アットウィキロゴ
翠星石は誰を見ているんだ? あれ? 翠星石はどこに行った?

寂しそうな顔つきで真紅たちのほうを見ていた翠星石は、そのまま床に沈むように消えていった。

うぅ…なんですかぁ、この苦しさ…胸が痛いですぅ、あの子たちは何者なんですぅ?翠星石と何か関係があったですかぁ……?
思い出せねぇですぅ……翠星石は何者だったですぅ?
翠星石はいつ死んだのですぅ?翠星石はどんな人間だったですかぁ…?

4月の優しく軽い風に校庭の桜が揺れ、花弁を舞い上げる。
その淡いピンク色の花弁は体育館の屋根で膝を抱え、体を丸める翠星石の体を通り越していった。

あっ、桜………

遅れて校門をくぐった蒼星石の肩にフワリと落ちる桜の花弁。
手を近づけただけで音もなく揺れ落ちていく。

あれから1年か…翠星石と一緒にこの桜を見たかったよ……

1年前、突如として目の前で起こった悲劇。
それを思い出した蒼星石は薄っすらと涙が浮かんでくる。
グスンっと鼻を鳴らし、手の甲で滲む涙を拭うと、風に舞う桜を見上げる。

あれっ?……す、翠星石………?

風に流される花弁を見ていた蒼星石は体育館の上でフワリと落ちる数枚の花弁にどこか翠星石の存在を感じる。
目をこらして見てみるが、そこには遠く広がる春の青空しか見えなかった。

何だろう、今なんだか翠星石を感じたけど…イケナイよね、いつまでも悲しんでいたら…天国にいる翠星石が心配しちゃうよ……

そう思った蒼星石はもう一度、グスンっと鼻を鳴らし、涙を拭うと、軽く笑顔を作る。
そしてチャイムが鳴り出した校舎に向かって歩きだした。

                    *

「何を書いてるですぅ~?」
「うわっ、ビックリするじゃないかッ! いきなり机から出てくるなよッ」
「ふむぅ~、軽音楽部入部届けですぅ~?」
「あぁ、これから部室にもっていこうと思うんだ、って言うか今までどこにいたんだ?」

放課後、誰もいなくなった教室で入部届けを書いていたジュンは今まで姿を消していた翠星石に質問した。

「いいお天気だったので浮遊しながら寝てたですぅ~」
「ふ、浮遊?って浮いていたって事か?」
「そーですぅ、フワフワ空に浮かんでいたですよぉ~」
「雲みたいなヤツだな…でもなんだか気持ちよさそうだな」
「気持ちいいですよぉ~、お前も一度死んでみたら解るですぅ~」
「そ、それはお断りするよ……あっ、そうだ、なぁ、入学式の時なんだか寂しそうだったけど、何かあったのか?」
「……それが、解らねぇですぅ~、なんだか胸の辺りが苦しくなったですぅ」
「苦しく? それってお前の死因に関係することなのか?」
「それも解らねぇのですぅ~、翠星石はどうやって死んだのかも思い出せないのですぅ~……ただ」

そう言いながら翠星石は体育館の壇上から見た感覚を言う。
翠星石の説明によると、霊体である彼女の姿は大多数の人間は感じる事もできなければ見ることもできない。
それと同じように、霊体の翠星石も見えにくい人間がいるのである。
それは視覚的にボンヤリとしか見えない、例えて言うならば、すりガラス越しに見ているような感じで、輪郭がおぼろげに見えるだけである。

「へぇ~、そうなのか、幽霊を見える人と見えない人がいるって解るけど幽霊のほうも見える人間と見えにくい人間がいたって始めて知ったよ、でもそれってどういう事なんだ?僕を見ているようにはっきり見える人とボヤけて見えにくい人ってどっちが多いんだ?」
「だいたい見えるですよぉ~、そりゃぁ、波長がバッチリ合ったお前のようにはっきり見えないですけどぉ、薄いか濃いかの違いで見えるですよぉ~、でも中には本当に見えにくい人がいるですぅ」
「ふぅ~ん、よく解らないなぁ~、その見える人と見えない人の違いが解ったらお前の記憶とか死因とかが解るかもなッ」
「ソレですぅ、翠星石が見えにくい人間にお前が翠星石のことを聞いたらいいですぅ~、もしかして翠星石のことを知っている人かもしれねぇですぅ~~!!」
「なるほど~、でもどうやって聞くんだよ、僕の横にいる幽霊見えますか?なんて聞いたら変質者か怪しい宗教関係者と思われるぞッ?」

