学校からでた翠星石は浮かない顔をしたままジュンの右肩辺りをフワフワと漂っていた。
「おい、大丈夫か?なんだか死にそうな顔してるぞ」
「翠星石は幽霊ですからぁ、死なないですぅ……」
「あっ、そうだったな…で、どうしたんだよ?いきなり沈んで」
「うぅ、なんだか解らねぇですがぁ…あの人間が来てから胸が苦しくなったですぅ」
「胸が苦しい? 何かあの女の人に心当たりとかあるのか?」
「…解らなかったですぅ、見えにくいタイプの人でしたぁ、それに声も聞き取りにくかったですぅ~」
「あんなに近くにいて声も聞き取りにくかったのかよ?」
「はいですぅ~~」
ん~~、変だな、僕や柏葉の姿、声は解るのにどうしてあの女の人は解りにくかったんだ?違いはどこにあるんだ?
それよりも翠星石は明らかにドラム叩けるよな、死ぬ前に絶対バンドとかしていたはずだよなッ、ん~、翠星石がいつ死んだのか解ればどうにかなりそうなんだけど……
そう思ったジュンは家に帰るとさっそく質問を始めた。
「なぁ、翠星石、ほんとうにいつ死んだのか思い出せないのか?」
「うぅ~解らねぇですぅ~」
「いま何歳かも解らないのか?」
「……翠星石は永遠の16歳だと…思うですぅ~」
「永遠…たしかに幽霊だしな、永遠だよな、ある意味…じゃなくて、そうだ、これって何か解るか?」
ジュンは上着のポケットから携帯電話を取り出すと、翠星石の目の前に置いた。それをシゲシゲと見つめる翠星石。
「携帯がどうかしたですかぁ?」
「あっ、知っているんだな…いや、知らなかったら携帯が普及する以前に死んだのかなって考えたんだけど」
「翠星石を、霊体をバカにしてるですかぁ~?」
「いや、そんなつもりは無いんだよ、って言うか、お前はこの街で生きていたのか?もし遠い所だったら本当に手がかりはないぞ」
ジュンの悲観的な言葉に対して翠星石はニカッと笑い得意気に話し出す。
「フッフフ~お前は忘れているですねぇ~この翠星石が第3種地縛霊だってことを、浮遊霊とは違うのですよぉ~~」
「じゃ、どの場所に憑いていたんだよ?」
「……忘れたですぅ~~気付いたらお前の部屋にいたですぅ~~」
「忘れたぁ?地縛霊って憑いてた場所を忘れたりするのかよォ?」
「ウルサイですぅ~~、だから翠星石は第3種なのですぅ!!そんなのも理解してなかったですかぁ、このボケナスぅ!!」
ボ、ボケナス…たぶん僕くらいだろうな、幽霊にボケナスって言われた人間って……つ~か、霊能者じゃないんだから第3種だとか2種だとか解るわけないだろーーッ!あっ、でもこの街に住んでいたのは間違いないんだよな?
「なぁ、だったら死んだ場所に行けば何か思い出す可能性ってあるのか?」
「あっ、その手があったですねぇ~、さっそく今から行くですかぁ?」
「どこに?」
「だぁ~から~翠星石の死に場所ですぅ~~」
「だからその場所を忘れてるんだろ?」
「……うぅ、そうでしたぁ~……」
なんとなく解ってきたよ、第3種ってたぶんバカな幽霊のことなんだろうな。
でも死に場所を探したらどうにかなるかも?
「よし、週末は一緒に死んだ場所を探しにいこうか?」
「やぁ~~っと翠星石を成仏させる気になったですねぇ~~」
ジュンの言葉に翠星石は思いっきり背中を叩く。
ドンッ―――――あれぇ~ジュンに手が当たったですぅ~?
「痛いなぁ~、ちょっとは加減ってものを……えっ、触れたのか?」
突然の間隔に2人は唖然としながら言葉を無くす。
互いに驚きの顔を向かい合わせてゆっくり首をかしげた。
なんだよ、今たしかに背中を叩かれたよな、どうなってるんだよ?
あっ、そう言えば初めて合ったときもデコピンされたよな……
でも昼間は触れなかったし……どうなってるんだ?
生きた人間に触れたですぅ~、なんだか触れた瞬間、とても暖かかったのですぅ~……これが生きてるってことですかぁ~?
でも昼間は触れなかったのにどうして今は触れるですぅ~~?
