Story  酔いman 氏
春は別れの季節と同時に出逢いの季節でもある。
中学生になったばかりの少女は、まだ体に馴染まない真新しい制服を着て、ピカピカの鞄の中には期待半分、不安半分、そして希望と夢を詰め込み、入学式を迎えた。

「さっそく軽音楽部に入部するのだわ」
「入学祝にギター買ってもらっちゃったぁ~」
「それにしても挨拶が長いですねぇ~、退屈ですぅ~」
「……眠い…」

小学校の時から付き合いがある悪友達とヒソヒソ声で話し、退屈な入学式のスピーチをやりすごす。
体育館から列になって各教室に入り、イスの腰を下ろすと何処からともなく小さな雑談が始まり、やがて教室全体を揺るがすような騒がしい会話が始まっていく。

「ゴホンッ…!!」

大きな咳払いと共に担任が入ってくると会話は途切れ、静かになった教室で担任の自己紹介が始まり、その後はお決まりの出席を取り、何事もなかったように授業が始まっていった。
チョークが黒板にあたる音とノートの上をペンが走る音だけが聞こえる中で、蒼星石は消しゴムを落としてしまう。

「ほら、消しゴム」
「あ、ありがとう」

となりの座るメガネをかけた少年が消しゴムを拾い、蒼星石に手渡す。
そこから何やら短い会話でも始まるのかと思えたが、双方とも初対面のため、その後の会話は続かず、ただ黒板の文字をノートに書き写す作業に戻った。
そして、何度目かのチャイムが鳴り終わると放課後の始まりである。
蒼星石は悪友達とそろって軽音楽部に入部し、大好きな友人と大好きな曲を心行くまで練習した。

                    *

ゴホンッ、ゴホンッ

数日後、蒼星石は季節外れのインフルエンザで1週間ほど休養した。
そして登校すると、休んでいる間にクラスでの分担が決められていた。
それは体育委員であった。ひらたく言えば体育の授業始まりと終わりの最に
使用した体育用具を元の場所に戻したりの雑用係であった。
もちろん女性一人ではできないし、男女別々に行われる授業のため、教室からは男子1名、女子1名の計2名が委員として選ばれていた。

男子の委員は誰なんだろう?

そんな疑問は4時間目の授業のさいに解った。
となりに座る桜田ジュンであった。彼もカゼで2日ほど休んでいたときに決められたらしく、欠席者同士という安易な意見で蒼星石とジュンは同じ委員になっていた。
その日の体育はマット運動らしく、蒼星石とジュンはまだ授業が始まる前に体育館の体育館倉庫からマットなどを運び出す。

よいしょッ

丸められたマットを倉庫から出すために蒼星石は腰をおろし、両手で転がすようにマットを床にしきだす。
そんな蒼星石の手伝いをしようとジュンは声をかけようとするが言葉が出なかった。

あっ……

思春期を迎えた蒼星石の体は丸みを帯びて、どこか幼く発達途上の少女がもつ独特の柔らかさを同年代のジュンには初めて女性というものを感じた。
髪の毛の先が肩にかかるかどうかのショートカットから、腰を下ろし、丸められた背中にブラジャーの線が一本、やや薄手の体育用トレーナーから透けて見える。
そして小さく整ったヒップがマットを敷くたびに視線の端で揺れている。

ふぅ~っ

床にマットを敷き終えた蒼星石は小さなため息を付くと、ゆっくりと背伸びをして体の緊張をほぐす。
整えられた指先から伸びる腕は細く華奢、そして腕を上に伸ばしたため、薄いトレーナーが体に密着し、蒼星石のボディーラインが見て取れた。
それは簡単に言えば13歳の少女の平均的な体つきではあったが、じょじょに女性らしさが増していく中で、まだ幼さが垣間見えるアンバランスな時期。
丸みを帯びだした小柄な胸のふくらみは蒼星石が女性であるセクシーさをかもし出すには十分すぎた。

んん~ッ

より力をいれて背伸びをする蒼星石。
上に引かれたトレーナーが持ち上がると白い腹部がチラリと顔を出す。
くびれたウエスト、ビップは紺色のブルマに隠されてはいるが、それはマシュマロのように弾力があるのは誰の目のも明らかであった。