見える人間と見えにくい人間。その疑問にしばらく2人で考えてみるが、あまりにも現実離れした問題に出てくる答えはどれも憶測の域を出ない。

「う~むッ……」
「うむむぅぅ~ですぅ」

机に両肘を突き、頭を抱えるジュンと机から顔だけ出した翠星石は小さな唸り声を出していた。
そこに一人の少女が近付き、ジュンの後ろから机を覗き込む。

「こんにちは、部活で悩んでいるの?」
「えっ?」

突然の声にジュンは後ろを振り向く。
そこには机の上に広げられた入部用紙を見ている同じクラスの柏葉巴がいた。

「いや…あっ、いや、その…そうなんだよ、軽音楽部に入ろうかな~って思っていた所なんだ」
「ふぅ~ん、桜田君って音楽するんだ?」
「ん、ま、まぁね、中学の時からバンドとかやってみたいな~なんて思っていたんだ、は、ははは」

なんですぅ~この女、いきなり現れてぇ~、今は大切な話をしていたですのにぃぃ~~ッ

机上から出した顔をジュンと巴に向け、少し頬を膨らませる。
そしてやや吊り目になりながら2人の顔を交互に見だす。

「バンド?じゃ桜田君はギターとか弾けるの?」
「いや、ギターはコードを押さえるくらいだよ、本当にやりたいのはドラムかな、でも家にはドラムとかないしッ」
「ふぅ~ん、それで軽音楽部に入ろうって考えてたの?」
「うん、柏葉は何部に入るんだ?」

そんな女が何部に入ろうが関係ねぇですぅ~~

ジュンと巴が微笑みながら話している姿を見ていた翠星石は顔だけ出ていた机上から、いつのまにか全身を出して腕を胸の前で組み、2人を見下ろしていた。

「あれッ?…どうしたんだろう、急に気分が悪くなってきたわ、カゼかな?」
「大丈夫か?帰ったほうがイイんじゃないのか?」
「なんだか寒気がするから、今日は帰るわ…じゃ、また明日、バイバイ」
「あぁ、ゆっくり寝たほうがいいぞ、じゃぁな、バイバイ」

教室から出ようとした巴はもう一度、振り返ってみる。

えっ…?なんだろ、アレ?

巴に向かって手を振っているジュンの後ろ、ちょうど机の上あたりに白いモヤのようなものが微かに見えた。
何かの錯覚なのだろうか、巴は軽くこめかみを押さえながら目を閉じ、もう一度ジュンの後ろを見る。

なんだ、やっぱり何もないわ…きっと疲れているのね…

そう思った巴は軽くジュンに向かってペコッと頭を下げ、帰っていった。
教室から出て行ったのを見送ったジュンは元の方向に向きなおす。

「うわっ、なんだよ、なに睨んでるんだよ?」
「なぁ~んでもねぇですぅ、別に睨んでなんかねぇですよッ」

そ、そうかなぁ~?思いっきり怖い目をしてるけど……
何なんだろうなぁ~、幽霊の考えている事は解らないなぁ~
まっ、取り合えず時間も時間だし、入部届けでも出しに行くか

黒板の横にある時計を見ながらジュンはポケットに入部用紙を入れる。

「どこに行くですぅ~?」
「軽音楽部の部室だよ」

廊下を歩き、階段を下りると美術室と音楽室が並んでいる。
そのまだ先に音楽準備室とかかれた札が見え、その札の下に軽音楽部と書かれた小さな文字が付け足されていた。

「失礼しま~す……あれぇ?」
「誰もいないですねぇ~、廃部にでもなったですかぁ~?」

部室のドアを開けたジュンの頭上に浮かんでいる翠星石はスーッと部室の中を飛び回ってみる。
棚の上には埃のかぶったスコアブック、10wほどの小型アンプに無造作に置かれたシールド、机の上には古い型のラジカセにピックが2~3個。
どれもが薄っすらと埃が乗っている。それを見る限り、どうも最近は人の出入りがないように思えた。

「こりゃ~ダメですねぇ~活動してねぇみたいですよぉ~」
「……そんな」

人の気配がまったく無い部室はどこか寂しく暗い。
高校に入学したらバンドをしたいと思っていたジュンはその有様を見て言葉を詰まらせ気味になった。
部室内をフラフラと漂っていた翠星石は何気なく部屋の端に置かれているドラムセットのイスに着地するように座る。

「まぁ、しゃ~ないですねぇ~これはどう見ても廃部してるですよぉ~」

そう言った翠星石はまたもや何気なしにドラムを叩く真似をする。
霊体である彼女はドラムスティックを直に持つことはできない。
しかしドラムを叩くマネをしている翠星石の一連の動きは見たジュンは目を丸くし、驚きの表情を作りながら彼女の動作に見入ってしまう。

なんだよ、あれ…凄きが凄くサマになってるじゃないかッ!
僕より確実に上手いぞ、これで音が出たら凄いんじゃないのか?