同じ疑問を感じた2人はどちらともなく手を伸ばして互いの体に触れてみる。
ジュンは何気なくそのまま腕を伸ばして指先で翠星石の胸を押してみた。
「あっ、柔らかい」
「なぁぁぁ~~~ッ!!」
「あッ、いや、違うんだよ、べ、別にそんな意味はないんだあぁぁ~~」
指先が胸のふくらみを感じた後、翠星石は真っ赤な顔をして飛び上がり壁の中に右半身を隠した。
そして触られた胸を両手でガードするような姿勢のままジュンを睨みつける。
「し、信じられねぇですぅ~翠星石の胸を触りやがったですぅぅぅ~」
「ま、まて、落ち着けよ、意識してやったんじゃないんだよ」
「最低ですぅ~、霊体に欲情するなんてヘンタイですぅぅぅ~、もう翠星石はお嫁に行けなくなったですぅぅッ!!」
「す、すまん、謝るよ、つーか、お前、死んでるんだろ?嫁に行けるわけないだろ」
「ひ、ヒドイですぅ~、言葉でも汚されたですぅ~うわぁぁぁ~~ん」
ボロボロと涙をこぼしながら翠星石は壁の中に姿を消していく。
その後、深夜をまわっても壁の中からシクシクと泣き声が聞こえてくる。
たぶんこの状況で知らない人が来たら呪われた家って言われるだろうな…
ついでに殺された女の霊が住み着いているなんて噂がつくんだろうな…
しかし早く翠星石の記憶を思い出させないと僕のほうが参ってしまうよ。
そう思いながらもジュンは部室で見せた翠星石のドラムテクニックとその後に現れた女性の存在を思い出していた。
*
「起きるですぅ~、早く起きるですぅ~~ッ!!」
「うぅ~~ん……なんだ、翠星石か、おはよう」
「おはようじゃねぇ~ですぅ、早く起きるですぅ~ッ」
ベッド脇の壁から顔だけ覗かせた翠星石はジュンが起きるまで何度も声をかける。
「今日は土曜日ですよぉ~、翠星石が死んだ場所を探しにいく約束ですぅ~早く起きやがれですぅ~~ッ」
「うぅぅ~ん、今何時だ?」
「朝の5時ですぅ~」
えっ、ご、5時だとぉ~? カンベンしてくれよ~、昨日なんか4時まで騒いでいたから1時間しか寝てないじゃないか……。
「頼むよ、翠星石。もう少し寝させてくれよ~」
「ダメですぅ~、翠星石なんか寝てねぇですよぉ~、それでも元気ハツラツですぅ~、さぁ、起きるですぅ~~」
そりゃ、お前は幽霊だから寝不足なんか関係ないだろうけど、僕は生きた人間だぞッ!でも…
ジュンは頭までかぶった布団の隙間から翠星石をチラッと見る。
壁から出した彼女の頬はこれ以上ないほど膨らみ、おまけに両手をグルグル回している。
うわぁ~、このままだと僕が起きるまでずっと騒いでいるんだろうなぁ~
しょうがないなぁ~~、適当に近所をブラついてみるか……
4月の朝5時はまだ肌寒い。
ジュンはカーハートのサンドストーンデトロイトジャケットを羽織り、インナーはアバクロのロングTシャツ、パンツはティンバーランドのデニム。
どこから見てもごく普通のファッション、違和感などないのだが、スレ違う人は何やら怪訝な顔つきで通り過ぎていく。
それは分かれ道に差し掛かるたびにジュンは立ち止まり、右上、そう何も無い空間に向かって喋りかけているからである。
「なぁ、こんどは右か?左か?」
「うぅ~~ん、たぶん翠星石のカンが正しければぁ~右なのですぅ~」
「本当にそのカンって正しいのか?」
「あったり前ですぅ~、翠星石は霊体ですよぉ~、言うなれば霊感の塊なのですぅ~~、右でまちがいねぇですよッ」
「その霊感とやらで同じところを2回も回っているじゃないか」
「ウルサイですねぇ~、今度は間違いないですぅ~」
「解ったよ、お前のカンを信じてやるよ…」
はぁ~、もうこんな感じで2時間くらいは歩いているぞ、つーかこのまま進んだら家に帰っちゃう道なんだけどな……やっぱりこいつは死んだときに脳ミソだけあの世に忘れてきたんじゃないだろうな?
