「よしッ、言うしかないかッ!」
眠れずに朝を迎えたジュンは一晩中考えた結果、軽音楽部で結成されているロックバンド、ローゼンメイデンのメンバーを探し、それとなく翠星石の事を聞いてみることにした。
聞き方がマズければ彼女達を怒らせてしまうだろう、しかしこのまま何もせずにいるよりはマシなはず。
とにかく誰かメンバーの一人でもいいから接触しないと、そう考えたジュンは目覚まし時計が鳴り出すよりも早く家を出た。
…翠星石、あれから一度も来ないな、まだ床か壁で泣いているのかな?
いつもならジュンの近くをフワフワと浮いている翠星石はいない。
何度か上や後ろを振り返りながら学校に向かう。
「おはよう、桜田君」
「えっ、あぁ、柏葉か、おはよう」
有栖神社の前を通りかかったジュンを見つけた巴はニコリと笑いながら声をかけた。
「今日は早いのね」
「うん、ちょっと早起きしたからな」
2人は何気ない話をしながら歩く。
まだ入学したての巴の制服は真新しく、馴染んでいないのか、歩くたびに布が素足に擦れ、シュッ、シュッと音がでる。
髪先が肩にかかる巴を春の風がイタズラっぽく吹きぬけていく。
「キャッ…!」
やや前かがみになり、フワリと広がったスカートを両手で押さえると、恥ずかしそうにジュンの顔を見る。
「見たでしょ?」
「いッ、いや、見てないよ!」
「うそ、絶対に見たでしょ」
「見てないって、本当に見てないよ」
あぁ~、この顔、思いっきり疑ってるな…まぁ、白いのかチラッとは見えたけど……なんだか話をズラしたいな
鞄を後ろ手にもち、ジュンの顔を覗き込むように歩く巴の表情は少し厳しい。
どうにか話題を反らそうと考えるジュンにあることを思い出させた。
「と、ところで、この間の有栖神社の祭りなんだけど、柏葉はどんな手伝いをしているんだ?やっぱり巫女さんってお守りとか売ってるのか?」
ジュンはただ何気なく話題を変えたかったためにした質問のつもりが、どうも巴にとってはあまり答えたくないように見受けられた。
「うん…ちょっと神社の…ね、お手伝いよ」
先ほどまで険しかった表情が今は少し影のある顔付きになっている。
視線をジュンから青く澄み渡った空に向けて巴は小さくポツリと呟く。
「ねぇ、私って変かな……?」
「いや、どこも変じゃないよ、どうしたんだよいきなり?」
いきなり変なことを聞くんだな、そんな事を思いながら歩くジュン。
並んで歩く巴の歩幅が遅くなる、その速度に合わせるようにジュンの歩幅も短くなったとき、巴はやや不安な目付きでジュンを見た。
「あのね…誰にも言わないって約束できる?」
「えっ、あぁ、約束できるよ、僕はこう見えても口は堅いほうだよ」
「本当に?」
「うん、誰にも言わないって約束するよ」
「絶対に?」
「あぁ、絶対に!」
ここまで持ちかけられたら言葉の先を知りたくなったジュンは何度も首を縦にふって、誰にも言わないことを約束した。
ジュンの真剣な眼差しを見た巴は納得したのか、辺りに人がいないのを確かめる。
さいわい時間帯が早いため、ジュンと巴の周りには
2人の会話を聞く人の姿は見えない。
ただ、やや後ろから部活の朝練のためなのか、数人の学生が自転車で近付いてくる。
その自転車が通り過ぎるのをまって、巴はゆっくりと話し始めた。
「あのね…私……」
そう言いかけて巴はもう一度ジュンに誰にも言わないでと、念を押す。
「もう、絶対に言わないって約束するよ」
何度も聞く巴にジュンは少し呆れ気味になり大きな声で約束をする。
その声を聞いた巴はジュンに顔を近づけて小さな声で話し出した。
「私…解るの……」
「何が?」
「…その……目に見えないものが解るの」
「目に見えないもの?」
「うん、霊とか…そういうのが解るし、見える時もあるの…」
