燈もそれをしっかりと受け止める。
真紅「水銀燈。私はあなたに使ってほしいの・・・。この子もきっとそう思ってる。そして親友としてお願いがあるの。」
真紅「・・・・私の左腕になって・・・・。」
*
水銀燈「久しぶりぃ~見舞いに来たわよぉ~。」
真紅「ありがとうすい・・・・。」
水銀燈「どうしたのぉ?せっかく紅茶持ってきてやったんだから感謝しなさぁい?」
真紅「やつれたわね・・・・。水銀燈。」
真紅の一言に水銀燈の表情が一瞬強ばる。
水銀燈「ダ、ダイエットしてるのよぉ。最近体重増えちゃってぇ。」
真紅「そう、じゃあ左手を見せて。」
水銀燈「いやよぉ。なんであなたに・・・。」
真紅「いいから。」
真紅は無理やり水銀燈の左手を剥がし取った。
真紅「・・・・どうしたのコレは?」
水銀燈「・・・・・。」
水銀燈は真紅から視線を逸らす。
真紅「気持ちはありがたいけど、それであなたが倒れたりしたら意味が無いのだわ。」
水銀燈のきれいだった手はたった3ヶ月でボロボロになっていた。
水銀燈がローゼンメイデンを受け取って3ヶ月。
水銀燈の生活は今までのものと180度違うものとなっていた。
常にギターかペンを持っているという状態だった。
サボり気味だった授業にも参加するようになる。そんな水銀燈を見て周囲はよからぬ噂話を立て始めたが当の本人はそんなことなど全く気にしていなかった。
全ては真紅の左手となるために
そのためには真紅の志望校の名門薔薇学園に入らなければいけない。
水銀燈は慣れないペンを握り日夜勉学に励んだ。もちろんギターの練習もしながら。
元々要領の掴むのが上手い人間なのか、水銀燈のギターの腕前と偏差値は飛躍的に上がった。
2ヵ月後の期末テストでは学年で3番という成績を収めた。
しかし身体を酷使していた水銀燈はやつれ、左手はボロボロになっていた。
水銀燈「真紅ぅ?あなたもう少しで退院だったわよねぇ?」
真紅「えぇ。どうしたの?」
水銀燈「ワタシと真紅で音楽祭に出てみる気はない?」
真紅「そんなあと2ヵ月後よ?時間が無さすぎるのだわ。それに・・・」
水銀燈「大丈夫よぉ。ギターはワタシが弾く、真紅は唄うだけでいいのよぉ。」
真紅「まだ3ヶ月しかやってないのに人前で弾くなんて・・・。」
水銀燈「そう言うと思って今日はコレを持ってきたのよぉ。」
水銀燈のボロボロの左手には美しい薔薇のペイントが施されたギターがあった。
水銀燈「とりあえず聞いて頂戴・・・・。」
*
月日は流れ9月
真紅たちの中学校では音楽祭が開かれていた。
軽音楽部と吹奏楽部、加えて一般の生徒の参加も認められているため大規模で本格的な学校行事の一つだ。
その音楽祭も終盤へ差し掛かろうとしていた。
水銀燈「真紅?アナタさっきからソワソワしすぎよぉ~。」
真紅「そっ、そんなことないのだわ!」
水銀燈「ハァ・・・。」
真紅のあがり症を見て水銀燈はため息をつく。
学芸会での主役、リレーのアンカー、軽音楽部のギターボーカル
いつも大役ばかり任されているのにあがり症を真紅は克服できていない
本番の直前はいつも手が震えガチガチになっている
でも彼女は本番でミスをしたことはなかった
それどころか最高の結果を残す
水銀燈「相変わらずね」
水銀燈はそんな真紅を見て頬を緩ませた。
「続いては軽音楽部の発表です。THE BLUE HEARTSでリンダリンダ」
水銀燈「ヒドイわぁ~。」
真紅「・・・・。」
真紅と水銀燈が抜けたため急造でギター、ボーカル、ドラムを用意したのだろう。
まともに弾けているのはベースのジュンだけだった。
あまりの酷さに笑い出す者もいた。
真紅「・・・・。」
水銀燈「どうしたのぉ?」
真紅「私たちが抜けたから・・・。」
水銀燈「責任なんて感じる必要無いわよぉ~。」
真紅「・・・でも」
水銀燈「その責任感を演奏に置きかえなさぁい。さっ笑い声を賞賛の拍手に変えてくるわよぉ~。」
「おいっあれ真紅じゃないか?」
「水銀燈までいるぞ・・・。あいつら軽音楽部辞めたんじゃないのか?」
「あれ?一般参加になってる。」
「水銀燈って去年ドラムだったよな?ギター弾けるのか?」
ジュン(・・・・真紅・・・・水銀燈。)
「続いては一般参加3年C組真紅さんと水銀燈さん。曲はMr.BIGでTO BE WITH YOU」
「えっ?誰の曲?」
「洋楽?シラけるなぁ~」
水銀燈(ゴチャゴチャうるさいわねぇ~。真紅?行くわよぉ!)
水銀燈が目で合図を送る。それを見て真紅が頷く。
水銀燈のストロークと共に真紅の歌声が体育館に響き渡った。
「スゲぇ!!歌も上手いしギターもスゲぇ!!」
「水銀燈ってギターあんなに上手かったんだな。」
真紅(凄いわ・・・。あんな短期間でここまで上手くなるなんて・・・。やっぱり水銀燈の音楽センスは本物・・・。)
水銀燈(これよぉ・・・・。この歌声が・・・・。この歌声が聞きたかったのよぉ・・・。)
曲の終盤に真紅の歌声、水銀燈のギターに力が入ってくる。
生徒たちは呼吸の音さえも止めて真紅の歌声に聴き入っていた。
水銀燈が最後の一振りをするとギターの余韻は拍手によってかき消された
「ダメじゃなぁいこんなトコでボーッとしてちゃ。」
「あなたこそ表彰式に出なくていいの?」
「賞状なんて後で貰えばいいわぁ~。で、真紅?」
2人は空を見上げていた。真紅たちは学校の屋上にいた。
「どうしたの水銀燈?」
「ワタシたちずっと一緒よぉ」
水銀燈の一言に真紅は鼻で笑う
「当然なのだわ」
真紅・水銀燈編 完
最終更新:2007年03月27日 22:36