そんな事を考えながらフワフワ浮いている翠星石と歩いていると、どこからか笛の音色が聞こえてきた。
それは神秘的であり、どこか懐かしい。
「なんですかぁ、この曲ぅ~?」
「ん?なんだろうな?」
2人は導かれるように笛の音色を辿ってみる。
赤い鳥居に小さな社、狛犬に鈴と笛の音色と澄んだ空気。
「あぁ、有栖神社の祭りか~そう言えば春になにかやっていたなぁ~」
「神社ですかぁ~……」
「なぁ、翠星石、ついでだから覗いてみようか?」
「……そ、それはできないですぅ~」
「どうしてだよ?神社が怖いのか?」
「そ、それは……」
翠星石の説明によると、寺などは平気なのだが、神社となると話は別のようだ。もともと神社は神様を祀る神聖なる場所。翠星石のように霊体としてのランクが低い者は招かれないと立ち入ることができない。
仮に入ろうとするならば誰かに憑依しなければならない、それもかなり強い意志で相手の体と精神を乗っ取るか、または憑依した人物とかなり高い次元でシンクロしなければ神の領域である鳥居をくぐれない。
しかも歴史が古い神社だとどんな神を祀っているかも見当がつかない。
ひとえに神と言っても善良な神もいれば荒ぶる祟り神かもしれないのだ。
よって無理に入ろうとすれば低級ランクの翠星石は霊魂そのものを破壊されるだろう。霊魂の破壊とは輪廻の輪から外れること。すなわち二度と生まれ変わることができないのだ。
「マ、マジかよぉ~」
「マジですぅ~、だから翠星石は一人で鳥居をくぐれないのですぅ~それにこの神社は変な雰囲気がするですぅ~、どうもまともに話ができる神じゃないみたいですよぉ~、ジュン一人なら大丈夫ですけどぉ~、翠星石は入れないですぅ~」
し、知らなかった~、こいつらの世界にそんな掟があるなんて…でもちょっと勉強になったな。つーか有栖神社の神様って何だろうな?ちょっと気になるな。
「じゃ、翠星石はそこで待っててくれ、少しだけ中を見てくるから」
「あぁっ、待ってですぅ~」
翠星石の話に好奇心を抱いたジュンは笛の音色が奏でる雅楽に導かれるように鳥居をくぐる。
翠星石は心配そうな顔つきで鳥居の前まで来ると、社のほうに消えていくジュンを見つめていた。
ん~~、翠星石の話に興味が出たけど、こうして見ると何も変わった所なんかないな…普通の神社だよな…。
社を回った辺りに小さな祠がある。その前でジュンは立ち止まって中を覗こうとした時、後ろから肩を叩かれた。
「桜田くん?」
「えっ、あぁ、柏葉かぁ~、どうしたんだ、こんな場所で?」
「桜田くんこそどうしたの、神社なんかに来て?」
「あぁ、翠星…いや、散歩してたら笛の音が聞こえて、ちょっと気になってね、それより柏葉はどうしたんだ?」
「あっ、ここ私の祖父が神主なんだよ、だから時々お手伝いに来てるの」
「へぇ~そうだったのか」
「うん、今日は春の神事があるから私これから巫女さんのバイトしなきゃ、じゃ、また学校でね、バイバイ」
「あぁ、またな、バイバイ」
巴に手を振り、何気なく祠の横に目を向ける。
するとそこには誰が捨てたのか、空き缶からこぼれたコーヒーが祠の一部を汚していた。
ったく、誰だよ、こんなことしたらバチが当たるぞッ!
ジュンは近くの湧き水を手のひらに受け、その水をかけて汚れた箇所を洗う。普段ならこんなことなど気にしないのだが、どうも翠星石と出会ってから信心深くなってきた自分に気付き、ジュンは少し笑った。
「ゴメン、翠星石まったか~って、おい大丈夫か?どうしたんだよ」
「うぅ、またですぅ~」
「またって、何が?」
「見えにくい人間がさっきここを通り過ぎていったですぅ~、その人間の体の一部が翠星石の腕に触れたですぅ~、そうしたら何だか胸が苦しくて…悲しくなってきたですぅ…うぅぅ」
そう言い終ると翠星石は両手で顔を隠すように泣き出した。
「大丈夫かよ?とにかく家に帰って落ち着こうよ、なっ、翠星石」
「うぅぅ、解ったですぅ」
飛ぶことすらできない翠星石はジュンの背中におぶさる形で家路につくと、悲しい顔をしたまま疲れたから寝ると言い残して壁の中に姿を消した。
その夜一人になったジュンは神社で見た顔を思い出してみた。
う~ん、朝も早かったし、柏葉以外はそんなに人と会ってないよな…誰かいたかな……あっ、そうだッ!!
柏葉と別れた後に見たぞ、そうだよ、入学式の時に翠星石が見えない人と言っていた女の子とスレ違ったぞ、たしか大きなピンク色のリボンを付けていたな……そうだよ、あの子しか考えられないな、月曜日に学校でリボンの子を探してみよう、それとキーはドラムだな…ヨシッ!!
ジュンの中でぼんやりとではあるが翠星石を成仏させるヒントが見え始めた。
その事を話そうとした時、翠星石のほうから姿を現す。
それも何かに怯えた表情で床から表れるとジュンの胸に飛び込んできた。
「うわっ、なんだよ、どうしたんだよ、ビックリするじゃないかッ!」
「お、お前は昼間の神社で何をしやがったですかぁぁ~~?」
「なんだよ、どうしたんだよ?」
「近付いてきてるですぅ~~、大きな力が神社のほうから来てるですぅ」
そう言いながら翠星石は小刻みに震え出し、ジュンの体に手を回す。
夜になれば霊体の翠星石は実現化できるため抱きついてきた翠星石はジュンのパジャマを力いっぱい握ることができた。
「はぁ~、大きな力ぁ?なんだよソレ?もっと解り易く説明し………」
そう言いかけた所でジュンの言葉は途切れる。
それは余りにも突然で、あまりにも異様な雰囲気を感じたからだ。
最終更新:2007年03月08日 18:05