「ほ、本当かよ…見えるのかよ?」
「うん、見えるっていってもいつもじゃないよ…でも感じることは
できるわ……」
巴の話によると、有栖神社の神主である祖父の血を受け継いでいるらしく、幼い頃より普通の人間では見えない物を感じることができた。
それに巴は有栖神社の神である薔薇水晶と相性がいいのか、神社内であればかなりの確率で神の言葉を聞くことができる。
すなわち巴は薔薇水晶とシンクロできる霊媒体質であった。
「こんな事を言って、私、変だと思う?」
「い、いや、全然思わないよ、実はそれに似たことで相談があるんだけど」
巴の話を聞いたジュンは足を止め、そして翠星石のことを話し始めた。
「あのさ、柏葉の話を聞いたから僕も言うけど、実は……」
2人は同じ高校の生徒達に聞かれたくないため、通学路から少し離れた通りに移動すると、巴はジュンの話に耳を傾ける。
先ほどと打って変わってジュンの方が周りの注意を気にしながらボソッと声を潜める。
「――――って訳で、今も僕の部屋に翠星石がいるんだよ」
ジュンが喋った内容に巴は右手を口に当て、目を丸くしたまましばらくその場に立ちすくむ。
それは巴が始めてジュンと話したときに感じた「何か」が今、こうして本人の口から具体的に語られた事、そして一番巴を驚かせたのは有栖神社に祀られている神である薔薇水晶をじかに見て話をしたということであった。
「ねぇ、桜田くん。本当に神社の神様を見たの?」
「あぁ、木花知流姫神と言った後、自分のこと薔薇水晶って言ってたよ」
「どんな喋り方だったの?」
「なんだか舌足らずな喋り方だったな、ん~っと、例えば、今日は…
いい天気……空も…青い…って感じの喋り方だったな」
ジュンは苦笑いをしながら薔薇水晶の口真似をする。
それを見た巴は真剣な面持ちになりジュンの手を取る。
「ねぇ、ちょっと一緒に来て」
「なんだ、どうしたんだよ?」
何も解らないジュンは巴の手に引かれるまま元来た道を戻ると、そこには有栖神社の鳥居が見えた。
「えっ?えっ? 何?」
「いいから」
困惑するジュンに巴は短く一言いうと鳥居を抜けていく。
ジュンが引かれるまま鳥居を抜けた頃、翠星石はようやく泣きやみ、壁から姿を現すとキョロキョロとジュンの部屋を見回す。
あれぇ~、あの野郎はどこにいったですぅ~?
時計の針は7時30分を少し回った頃、いつもなら目覚ましのベルが聞こえているはず。
だが、今はジュンの気配はなく、静まり返っていた。
しかたなく翠星石は家の中を探してみるが、のりが鼻歌混じりで玄関から出ていくだけであった。
チッ、ジュンの奴、翠星石を置いて学校に行ったですねぇ~
……別に…慰めて欲しかったなんて思ってないですけどぉ…
ちぃ~っとは優しい言葉を期待してたかもぉぉ~~ですぅ!
玄関先で腕を組み、そんな事を考えた翠星石はほのかに頬がポッと熱くなるのを感じた。
なぁぁ~~ッ、な、何を考えているですぅ~!
恥ずかしさなのか、翠星石は大きく何度も首を左右に振ると、学校に向かっていく。
通学路の上を飛びながらジュンによく似た後姿を見つけると、顔を覗き込む。
こいつも違うですぅ~、もう教室にいるですかぁ~?
何人かの顔を覗き込んだ翠星石は輪郭が見え出した学校に向かって飛んでいきだした頃、ジュンは躊躇いがちに声を出す。
「おじゃましまぁ~す」
巴に連れてこられたジュンは神社の社務所から廊下を伝い、何やら薄ら寒い雰囲気が漂う本堂に入っていた。
「桜田君、ちょっとここで待っててね」
「えっ、おい柏葉、ちょっと、おい…」
雨戸が閉められた本堂は小さな裸電球の明かりだけ、そのため光の部分と影の部分がはっきりと分かれ、不気味さをかもし出していた。
なんだよ~、柏葉の奴~、こんな所に連れてきてどうする気なんだよ?