サッ

そんな蒼星石の一連の動作に釘付けになったジュンは恥ずかしさのために視線を大きく逸らしたジュンの胸はドキドキと大きく、そして激しく波打っていた。

目を逸らしたままのジュンに蒼星石は「手伝ってよ~」と少し不満気に声をかける。

あぁ、ゴメン…

ドキドキ、高鳴る胸の音が聞こえるんじゃないかと思う。
すぐ横で一緒にマットを運ぶ蒼星石を意識すればするほど直視できない。
ただ、視界の隅にそっと留めておく。
2人で1つのマットを敷き終える頃、ようやくクラスメイト達がワイワイと騒ぎながら体育館に入ってきた。
その声にジュンは少し救われた、でももう少し蒼星石と2人だけでいたかった、そんな相反した感情に戸惑いながら、安堵とも落胆ともつかない小さなため息をはいた。

あれ?おかしいな、たしか持ってきたのに……

ジュンが蒼星石をクラスメイトではなく一人の女性と意識しはじめて3ヶ月ほどたった頃、ふだんは忘れ物などしない蒼星石はうっかり教科書を忘れてきた。

「一緒に見るか?」
「うん、ありがとう」

ジュンの言葉に蒼星石は机を寄せて並ぶ。
サラリとしたショートカットの横髪が揺れる。夏服になった制服の袖から白く細い腕が伸びている。
そしてクラスの女子の間で流行っているのか、微かに甘い香りのする香水が鼻腔をくすぐる。
机は並べて距離が縮まったジュンは授業どころではなかった。
意識した女性の小さな肩と肩が触れ合いそうな距離にいるのだから仕方がない。

「クスクス」

突然、蒼星石は小さく笑い出す。
何だろう?と思いながら彼女の顔を見ると、蒼星石の視線はジュンの教科書に書かれた落書きをみていることに気付いた。
それはよく暇つぶしにする教科書に載っている顔写真にヒゲやメガネを書いた他愛のない落書きだった。

「面白いか?」
「うんッ」

そう尋ねたジュンに蒼星石はパチリとした大きな瞳を向けて微笑んでいた。
そんなどこにでもある自然な会話と成り行き、そして同じクラスと隣同士の席のため2人は急速に仲良くなっていく。

「最近なんだかぁ~、蒼星石って女の子らしくなってないぃ~?」
「えっ、そうかな~?」

放課後、軽音楽部でバンドの練習をしている際、水銀燈の一言で部室の中は冷やかし半分の恋話に花が咲く。
この時期の女の子はとにかく恋に関係した話が大好きなようで、その日はバンドの練習どころではなかった。
クラスの誰が誰を好きなのか、誰が付き合っているのか、そんな話題で盛りあがっていると、真紅は珍しく興味を前面に出した表情で蒼星石に尋ねる。

「蒼星石は誰が好きなの?」
「えっ、ぼ、僕はそんな人いないよ…」
「あぁ~ら、そぉ?」
「怪しいですぅ、翠星石にカンが正しければ蒼星石は同じクラスの桜田ジュンが好きですねぇ~~ヒッヒヒヒッ」
「そ、そんなことないよぉ~、桜田君とはただの友達だよ~」
「そ~ですかぁ、姉の目は誤魔化せないですよぉ~、正直に言うですぅ」
「本当だよ~、僕と桜田君はそんな関係じゃないよ」

真っ赤になりながら否定を口にするが、冷やかしと冗談交じりの声は翠星石だけでは留まらず真紅、水銀燈、雛苺なども交えて大きくなっていった。

「もうッ、僕は桜田君のことをそんなに意識したことないよ~」

ジュンをネタに蒼星石をからかって笑う彼女達に蒼星石は少しムキになりながら声を出すが、それがよりいっそう彼女達の想像とネタを刺激したようで、その日は帰り道まで彼女達の笑い声は消えなかった。

もうッ、僕は本当に桜田君のこと………でも本当はどうなのかな?

華やいだ帰り道の最中、そんな疑問がふと蒼星石の脳裏を支配する。
13歳の少女が夢見がちな恋に恋する季節が蒼星石にもやってきた。
そんな初夏の帰り道であった。
そしてその3日後にジュンと蒼星石は互いに意識しあう事件が訪れた。

(以下執筆継続中)




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最終更新:2007年04月15日 02:39