翠星石の両手、両足の動きから音は出ないにしてもリズムが感じられる。
少しはドラムなり、ギターなりを知っているジュンにとって翠星石の動きは無駄がなく、とても素人がデタラメに叩いているようには見えなかった。

「おい、お前…ドラム叩けるのか?」
「へっ、なんですぅ~~?」

ジュンの声に動きを止めた翠星石は不思議そうな顔をした。
そして今さっきまで自分がドラムを叩くマネをしていたことに気付く。

「す、翠星石は何をしていたのですぅ~?」
「何をって、ドラムを叩くマネだけど……解らないのか?」
「……翠星石がドラム…ドラム…リズム……」
「何か思い出せそうなのか?」

少し困惑した表情の翠星石はバスドラム、シンバルとドラムセットを1つ1つ丁寧に見ていく。

どうしてか解らねぇですがぁ、ドラムの叩き方が解るですぅ~
こうして見るドラムセットが懐かしいですぅ、とても楽しい感じがするですぅ~、もしかして翠星石は……何かバンドとかしてたですかぁ?
うぅ~~、思い出せないですぅ~~。

何か思い出せそうで思い出せないジレンマにキュッと唇の端を噛んでみる。
そんな翠星石の横に来たジュンはそっと彼女の肩に手をやる。
もちろん実体のない翠星石に触れることはできない。
肩に置いたつもりの手が翠星石の体をサッと素通りしていく。

「なぁ、そんな顔するなよ、きっと思い出すよ、僕も協力するから」

ジュンの言葉に少し頬を染めた翠星石ははにかむような表情を見せたかと思うと、すぐにサッと横を向いてしまう。

「とーぜんですぅ、お前は翠星石を成仏させると約束したのですから、協力するのは当たり前の事なのですぅ~」
「お、お前なぁ~~」

クソー、ちょっと同情した僕がバカだったよ。

翠星石のぶっきらぼうな言い方に少し怒りというか、気が抜けたとでも言うか、とにかくハァ~と短いため息を付いた時、不意に部室入り口から声が聞こえてきた。

「貴方だぁれ?軽音楽部に何か用事でもあるのぉ~?」

そこにはガムを噛みながら制服のポケットに両手を入れた水銀燈がドラムの横でため息をついているジュンに少し怪訝な表情を向けて立っていた。

「こんにちは僕は桜田ジュンです、部活の見学をしようと思って…」
「見学ぅ~?入部希望者なのぉ?」
「あっ、ハイ、一応……」

ジュンの言葉を聞いた水銀燈は短くフゥ~っと息を吐くと、何やらめんどくさそうに頭をかく。

「ざぁ~んねん、今日は部活やんないのよぉ~」
「そうですか…じゃ、また来ます……あっ、あの~、それと……」

ジュンは遠慮しがちに水銀燈に話しかける。
その目は水銀燈と自分の横にあるドラムセットを交互に行き来する。

「僕、ドラムが好きで、ちょっと叩いてみてもいいですか?」

そう言いながらジュンはドラムに触れようとする。
その時、水銀燈の眼つきが変わる。
今までジュンの対応をめんどくさそうにしていた表情とは明らかに違っていた。

「ちょっとォ~ドラムに触らないでくれるゥゥ~ッ!」

鋭く怒りにも似た声と表情にジュンの手は止まり、触れかけたドラムから離れる。

「あっ…す、すみません」

水銀燈に頭を下げながらチラッとイスに座っている翠星石を見る。

おい、翠星石、たのむから変なことするなよ~って、あれぇ?

先ほど教室で柏葉巴にしたような威圧的な表情なのかと思えた翠星石は固く目を閉じ、頭を抱えている。
その姿から明らかに彼女はこの場を嫌がっているように見えた。

「じゃ、僕はこれで帰り…あッ!」

ジュンはワザとらしく鞄を床に落とし、それをひろい上げる際に水銀燈には聞こえないくらいの小声で翠星石に声をかけた。

「どうしたんだよ、翠星石? もう帰るぞ」

よほど気分が悪いのか、ジュンの声に小さくコクッと肯くだけ。
そしてフラフラっと宙に浮かぶと、ジュンの背中に隠れるようにして部室を後にした。

「カギ、掛けちゃうからぁ、忘れ物とかないわよねぇ~?」
「は、はい、無いです、それじゃ…失礼しました」

帰っていくジュンの後姿に声をかけた水銀燈は、そのままカギを掛けずに部室に入っていく。
そしてドラムに近付くと、そっと指で弾くようにハイハットシンバルを鳴らしてみる。

このドラムは翠星石の形見よぉ~、知らない奴なんかに触らせないわぁ~
だってそうでしょ~、翠星石が叩いてこそのドラムよねぇ………

弾かれたハイハットシンバルから出た音色はとても弱く、すぐに空気と同化して消えていく。
夕暮れが近付いた校庭にオレンジ色の太陽が薄い光を落としていく。その光を受けて翠星石のドラムを輝かせている。
もう一度、水銀燈はハイハットシンバルを鳴らすと、その悲しい音色が消える前に部室を後にした。




タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2007年03月07日 10:40