今何時だ?もう授業始まってるんじゃないのか?
巴がジュンを置いて本堂から出て行き、数分がたった。
この暗い本堂では時間の経過がよく解らない、そのためジュンはポケットから携帯を出し、時間を確かめる。
ディスプレイの発光がボヤッと暗い本堂の中で浮かび上がる。
あぁ、完璧に遅刻だよ。つーか1時間目はサボリ決定になりそうだな…
やれやれとため息を付きながら携帯を閉じようとしたジュンは本堂の奥にある祭壇に気付く。
この暗い中で目も慣れだしたジュンは好奇心が生まれたのか、携帯の明かりを祭壇に向ける。
うわっ、こ、これって……!!
ジュンが見たのは、祭壇に飾られた小さな紫色の水晶。
その後ろにはご神体を描いた物なのか、1枚の掛け軸があった。
ジュンを驚かせたのは、その描かれた絵である。
古い時代に描かれたであろう絵の色は少しくすんでいるものの、薄紫の十二単に片目を閉じた少女が描かれている。
それは数日前に現われた少女、薔薇水晶の姿であった。
本当に薔薇水晶って神様だったのかよ……
こうして祭壇に祀られている薔薇水晶を見ていると、背後からしわがれた声がする。
突然のことに体をビクッと震わせながら振り向くと、そこには巴とその祖父らしき人物がたっていた。
ジュンは少し怪訝な表情でその人物を注意深く観察してみる。
「ほっほほほ、君が桜田君かい?そんなに警戒しなくとも大丈夫じゃよ、
なぁ~に取って食らおうって訳じゃない、はっはははは」
ジュンの気持ちを察したのか巴の祖父は目を細めて軽やかに笑う。
その笑い声はどこか柔らかく、そして安心感のある温かみが感じられた。
しかし幾多の時間と経験を積んだであろう彼の顔に刻まれた深いシワが只者ではないことを示している。
「巴、雨戸を開けてくれんか?年寄りには暗くて桜田君の顔がよく見えん、
それに熱いお茶と、そうじゃな、戸棚の奥に羊羹があったはずじゃ、
あれを持ってきてくれんか?どうじゃ、桜田君も羊羹は好きかね?」
唐突にそう言われたジュンは一言「はい」とだけ答えると、巴の祖父が座るように身振りで伝える仕草に従い、静かに床に腰を下ろす。
オシリにヒヤリと床の冷たさが伝わり、背筋が伸びると同時に巴が雨戸を開けたため、暗かった本堂に生きた日の光が差し込んでくる。
うわっ、眩しいな、でも暖かい。
陽光に目を細めたジュンの顔をジッと見ていた巴の祖父は何やら、うんうんと何度も肯き確信めいた笑顔を浮かべ、小さくポツリとつぶやいた。
「うん、どうやら君はまだ大丈夫のようじゃな」
「へっ? 何がですか?」
呟いた言葉の意味が解らないジュンは巴の祖父に聞きなおすと、祖父はコホンっと小さな咳払いをし、やや険しい顔付きになる。
「いいかい、桜田君には若い、そう、同年代の娘の霊が取り憑いておるな」
「はい、翠星石のことですか?」
「そうじゃ、その霊のことをどう思う?」
「そりゃ~、最初は怖かったけど、翠星石の事を知るようになって、こう、なんて言うのか、助けてあげたいと思ってます」
「うん、人助けはとてもいい事じゃが…それはイカン!」
ジュンの言葉を聞いた巴の祖父はやや語尾を強調させて言い放ち、またもやコホンッと咳払いをし、驚くジュンに今度は優しく話を続けた。
「いいかい、桜田君。霊体とは目に見えない存在じゃ、
ワシらと住む場所、時間が全く異なる黄泉の国の住人じゃ、
君のように何の修練もしとらん者が異界の者と関わるのは危険なのじゃ」
「でも、翠星石はそんな危険な霊じゃないですよ、
凄く普通で、なんだか笑ったり、泣いたり、ロックが好きな普通の女の子って感じですよ」
「うむ、確かに君に憑いている娘は悪いモノではないが、これからも関わると他の霊も呼び込むことになりかねん、
現実に桜田君はもう幽霊を恐れとらんじゃろ?」
確かにジュンは翠星石と出会ってから、今まで持っていた霊に対するイメージが180度違っていた。
それは翠星石が見せる何気ない笑顔、泣き声、仕草がそこらにいる普通の女性となんら変わりないからである。
しかし巴の祖父に言わせるとそれが危ないらしい、
人は死に恐れ、目に見えない存在を畏怖すると同時に敬う。
この心が霊を鎮め、新たな生へと生まれ変わる道しるべになる。
そう説明しだした祖父に巴がお茶と羊羹を持って現われる。
そのお茶を一口ズズッと音を出して飲む。
お茶で口が程よく湿ったのか、巴の祖父は話を続けた。
「君が娘の霊を畏怖することなく、普通の生きた娘のように思っている心、気持ちが娘の魂を現世に縛り付ける一因ともなっているんじゃ」
「それじゃ、僕はどうしたら? 翠星石の望みはどうしたらいいんですか?」
「うぬ、残酷なようじゃが、忘れることじゃ、
幸いにも君に憑いている娘は低級霊じゃ、時間の経過と共にあるべき場所へと帰っていくじゃろ」
「でも翠星石の妹や、同じバンド仲間が覚えているかぎり翠星石は成仏できないじゃないですか?」
「それは大丈夫じゃ、彼女の友人達や家族は彼女が死んで、この世にいないと確信しておる、
よって彼女は思い出の中だけの存在じゃ、君のようにまだこの世に残っているとは思っておらん」
「でも、それじゃ、この世でやり残した事が…翠星石は仲間とバンドを…演奏したいって……」
「それも残酷じゃが、忘れることじゃな、
そのうち娘の霊もまた記憶をなくしていくじゃろ、
そして黄泉の国へと帰っていく、それが自然の摂理と言うものじゃ…」
「でも、そんなのあんまりですよ、それじゃ翠星石が可愛そうだ!」
巴の祖父の言葉を聞いてジュンはやるせない気持ちのまま声を荒げた。
そんな声に巴の祖父はただ黙って首を横に振るだけであった。
そんなやり取りがされているとは知らない翠星石は学校に到着し、ジュンの机の上で腕を組んでいた。
ん~~、教室にもいないですねぇ~、どこに行きやがったですぅ~?
しばらく考えた翠星石はフワリと浮かび上がると、学校内を飛び回り、ジュンの姿を探し出した。
階段を上ってくる生徒を見ながら1階まで降りる。
あれぇ?この音はなんですぅ?凄く懐かしいメロディーですぅ……
廊下の突き当たりにある部屋から流れてくる音色に誘われるかのように翠星石はフワフワと近づくと、そこは軽音楽部の部室であった。
少し躊躇しながらもドアから顔だけ出して中を見てみる。
「ねぇ~真紅ぅ、ほんとうに貴女がドラムをするのぉ~?」
「そうよ、しかたないわ、雛苺がドラムを叩けるわけないのだわ」
「そりゃぁ~そうだけどぉ~」
「大丈夫よ水銀燈、私も練習したらどうにかなるわ、まぁ、翠星石のようにうまく叩ける自信はないのだけれど…」
翠星石の形見であるドラムに座る真紅はぎこちない手付きでステックを握っていた。
それを見つめる水銀燈、そしてその隣にはベースを抱えた蒼星石の姿があった。
あぁ~~ッ、蒼星石、真紅、雛苺、水銀燈………
彼女達を見た翠星石は溢れる涙と共に部室へと飛び込んでいった。
最終更新:2007年04月09日 23:07